走れ守銭奴!!(完結)

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第3章 タランテラの微笑み

災難

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全てはバレていた。

朝ごはんの時に父親から
大影ひろかげ、話は聞いたぞ」
と言われた。

ちらりと視線を例の二人に寄越すと、ケーメージェーンはテヘペロ顔で舌を出し、ジョージは「済まん」と呟く。


「未成年者に保護者の承諾もなしに四百万という金を貸し付けて、返済目的の為とはいえ風俗で働かせるとは言語道断。しかも、現役の女子高生まで就労していると言うではないか。見逃す訳にはいかんから、摘発するぞ。大影、お前はこれ以上首を突っ込むんじゃあない。いいな。些細なことでも関わるんじゃないぞ」


検察官の各個人は其々が国家機関(官庁)であると、大影の持っている古本屋でゲットした広辞苑に載っている。


(つまりは官庁が動くってことか……しまったな。国家機関相手かよ。ジョージに三百万貸し付けたけど、親の承諾が必要だったんだ。でも、僕は風俗関係じゃないし、良心的な裏商売だし、未成年者だからまさか摘発は……ひええ……ひえっくしょい……)


くしゃみが出た。勿論僕は俯いてしかも自分の胸元から服の中にする。子供の頃からそうするように躾られてきたから、余計な飛散は防げているはずだ。


「いろいろとお忙しいのにボウシ訳ありまヒエン……ぐすっ」 


鼻水が垂れそうになりながらも神妙に応じるとジョージとジェーンも空気が抜けたように項垂れた。

大影としてはジョージとジェーンに付いてZ会に行き、町田所長の興信所職員のふりをして五十万円を受け取るつもりだったが
(ううん、親父が動くとなったら詐欺計画をちょこっと変更しなければならないな)
と、天井の隅に目をやった。

銀縁眼鏡がきらりと光る。


「おかしいぞ、大影」


その声に不束ふつつかな大影は思わず音を立てて席を立ったが、父親はクールな表情のまま
「顔が赤い。熱を計ってみなさい」
と言ったのだった。


(あはは、しまった……昨日の土砂降りだ)


眼鏡の奥の眼差しに見透かされているような気分になった蚤の心臓は、再び座ったものの大好きなモズクも喉を滑らない。

それは来るべく災難の予兆だった。



早退するつもりで出勤した。社長の夕べの行動も気になった。

珍しく会社のシャッターが開いていて、社長が例のリクライニングチェアでげっそりやつれた顔で寝そべっている。


(し、死んでいるのか……)


顔を覗くとライオンの唸り声が聞こえる。


(ああ、良かった。生きているみたいだ)


大影はこの頃社長がパチンコチャンチャンに出掛けると心なしか寂しさを覚えて置いてきぼりにされた子供のように感じ、長時間トイレに籠られたりすると死んでやしないかと不安さえ覚える。恐怖といってもよい。

目覚めた社長は青白い顔で「一睡もしていないのよ」と言った。


(だったら、今、いびきをかいていたライオンはだれだばぁ)


「じゃあ、お目覚の珈琲はいらないですね」

「うん、ううん」

「どっちなんですか」


ポカリスエットを買いに行かされた。 


「カゲがいると便利だわぁ」


(光栄ですとも……)


社長は具合が悪そうにぼやく。


「ねぇ、聞いてよぉ。昨日さぁ、もう散々道に迷ってさぁ、あの地図のせいだわ、全く。でね、やっと波の下のあの十三階にいったらさぁ、だあれもいないのよ。しかも、扉を開けっぱなしでさぁ、物騒じゃないの。泥棒でも入ったらどうするつもりなのかしらねぇ。兎に角、肩透かしよ、肩透かし。折角モデルガンも持ってバッチリ決めて行ったのに……」


(ひええっ、しゃ、社長おおおっ)


どっと冷や汗が吹き出る。


「そ、そうですか。兎に角、ご無事で何よりです」

「それは良いけど、あんまり悔しいから事務所のテーブルにあったタコスをまるごと持って来ちゃった。あら、心配しないで、まだ包まれて開けてないのがあったのよ。うふふ」


(それって盗みでしょ。泥棒の心配してた人は誰だあああ)


「で、町田ちゃんと此処でビール飲みながら食べたの。とっても美味しかったわよお」


モデルガンやらタコスやらに手に汗握りしめて拝聴していた大影は
(うううっ。よくぞ生きていてくれたものだ……)
と感動しつつも、強力下剤入りのタコスを食べさせられた町田所長の不幸を慮り、苦笑いした。


言い忘れていたが、ユメミル商事にトイレはひとつしかない。社長は草臥れ果てた顔に青いクマを浮き立たせて魔女のようにニタリと笑った。


「カゲの分も冷蔵庫に入っているから、オヤツにどうぞ」


(いりませんっ。このアマ、知っていながら毒リンゴ食わせる気かあ。何処かに行ってシンデレラにでも売って来てください)


そんな危険なものは売り物にするなと言いたいが、その前に大影はシンデレラと白雪姫の区別がつかないらしい。





















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