俺と妹の悪徳が栄えまくる

笹谷爽香

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鉱脈発見編

21.化物退治

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 実に爽やかな朝だった。雲間から朝日が燦然と輝き、一日の始まりを告げている。

 俺はとても爽快な気分でクレハに話かけた。

「やあ、良い朝だな。気分はどうだ?」
「いつ魔物に襲われるかもしれない場所で天気がどうこうだとか、さすがは貴族様だね。呑気なものだ。ああ、ああ、気分は最高だよ。あんたらが来たのに間抜けにもすぐに寝ちまったからね。」

 クレハは舌打ちして、疑わしげに俺を睨む。

「異国についてすぐこの探索だったからな、思っていたより疲れがたまっていたのだろう。まあランク5も人間だな」

 クレハがなおも何か言おうとしたところで、ミアが現れる。俺が思うままに殴打したせいで見る影もなく醜く腫れあがった顔も、彼女の回復魔法ですっかり治っている。俺がそう命じたのだ。

「おはようございます、ローレンス様」
「おはよう、ミア。昨夜は中々面白い話が聞けて楽しかったよ」
「こちらこそ楽しい夜でした」

 昨夜の凌辱の記憶など綺麗に脳から消去されてしまった女は、微笑みを浮かべ答える。彼女の中ではゴルデア帝国の四方山話よもやまばなしで盛り上がったことになっているのだ。

 昨夜の交合がミアの身体からだに現れるとき、果たして彼女がどのような表情を浮かべるか。想像するだけでも素晴らしい愉悦だ!

「探索の山場間違いなく今日だ。二人には昨日以上の活躍を期待しているよ」
「わーってるよ、あんたもうっかり死なないように気をつけてくれよ。あたしらの首が飛んじまう」
「無論だ」

 俺は負け惜しみのような忠告に堂々と頷いた。



 フレイムリザードを討伐するにあたって厄介なのが山犬の群れだった。トカゲに苦戦している間に背後から強襲されては面倒で仕方ない。

 あの山犬の群れは魔犬によって統率されている。魔犬とは犬型の魔物の総称だが、中には今回の魔犬のように山犬などの首領に収まるようなものもいる。

 朝食後、俺達は今日の作戦を軽く話し合うことになった。

「隊を二手に分断すべきだろうな。山犬を防衛する班とフレイムリザードを仕留める班とに」

 レッツライが悩ましげに腕を組む。

「それならあたしとミアはフレイムリザードの方をやるぜ」
「私も? まあ確かに一緒の方がいいけどさ」
「ならばこうしよう、レッツライ。お前が冒険者を率いて山犬を駆逐しろ。俺達とクレハ、ミアでフレイムリザードを殺すとしよう」

 俺は一つ案を出す。

「そんな寡数で。自分もそっちに行った方が……」
「いや、レッツライがこちらに加わると冒険者を統率できる者がいなくなる。それに寡数といえどもクレハはランク5だ。フレイムリザードの一匹や二匹、戦力としては札束が出るくらいだ。そうだろう?」
「ハッ、わかってるじゃないか領主様」

