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第8章 泣き虫な王子様
(3)ラナンタータの聞きたいこと
しおりを挟むラルポアはカナンデラと顔を見合わせた。
「わははは、悪魔ちゃんからの命令だ。ビールとは随分安売りだなぁ、ラナンタータ」
ここぞとばかりに復讐するカナンデラを、ラルポアが諌める。
「所長、ラナンタータはお腹が空いているんだ。ね、ラナンタータ。おつまみ遅いね」
ウェイターが五枚の皿を一人で持って来た。左手で二枚の皿を持ち、一枚を腕に乗せて、あとの二枚を右手で持つ。皿と皿の間に指を挟んで重ならないようにするのがコツだ。
「お待たせしました。アボカドのマッキントッシュカナッペです。こちらはファンシーエッグ。三種のソーセージと、ピクルス焼きの一口トーストと、アスパラチキンです。どうぞ召し上がれ」
ラナンタータの目が輝きだした。片方の頬が痙攣っている。ラルポアがふふと笑い、カナンデラがわはははと声をあげて笑った。
「さあ、食え食え。飢えた野良猫どもよ。今夜は俺様が温めてやる」
「「嫌だ。断る」」
ラナンタータとラルポアがハモった。
「断るにしても即決か。息が合うね。おいら冗談なのに通じないのが切ない……」
「カナンデラ、私はゲルトルデ・シュテーデルの屋敷から家に電話したよ。婆やが出た」
「なんと言った」
「楽しく遊んでいるから心配しないでと」
「婚前旅行だと思われたな」
カナンデラはラルポアを見た。ラルポアはフォークで刺したソーセージを口に運ぶ処を止め、ラナンタータを見た。ラナンタータはラルポアを一瞥して視線を外し、天井を見ながらレモネードを飲む。
「カナン、おかしなプレッシャーをかけないでほしい。僕はラナンタータをどうするつもりもない」
「お前はアホか。何でこんなチャンスをモノにしない。今ならラナンタータと異世界駆け落ちできるんだぞ」
「駆け落ちっ」ラナンタータが食い付く。「ね、駆け落ちっての聞いたことがある。どうするの」
「このまま帰らなければ良い。この世界の何処かでラルポアと一緒に暮らせ。それが異世界駆け落ちだ。しかし、アレだな。アントローサ皇帝にしてみれば駆け落ちされる謂れがないな。お前らの結婚を望んでいるからな」
「お父さんが私とラルポアの結婚を望んでいるの。何故わかるの。カナンデラ、何か聞いたのか」
「聞いたぞ、俺様はちゃんと聞いた。気になるか。あのな……」
男の身体に外傷はなかったが、ローランのワインキスに抵抗できないほど衰弱していた。衣服からかなりな資産家であることが判明し、ジェレメール・ラプソール年齢22才ということが手帳からわかった。
手帳には(輸血しないでください)というカードが挟まれていた。1980年代のいつ頃からか、巷で静かに広がり始めた第三のキリスト教ビーブルフォルシェル団体の信者だ。
ジェレメールの褐色の肌色に、真珠に嵌まった黒曜石の瞳と真珠の輝きを持つ歯が美しいと感じたことに、ローランは甘い罪悪感を抱いた。まだリヒターの唇の感触が残っている。そしてカナンデラの不躾な手の技も……
ホテルに戻ってからも、ジェレメール・ラプソールの真珠に嵌まった黒曜石の瞳に引き込まれて悶々と過ごし、眠れぬ夜をバーで過ごすために部屋を出た。
たまたま、同じホテルだった。ホテルのバーにカナンデラの目立つ姿があった。洒落者は何処でも眼を引く。
バーの男たちの中の数人は、カナンデラと目が合えばウインクする気でちらちらと視線を寄越す。カナンデラは顔立ちは言うに及ばず鍛え上げた体格もなかなかのもので、身なりも金の匂いがする。
シャンタンに貞操を尽くすつもりのカナンデラだから、色気を含む視線には気づかぬふりをしていたが、開いたドアにローランの姿を認めたとき、ミュンヒナーデュンケルをブフッと吹いた。ローランも頬を赤らめる。手淫の相手だ。
ラナンタータがローランに声をかけた。
「一緒にどう」
「有り難う、ラナンタータ。カナンデラさん、ラルポアさんも……あの」
「俺様はご一緒してやってもいいぞ。ローランは良い子だからな」
カナンデラに注目していた周りの視線がすっと退く。ドイツで「男性間の姦婬」を規制する法律が制定される前から、男色は世界中に根強くあったのだ。
「はっはぁ、ローラン。お前さんは、良いところに来た」
カナンデラに肩を組まれて真っ赤になった。
ウェイターがローランの名前入りのビアグラスを持ってきた。陶器のビアグラスには蓋が付いている。
「僕はこのバーの常連なんです。親戚がドイツにいるので。ここ、マイグラスを置くと最初の一杯は無料なんですよ」
「カナンデラぁ、お金持ちの旦那ぁ。みんなでマイグラスを置かせてもらおうよぉ。一杯がただだよ」
「マイグラスの方が高いですよ、ラナンタータさん」
「ははは、スケベな顔しているのに冗談が通じないね、ローランったら」
「まあ、乾杯が先だな、チンチン」
馬車の中で大人のキスをされそうになったことを忘れて、ラナンタータはひくひくと頬を痙攣らせた。ローランとは此処で会えたが百年目。どうしても聞いておきたいことがある。聞かなければ夜も眠れそうにない。
「ねぇ、ねぇ、ローラン。あのさ、リヒターとソファーでどんな格好をしていたの」
三人の男が同時に「「「ブッ……」」」と吹いた。
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