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記憶の手掛かり

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 薄暗い洞窟の中、2人の男女が座り込んでいた。
 黒髪の男は、20代中頃に見え、端正な顔つきをしている。
 その黒い瞳は、右手に持つ折れた剣を眺めていた。
「はぁ・・・」
 黒髪の男は、ゆっくりとため息を吐いた。
 
「全く、いきなり武器壊すなんて、何やってんのよ!」
 肩の辺りで切り揃えられた美しい金髪を持つ少女が叱責した。
 その大きな青い瞳は黒髪の男を睨んでいる。

「ごめん。まさか、折れるとは思ってなかった」
 黒髪の男は、頭を掻きながら申し訳なさそうに謝る。
 
「まったく!気を付けてよね!武器無しで、この先どうすんのよ・・・ところで、さっきのは何?」
 ミーナの青い瞳には、疑惑の色が浮かんでいた。
「さっきのって?」
 黒髪の男は、少女の意図する事が分からず聞き返す。
「恍けないで!さっきの戦闘で、魔法使っていたでしょ・・・あれは、身体強化?」
「そういえば、あの時、凄い力が出た気がしたな・・・あれが、魔法?」
 俺は、自分の右手を見る。
 しかし、先程の湯気の様なオーラは出てはいなかった。

「そうよ。あなたの右手から、魔力が放出されているのが見えたわ。魔法が使えるってことは、レンは、ギースの塔に登った事があるのね・・・何よ、やっぱり冒険者だったんじゃない」
 ミーナは、拗ねた様に、頬を膨らませて呟いた。

「俺が、ここに来た事がある?なんで、そう言えるんだ?」
 俺が、疑問を口にする。
 記憶が無いので確証も無いが、どうにも、ここには来た事があるようには感じなかった。

「前に言ったでしょ?魔力の泉は、ギースの塔にしか無いって、つまり、魔法を使える人間は、ギースの塔に登った事があるってことよ。最低でも、塔の上層以上にね」
「俺が、この塔に?・・・元から、魔力が使える人間とかは、いないのか?」
「いないわね。少なくとも、私は見た事が無いし、調べた事がある文献にも、書いてなかったわ」
 ミーナの青い瞳を見るが、嘘をついている様には見えなかった。

「・・・そっか、レンは、記憶喪失だったわね。じゃあ、塔の上に行けば、記憶を思い出す手がかりがあるかもしれないわね!」

 俺は、本当に、ここに来た事があるのだろうか?
 だが、ミーナの言っている事が本当なら、俺が目指すべきは・・・この塔の上層・・・いや、最上階ってことになる。
 
「そうか。じゃあ俺の記憶の手掛かりが、この塔の上に・・・」
 俺は、洞窟の天井を見上げ、意思を固めた。

「これで、お互い、塔の上を目指す理由が出来たわね!・・・これからは、共通の目的の為に、協力し合うって事で、宜しくね!」

「ああ!よろしくな!」
 ミーナが、右手を差し出してきた。
 俺は、その小さな白い手を見て、しっかりと握り返した。
 上に行けば、記憶が戻るという保証は無い。
 しかし、俺の記憶の手掛かりは、今は、この塔だけだ。
 例え、僅かな希望でも、何も無いよりはマシだ。
 
「・・・ところで、魔法ってどうやって使うんだ?」
「どうって、さっき使っていたじゃない!」
「いや、さっきのは、たまたまというか、何となく出来たみたいで・・・」
「しょうがないわねぇ・・・良い?感覚で覚えなさい!・・・意識を自分の内側に集中するの!特に、心臓の辺り・・・そこから、血の様に全身に流れている力の奔流を感じて・・・そして、その流れを、外に出すようにイメージするの。そしたら・・・ほらね!」

    ミーナの全身から冷気の様な魔力が放出された。
 心なしか、洞窟内の気温も下がった気がする。

 俺は、ミーナの言う通り、意識を集中する。
 ・・・心臓の脈打つ音がハッキリ聞こえてくる。
 心臓からは、血液とは違う、何か水の様な、力強い何かが流れているのを感じた。
 どこか、懐かしい感じがする。
 俺は、この力を使った事がある?

