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第4章 君にハンガリー狂詩曲
誰にも見せたくない
しおりを挟む社長が帰宅して直ぐに、町田所長がケンタッキーフライドチキンを手土産にやって来た。
宿便まで出したのにも関わらずぽっちゃりしている社長に比べて、げっそり痩せた町田所長は、墓場から抜け出してきたゾンビみたいな骨と皮になって、ラルフローレンの数万円もするジーンズのジャケットをブカブカと着た歩くハンガーになっている。
大体、今時の沖縄で長袖ジージャンかよ暑いだろうと思うけど、クーラーどっぷり高額所得者には似合っている。
「一足遅かったか」
(何故、メスライオンに会えなかったくらいで肩を落とすのかわからない。会えなくて良かったですよ、町田ショチョー。
うちのシャチョーも、此処だけの話ですが顔だけはゾンビも恐れる生き霊になっていましたから。心筋弱かったら見ただけで棺桶が必要レベルですよ。
先ずは救急車を呼んでから会った方が……
あのメスライオンをものにしようという男がこの世にいるとは疑いたくないけれど、町田ショチョー、少し考えた方が……)
町田所長を同情しつつ薄く笑う。
(シャチョオォォ……あんなみっともない姿は誰にも晒すなぁぁぁ。見ても良いのは息子の僕だけだぁぁぁ)
と、叫ぶ。
すっかり息子のつもりでいるらしい。
処で、全ての人の上を平等に時は流れる。
男と金にルーズなケーメージェーンは両親の厳しい監督下に措かれて休学中だった某キリスト教女子短大へ復学して(げっ、あいつってば女子大生だったの。しかも、未成年者がピンサロバイトしてもお叱り程度なわけか)と大影に泡を吹かせた。
女タラシのジョージは折角チャラになったというのに、今度は車欲しさに二百万のローンを組んで毎月返済貧乏を余儀なくされたいらしい。大影から頭金の五十万を借りた。
大影はケーメージェーン連れ戻し謝礼五十万とお駄賃の五十万合わせて百万円を返金させられ、諸々の出費と入院費で青ざめて鼻血さえも出ない。
ジョージからの法廷金利内の利子を楽しみにするだけだ。
(来年こそはユメミル商事の奴隷の身分から解放されるべく地元経済学部に受かりたい……実家は家賃も水道光熱費もただだから)
そんなことを考えつつ、社長の応募小説をパソコンに打ち込みながら(売れっ子小説家の秘書も悪くないかも)なんて、夢見ている。
(これからは他人様のトラブルとか、余計なことに首を突っ込むような金儲けを企むのはよそう。バカな真似には必ず罰が下るみたいだ。二十歳になったら税金払わなくちゃあならないし、遠回りでも地道に稼ぐ方が一番利口だ。少年刑務所行きを免れただけでも感謝。神様って本当にいるんだなぁ。感謝)
大影も少しずつ大人になっていく。
町田所長の手土産を持って、週明けに手術予定の玲二の部屋を訪ねた。
しつこく絡んでピアノのレッスンを受ける。
「ピアノはな、鮹になったつもりで弾くんだ」
毒蜘蛛が鮹になれと言う。
「よし、わかった。タコだな。任せておけ。秋月、いつかふたりで連弾デビューしようぜ」
「そんな同情はいらない」
秋月玲二は冷たい目で睨む。
「あほな。天才に同情するほど甘くないよ。折角金の成る木を目の前にしているのに、単なるドージョーで金儲けできる訳ないじゃないか、なぁ」
真剣な顔で迫る。
「噂には聞いていたけど本当に恐るべき金の亡者だよね。片腕の身障者にピアノ弾かせて金儲け企むなんて、そんな悪どい奴だったんだ。金儲けの為には同情もしていられないと……」
「何でみんなして僕を苛めるんだろう。悪どい奴だって……ケンタッキーフライドチキン持って来たじゃないか」
町田所長の手土産のケンタッキーフライドチキンだ。大影は一円も出していない。
「ケンタッキーフライドチキンくらいでオトスつもりか」
「良いだろう。友達じゃないか、トモダチ……」
ただで使える言葉なのに、秋月に対して使う『トモダチ』というフレーズが財布の奥に納めた特別な記念コインの如く甘く響く。両腕がうずうずする。
「トモダチ……」
耳に口をつけんばかりに接近して囁いた。
「友達……お前、今は生徒と教師の間柄だ。甘えるなよ。ちゃんとピアノを弾け。手は鍵盤の上に置く。何をしに来たんだ。ほら、鍵盤の上……待って、本当に何をしに来たんだ、ヒーロー」
「待たない」
入院中、大影は秋月に何度か迫って猫パンチを喰らっていたから、そこは経験値がものを言う。両腕から封じた。
「あれ……お、お前……おっぱいがある……」
「触るなっ。見るなっ」
「双子って、嘘だったのか……」
「見せろ」
「嫌だっ。ドスケベっ」
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