毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第3章 ブガッティの女、猛烈に愛しているぜ

(20)ブガッティのセレブなカップル

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「奇妙な縛り方が話題になった。誰の仕業だ」


アントローサがラナンタータを睨んだのは朝食の時だった。


ラルポアの仕業とは思えない
どうせお前の仕業だろう


アントローサの口元は、ふっと諦めの形になった。

クロワッサンを一口分に千切って燻製のハムとホクホクのポテトを挟む。そこに炙りチーズをたっぷり乗せる。ニンジンと玉ねぎ、ブロッコリーのスープ。朝は軽く済ませるので、少しのフルーツと珈琲が付く。

笑顔に自信のないラナンタータがにっこりとひきつって笑った。


「お父様、私にはそんな手荒な芸当はできません。それに、奇妙なと言うより芸術的なと言った方が素敵だと思いますわ」

「ラナンタータ、やっぱりお前か」

「見抜かれたか。父上はやはり警視総監でしたね」

「お前のやんちゃぶりを人様から聞かされる私の耳は恥じておる。大体、天使のように恵まれた外見に生まれておきながら、何故、荒っぽい真似をするのだ」

「恵まれている……私が……ええっ」

「そうだ。お前は世界を知らない。世界もお前を知らない。ただそれだけのことだ。お前は十分恵まれている。平穏無事に暮らしてほしい」

「私だってそう願っているけど、あいつらの方からやって来たんだもんね。やっつけられるのは構わないんだってさ」

「ラナンタータ、お前は女の子だ。忘れるな」

「古い。私は女の子だからといって押さえつけられるのが一番嫌い。何で女の子は押さえつけられるの。男になりたいとは思わないけど、腹が立つ。選挙権もほしい」

「ラナンタータ、お前、暫く異世界のジャポンに行ってみるか。大和撫子の行儀見習いは凄まじいと話題だ」

「ジャポネ、ジャポニカ、ジャポニズム。わあい、本当に。嬉しい。ラルポアも喜ぶ。カナンデラは……」

「ジャポンは男尊女卑の国だぞ。良いのか」

「アマゾネスの国以外は世界中何処も同じ男尊女卑だよ。でも行く。ジャポジャポジャポォン。ああ、私は恵まれている。親の金でジャポジャポジャポンだぁ」

「私はそういう意味で恵まれていると言ったのではなかったのだが」



ウタマロで逮捕されたアトーは、ミリアム老人とロウナー社長がヴァルラケラピスのメンバーだと自供して獄中で死んだ。

一方、警察はミリアム老人とロウナー社長が同日に死亡していることを突き止め「折角手にした情報が霧散したが、おかしい」と首を捻る。

アントローサは警察内部にヴァルラケラピスと内通している者がいると踏んだ。


家宅捜索の礼状を持ってミリアム老人とロウナー社長自宅を調べ、血の染みた白いガウンとヴァルラケラピスの紋と思われる唐草の絡み付いたVの記章、多数の手紙やカードの類い、記念写真を押収した。

記念写真には恐るべきものが写っている。心臓と子宮と思われる臓器を左右の手に掲げて笑うミリアム老人と十二人のメンバー。
その中に知った顔があった。



シャンタンは鏡の前に立った。艶やかに水滴を弾く湯上がりの火照った肌。薄くなったカナンデラのキス・マーク。

触れるのも忌々しいが、ふと、イメージに襲われた。カナンデラの顔が近い。心臓が止まるかと思った。息子が反応する。


「殺す、カナンデラめ。殺してやる。俺様は男だ。何がイットガールだ。た、確かに少し似ているかも知れないけど、俺様は金髪碧眼だ。イットガールじゃない。お前のオンナじゃない。その証拠をお前の尻に突っ込んでやるぜ。うおおおおおお。俺様を誰だと思ってるんだぁぁ。この街のゴッドファーザー・シャンタンだぞぉぉぉ。カナンデラめぇぇぇ」


1927年の映画は白黒だ。たとえ金髪碧眼でも銀幕では白黒上映になる。

シャンタンの脳裏にカナンデラの顔が浮かぶ。


『シャンタン可愛い……』


勃起した。




劇場に向かう刑事たちの横を若いカップルが通りすぎる。
精悍な金髪の男はダークカラーのスリーピース、足を微かに引きずっている。頭にスカーフを巻いた女は毛皮のロングコート、揃ってサングラスのセレブなカップル。

1920年にシャネルから出た香水キュイール・ドゥルッシーがふわりと香る。若いキーツ・ナージ刑事は振り返りながら口笛を吹く。


劇場支配人に会いたいと告げた。二人がかりで幼いイサドラを攻め立てた双子のマジシャンは、今では支配人の座に収まり、脱出イリュージョンの舞台に立つことはなくなっていた。

刑事が支配人室に通された時、異変は既に起きていた。双子が共に喉を掻き毟っている。


「水を……くれ」

「早く、水を……」


刑事たちは聞き込み処ではなくなった。死に瀕しているわけでは無さそうだが、異常事態らしいことはわかった。

キーツ・ナージの身体が反応した。猟犬の様にサングラスのカップルを追う。
駐車場からブガッテイは出ていた。ナンバーも確認できないほど遠くに去ってゆく黒のブガッテイは、キーツ・ナージの胸に何らかの匂いを残した。



「イサドラは女神のようだ。俺様を覚醒させてくれた。今までちんけな下っぱ家業で小銭を稼いでいただけだったが、お前のお陰で、社会のトップに君臨する悪い奴等に天誅を下すことができる。それこそが俺様の望みだ。真の平等平和の為に社会を変えるのだ」


サイコパスは言い訳を用意して自分の犯罪を正当化する。

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