 ・・・力の流れを外に向けるように意識した。
 すると、俺の全身から湯気の様なオーラが放出された。
 まるで、沸騰している様に、全身から力が流れ出ている。

 流れ出たオーラへと意識を向けると、オーラは、全身に纏うように留まり、落ち着いた。

 まるで、息をするように自然にできた。
 ・・・ずっと昔から、やり方を知っていたかのような感覚だ。
 あの時と同じ、全身に力が漲ってくる。
 気分が良い。

「これが・・・魔法・・・凄いな!!」

「・・・凄い・・・何よ、その魔力の量は!?」
 ミーナが、俺の纏う魔力を見て、驚愕していた。
 
「え、凄いのか?」
 俺は、まだ全然、力を抑えていたので、疑問に感じる。

「あり得ない魔力量よ!そんな量の魔力を纏うことが出来る人間なんて聞いたことが無いわ!・・・私の百倍以上あるわ」
 ミーナの表情は緊張しており、怪物でも見る様な目で俺を見ていた。
「そんなにか・・・じゃあ、この力を使えば、上に行くのも楽になるな!」
 俺が、笑顔で親指を立てる。
 
「はぁ・・・ごめんなさい・・・そうね、今は、戦力が増えた事を喜びましょう!」
 ミーナは、緊張を解いて、笑顔を返してくれた。

「ああ!じゃあ、そろそろ、先に進むか!」
「え?でも、武器が無いのに・・・」
 ミーナは、俺の折れた剣を見て、不安そうな表情をした。

「大丈夫だ。この力があれば、問題無さそうだ」
 俺は・・・早く、この力を使ってみたい。
 全身に漲る力に高揚していた。

「あのねぇ!・・・確かに、魔法は強力だし、便利よ・・・でも、万能だとは思わないで、それに、ギースの塔はそんな甘い場所じゃ無いわ・・・調子に乗ると、死ぬわよ!」
 ミーナは、真剣な顔で怒っていた。

 俺は、冒険者協会で、絡んできた大柄な男の言っていた事を思い出す。
 確か、ミーナは、この塔で仲間を全員失ったと言っていた。
 きっと・・・目の前で、仲間が死ぬ姿を見たのだろう。
 俺は、少し反省した。

「ああ、そうだな、悪い」
 俺が頭を下げると、ミーナは、ため息を一つ吐いて、顔を上げる。
「まぁ、いいわ。取敢えず、先に進みましょう。途中で、武器を見つけたら、それを装備すればいいわ。後、これだけは言っておくけど、魔法は有限よ。乱発すれば、いずれ魔力が尽きるわ・・・だから、無駄遣いは御法度よ!」
  
「あぁ、分かった」
 俺は、全身に纏う魔力をさらに抑え、薄く全身を覆うくらいに縮めた。



 俺とミーナは、センティピートの来た方向・・・洞窟のさらに奥へと進んでいく。
 暫く進むと、奥の方から、異臭が漂っている事に気が付いた。
 何かが腐ったような酷い臭いだ。
 腐敗臭と鉄臭い血の匂いが混ざっている様な、鼻が曲がりそうな臭い。

「なんだ・・・この臭いは・・・何か腐ってるのか?」
 俺が口元を塞ぎながら呟くと、ミーナも同じように口を塞ぎ、しかめっ面をしていた。
「この臭いは・・・恐らく、さっきのセンティピートにやられたのね」
 ミーナは、臭いの原因を分かっている様子で、洞窟の奥へ進んでいく。

 俺は、黙ってミーナの後に着いて行った・・・すると、床に4人の死体が転がっていた。
 皆、武器や鎧を装備している。
 彼らも冒険者だったのだろう。
 身体や鎧には無数の傷が残されており、肌は変色し腐っていた。
 お腹には大きな穴が開いており、中身は残っていなかった。
 ・・・あのセンティピートに食われたのだろう。
 胃液が逆流しそうになるが、必死に我慢した。
 
「・・・俺も、こうなっていたのかも知れないのか」
「・・・そうね。生き残れたレンは、幸運よ・・・でも、これが現実。こんな事は、この先いくらでも見るわ。だから、さっきも言ったけど、油断しちゃだめよ」
「あぁ、この死体は、どうするんだ?」
 俺が、4体の死体を指差しながら聞いた。
 流石に、このまま放置する事は、気が引ける。

「そうね・・・そこに、ちょうどいい剣が落ちているわ。それを、もらっていきましょう」
 ミーナは、死体の一人が持っている剣を指差して言う。
 剣は、片手剣だが、刃幅が厚く刃は、鋼鉄で出来ていた。
 折れた剣よりは、頑丈そうだ。

