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第二章 カリギュラ暗殺
(64)悪魔のような美しさ
しおりを挟むリトワール何処へ行った……
ジグヴァンゼラは、昼食の後、散歩に出掛けると言って部屋を出たアントワーヌが夕刻になっても戻って来ないのを訝った。
時折、馬車で遠出をする。水浴びが好きで、川で泳ぐと言う。
しっかり者の執事見習いを付けて事故の無いように見張らせているから安心ではあるが、あの執事見習いは背が伸びて、もう幾つになったか。とうに二十歳は過ぎておろう。そろそろ嫁でも娶らせようか。アントワーヌの傍に置くからには、家庭でも持たせておくのが良い。
ジグヴァンゼラはアントワーヌの帰りを待つ。
哀れなジグヴァンゼラ……人間は老いやすく儚い若さを求める生き物。老いらくの恋で、アントワーヌ以外は何も見えなくなっているのだな。
悪霊は次の計画を実行することにした。
領主館の裏は広々とした緑の連なるキャベツ畑で、サレは時折収穫を手伝い、買い上げるキャベツを選ぶ。
年を取って重いものを持つのが苦渋になって、鍋の係りは息子たちに任せたが、ジグヴァンゼラを始め使用人と兵士や孤児の兵士見習いまで含めて百人近い人数の食卓に、サレのソースはどうしても欠かせない。
サラダ用とメインディッシュの肉や魚それぞれの用の他に、煮物の味付け、また、ソーセージを作る際に混ぜるものなど多岐にわたる。サレのソースにお湯を注ぐだけで簡易スープにもなるのだ。
ソース作りは時間が掛かる。しかも、煮込んで水分が飛べば半分量もない。
今日もキャベツの入った大袋をリヤカーに幾つも乗せて、兵士の一人に牽いてもらう。
それを洗って細かく切り分け、鍋に放り込む。一から全てを行って、一日中かかる。大きな鍋でグツグツと煮込んだ甘い玉ねぎや人参も、自分で買い付けたものだ。
「サレ、そろそろお夕飯にしましょう。今日は働き詰めよ。どうしたの」
「いや、何でもないのだが、沢山作っておこうと思ってね。最近、身体が思うように動かないから、できるときに頑張っておかなきゃ」
「無理をしないで。私も、若い小間使いたちが使えるようになったから、少し手伝えると思うのだけど、本当なら、若い人たちにもあなたのソースの作り方を教えた方がいいんじゃないの」
「そうだな。マロリーの言う通りだ」
サレは疲れを感じて籠に凭れた。ずいぶん年を取ったものだと思う。若い頃は率先して働き、人の助けにもなったと自負しているが、この頃は少しの働きで嘆息する。
館を眺めた。ジグヴァンゼラの部屋の窓にカーテンが掛かっている。そのカーテンがシャッと開かれた。帰ってきたアントワーヌが両手を広げて立っている。恐らくは輝くほどのみずみずしい裸体を自然光に晒してジグヴァンゼラに見せつけているのだろう。サレは顔を背けた。
「綺麗だが、悪魔のような美しさだ。リトの旦那とは大違いだ。いつか正体を顕すに違いない。だが、それまで私がもつだろうか」
「あなた、私が役に立つことがあれば」
マロリー、お前も、噂になっている。私に似ていない次男坊のことだ。私はお前の貞操を信じている。マロリー、信じているよ。ああ、疲れた。少し、休むか……
悪霊がほくそえむ。
ふふふ、サレ。そろそろ私の手先になってみないか。有能な手先にしてやろうではないか。あの、悪魔のような美しい少年のことを面白く思ってはいないのだろう。サレ、マロリーが大切なら……
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