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髑髏の兵隊

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 500回目の階段を登り終えると、そこには、街が広がっていた。
 良く整備された路面は、凹凸など一切なく、平らな黒い石の様な物でできている。
 道には、所々に白い線や黄色い模様が刻まれている。
 この道を作るだけで、どれだけの労力が必要なのかを考えれば気が遠くなった。
 そんな整備された幅広な道は、真っ直ぐに、遥か遠くまで延びていた。
 更に驚くことに、道の左右には、石で作られた建造物が整然と並んでいる。
 その建物は、一つ一つが山のように高く、四角錐のような形状をしていた。
 石造りの壁には、等間隔にガラス張りの窓が備付けられており、鏡の様に景色を反射していた。
 あんな建物を作る事が、人間に可能なのだろうか?
 作れるとしたら、きっと大量の奴隷を抱えていた王族か何かだろうと推測した。
 建物は、一見同じように見えるが、どの建物も微妙に個性があり、中には上に看板の様な物を備付け、美しい女性の絵が描かれている物などがあった。
 あれほど鮮明で現実的な絵を描ける人間がいるのだろうか?
 きっと、名のある天才画家が描いたに違いない。
 その光景は、圧巻とも言える迫力と美しさがあった。
 ただ、一つ残念に思った事、それは、これ程優れた街に、住む人間が一人もいないという事だった。 
 
「こいつは、驚いたな・・・街、なのか?」
 盗賊風の装束に身を包む小柄な男が呟いた。
 
「ヒュー!こりゃあ、すげえや!!」
 エリウスの後に続いて、階段を登ると、とんでもない光景に感嘆した。
 平らな地面が珍しく、足で大地を蹴ってみる。
 こんなに綺麗な石造りの道なんて、外の世界には存在しない。
「おい、ルーク!もう少し距離をとれ!俺が先に安全を確認する」
 エリウスは、背後のルークに気付き、叱責した。
「分かったよ。相変わらず堅いな、エリウスは」
 俺は、口を尖らせ、渋々エリウスに従う。
 俺達、獅子の尾では、エリウスの言葉は絶対だからだ。
 俺の背後では、エニスとライオスが待っている。
 二人とも、早く登りたくて、ソワソワしていた。
 無理も無い。
 俺達は、やっと501階にたどり着いたんだ。
 初めて登る階層にワクワクしない冒険者はいない。
 まあ、俺の言う「冒険者」ってのは、下で燻っている臆病者の事じゃない。
 危険を伴ってでも、新しい世界を目指す、俺達みたいな奴らの事だ。
 ここまで来るのに、本当に苦労した。
 凡そ3年、今回の遠征でここに来るまでに掛かった時間だ。
 前回は300階で、エニスが怪我をしたから、断念したが、今回はかなり順調に来ている。
 かなり、貴重なアイテムも沢山手に入れたし、そろそろ潮時だろうか?
 だが、俺達の目指す場所は最上階だ。
 こんなに順調に来れる機会は珍しい・・・行ける所まで、行くべきか?
 思考に耽っていると、エリウスが手で合図してきた。
 どうやら、安全の確認がとれたようだ。

「わぁー!すっごーい!見て見て!あそこの建物、ドレスがいっぱい飾ってあるわ!」
 エニスは、階段から登ると、直ぐに近くの建物を指差して、赤い瞳をキラキラさせながらはしゃいでいた。
 ガラス張りの壁の向こうには、人間大の人形がいくつも置かれており、皆、純白のドレスを着飾っている。
 俺からすると、少し不気味だ。
 ドレスのスカートの裾は引きずる程長く、実用的では無い。
 恐らく、儀式か何かの為の服なのだろう。
「ガハハ!!偉く別品な姉ちゃんの肖像画が有るな!持って帰って、俺の家に飾りたいぜ!だが、ちと、デカすぎるか?ガハハ!」
 ライオスは、獣の様な表情で、先程の看板を見て、盛大に笑っている。

「ハァー、お前ら、少しは緊張感を持てよ。先に進むぞ!」
 エリウスは、溜息を吐き、呆れたように呟いた。
 俺達は、エリウスに続いて歩きだした。

「それにしても、不気味な場所ね・・・こんなに歩いても、人っ子一人いない街なんて、ゴーストタウン見たい」
 歩きながら、エニスが言う。
「まあ、一応、塔の中だからなぁ。人はいないんじゃねぇか?」
「ガハハ!魔物に会うくらいなら、誰もおらんほうが良いだろ!少々退屈だがな!ガハハ!」
 