「あぁ・・・いや、そうじゃなくて、死体をどうするか聞いたんだが」
「放っておくしかないわね。こんな場所で埋める事も出来ないし、持って行くことも不可能よ・・・これも、冒険者の宿命よ。彼らも覚悟の上で、冒険者になったんだから」
「そうか・・・・・すまない」
 俺は、死体の前で、手を合わせて、お辞儀をする。
 理由は、分からないが、なぜか身体が勝手に動いた。
「・・・これは、大事に使わせてもらうよ。ありがとう」
 最後に、死体から、剣を取り、右手で、開いていた目を閉ざした。
 ミーナは、黙って、俺の行動を見守ってくれた。

「・・・じゃあ、行くわよ。その剣は、レンの折れた剣より上質よ・・・次は、折れない様に気を付けてね」

 剣を取り、立ち上がった瞬間、死体のすぐそばにある岩の隙間から、何かが這いずる音が聞こえてきた。
 どこかで、聞いたことがあるような音だ。

「おいおい・・・まさか」
 嫌な予感が頭を過ぎる。
 
 次の瞬間、岩の隙間からズルズルと巨大なセンティピートが現れた。
 大きさは約4メートル程、さっきの個体よりも大きい。
 キシキシと音を立てて威嚇している。
 俺は、チラッと4人の死体を見た。

「埋葬出来ないなら・・・せめてもの弔いだ。敵を討ってやる」
 
 俺は、死体が持っていた剣を強く握り、抜き放った。
 身体に纏う魔力の体積を倍増させると、全身に力が漲るのを感じた。
 今なら、ムカデなんかに負ける気はしない。
 だが、さっき言われたばかりだ・・・油断はしない。
 俺は、中段に構えて、ムカデの様子を伺った。
 相変わらず、ウネウネト身体をくねらせながら、徐々に距離を詰めてくる。

 センティピートが、俺の剣の間合いに入ったので、踏み込もうとした時、小さな小石が肩に落ちて当たった。
 ふと上を見ると、洞窟の天井にもう一体のセンティピートが張り付いていた。
 奴の尻尾の毒針は俺に向けられている。

「やっべ!」

 即座にしゃがむと、ビュン!と音が鳴る。
 俺の頭の上、さっきまで俺の顔があった位置を、センティピートの毒針が通り過ぎた。
 一瞬、血の気が引くのを感じたが、それどころではない。
 直ぐに、奴の尻尾を目がけて、横一文字に剣を振るう。
 センティピートの硬い甲殻を砕き、肉を断った。
 嫌な感触が右手に伝わる。
 ボトッと、センティピートの尻尾が床に転がった。
 奴は傷口から緑の体液を噴き出しながら、キィーキィーと鳴いていた。
 センティピートは、痛みでもがいた拍子に、天井から落ちて来たので、バックステップで躱す。

「気を付けて!センティピートの体液にも毒があるわ!」
 ミーナが後ろから叫んだので、体液に当たらないように、さらに距離を取った。
「わかった!ってか、少しは、援護してもらえません?」
「私、魔力量がレンみたいに、多く無いから、魔力は温存したいの!危なくなったら援護するわ!」
「・・・そうですか」

 天井にいたセンティピートは、胴体の4分の1くらいを失ったにも係らず、戦意を失わずに威嚇していた。
 手負いとは言え、まだ、毒の牙があるから、油断はできない。
 さっきの岩の隙間からは、もう一体のセンティピートが這い出てきていた。
 俺の目の前には、総勢3体のセンティピートが対峙した。

「・・・複数は、反則じゃね?」
 
 相手が複数の時は、後手に回ると、袋叩きに遭う可能性が高い。
「先手必勝!」 
 俺が、地面を蹴って前に出ると、予想以上に加速した。
 すれ違いざまに、センティピートを2体両断する。
 ちゃんと、体液がかからないように気を配るが、体液が噴き出る前に、十分な距離まで離れていた。
 凄まじい速度だ。
 しかも、俺の胴体視力は、苦も無く、この速度に順応している。
 逆に、センティピート達は、反応する事も出来ずに切断された。

 2体を4つにばらしたが、生命力が高く、まだ巨大な胴体がドタバタとのたうちまわっている。
 だが、時期に死ぬだろう。
 最後に、尻尾の無いセンティピートが、こっちに突進してきた。
 巨大な毒牙を向けてきているが、俺の目には、まるでスローモーションの様に映る。
 サイドステップで躱すと、通り過ぎるセンティピートの頭を根元から、剣で切り落とした。

 頭と尻尾を失ったセンティピートの体は、真直ぐに突き進み、壁に激突して転がった。

「これで、全部か?」
 耳を澄ませて洞窟の音を探るが、何も聞こえない。

「これで最後みたいね。やるじゃない!これなら、このまま上層に行っても大丈夫そうね!」

 ミーナが、サラッと凄い事を笑顔で言う。
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