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ギースの塔

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 亀裂の向こう側へ踏み込んだ瞬間、視界が全て暗闇に包まれた。
 何も見えなければ、音すらも無い。
 一瞬の事なのか、永遠に続いているのか、時間の感覚すらも分からなくなる。
 恐怖、疑心、不安・・・その全てを振り払い、足を踏み出した。

 ブラックアウトの向こう側は、眩しかった。

 強い日差しを受けて、目を細める。
 顔に、日差しの熱を感じ、心地よい。
 次第に、光に目が慣れると、辺りの景色が見えてきた。
 
 最初に目に映り込んだのは、巨大な塔だった。
 深い森林に囲まれたその塔は、天高く聳え立っており、頂上は、雲に隠れて見えなかった。
 圧倒的な存在感でそこに立つ塔には、窓らしきものは無く、茶色い壁だけしかない。
 
「ここは・・・森?それに、なんだあの塔?・・・人間が、あんな建物を創れるのか?・・・・しかし、まぁ、・・・外だ――――!!!!!!!」
 俺は、歓喜して、叫ぶ。
 腹の底から、嬉しさが込み上がってくるのを感じた。

 ガサガサ!!!っと草むらから音がして、ビクッと飛び跳ねた。
 
「な、なんだ!?」
 音のした方を見ると、少女がこっちを見ていた。
 美しい金髪を肩のあたりで揃えており、大きな青い瞳と白い肌をしている。
 可愛らしい西洋風のワンピースを着た10代半ばくらいの少女だ。
 
「あっ!人だ!!」
 俺が叫ぶと、今度は、少女がビクッとなる。
 やばい、警戒している。
 今近づいたら、逃げられる気がする。
 何日ぶりかわからないが、やっと会えた人間だ。
 このチャンスを逃がす訳にはいかない。

「あ、あの~、すみませんが。近くに、人の住んでる場所はありますか?」
 俺が親切に尋ねるが、少女は、ジッとこっちを見ている。
 なんだか、気まずい時間が流れる。
「・・・あっちにある。」
 暫くして、少女が指差しながら答えた。
 どうやら、向こうに村か町があるようだ。

「案内って、してもらえます?・・俺、この辺、よくわからなくて」

「・・・あなた、冒険者じゃないの?」
 少女は、不思議そうな顔で質問してきた。
「冒険者?・・・何それ?」
「違うなら、いい。・・・ついてきて」

 俺は少女の後に続く。

「あなた、あそこで、何をしていたの?」
 少女が、疑心の瞳で聞いてきた。
「えーと、ちょっと道に迷ってて・・・グー・・・」
 俺の腹が空腹のサイレンを鳴らす。
「アハハ!・・・なんだ、ただの迷子か。心配して損した!」
 少女は大仰に笑い、笑顔を作る。俺は、少し、赤面するが、とりあえず彼女の警戒が解けてほっとする。
 
 およそ20分程歩いた所で、人里に着いた。
 そこには、森を切り開く様に、割と賑わった街が広がっていた。
 家は木造が多く、所々に石造りの建物もある。
 舗装のされていない道には、多くの人が往来しており、時折、馬車等の姿もあった。
 ただ、違和感があるとしたら、馬車?いつの時代だ?なんとなくだが、古い気がする。
 でも、なんだか、新鮮でワクワクする気持ちの方が強かった。
 俺が、きょろきょろと周りを見ていると、少女がジロリと見てきた。
「あなた、どこの田舎から来たの?馬車がそんなに珍しい?クスッ」
 ・・・なんか、少女に小ばかにされた気がする。
「あぁ、えーと、言い忘れていたけど、俺、記憶喪失みたいで、ここがどこで、自分が何者かも、わからないんだよね」
「えぇ!?そうなの!?大変じゃない!・・・ってか、どうしてそんなに落ち着いていられるのよ!?」
 少女は、大きな瞳をさらに大きくし、驚いている。
 
「いや、まあ、焦ってもしょうがないしね。取敢えず、少しずつ、記憶の手掛かりを探すよ」
「ふーん、つまんないわね。まぁ、いいわ!あそこに美味しいランチのお店があるから、ご飯にしましょう!」
「うん!賛成!」
 俺はもう、今にも倒れそうだ。
 取敢えず、なんでもいいから、腹に入れたい。
 少女の指差す方向には、木造の建物があり、表の看板には、【ギース亭】と書かれている。
 扉の側にあるボードには、手書きで、「今日のおすすめは、ギース豚の角煮」と書かれている。
 