 クレハがニカリと歯を見せて笑う。

「お望みなら真っ二つしてみせるよ。トカゲだろうが馬だろうが大して変わらないさ」
「ああ、期待しているとも」

 さあて、この山登りの目的を果たすとするか。



 藪の中を抜け、ようやくフレイムリザードの住処のそばまでたどりついた。切り立った崖にぽっかりと空いた洞穴だ。

 山犬の襲撃はないがじりじりとした気配を感じるので、魔犬の号令を待ってどこかで舌を垂らしているのだろう。

「フレイムリザードは?」
「入口付近に一匹、奥にも数匹いるかと思われます。入口の一匹は報告通り馬程度の大きさです」

 偵察から戻ってきたチャンチャが答える。

「それじゃあ手前の一匹から始末しますかね」

 クレハがエルゼベエトと抜き肩にトンと乗せる。仕草こそ軽快だがその笑みは猛々しかった。

「大丈夫か、というのは愚問かな」
「全くだね」

 クレハは疾風の如く駆け抜けフレイムリザードに肉薄する。その動きをはっきりと視認できたのは冒険者とてほとんどいないであろう。

 そして察知に遅れたのはフレイムリザードも同じであった。すぐにクレハに向かって体を向けるがその遅れは当然致命的だ。刹那だけが哀れなトカゲに残された時間だった。

 上段に構えられたエルゼベエトが一閃する。

 次の瞬間、フレイムリザードの頭と胴は綺麗に離れていた。



「これがフレイムリザードか……。信じられん大きさだ」
「硬い鱗を持つフレイムリザードを一撃。さすがランク5だな」
「まだ奥に同じようなのが数匹いるのか」

 クレハのもとに集まった冒険者が死骸を見ながら口々に言う。

 彼女に任せればもう大丈夫だ。
 そんな生温い安堵が一同に蔓延していた。

 クレハが倒したのはフレイムリザードに間違いなかった。赤い硬質の鱗で覆われた全身。円筒形に近い胴体からのびた四肢は地面をしかと掴み素早く走れるだろう。胴体に比べやや頭部は小さいが、その口にある牙は鋭く、さほど強くはないものの確か毒を持っていたはずだ。

 しかし普通のフレイムリザードと異なるのは馬ほどの体躯を持っていることだ。ここまでフレイムリザードが育つなど聞いたことがない。やはりこれは亜種なのだろう。

 クレハはエルゼベエトの剣先を流血に浸して弄んでいた。生命の簒奪に悦びを浮かべながら、フレイムリザードの死骸を戯れに突いていたが、突如表情が急変し、真剣なものに変わる。

 大気が震えた。

 遠吠え。

 遠吠えが響く。冒険者らが慌てて周囲の警戒を強めるが、山犬の群れがそれを破りにかかる。

 次々と襲いかかる山犬の波の奥、猪ほどの巨躯を誇る銀毛の犬がいた。その瞳は動揺する冒険者を睥睨している。犬畜生にしてはずいぶんと尊大な態度だ。

「慌てるな! 慌てず仲間同士で固まれ!」
「そっちだけじゃねえ、穴から離れろ!」

 レッツライの指示にかぶせて、クレハが大声で叫ぶ。

 近くにいた冒険者は急いで洞穴の入口から離れようとする。
 が、猛然と這い出た巨躯がそれよりも早く彼らを薙ぎ払った。

「なんだあれは……」

 冒険者が畏怖の呟きを漏らす。

 無理もなかった。俺ですら驚いていた。

 水車小屋を一回り大きくしたような巨体。それだけならまだいい。その背中からはどぎつい桃色をした軟体動物の節足のような触手が蠢いているのだ。実におぞましき生物だった。

 しかもそれが一匹ではない。二匹いた。

「あれが何かだって?」

 クレハがエルゼベエトを構える。

「決まってんだろ、化物さ」

 全くの同感だ。

 俺も儀礼剣を構え、化物退治を始めることにした。



 巨大な尾が暴風の如く周囲をなぎはらう。避けきれなかった冒険者は小枝のように吹き飛ばされ起き上がることはなかった。

 醜怪なフレイムリザードの出現は冒険者を動揺の海に叩きこんでいた。フレイムリザードに気を取られた隙に山犬の群れが背後から襲いかかる。これまでのような連携を取るのは難しく、彼らは苦戦を強いられていた。

 苦戦を強いられているのは冒険者だけではなかった。フレイムリザードと対峙する俺達も攻めあぐねていた。

 暴れまわるフレイムリザードを剣で仕留めようとしてもどうも分が悪い。死角に入りこもうとしても背中の触手が酸を撒き散らす。そうでなくとも振り回される巨大な尾や強靭な顎は十分な脅威だし、堅固な鱗は生半可な腕では切り裂けない。

「さて、どうするかね」

 ふう、と一息ついてから、影幕シャドウカーテンで馬鹿でかいトカゲの視界を塞ぐ。ラコーニコフがそれに合わせて突貫するが、フレイムリザードは前脚を振り上げラコーニコフを弾き飛ばした。辛うじて小盾を突き出し防ぐことができたが、次も上手くいく保証はない。どうやらフレイムリザードは視覚以外にも音か熱か敵を正確に捕捉する手段を持っているようだった。