「止まれ!・・・誰か、居るぞ!」
 先頭を歩くエリウスが、手で制止の合図を送る。
「なんだ?魔物か?」
 俺は、エリウスの隣にしゃがみ込み、前方を見る。
「あいつだ」
 エリウスが指差す方向には、8人の人影があった。
 200メートル程距離があるため、正確には分からないが、人間の形をしている。
 グリーンの迷彩服を着ており、頭には同じ模様のヘルメットを装着している。
 背中には大きなリュックサックを背負い、肩からは何か黒いモノを提げていた。
「うーん、ここからじゃ、良く分からないな。他の冒険者パーティーかな?」
「馬鹿を言うな!ここは、501階だぞ?人類未踏の場所に、俺達以外の人間が居てたまるか!」
 エリウスは、直ぐに俺の考えを否定した。
 確かに、考えてみればエリウスの言う通りだ。
 こんな場所に、人間が居るはずが無い。
 だとしたら、奴らの正体は魔物だろう。
「おい、お前ら、戦闘体制だ。」
 エリウスが立ち上がりボウガンを構えた。
「お?さっそく、戦闘か!?」
 ライオスは背中のバトルアックスを抜き、獣の様な笑みを浮かべる。
「全く、少しは楽できると思ったのに」
 エニスは、溜息混じりに呟いた。

「先ずは、俺が遠距離から攻撃をするから、50メートル以内に入ったら、エニスが援護してくれ」
「分かったわ!」
 エリウスの指示に、エニスは返事をする。
 エニスの身体を赤い魔力が包み込み、何時でも魔法を放てる準備をした。
 俺とライオスは、エリウスの左右に立ち、何時でも、2人を守れるように武器を構えた。
 エリウスは、体制が整ったのを確認し、ゆっくりと、ボウガンの照準を迷彩柄の的に定めた。
 そして、ゆっくりと引き金を引く。
 風を切り裂く音と共に、一本の矢が放たれ、真っ直ぐに1番手前の迷彩柄の魔物のヘルメットに直撃した。
 矢はヘルメットを貫通し、敵の頭に突き刺さった。
 そのまま、ドサリと倒れ込む。

「やったか!?」
 エリウスは短く呟き、第2射の準備をする。
 案外、呆気ないなと思いながら、奴らを眺めていると、おもむろに、先程倒れた敵が立ち上がった。
「何!?なぜ生きている?浅かったか?」
 その瞬間、また、矢が風を切る音がし、先程、矢が頭に刺さった敵の胸に新しい矢がはえた。
 しかし、敵は多少ぐらつくものの、倒れることは無かった。
 敵が右手を上げ仲間に合図の様なモノを送る。
 すると、一斉に、肩から提げている黒いモノを手に持ち、こちらへと向けてきた。
「何をするつもりだ?」
 俺が、疑問を呟いた瞬間、甲高い破裂音が響き渡った。
 その音は連続するように鳴り響く。
 同時に、右肩と腹に何かが当たる衝撃が響き、吹き飛ばされた。
 何が起こった?
 何をされた?
 全く理解できない攻撃に混乱する。
 しかし、仲間の悲鳴が聞こえたため、直ぐに冷静さを取り戻し、周りを見渡した。
 そこは、大量の血が地面を染めていた。
 エリウスは、左肩と右ももから大量の血を流しており、エニスは、お腹を押さえ込んで倒れている。
 その押さえた手からは、溢れるように血が流れ出ていた。
 無事なのは、俺とライオスだけのようだ。
 一瞬、血の気が引くが、今動かなくては全滅する。
「ライオス、鎧を着ている俺達が盾になって、2人を守るぞ!」
「おう!」
 俺とライオスは直ぐに立ち上がり、2人を庇うように立ち、吹き飛ばされないように踏ん張った。
 辺りを見ると、金属の塊のようなモノが幾つも転がっていた。
 恐らく、この鉄の弾を凄い速度で飛ばして来ているのだろう。
 単純だが、強力な攻撃だ。
 腕で頭を守るようにガードするが、全身にぶつかる衝撃は、鎧越しとは言え、鈍い痛みを与えて来る。
「エニス!無事か!?傷は治せそうか?」
「ぅう・・・な、何とか、生きてるわ。回復薬はまだ3つ残っているわ」
 エニスは、ポーチから赤い液体の入った小瓶を2つ取出す。
 1つは、直ぐに自分で飲み干した。
 すると、直ぐに痛みが和らぎ、傷が塞がっていった。 
 怪我が治ったことを確認すると、エリウスの元へ行き、回復薬を飲ませる。
「すまん。助かった。この位置はマズイ!直ぐに、建物の脇へ避難するぞ!」
 エリウスは、礼を言うと、直ぐに指示を出した。
「了解!」
 エリウスの指示に従い、俺とライオスで庇いながら、建物の裏に隠れた。
 鉄の雨は止まず、石の壁を削っていく。
「くそ!どうなっているんだ!?あんな武器、反則だろ!」
 俺は、吐き捨てるように言った。
「すまん。俺の判断ミスだ」
 エリウスが頭を下げる。
「ガハハ!気にすんな!ここは501階、何が起きても不思議は無い。お前のせいじゃ無いさ」
「そうよ。エリウスのせいじゃないわ!」
「あぁ!そんなことより、今はどうやってあいつらをぶっ倒すか考えようぜ!」


