亡国のマニフェスト2️⃣ ガキの立法

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
9 / 12

第八話 其々

しおりを挟む


サレが「ねぇ、みんな。こまごまとした法律で人間を縛らなくても誰も罪を犯さない世界が楽園だとすれば、皆がそれぞれ印象に残った聖句を法制化してみたらどうだろうか」と提案した。


サレは、楽園の実現は人間によるのではないけど、人間が楽園の実現を目指すのは無駄ではないと言う。人間には楽園に適応するための訓練が必要なのだ。


「成る程ね。それなら簡単すぎる気もしないでもないけれど、未来世界の投影図というか、青写真的な感じで良いかも」とメイヤー・ビーンズが肯定して、他のメンバーも頷く。


新たな法律が形作る未来は、楽園がモデルだ。


サレのグループは、其々が聖書をめくって必要な聖句をメモし始めた。気に入った聖句と関連する聖句を幾つか根拠にして、メンバー全員が其々ひとつの新たな法律を産み出す。迷い込んだ森は深い雪の森、深い聖書の森だ。積もった雪を払い、鮮やかな色を探す。


気分転換に雪景色を見ようとして席を立ったガルボは、出窓のガラスに腕を伸ばした。赤いストレートヘアを肩で切り揃え、一見するとまるで女の子に見えるガルボが、華奢な身体を乗り出して出窓に片足を付くポーズはビガーのからかいのネタになる。


「お前も不用心なやつだな。こんなポーズを縦のオルガンに見られたら強制連行だぞ。丸い尻を突き出しやがって」


金髪キノコ頭のビガーも席を立つ。


「それって、セクハラ。縦のオルガンなら心配ないよ。僕はその気はないって断言してきたもの。自分で言うのもなんだけど物凄い剣幕で三年生を怒鳴り倒してやったのさ」


ガルボは片親の子だ。リッケ・モンイジャンと同じく入学式直前の日に到着した理由が、親の病気だ。『あなたのことが心配で治療に専念できない』と言われて泣く泣く寄宿舎にやって来た。


大金持ちの子弟に交じって校内の寄宿舎で生活するのに不安があった。ガルボの家とて貧困家庭では決してないが、大金持ちと言うわけでもない。ガルボとしては、入院中の母親を安心させるためと勉学に励むつもりでやって来たのだ。それが、入学式直後にクラスメートのエシュアと共に生徒会長サロンに連行された。


「凄いな、ガルー。なんて言ってやったんだ」


ガルボは、大企業の縦社会のしがらみが子供社会にまで大木の根っこのように浸透して絡んでいるのを恐怖に思い、早くもホームシックに罹患かかっている。


「僕に触るなって。ヤるならヤるでお前ら全員尻の穴から内蔵引っ張りだしてミジンコ詰めるぞってね。一緒だった友達は自殺してやる、遺書書いて暴露して死んでやるぅって騒いでいたよ。それで縦のオルガンは諦めたんだ」


死ぬ死ぬと騒ぐワッフルヘアのエシュアの剣幕に押されて、弱腰だったガルボも抵抗できたのだった。


指先で曇ったガラスを拭く。車のワイパーのように半円を描くと、雪景色が出現する。後ろからガルボの腰を支えていたビガーの手が力む。


「お前、尻の穴から何を引っ張り出すとか、可愛い顔してなんてことを言うんだ。まさか俺にもそんなことを言うつもり。触るなって」

「軽々しく触るなよ。お前らのような金持ちのガキなんて嫌いだ」

「ふうん。俺、父親が仕事で中東に行ってるんだ。あそこら辺はいつ何が起こるかわからないけど、大金吸い上げられるプールだってよ。ははは。俺は大金持ちの息子だ。君に憎まれて当然かな」とビガーは苦笑いする。


ガルボはビガーを振り向いた。


「そう言えば妾の子だって……」

「そうだよ。大金持ちの息子だけど、妾の子だ。クラスの半分は妾の子だ」


金髪キノコのビガーが自虐的に笑う。


「そんなに多いの。後の半分は……」


そういえばエシュアも
妾の子だったっけ
隣の席で仲良くなったんだ


「正妻の子でも次男以下だ。俺は妾の子で五男だ。下にもいる。父親には新しい女がいて、さらに産まれるようだ。だのに中東だぜ。金なら腐るほどあるはずなのに命が惜しくないのかって……」

「子供心は親不知オヤシラズって言うよね」とガルボが溜め息を吐いて「逆じゃね」と笑われた。

「そうだっけ。ははは……」


横から小柄なジャン・クリップが声をかける。


「僕たちはみんな、家庭環境に似たところがあるね」


メイヤー・ビーンズがファイルケースを閉じて席を立つ。それだけでも美形は絵になる。


「ジャン・クリップ、そろそろ夕食だよ。一緒に出ないか。続きは僕の部屋で……」

「うん。僕はかなり調べなければならなくなって、手伝ってくれるんなら」

「勿論さ。メンバーだろ。じゃあみんな、僕たちお先に失礼するよ」


サレも立ち上がって、ガルボとビガーに声をかけた。


「ねぇ、もうイミッチャ討議室を閉めるけど、出ないの」


ガルボが「もう少しいる」と答え、ビガーは苦笑いして「俺が閉めるよ」と鍵を受け取った。


ドアを開いたサレの頬が冷たさに反応した。イミッチャと廊下の気温の変化に、サレの全身の毛穴がきゅっと引き締まる。



将来実現する楽園で
暮らしたいのならば
今のうちに人間性の形成に
努力しなければならない


この学園の寄宿部クラスには家庭で弾かれた子供たちが集まってくる。サレは正妻の子だが九男坊だ。国際的ホテルチェーンを展開する八人の兄がいて、サレ自身は十八にならなければ両親の遺産を継げない。


サレは心の中で呟く。

僕の楽園は
死人が甦るという約束を
神が果たしてくださる時に
実現する

パパとママに会いたい
僕は良い子でいるよ
しっかり勉強して
しっかり食べて
ゆっくり眠って
大きく逞しくなって
頼れる大人になるよ

楽園で再会する時の
パパとママの驚く顔が
眼に浮かぶよ

僕は両手を広げて
パパとママを抱き締める

パパとママも僕を
抱き締めてくれるんだ




「ねえ、ぼ、僕は男の子だよ」
「理想的だ。君こそ僕のオメガだよ、ガルボ」
「はあっ。オメガって何っ……」












しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

処理中です...