「ギースって何?地名?」
 俺が疑問に思って聞く。

「あ、あなた、そんなことも知らないの!?その記憶喪失は、相当重症ね・・・ギースの塔の事よ!あなたもさっき見たでしょ?」
「ああ!あの大きな塔の事か!へぇ~、あれか、じゃあ、ギース豚って、塔の中に生息しているの!?」
「当たり前でしょ?ここらへんの食物や物資は、殆どが塔から取れる物じゃない」
「・・・へぇ、そうなんだ」
「まぁ、そんな事は、どうでもいいでしょ?早く入りましょう!」
「ああ!」

「へい!!いらっしゃい!」
 扉を開けると、太めのおばちゃんが大きな声で出迎えてくれた。
「2名よ!」
 少女が慣れた感じで答えた。
「奥のテーブルが空いてるよ!」
 おばちゃんが親指で指すテーブルに着き、辺りを見渡すと、客は20人程、思ったより賑わっている。
「何にするのよ」
 少女が聞いてくる。
 なんだか、段々と、口調が上からになってきている気がするのだが・・・気のせいだろう。
「じゃあ、ギース豚の角煮。あと、水!」
 とりあえず、おすすめを頼むのが定石だ。
 
 少女が、先程のおばちゃんを呼び、注文を済ませる。
 彼女は、鶏肉のソテーを頼んでいた。
 割と、待つことなく料理は運ばれてきた。
 まず、最初に、水を一気に飲み干す。
 直ぐにお代わりを頼み、料理に手を付けた。
 まるで、数年ぶりにご飯を食べるような感覚だ。
 うまい!濃厚なソースと脂がのり、とろける様な豚の食感がマッチして、絶妙な味だ。  
 ご飯が進む。
 あっという間に全て平らげた・・・心の底から満腹感を感じる・・・幸せだ。

「あなた、相当、お腹が空いてたのね。そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私の名前はミーナよ。この町で冒険者をやっているわ。」
 ミーナと名乗った少女は、ジッと俺の顔をみる。 
「・・・あぁ、記憶喪失なんだっけ?」
「ああ、だけど、名前だけは分かる。レンだ。遅くなったけど、さっきは助けてくれてありがとう」
 俺が右手を差し出すと、ミーナはおずおずとだが、右手で握り返してくれた。

「取敢えず、お勘定にしましょうか・・・えーと、ギース豚の角煮は、2銀貨ね」
「2銀貨?・・・それって、円だといくら?」
 あっれ~??通貨、違うの!?・・・すっげー嫌な予感がする。
「円?なによそれ?・・・はっ!・・・レンって、もしかして、お金持ってないの!?」
「うっ・・・・ごめん」
「・・・まったく、しょうがないわね。いいわ、ここは、私が立替えてあげる。その代わり、身体で払ってもらうからね」
「か、身体でって・・・どういう意味?」
「いいから、ついて来なさい!これからレンは、私の下僕ね!・・・それとも、食い逃げ犯になりたい?」
 可愛らしい顔で、憎らし気に笑う。
「・・・はい」
 
 俺は、黙ってミーナについて行く。

 案内された先は、大きな石造りの建物だった。
 表には、大きく「ギース冒険者協会」と書かれている。
 出入りしている者達は、皆、各々が武装をしており、剣や斧などを装備し、身体にはアーマーを着ていた。
 
「冒険者・・・・ねえ、ミーナさん。冒険者って何?」
「・・・冒険者っていうのは、あのギースの塔を探索する人達の事よ。さっきも言ったけど、この街は、塔から持ち出された資源で成り立っているのよ。食べ物も鉱物も全て、あの塔の中から取れるの」
「へぇ~、あの塔って、誰が造ったの?スッゲーでかいけど」
「さぁ、知らないわ、数百年前には、既に在ったって言われているし、古代人が造ったとか、神が造ったとか・・・色々と諸説があるわ」
「ふーん。ちなみに、あの頂上には、何があるの?」
「さっきから質問が多いわね。あの頂上には、まだ、誰も行ったことがないわ!伝説では、神の住処だとか、金銀財宝があるとか、願いが1つ叶うとか、色々と言われているわ・・・だから、私達は塔を登るの」
「成程、あんな高い建物に登るなんて、大変だな~」
「何、他人事の様に言っているのよ!レンも登るのよ?」
「はい?」
「さっき、言ったじゃない、身体で払ってもらうって、塔に登って、冒険者として、しっかり働いてもらうわよ!」
「はい!?」

 ここから、俺の冒険者生活が始まった。
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