「隊長・・・無事でありますか?」
 迷彩柄の軍服に身を包み迷彩柄のヘルメットを被った隊員が私に安否を問う。
 隊員の顔は、白骨の髑髏で出来ているため、その表情を伺う事は出来ない。
 恐らく、本心では心配していないのだろうと推測する。
 私達は、仲間であるが、友では無い。
 共通の目標を遂行するためだけの共同体みたいなものだ。
 ある意味では、仲間や友より重たい関係なのかもしれないな。
 私は自嘲気味に笑う。
 しかし、私の顔も、隊員と同じように髑髏で出来ているため、表情は無い。
「ああ、問題ない」
 どうやら、私は頭と胸に攻撃をされたようだ。
 特に頭は妙な違和感がある。
 生前の身体だったら、即死していたであろう。
 しかし、今の骨の身体では、大したダメージにはならない。
 ・・・だが、大事な一張羅に穴が空いてしまった。
 実に腹立たしい。
 我が主から与えられた一張羅を・・・不届きな人間どもには、制裁を与えてやる。
「敵は奇襲をしてきた。これは、開戦の狼煙である・・・第159小隊、戦闘態勢!」
「はっ!」
 私の合図に、7人の隊員が一斉に敬礼をし、武器を構えた。
 見事な敬礼である。
 この敬礼を見ると、2千年前の、あの頃を思い出す。
 銃弾と砲撃の雨の中で過ごした懐かしき戦場。
 あの頃は楽しかった。
 日々、敵を殺し、領地を奪い、占領地を蹂躙する快感。
 我が主は、この地を戦場として与えてくださった。
 しかし、戦争する相手までは与えてくださらなかった。
 2千年ぶりの戦争・・・血沸き肉躍る。
 血も肉も2千年前に無くしたがな。

「総員、撃てー!!!!」
 私の号令で、一斉に敵に向かって銃撃を始める。
 敵は4人、装備は鎧と剣や斧にボウガン・・・ふん!そんな旧式の装備で、我が精鋭部隊に勝てると思っているのか?
 これだから、蛮人は困る。
 銃弾は、私の一張羅に穴を明けた盗賊のような男と、その後ろにいる赤い髪の蛮族の女に直撃した。
 血飛沫が上がり、倒れるのを確認し、思わずにやついてしまった。
 当然、髑髏なので、表情は伝わらない。
 歯がゆい事に、残る2人は頑丈な鎧のせいで防がれてしまった。
 もう少し近くから攻撃を喰らわす必要があるだろう。
 鎧の男共が、怪我人を庇いながらビルの影に隠れた。
 バズーカ砲でもあれば、建物ごと破壊できるのだが・・・応援を呼ぶか?
 しかし、この手柄は、是非、我が部隊で勝ち取りたい。

 我が使命・・・最も優先させるべき事、それは、敵を殲滅することなり!
 
「全軍に告ぐ!我が主の領土に敵が侵入した。全戦力を持って、敵を排除するべし!・・・カッカッカッ!!蛮族ども・・・教えてやろう!・・・本当の戦争って奴を!」
 
 髑髏の暗い眼窩が、怪しく光った。
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