 追撃させないためにソラリとチャンチャがフレイムリザードらの懐に飛びこみ気を散らす。陽動にはなるが、二人の攻撃は軽すぎて決め手にはならない。

 二人が稼いだ時間を使い、ラコーニコフがゆっくりと立ち上がる。小盾を持つ左腕を曲げてから、顔を歪める。左腕を痛めたのだろう。ラコーニコフは忌々しげに舌打ちした。彼の元にミアが駆け寄る。骨折でもしていなければおそらく彼女の回復魔法で治るはずだ。

 フレイムリザードの一匹が頭をもたげ、大きく息を吸う。

「避けろ!」

 クレハの警告に従い、皆フレイムリザードから距離を取るため散開する。

 直後、フレイムリザードの口から猛然と赤い炎が吐き出される。強い熱波が顔を撫ぜた。炎が通った地面に蔓延っていた蔓草は黒く炭化し、生臭い煙をあげている。

 本来フレイムリザードの吐く炎は威嚇のためであり、いくら大型になったからといってここまでの威力はないはずだった。これを何度もやられると山犬と奮闘している冒険者にまで飛び火して、ますます状況が苦しくなる。

「っくそ。このままじゃ埒が明かねえ。一匹抑えてろよ。すぐ始末する!」

 クレハが構え直したエルゼベエトが赤く輝きだす。その輝きは仄暗く、吉兆を感じさせるものではなかった。

「【血だまりに踊る可愛い淑女レプレレナカント】!」

 クレハがエルゼベエトを振りかぶると、エルゼベエトの刃から真っ赤な閃光がほとばしる。閃光は無数の針となってフレイムリザードに突き刺さった。

 硬いフレイムリザードの鱗をやすやすと貫くとは。さすがに驚くものがあった。

 全身を裂かれ、フレイムリザードは苦痛の身じろぎをする。背中の触手は闇雲に酸を撒き散らした。その間隙を縫ってフレイムリザードの懐に入る。

「――【侯爵夫人の血まみれ晩餐ゴルゾアソート】」

 刃の体積が膨張してエルゼベエトを中心に大剣を形作る。クレハはそれを足元から軽々と振りぬく。
 真紅の大剣はまるで白桃を切るかのようにあっさりとフレイムリザードの首を切断した。



 響く。哄笑が響く。

 トカゲの鮮血を浴びて朱に染まるクレハは笑っていた。彼女の愛剣も鮮血を浴びて赤く輝く。

 笑ってばかりもいられない。フレイムリザードはまだ一匹残っているのだ。

 だがクレハはエルゼベエトを振りかざし、残りの一匹も易々と切り捨てる。先までの苦戦が悪い冗談のようだ。冒険者らも彼女の成し遂げた功績に戦場いくさばだとわかっていながらついフレイムリザードの屍に目をやってしまっていた。

 クレハがここまで強いとは嬉しい誤算だった。フレイムリザードなぞ隷属魔法を使えば簡単に屠ることも可能だが、冒険者たち、特にギルドマスターであるレッツライの前で使うことはできればしたくはなかった。それに影魔法は補助的な効果のものが多いので殲滅力の高い魔法はシャリリーゼほど得意ではないのだ。できなくもないが好みではない、というところだ。

 さて、残る面倒は魔犬だけだ。これを屠りさえすれば山犬は逃げ出すだろうし、そうでなかったとしても冒険者らで十分対処できるだろう。

「ソラリ、チャンチャ」

 俺は影幕シャドウカーテンで魔犬の視界を奪う。突如眼前を影で覆われた魔犬はびくりと硬直した後その頭を振るが、無論そんなことで影幕シャドウカーテンは消えやしない。

 それを機として影遮断シャドウブラインドで気配を殺したソラリが山犬の群れを駆け抜け突貫する。彼女の短剣が魔犬の首元に突き刺さろうかというその瞬間、魔犬はいかなる理由で察知したのか、ソラリの右手を食い千切る。

 利き手を失ってなおソラリは表情を変えず、突貫の勢いを利用して足蹴。しかしそれも素早く後退して避けられる。

 魔犬は自身の不利を悟ったのか、重心を僅かに後方に下げ逃走の気勢を見せた。が、相手はソラリだけではない。一拍遅らせて突貫していたチャンチャの剣が魔犬を襲う。

 かろうじてそれを回避したその腹に振りぬかれたソラリの爪先がめりこむ。続くチャンチャの一撃を躱す余力はもう残っていない。銀の毛並みがあかく染まった。


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