堕ちた令嬢と冥界の契約

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プロローグ 決別の夜

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薄明かりが差し込む大広間。そこには豪奢な調度品が並び、誰もが憧れる貴族の生活を象徴していた。しかし、クロエ・ハートフィリアの心は、そんな華やかな空間とは裏腹に、冷たく、沈み込んでいた。美しい黒髪を揺らしながら、彼女は目の前に立つ男――婚約者であるレオン・クロイツェルを睨みつけた。

「クロエ、君がどれだけ抵抗しても、無駄なんだよ。もう決まっていることなんだ」

レオンの冷ややかな声が大広間に響いた。彼は侯爵家に比べ、はるかに高い地位を誇るクロイツェル公爵家の長男であり、彼女の婚約者だった。レオンの整った顔立ちには冷淡な微笑が浮かび、まるでクロエの反抗心が面白いかのように見下していた。

「決まっていること? あなたが私を裏切っておきながら、そう言えるの?」  
クロエの金色の瞳は、憤りに震えていた。先日、彼女は決定的な証拠を目の当たりにした――レオンが別の女性と密かに逢瀬を重ねている瞬間を。かつては互いに将来を誓ったはずの二人だったが、その絆は既に壊れ果てていた。

「浮気のことか?」レオンは肩をすくめ、まるで大した問題ではないかのように話を続けた。「君には分からないだろうが、貴族の結婚というのは家同士の関係を保つためのものだ。感情で動いてはいけない」

その言葉に、クロエの心に沸き上がるのは怒りと、深い絶望だった。レオンの言い分は理にかなっているかもしれない。貴族の結婚は家の繁栄のため、感情など二の次だという現実。それを幼い頃から教えられてきたのはクロエも同じだった。しかし、彼女にはその「理屈」を受け入れることはできなかった。

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「家のために……私が耐え続けるしかないって言うの?」クロエは静かに問いかけたが、その声には震えが含まれていた。

「そうだ。君の父上も同じ考えだよ。クロイツェル家との関係を保ち続けることは、ハートフィリア家にとっても重要だ。だから、君が謝罪に来ることは当然だ」

レオンの冷たい言葉に、クロエは拳を強く握り締めた。屈辱と怒りが胸の内で渦を巻き、彼女の理性を次第に奪い去っていく。婚約者の浮気を目撃しながらも、それを黙って受け入れろと? 彼女は自分がこれまで耐え続けてきた理不尽さに、これ以上耐えることができなかった。

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「……もう、うんざりだわ」



クロエは静かに呟いた。その声は冷静でありながらも、心の奥底から沸き上がる反抗心が込められていた。

「何?」レオンが眉をひそめて尋ねる。

「もう、こんな理不尽な関係には耐えられない。私はもう、あなたと結婚するつもりはない。婚約を破棄するわ」

クロエは強く宣言した。その瞬間、部屋の空気が張り詰め、レオンは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに冷笑を浮かべた。

「馬鹿なことを言うな、クロエ。婚約破棄だと? 君がそんなことを決められる立場じゃない。両家の問題だ。君がわがままを言ってどうにかなることじゃない」

「わがまま? あなたが浮気をしておきながら、私に全ての責任を押し付けるのは正しいの? 私は道具じゃない、あなたの所有物でもない!」

クロエの叫びは広間に響き渡ったが、レオンはただ肩をすくめるだけだった。彼の冷たい表情が、クロエの胸にさらに深い傷を刻んでいく。

---

その夜、クロエは一人、暗い部屋で窓の外を見つめていた。心に渦巻く怒りと絶望。侯爵令嬢としての誇りは、自分の意思を貫こうとすればするほど、家族や周囲から押しつけられる「義務」に押しつぶされようとしていた。

「こんな場所にいたって、私はただの操り人形……」

クロエは深い溜息をつき、決意を固めた。この家、この環境、そしてこの腐った運命から抜け出す時が来たのだ。彼女はもう誰の言いなりにもならない。自由を手にするためには、すべてを捨ててでも構わない。

---

クロエは静かに立ち上がり、黒いフード付きのパーカーとホットパンツ、そしてブーツを身に着けた。鏡の中の自分を見つめ、その姿が以前とは異なることを自覚した。かつての侯爵令嬢としての優雅さは消え去り、代わりに決意と強い意志を宿した女性がそこにいた。

「もう戻ることはない……」

窓の外には、夜の闇が広がっていた。その闇の中には、彼女を待つ自由があった。クロエは静かに窓を開け、家族の目を盗んで屋敷から抜け出した。冷たい夜風が彼女の頬を撫で、これからの長い旅路を予感させる。

クロエは、自分の運命を変えるため、そして誰にも支配されない人生を手に入れるために、闇の中へと旅立った。彼女の新しい人生が、今ここから始まるのだ。
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