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最終章 ら・かんぱねら
九百円
しおりを挟む「こんな不届きな真似をするならピアノの授業料取るぞ。授業料。トモダチって言えばただになると思ったんだろうが甘かったな」
スツールに座る華奢でひ弱な秋月玲二に跨がって動きを封じていた大影は、驚きのあまり「ケチんぼ」と両腕に力を込めて抱き締めた。
「お前の才能は天からただで与えられたものだろう」
「だから何だ。放せ。重い。天からって、人の努力を認めないつもりか。お前は何をしに来たのだ。ピアノのレッスンはどうする」
「僕は、僕は慰めたいんだ。珍しく他人をただで慰めたい気分になってさ。秋月、お前の左腕になるよ。連弾しよう」
「耳を舐めるな。気持ち悪い。お前、これが慰めるシチュエーションか。ピアノを舐めるなよ。お前の腕前はそのレベルじゃない」
「言ったな」
大影は秋月の手を後ろに掴まえて上着を脱がせる。秋月の頬が染まった。
女性らしい膨らみが現れる。
「お、お前、豊胸手術したのか」
「違う。違うよ。ふ……ふたなりって言うんだ」
「雌雄同体か。まさか……」
「だから、五年生で膨らみはじめて、沖縄にいられなくなったんだ。留学先ではボーイッシュな女の子として暮らした。性別不問の世界ではなかったよ、音楽界は。僕は、あ、あ、愛人も、いた……何人かのマエストロを渡り歩いたよ」
「んんん、そんなことは聞いていない。ふたなりって、僕と同じものが付いてるんだよな。ああ……お前、タイプだ。僕はもう少しでクリスチャンに、なるところだったんだぞぉぉ。責任取れよ。お前は全部まるごとタイプだ。大好きだ。もう離さない」
秋月玲二の頬に両手を当てる。
そしてしつこくも、全ての人の上を平等に時は流れる。
親父は相変わらずクールな顔をして
「いいか、大影。くれぐれも生き馬の目玉などには関心を持つな。お前、まさか私の向こうを張って闇の帝王になるつもりではなかろうな」
と刺してくる。
カメは未だに差し歯治療を後回しにして「し」とか「す」の発音が中国人並みだが「いつ、気づくのでしゅかねえぇ」などと嗤う。
古着屋女社長がタコスの話を懸賞小説に応募して落選の憂き目を見たが為に、大影は売れっ子作家の秘書になり損ねた。
町田所長は、何処が良くてつるんでいるのかわからない古着屋女社長に「何処かの死にかけている金持ちのジジイとお見合いがしたい」などとこぼされて、抱き締め損ねた。世の中には若い女がごろごろといるのに、オバサンに何処を掴まれたのか、尽くしたがる年下男の母性本能も涙ぐましい。
大影は大学には受かったものの、複雑な思いで母親の遺影を眺めた。
(親父もカメも驚くだろうな、社長に会ったら……。遺影にほうれい線を描いたら瓜二つだ)
一年前に大学受験に失敗して、それは受験日に借金取り宜しく駆けずり回ってぼろぼろになって試験会場に行けなかったのが主な原因だったが、真夜中のパレット久茂地の噴水前で落ち込んでいたら酔いどれ女社長が声をかけたのだった。
「こら、未成年。十時過ぎているからお巡りさんに連絡しようね。それとも、私の奴隷になって古着屋本舗で働く。ユメミル商事って言うんだけどね。こんな処でぼさあああっとしててもお金は儲からないわよおおお」
(お、お母さんの幻か、金運の女神か……)
母性本能の欠片もない貧乏神に見初められて、大影はライオンのいびきをかく貧乏神の奴隷として、暇すぎる古着屋で貧乏神の妙竹林な小説の象形文字解読に勤しみ、パソコンでピアノのレッスンをしている。
問題の秋月玲二とはすっかり進展して、ピアノのレッスンと称して部屋に籠り、なにやら怪しいことに耽っている。
「お前、カンパネラはいつ完成するんだよ。あ、ああ……」
本気
リストのラ・カンパネラを二人で連弾する計画だ。守銭奴は身障者にピアノを弾かせて「生き馬の目玉」とは無関係の金儲けを企んでいる。
右腕を秋月玲二、左手を大影が受け持つ。両手の交差する難度の高い曲を抱き合うように密着しながらレッスンするので大影はキスしたくなったり男の子のあそこがひゃっほうと叫んだり欲望優先系で遅々として上達しない。
「毒蜘蛛、お前が悪い」
何が悪いと言うのか、大影は連弾デビューを夢見ながらふたなりの虜になって結婚式の費用を計算している。
(毒蜘蛛にバージンロードを歩かせるやさ)
ところで、全ての人の上を時は流れる。
大影は甘い結婚式の夢を実現させるために大人しくしていたが、それもジョージが大影の借金を踏み倒してケーメージェーンとは別の女と大阪辺りに駆け落ちしたことを知るまでだ。
大影はジョージを追って大阪の893を相手に返済を迫り、沖縄エンペラーの異名を取ることになるが、それはまたいつかの機会に。
「はい、面白い兄さん。良いのが入ったヨ。これは死んだ人のアレも立つくらいの凄すぎるものだネ。九百円だヨ。恋人が泣いて喜ぶネ」
「僕はちゃんと立つから必要ないやし」
「違うヨ、これは。あれがムカデになると言う噂あるネ。堪らんらしい。地球人はバカだからこんなものを作るあるネ。兄さんは見所あるから、商売を越えて、トモダチとして売ってあげるあるヨ。明日で消費期限が切れるから早く使え。ムカデだ、ムカデ」
「き、九百円か」
元手四百円でネットで手に入れた外国製の何の変哲もないビタミン剤だと守銭奴が知るのは、いつになるだろうか。
九百円払って買ったビタミン剤を懐に、大影は一目散に秋月医院に向かう。直ぐに使うつもりだ。口の端が吊り上がってニヤケてしまう。
勝連家の応接間では、お茶を運んで来たカメがクスッと笑った。
「旦那さんも、お人が悪いでしゅよ。お母さんはクリシュチャンだったなんて嘘を教えて。生きている人を黒額に入れたりしゅるなんて」
「検察官の女房にはおさまらない女だったんだ。クリスチャンと言っておけば大影のやんちゃを押さえられると思ったのだがな。大影には名前の通り、人々を世の熱射地獄から守る大きな影となってほしいものだ。決して闇の帝王とか言う大きな影ではなく……」
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