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第8章 泣き虫な王子様
(8)捕食者感覚
しおりを挟むローランがぽそりと呟く。
「あんなに可愛い人を裏切るなんて……」
その呟きはカナンデラの耳に入った。
「ローラン、何を知っている」
ローランはぎょっとして頭を振った。
「いや、何も……」
「ラルポアついて何か知っているんだな」
カナンデラはローランの腕を引いて立ち上がらせた。
「俺様も耳がお前さんに用事があると」
ベランダに引っ張って行く。
「何も知りませんよ」
「これでもか」
カナンデラの手がローランの目の前でひらひら踊る。
「ああっ、そ、それは」
リヒター所長とソファーで縛られてカナンデラに擦られたことを思い出した。
「ふふふ。お前、俺様の手にかかったら……」
がっとローランの胯間を掴む。
「ひえっ、ま、待って」
「待たない。ラルポアが裏切ったとはどういうことだ」
ローランの肩を抱いてベランダの手摺に腹を押し付け右手を動かす。
「カ、カナンデラさん……ううっ、止めてください。何か知っていたら話しますよ」
ローランの耳の側にカナンデラの口がある。
「じゃあ素直に吐け。騙せると思うな」
激しく手を動かす。
「待って、待って、ああ……」
ローランは必死に堪えようとするが、健康な男子が一人前の一物をテクニシャンカナンデラに擦られて萎えたままでいるわけがない。恥ずかしいくらいに膨らんで、ローランは堪えられなくなった。
「言います。話しますから……」
カナンデラはローランを手摺に押し付けたまま「嘘を吐くな」と脅す。手を止めた。
「ラルポアさんは、あの、あなたも一緒だった居酒屋ライブハウスで……」
「おお、あのデカダンス・ジョークか。あの店で何があった」
カナンデラの手が再び動き出す。ローランは仰け反ってカナンデラの肩に凭れ首に額を付けた。
「ああ……ラルポアさんがシャンタン会長と二人で」
カナンデラの目が鋭くなる。
「二人で……」
「言い争いをしていたんです。浮気がどうとか」
「どうとか……」
カナンデラはローランのベルトを外しにかかった。ローランはそれに気づいて奮える。
「ああ、カナンデラさん……止めて、こんな処で」
「吐け。全て話せ。でなければ」
「う……ラ、ラルポアさんが浮気したと言って、シャンタン会長が責めていたんです。シャンタン会長はラルポアさんを愛していて……」
「何だとぉ……そんな馬鹿な」
ベルトが外れズボンのウエストアジャスターを開く。既にチャックに手を掛けている。
「本当です。本当なんです。二度と裏切らないでと真剣に迫っていたんです。泣きそうでした」
「それからどうした」
「それから僕に気がついて、僕はまずい処に出くわしたと思って立ち去りました。だから、後はもう……」
カナンデラはローランを放した。
「カナンデラさん、僕から聞いたと言わないでください」
「馬鹿な。お前から聞いたのでなければどうやって知ると言うのだ」
カナンデラは部屋に入ってトロッケンベーレンアウスレーゼを一口飲んだ。
「甘い……」
カナンデラは目を細めて遠くを見た。
シャンタンがラルポアと……あり得る。
シャンタンは俺様とはまだ初夜を迎えていない。
違う。シャンタンはそんなやつではない。
ナーシャ……シャンタン……
カナンデラはソファーに深く凭れた。
ジェレメールがベランダに出た。ローランの横に立つ。ローランは憂いに沈んだ顔でジェレメールを見た。
「どうかしたんですか」
ジェレメールは不用意に近づき過ぎた。ローランは勃起したままの下腹部に指示されてジェレメールを抱き締めた。
「ローランさん、どうしたんです」
「ジェレメール、可愛い。ジェレメール、好きだよ」
相手が何処ぞの国の後継者争い真っ最中の殿下だということを忘れ、下腹部の司令を受けた脳味噌は全身を使ってジェレメールを抱き締めキスした。
これほどの濃厚接触はないという激しいキスの嵐がジェレメールを襲う。ジェレメールは初め、記憶のなさが仇になったか抵抗せずにされるがままローランの舌の動きに感じるものがあったが、下腹部を押し付けられ、殿下と呼ばれる身分を微かに意識して抗ってみた。
ジェレメールは無駄な抵抗を示して、ますます強く抱き締められた。ローランは猫のように動くものを追う捕食者の傾向もあるらしい。ジェレメールは身動きが取れなくなった。
ふと、ベランダに目をやってカナンデラはふふんと笑った。
「面白いことをするじゃないか、ローラン」
ラルポアとシャンタン……
シャンタンは無実の罪を擦り付けられたに違いない。シャンタンは俺様だけのもの。
ラルポアは有罪だ。ラナンタータがいながらにしてナニに振り回されているのだ。ポンテンカス……
何処からか「お前のせいでナニに振り回されているのがベランダに……」と聞こえそうな、身勝手なカナンデラだ。
トロッケンベーレンアウスレーゼの甘さに、ソファーに倒れた。
「シャンタン……裏切るなよ。このドイツワインを一緒に飲もう」
普段なら、シャンタンとあんなこともこんなこともといけない妄想で独り盛り上がるカナンデラが、甘いワインに打ちのめされて沈む。
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