上 下
25 / 44

塔に登る理由

しおりを挟む
「さあ!着いたわよ!」
「はぁ~、近くで見ると、すごいなぁ」 
 俺とミーナは、塔の前に着いた。
 その荘厳さに、ため息が漏れる。
 近くで見ると、塔はさらに大きく見えた。
 横幅だけで、10キロ以上あるのではないかと思われる。
 塔の壁は赤茶けた石のような物でできており、薄っすらと幾何学模様が刻まれている。
 しかし、壁にはつなぎ目らしきものが無く、一つの大きな石でできている様にも見える。
 ・・・こんな巨大な石など存在するはずも無い、恐らく、高度な技術を持った職人が、つなぎ目が分からないくらい精巧に造ったのだろう。
 
 塔の周りには、多くの人間が集まっていた。
 その大半は、冒険者や商人達だ。
 塔には巨大な扉が一つ開かれており、そこを、武装した冒険者たちが行き来している。
 塔の周りでは、多くのテントが張られており、そこで、冒険者と商人が様々な商品を見せ合い、商談を行っている。
 塔に入る前の冒険者には、アイテムや武器を売りつけ、塔から出てくる冒険者には、貴重な鉱石やアイテムが発見されていないかを確認し、目ぼしい物があれば、その場で交渉に入る。
 また、殆どの者が荷馬車で来ているため、大量の荷馬車が置かれている。
 ミーナに聞くと、塔から持ち帰った成果を運ぶためらしい。
 中には運び屋と呼ばれる者もおり、塔から出てきた冒険者を近くの街へ運ぶ事で稼いでいる者たちのことだという。
 少し見ただけでも、この塔が、この世界の経済を支えている事がよくわかった。

 俺は、ジーパンとブーツを履き、黒いTシャツの上からプレートアーマーを装備し、その上から黒いジャケットを羽織っている。
 周りの冒険者と比べると、些か心もとない装備ではあった。
 目線を、ミーナに向けると、彼女は紺と白の西洋風のワンピースだけだった。
 
「ところで、ミーナは、装備は無いのか?武器も無さそうなんだが・・・まさか、俺だけに戦えって言わないよね?」
 俺は若干不安になりながら、聞く。
  
「流石に、そんな事言わないわよ!・・・私は魔術師よ!だから近接用の装備は要らないの」
 ミーナは、右の人差し指を立てると、指先に、ゴルフボール程の氷の結晶が創られる。

「うわ!凄いな!・・・魔法使いとか、ファンタジーだな!・・・ってか、あれ?・・・魔法が現実?・・・何かおかしくないか?・・・これも、記憶喪失のせいなのか?」
 
「魔法は、塔の上層に行ったことのある人間にしか使えないからね。あなたの住んでいた地方には、使える人間がいなかったんじゃない?」
「そうなのか・・・まあ、そういうもんなのか?」
 納得は出来ないが、とりあえず、分からない事をグダグダ考えてもしょうがない。
「そういうもんよ・・・取敢えず、レンは、塔に入るのは初めてなのよね。じゃあ、入る前に説明をしておくわね」
「ああ、宜しくお願いします」
 
 ミーナの説明によると、塔は、東西南北に扉が一つづつ有り、どの扉から入っても繋がっているらしい。
 ちなみに目の前にある扉は南扉だとか。
 塔の1から10階までは下層と呼ばれ、比較的安全な区域である。
 殆どのDからC級冒険者は10階までしか行かないらしい。
 11階から30階は中層と呼ばれ、貴重な鉱石や薬草等が取れる。
 しかし、中層からは比較的凶暴で中型の魔物が現れるため、B級からA級の冒険者が担当している。
 31階から上は、上層と呼ばれ、危険区域とされている。
 現れる魔物も大型で手の付けられないタイプが多く、S級冒険者か自殺願望者しか行かない区域だ。
 ただ、31階以上には、人類が見たことも無いような、貴重な魔道具や食材、鉱石など、様々なアイテムが手に入るとのことだ。
 そこで手に入るアイテムには、とんでもない高値が付けられるとか。
 しかも、上層の中には、魔法の泉という場所があるらしく、そこの水を飲むと魔力を手にすることが出来るらしい。
 これは、凄く興味がある。
 ただ、上層に行くためには、30階に住むと言われる【オーガ】を掻い潜るか倒すかしないと行けないらしい。
 最上階が何階なのかは、未だ分からないならしいが、過去最高記録では、160年前に、450階まで到達した人間がいるとか。

