毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第3章 ブガッティの女、猛烈に愛しているぜ

(18)縛ってあげようか

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昼前にジェイコバが目覚めた時、サニーは買い物から戻っていた。

イサドラとサニーが狭いキッチンで料理を作る。

サニーは木箱や布袋に溢れる野菜と小麦粉を眺め、油紙に包まれた牛肉の塊を喜び、イサドラに指示して卵を割らせたりして、声が華やいでいる。

ジェイコバは石炭を買いに出た。サニーの部屋は小さな湯沸かしストーブがあったが、石炭が切れていた。

イサドラは卵を割る度に笑った。黄身が壊れる。上手く割れない。ボウルに小麦粉入れる。粉が舞う。そんなことにも奇声を上げて喜ぶ。

ジェイコバが帰宅すると、キッチンの有り様は筆舌に尽くしがたい散らかり様で、女たちはアルビノのように白くなっていた。

3人でベッドに腰かけての遅い朝食。暖かくなった部屋でお腹が満ちる。何もすることがなくなって、3人で横になった。

ジェイコバは不思議な感覚に支配された。


まるで家族みたいだ
一緒に暮らすことのなかった家族
やっと巡り合った家族
そうなのだ、それに違いない


イサドラは、猫を抱くようにサニーを抱いて寝ている。その頭に腕を貸して、ジェイコバは二匹の猫を抱くように眠る。換気の通風口を開けても暖かい部屋。ストーブの火は小さいけれど、体温が互いに伝わって深い眠りに落ちた。



ウタマロに異変が起きた。サニーが店を辞めて田舎に帰ると言う。週給の少ない稼ぎに、何かの足しにと色を付けて、サヨコは安物のワインも数本手渡した。


その夜、事件は再び起きた。

ラルポアは、外出禁止になったラナンタータと一緒にリビングにいた。アントローサが所望するので、ラナンタータの肖像画に着手することにして、取り敢えずラフスケッチを何枚か描いた。

ラルポアの母親ショナロアはキッチンにいる。ちょっとした夜食をとラナンタータが甘えたので、喜んで火を起こす。

二枚のフライパンが焼けるのを待って、ワッフルを焼く。タネを流し込んだら、よく焼けた蓋用のフライパンを乗せる。蓋用のフライパンはひっくり返して火に掛けていたもの。上になった底の面に油を塗って、焼けたらワッフルに乗せるのだ。それがアントローサ家のワッフルだ。

ゴーフルと違うのは、ネタが多少膨らむので、ゴーフルの固さはない。

ラナンタータはラルポアのモデルになるのが割りと好きだった。ラルポアがイーゼルに向かう姿も見ていて落ち着く。


「そっくりでは嫌だからね。綺麗に描いてよ」

「ラナンタータ、自信を持って。本人以上に綺麗になんて描けないよ」

「そこはほら、いつものアレよ、恋愛詐欺師の本領発揮してさ。ね」

「ラナンタータ、詐欺師を擁護してはいけない」

「つもりだよ、つもり。ほら、歩くだけで余所の女の子をコロリと参らせちゃうじゃない。あんな感じで、ね、なったつもり。ね、ね」


つもりと言うが自分の何処を指して詐欺師と言っているのかラルポアには検討がつかない。

そしてどんなにそっくりに描いてもラナンタータ本人には敵わない。それが筆を折りボディーガードになった理由のひとつだ。絵描きのプロを目指すには限界を知るのが早すぎた。


「詐欺師のつもり」

「詐欺師のつもりになったことなんて、人生に一度もないよ」


馬鹿な話しにリラックスしていたからか、不振な物音に気づくのと殆ど同時に聞こえた叫び声が、二人を飛び上がらせた。


「きゃあああ、来ないでっ。来るなっ。きゃあああ、きゃあああ。ラルポア、ラルっ」


バコン、バコンと激しい音がする。ラルポアはキッチンに突進した。ラナンタータも後を追う。


ラルポアの母親ショナロアがフライパンで三人の男たちに応戦している。黒服に身を包んだ覆面の男たちが、焼けたフライパンで叩かれ、或いは股間にフライパンを差し挟まれて泡を喰っている。

登場したラルポアに驚いた先頭の覆面が逃げ道を探すも、後ろがつかえて逃げられない。その姿にボルテージの上がったショナロアは、熱々の鶏の煮汁をお玉杓子で振り掛けた。


「「「あっつ、熱い。あっ、つっ、熱っ熱っ」」」 


ラルポアは一瞬呆然としたが、直ぐに一番近い男の胸ぐらを掴んだ。熱い。横に倒す。次の男は煮汁を顔に掛けられてうずくまった。三人目が窓から飛び出す処でラルポアが脚を掴む。バランスを崩した男が振り返りしなラルポアに蹴りを入れた。


「あんたっ、うちの息子になんてことを」

しっかり焼けたフライパンを脚に押し付ける。

「うわああああ」


蓋用にする為に裏面に油を塗って焼いたフライパンだ。焼けた油の威力は衣料を焼いて肌まで熱を伝える。ジュウッと音をたてた。嫌な臭いがする。

三人の男を捕まえた。

ラナンタータは紐を複雑怪奇に巡らせて縛りあげ、蟹の形、海老反り、逆海老反りの形に縛った。

犯人たちの火傷の手当てをしながら、ショナロアは「親ごさんや親戚の恥じることをしたら駄目よ」と涙混じりに諭す。


「縛りが上手いね、ラナンタータ」

「ラルポアも縛ってあげようか、ふふ」

「いや、僕のことは良いからね、ラナンタータ。それよりこいつらは」


ラナンタータは白い頭を傾げて訊いた。


「このまま放置しておこうよ、ね」

「暴力は禁止されてるじゃないか」


柔らかなココア色と金髪の混じる髪が額に垂れる。ラルポアはその髪を人差し指でつと払って、真面目な顔で諌めた。

ラナンタータは天使の笑顔になる。


「そか。放置も暴力か、ラルポア。私は捕らえる為に仕方なく、仕方なあああく縛ったんだけどね。本当に仕方なあく、ね」

「仕方なくって、この縛り方は明らかに遊んでるよね、ラナンタータ」





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