堕ちた令嬢と冥界の契約

第4話 隠れ家の選択

イステリアの港町での新生活が始まったものの、クロエ・ハートフィリアはまだ心から安心できずにいた。追手の存在が、常に彼女の意識の片隅にあり、どれほど遠くに逃げてきても、完全に安全だと感じることはできなかった。

「宿に長く滞在するのは、リスクが高いわ……」

クロエはその日の朝、イステリアの宿の一室で一人、静かに考え込んでいた。数日間は宿で過ごしてきたが、追手がこの町に現れる可能性を常に警戒していた。人目が多い場所に長期間滞在するのは、あまりにも危険だ。目立たずにひっそりと暮らせる場所を探す必要があった。

「もっと静かで、誰にも見つからない場所が必要ね……」

彼女はイステリアの周辺に詳しい町の住人に話を聞き、少し離れた森の中に古びた家があるという情報を手に入れた。森の中にポツンと佇むその家は、今ではほとんど使われておらず、長い間放置されているらしい。目立たない場所で、隠れ家としては理想的だ。彼女はすぐにその家を借りることを決意した。

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クロエは森の中を歩き、目的の古びた家に向かっていた。イステリアの外れにあるこの森は、街からも離れていて、静寂が支配している。周囲には背の高い木々が茂り、鳥のさえずりと風の音だけが響いていた。

やがて、木々の合間から古びた家が姿を現した。その家は、小さくて、今にも崩れそうなほど古い木造建築だった。屋根はところどころに苔が生え、壁は風雨に晒されて色褪せていた。窓は埃まみれで、中の様子はほとんど見えない。

「ここが……私の新しい家になるのね」

クロエは家の前に立ち、少し不安な気持ちを抱きながらも、その静寂と隠れ家としての完璧さに安堵していた。町の喧騒から離れ、追手の目からも完全に隠れられる場所。森の中という立地は、彼女が目立たずに暮らすには申し分ない。

「まずは掃除しないと……」

家の中を見回すと、想像以上に荒れていた。家具は埃にまみれ、床には枯葉や泥が散らばっている。長い間、人が住んでいなかったことが一目でわかる。クロエは手を腰に当て、深く息をついた。

「スケルトンたちに、手伝ってもらおう」

彼女はペンダントに手をかけ、集中力を高めた。冥界とのつながりを感じながら、彼女はスケルトンたちを呼び出す準備を始めた。闇の力を指先に集中させ、呪文を唱えると、目の前に青白い光が一瞬きらめき、次の瞬間には、何体かのスケルトンが現れた。

「さあ、掃除を始めましょう」

クロエの声に従い、スケルトンたちは一斉に動き出した。彼らは何の感情もなく、ただクロエの命令通りに黙々と作業を始める。埃にまみれた家具を拭き、床に散らばった枯葉やゴミを外へと運び出していく。時折、骨の軋む音が響く中、彼らは淡々と家を掃除していった。

クロエは窓を開け、風を入れながらスケルトンたちが作業する様子を見守っていた。魔力によって召喚された彼らは、休むことなく働き続ける。そのおかげで、荒れ果てていた家の中は次第に清潔な空間へと変わっていった。

「これなら、なんとか住めるようになるわね」

床が綺麗に磨かれ、家具も埃を払われた家の中は、少しずつ落ち着いた雰囲気を取り戻していた。かつての貴族の生活とは比べ物にならない簡素な暮らしになるだろうが、それでもクロエにとってはこれで十分だった。むしろ、贅沢な生活よりも、ここで静かに過ごす方が彼女の心には安らぎをもたらした。

「これで、しばらくは安心ね」

スケルトンたちの働きによって家はすっかり片付き、クロエは深く息をついた。彼女はスケルトンたちに感謝の意を込めて小さく頷き、召喚を解除すると、彼らは静かに冥界へと戻っていった。

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夜が更け、森の中は完全な静寂に包まれていた。クロエはランプの明かりの下で、清潔になった家の中に座りながら、これからのことを考えていた。冒険者として新たな一歩を踏み出すためには、まだ多くの準備が必要だ。しかし、この森の家は彼女にとっての安全な拠点となるだろう。

「ここからが、本当の始まりね」

彼女は自分にそう言い聞かせ、静かに目を閉じた。追手の存在を常に意識しながらも、この森の中なら、しばらくは平穏を保つことができるはずだ。そして、今度は自分の力で自由を勝ち取るための旅が始まる。