 「ちなみに、私のベスト記録は99階よ。100階の入口は、ドラゴンが守っているから、上がれないのよね」

 ミーナは、自慢げに胸を張って言うが、張るほどの胸は無かった。
 しかし、そんな事よりも、聞き捨てならない言葉がある。

「ドラゴン!?そんな伝説級の化物もいるのかよ!本当に大丈夫か?」
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ!安全第一で行きましょう!取敢えず、レンが慣れるまでは、いきなりそんな上層には登らないわ」
「あぁ、そうだな。とりあえず、新しい鎧を買うだけの成果が出たら、直ぐに降りよう!」
 正直、さっきのおっさんの忠告通り、10階より上には行きたくないってのが本音だった。
「じゃあ、行くわよ!まあ、30階に辿り着けば良い方でしょ!」
 
 ・・・・先が思いやられる。

 塔の門をくぐると、中には石造りの通路が続いており、壁の両脇には、等間隔で松明が置かれている。
 幅20メートルくらいの通路で、何とか床が見える程度の明るさだった。
 およそ50メートル程、通路を歩いて行くと、急に明るくなった。
 ・・・・通路の先には、広大な草原が広がっていた。
 室内なのに、なぜか明るい。
 上を見てみると、天井全体が白く光っていた。
 眩しい程ではないが、暗くも無い、そんな感じの明るさだった。
 
「これが、ギースの塔の中?まるで、外にいるみたいだな」
「1階は、草原フロアになっていて、端から端まで、ずっと草原よ、ここには、ギース豚やギース鳥が生息していて、よく新米冒険者が狩りの練習をしているわ。あなたも、お昼に食べたでしょ?」
「あぁ!ここで取れるのか!じゃあ、俺も一匹・・・」
「まぁ、こんな場所には、特に用事もないし、直ぐに上の階層へ行きましょう!」 
 ・・・俺の意見は、許されないようだ。 
「・・・ところで、ミーナ、一個聞いてもいいか?」
「何よ?改まって、さっきからいっぱい質問してるじゃない?」
「・・・ミーナは、なんで最上階を目指しているんだ?」
「それは・・・願いを叶えるためよ」
「最上階に行くと、願いが叶うってやつか・・・でも、違うかも知れないんだろ?」
「でも、私は、希望を捨てるわけには行かないわ」
 彼女の言葉には強い意志が感じられた。
「そんな、危険を冒してまで叶えたい願いって・・・聞いてもいいか?」
「・・・お母さんとお父さんを生き返らせるためよ・・・私の両親は冒険者だったの、凄い強くて、今の私より遥か上の階まで到達していたわ・・・でも、ある日、塔から帰ってこなかった・・・それからずっと。私が12歳の頃の話よ。私の両親は、塔に奪われたの。だから、取り返すのよ!」
 ミーナは悲しそうな瞳で上を向く。 
「両親を生き返らせる・・・死者が生き返るのか?・・・両親?・・イッ!」
 何か大事な事を思い出しそうになった。
 しかし、また、酷い頭痛が邪魔をする。
「大丈夫?頭が痛いの?」
 ミーナが心配そうに顔を覗き込んできた。
 大きな青い瞳と目が合った。
「あぁ、気にしないでくれ、直ぐに治るから・・・だが、本当に最上階に行ったら、願いが叶うのか?何も知らない俺が言うのは不快かもしれないが、確証も無いのに、ミーナが命を掛けるのは、ご両親も悲しむんじゃないか?」
 俺は、ミーナの目を見ながら真剣に言う。
「・・・ありがとう。でもね、願いが叶うってのは、元々、あまり期待していないんだ・・・ただ、お父さんとお母さんが目指した最上階を、私も目指したい。お父さんとお母さんの夢を叶えてあげたい、そう思うんだ。それに、上の階に行くと、見たことも無い魔法のアイテムもいっぱいあるから、死者蘇生のアイテムもあるかもしれないでしょ?」
 ミーナは、可愛らしい顔で、優しく笑った。
「わかった・・・もう止めないよ・・・一緒に行こう!最上階に!」
「だから、最初っからそのつもりだって言っているでしょ!!・・・でも、ありがとう!」

 俺とミーナは最上階を目指して、歩き始めた。
しおりを挟む

処理中です...