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第3章 タランテラの微笑み
お釣りをください
しおりを挟む「早退するのは良いとしてさ、私は少し寝るから鍵を閉めてってね。それで、用事が済んだら戻って来てね」
「社長、寝る前にモーニングでも注文しますか」
「今は良い。だるい……取り敢えず寝る」
早退する立場上、家に帰って休んだらどうかとは言い出しにくい。言う暇もなかった。社長はものの数秒で濁音ものの凄い鼾をかきはじめたのだ。
(よっぽど疲れているんだな。見捨てて行くようで忍びないけれど、お金が僕を呼んでいるんですっ)
仏様を拝むように合掌した。
(キリスト様、社長を助けてください。あ、帰りに何か買ってこよう。タコスはもう食わんだろうなあ。ま、メールを入れて、何か食べたいものを聞いてから差し入れすれば良いか。領収書を忘れないようにしよう。整腸剤も必要かな、タコスのお詫びに)
差し入れを領収書で落としかねない大影だから、本当にお詫びかどうか怪しい。
しかし、守銭奴らしからぬ金のかかるお詫びをぼんやり考えたせいか、それとも鈴レーザーみたいな赤スーツの金髪頭の祟りか、大影は何も考えずにシャッターを閉めて鍵を掛けた。
外開きの硝子格子のドアは、シャッターを閉めると中からは開けられない。必然的にユメミル商事は密室になってしまい、大影は無意識に社長を古着屋店舗に閉じ込めて、すっかり安心しきってバイクに跨がった。
先ず、大影が向かったのは昨日の薬局だ。薬局の女店主は大影を見て開口一番
「今日はまたどうしたあるか」
と下手な中国人の真似をした。
日本人が真似しやすい外国人は中国人だ。
「整腸剤っていくら」
気安く話せる雰囲気の店主だから、友達みたいな調子になった。
「ああ、昨日の下剤、やっぱり効きすぎたあるか。整腸剤も良いのあるあるよ。これ飲んだら直ぐにピーゴロ止まる。三粒で一ヶ月便秘して死ぬね」
「そんなものは要らん」
「どう、これ、高いけど」
女店主は魔女のようにじゃらじゃらときんきらビーズのネックレスを首から垂らしている。
「いくら」
「千二百円よ」
全部の指に指輪をはめているみたいに見える手は、これでもかと伸ばした爪に黒いネイルを塗って銀色のレジンを貼っている。
「高い」
「あいやぁ、兄さん、本当にケチねぇ。彼女いるねぇ」
「余計なお世話だ」
本気で憮然とする。大影は中高生時代に金貸しで名を馳せたせいで女子にモテない。
「やっぱりいないあるか。ホッホッ。だと思った。これ千二百円あるよ。まけられないね」
「五百円しか持っていないあるよ。しかも弁当代あるね」
同じように下手な中国人風に言ってみる。
「あっはっはっは、仕方ない。これ、売れないあるね。お金持って来るあるね」
「もっと安いものはないあるか」
「お兄さん、安いの安いの言わないあるね。仕方ないからこれ五百円で持って行きなさい。またおいで。痩せる薬、太る薬、百年生きる薬もあるね」
「マジに百年生きるんか」
「本当あるね。私は生まれて直ぐに飲んだあるね。今年九十五才だから後五年は生きるあるよ。あははは」
どうみても五十前だ。
大影は、冗談でもそんな薬があると知っていたら貯金を叩いてでも遺影の母親に買ってあげたかったと一瞬悔やんだが「三十五万ね」と言われた。
熱を出した母親が桃の缶詰を食べたいと言ったとき、三才だった大影は買って貰ったばかりのブタの貯金箱を壊してスーパーに走った。手になけなしの大切な七十円をしっかり握りしめて。
桃の缶詰は買えなかったが母親は持ち直して、そのうちいきなり死んだ。
生きているうちに桃の缶詰を食べさせてやれなかった悔しさがトラウマになっている。
「はぁああ、三十五万円んんん」
気が遠くなりかけた。
百年生きる為に三十五万円の出費が本当に必要なのか……
遠くなった気を手繰り寄せて、悩みを一瞬で消した。
僕様は自力で百年生きる。
「五百円で整腸剤を貰うっ」
「本当あるね。良かったよ、これ本当に良く効くあるね。四百五十円だけど」
「お、お釣りください」
「わはははは。お兄さんバカだから面白い。お釣りいらないから、また来てね」
「いや、お釣りいるから。お釣り別腹だから、お釣りください」
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