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届かなかった手紙
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春の匂いがする風が校庭をすり抜けていく。
卒業式を控えた高校の教室は、どこか浮ついた空気が漂っていた。机に寄りかかりながら、私は窓の外をぼんやりと眺める。桜のつぼみはまだ硬い。満開になるのは、もう少し先だ。
「美月、手紙、ありがとう」
ふいに背後から声をかけられて、心臓が飛び跳ねた。振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべる拓海くんが立っていた。クラスの中で誰もが一目置く存在で、私がずっと片思いしている相手。
「あ、うん…」
私はぎこちなく笑みを返しながら、視線を逸らした。
手紙――確かに私は昨日、拓海くんの机の中に手紙を入れた。でも、それはただの友達として「卒業おめでとう」と伝えたかっただけで、告白なんて大それたことじゃない。
「嬉しかったよ。ありがとう」
拓海くんは続けて言いながら、少し照れたように目を伏せる。
その仕草に、胸がぎゅっと苦しくなった。この瞬間が夢であってほしいと思ったけれど、手のひらに汗が滲んでいるのが現実を突きつけてくる。
「手紙、読んでくれたんだね」
私は、なんとか言葉を絞り出した。
「うん。美月らしいなって思った。優しくて、真っ直ぐでさ」
そんなふうに言われたら、嬉しくないわけがない。でも、その言葉がどこか遠い場所に感じられてしまうのは、なぜだろう。
「でも、あの…」
拓海くんが一瞬、言葉を詰まらせた。その表情が少し曇る。
「手紙、二つ入ってたんだよね。どっちが美月のか分からなくて…」
――え?
一瞬、時間が止まったように感じた。心の中でざわめきが広がる。
「もう一つの手紙…?」
私は聞き返した。
「うん。どっちも同じような字だったから…多分、美月が気を遣って代筆したんだろうなって思ったんだけど」
代筆?そんなこと、私はしていない。じゃあもう一つの手紙は誰が?そして、拓海くんが読んだのは…
「ごめん、僕、そっちの手紙の方に返事しちゃったんだよね」
拓海くんが申し訳なさそうに眉を下げる。
胸の奥が、じわりと冷たくなった。
「そっちの手紙って…なんて書いてあったの?」
聞かなくてもいいことだと分かっている。でも、聞かずにはいられなかった。
「『ずっと好きでした』って」
瞬間、空気が止まった。
私が書いた手紙には、そんなこと一言も書いていない。私はただ「ありがとう」とだけ書いた。だから、私の手紙ではない。
「…そっか。じゃあ、その返事って、どうしたの?」
「卒業式の日に会って、直接言おうかなって」
拓海くんの顔は、どこか期待に満ちた色を帯びていた。
「美月が応援してくれるなら、もっと頑張れる気がするよ」
その瞬間、何かが胸の中で壊れた音がした。けれど私は、それを笑顔で覆い隠すしかなかった。
「うん。応援する」
涙がこぼれないように、私は全力で笑った。春の風が、また吹き抜けていった。
卒業式を控えた高校の教室は、どこか浮ついた空気が漂っていた。机に寄りかかりながら、私は窓の外をぼんやりと眺める。桜のつぼみはまだ硬い。満開になるのは、もう少し先だ。
「美月、手紙、ありがとう」
ふいに背後から声をかけられて、心臓が飛び跳ねた。振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべる拓海くんが立っていた。クラスの中で誰もが一目置く存在で、私がずっと片思いしている相手。
「あ、うん…」
私はぎこちなく笑みを返しながら、視線を逸らした。
手紙――確かに私は昨日、拓海くんの机の中に手紙を入れた。でも、それはただの友達として「卒業おめでとう」と伝えたかっただけで、告白なんて大それたことじゃない。
「嬉しかったよ。ありがとう」
拓海くんは続けて言いながら、少し照れたように目を伏せる。
その仕草に、胸がぎゅっと苦しくなった。この瞬間が夢であってほしいと思ったけれど、手のひらに汗が滲んでいるのが現実を突きつけてくる。
「手紙、読んでくれたんだね」
私は、なんとか言葉を絞り出した。
「うん。美月らしいなって思った。優しくて、真っ直ぐでさ」
そんなふうに言われたら、嬉しくないわけがない。でも、その言葉がどこか遠い場所に感じられてしまうのは、なぜだろう。
「でも、あの…」
拓海くんが一瞬、言葉を詰まらせた。その表情が少し曇る。
「手紙、二つ入ってたんだよね。どっちが美月のか分からなくて…」
――え?
一瞬、時間が止まったように感じた。心の中でざわめきが広がる。
「もう一つの手紙…?」
私は聞き返した。
「うん。どっちも同じような字だったから…多分、美月が気を遣って代筆したんだろうなって思ったんだけど」
代筆?そんなこと、私はしていない。じゃあもう一つの手紙は誰が?そして、拓海くんが読んだのは…
「ごめん、僕、そっちの手紙の方に返事しちゃったんだよね」
拓海くんが申し訳なさそうに眉を下げる。
胸の奥が、じわりと冷たくなった。
「そっちの手紙って…なんて書いてあったの?」
聞かなくてもいいことだと分かっている。でも、聞かずにはいられなかった。
「『ずっと好きでした』って」
瞬間、空気が止まった。
私が書いた手紙には、そんなこと一言も書いていない。私はただ「ありがとう」とだけ書いた。だから、私の手紙ではない。
「…そっか。じゃあ、その返事って、どうしたの?」
「卒業式の日に会って、直接言おうかなって」
拓海くんの顔は、どこか期待に満ちた色を帯びていた。
「美月が応援してくれるなら、もっと頑張れる気がするよ」
その瞬間、何かが胸の中で壊れた音がした。けれど私は、それを笑顔で覆い隠すしかなかった。
「うん。応援する」
涙がこぼれないように、私は全力で笑った。春の風が、また吹き抜けていった。
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