聖書サスペンス・領主殺害

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第三章 純愛と天使と悪霊

(89)衆道の疑い

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  ガレは長い睫毛を伏せて寝ている。昼御飯の後は軽く仮眠を取るのが習わしだ。母親はエレネイラを篭に入れて、時々揺すりながらカット刺繍の針を繰る。

  ガレは夢を見ていた。小さな頃、川面に映るそっくりな顔を喜んだ。何をするにもネイトと一緒だった。


「僕が黄色いリボン、ガレは青。最初から決めておねだりすれば、サレお祖父ちゃんは買ってきてくれるよ」


  二人を区別しなければならないこともある。モーナスは帰ろうとして息子ガレの手を引いたつもりがネイトだったことに驚いて、息子に手をのばせなくなっていた。名前を呼んでも、ネイトが悪戯に返事する。だから、リボンは役に立った。

  メンデとモーナスは互いを信じていたから、どんな疑いにも動じないはずだった。
が、モーナスは日々、鬱々と変わっていく。サレの小屋で、名を名乗らない金髪の黒マントに逢ってからだった。


「弟よ、お前は母親が不貞を働いたとでも思うのか。あり得ないぞ」


  メンデの言葉も、モーナスの不安を逆撫でした。モーナスは軽いノイローゼの状態を隠して耐えていたが、幼い息子ガレにはわかった。

  時間になると、ガレは父親のエプロンをそっと握って見上げる。口角を引き上げて頬を高くする。するとモーナスは安心して「ガレか」と、手を繋ぐのだ。


  その日も、モーナスは兵舎の影のベンチで休んでいた。横たわって片足を投げ出し、もう片方をベンチの角に乗せて、顔は手拭いで覆っていた。兵士のような体格だが、それでも金髪と言いエプロンと言い誰が見ても厨房のモーナスに違いない。

  兵舎に朝飯を出した後の短い休息だったが、その日は一人の兵士が話しかけてきた。まだ十六、七才の新入りで、ほっそりとして可愛いげがあり、モーナスの仕事を良く手伝う。


「モーナスさん、夕べ、どうして水車小屋に行ったのですか」


  生なりのシャツに、膝の下で裾を絞った草色のキュロット。今日は夜警の翌休らしい。


「ん、レネッティ。俺は水車小屋には行ってないぞ」


  手拭いを首に掛けて起き上がる。ベンチの空いた処に腰かけて、少年兵レネッティは頭を振った。


「モーナスさんを見間違えるなんてあり得ません。見回りの時に二人で見たんですから」

「俺をか……」

「はい。ここら辺で飛び抜けて背の高い体格の良い金髪頭はモーナスさんくらいですよ。間違いありません」


  モーナスはレネッティの顔をまじまじと見つめた。嘘を吐いているようには見えない。


「モーナスさん、そんなに見ないでくださいよ。僕は最近からかわれてばかりいるんですよ」

「何をからかわれるんだ」

「昔、兵舎では衆道が盛んだったとか。ザカリー領はそれでちょっとした噂になって、他所の貴族たちの関心を惹いていたとか」

「先のご領主様の若い時代には確かにあった。それでも兵士は大方入れ替わって衆道は下火になったはずだが」

「モーナスさん……」


  モーナスはたじろいだ。


「お前、まさか……」

「違いますよ。モーナスさんこそ。夕べの水車小屋」


  レネッティは声を潜めた。 


「男の人と一緒だったではないですか」


  モーナスは飛び上がった。勢い付いて立ってみたが、レネッティはぽかんとしている。


「そんなに驚かなくても……手を振りましたよね。僕に気付いて」

「誰と一緒だったと」

「貴族の方でしょう。良い身なりのように見えましたから。繁みに半分隠れててわかりませんでしたけどね。モーナスさんも隅に置けないなぁ」

「黒いマントではなかったか、その、金髪頭は」

「夜ですからね。しかも水車小屋辺りは木立と茂みで暗いですから。モーナスさんはその金髪が輝いていたので、モーナスさんだけはわかりましたけど」

「誰と見たのだ。夕べ一緒だった者は」

「ダネイロです。呼びますか」

「悪いが、聞きたいことがあるんだ」


  訝りながらやって来たダネイロは、モーナスの前に立って頭を掻く。一目見るなり女の顔だと誰もが思う。

  ダネイロはレネッテイほど子供ではない。痩せてはいるが体格のしっかりした兵士然とした風体をしている。レネッティと同じく生なりシャツと草色のキュロット姿だが、ダネイロのキュロットは色が褪せている。

  どこかで見たような女顔だとモーナスは思った。アントワーヌに似たような面影がある。

  ダネイロは、朴訥ぼくとつな口調で説明した。


「夕べ……俺は見ていないんだけど、こいつが、モーナスさんだモーナスさんだと手を振るので」

「じゃあ、見なかったのか」

「見なかったんじゃなくて、誰もいませんでしたよ。彼処は確かに木が生えてて茂みがあって暗いけれど、月が出ていたのではっきり見渡せたんです。人がいたら、捕らえますよ。モーナスさんは別ですが」

「誰もいなかったとは……」


  モーナスはレネッティを見た。ダネイロもレネッティに冷えた視線をやる。


「ま、待ってくださいよ。嘘ではありませんから。何で誰もいなかったなんて言うんですか。僕を嘘つきにしたいのですか」


  レネッティは立ち上がってダネイロに抗議した。ダネイロはレネッティの前で腕組みしてにやりた笑う。


「レネッティ。お前やっぱりあれか、衆道か。好きなんだろ、モーナ……」




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