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練習相手

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斗亜の部屋を後にし自室へ戻った未来は、早速先程の出来事を琉空に話す為スマホに指をはわせた。
 

「まじっ?嘘だろっ?!お前良く出来たなっ。男とキスなんてっ」

風呂も済ませ宿題も済ませた琉空は、自室にて漫画を読みながら寛いでいた所、iPhoneが着信を知らせた。
そして事の経緯を未来から聞いた琉空は、上の反応を返したのである。

「ん~、それがさ、意外と平気だったんだよね。僕も男とキスなんて絶対無理って思ってたんだけど、全然不快感はなかったんだよね。何でだろ?斗亜君が綺麗だからかな?」

飄々とした声音で話す未来に、琉空は引きつった表情を浮かべた。
 
「…いや…、まぁでも、お前がいいならいいけど…」

そう。未来がいいのであればそれでいい。
自分はどんな綺麗で可愛い男でも、絶対無理な自信があるので、未来の気持ちに同調は出来ないがそれは人それぞれだと思う。
がしかし、未来はそっち派なのかな?という疑惑が琉空の脳裏に浮かんでしまう。
がしかし、たかがキス。それくらいでそうと決めるのは時期尚早か。
いやいやいやっ、そんな事はない、やはり自分は絶対嫌だ、男とキスなんて絶対あり得ないっ!と、思い改めるが、となるとやはり未来は…。
そうぐるぐると琉空の中で思考が巡らされたが、しかし未来の事など考えたって自分がわかるわけがない。
もういいや、寝ようと、琉空は手にしていた漫画を棚にしまってベッドに横になった。



※※※



2013年3月16日
今週末の泊まりがけのロケ撮影最終日。
今回はホテルからさらに遠いロケ地への移動があったので、未来を含めた子供キャスト達は小型のバスで現場入りし、そして今は帰り道だった。
未来は一番後部の窓際に座っていた。
時刻は23時を過ぎた頃。
バスの心地よい揺れと撮影の疲れも相まって、皆一様にうとうとと気持ちのよい微睡みの中。
もれなく未来もこくこくと船を漕いでいたのだが
 
「未來、未來…?」

未来の隣に座っていた斗亜が、小さな掠れ声でそう名前を呼びながら、未来の肩を揺すった。
 
「っん、ぅうん、なに、んっ、んぐっ?!」

突然の呼びかけと振動に、一気に睡魔から覚醒させられた未来は、静かな車内には十分響く程の大きさの声で答えようとするので、斗亜は咄嗟にその小さな口に掌を被せた。
 
「し~、静かに。皆起きちゃうから」

未来の口を塞いだのとは別の手で、斗亜は自分の口元で人差し指をたて、ジェスチャーからもそう伝える。

「あ、う、ごめん…」
「いや、僕こそごめんね。起こしちゃった、よね?」
「あぁ、うん。でも大丈夫。うとうとしてただけだから。どうしたの?寝くないの?」

声をひそめて話す二人の距離はとても近く、暗がりの中でもお互いの顔はしっかりと認識出来た。
 
「うん。だって折角未來が隣に居るのに、寝ちゃうなんて勿体ないし」
「は?」

にこりと綺麗な笑顔で言われ、未来は思わず口をぽかりと開けて固まった。
 
「ねぇ、未來。キスしようよ」

耳元で甘く囁く斗亜の声に、思わず未来の背筋がふるっと小さく震えたが

「えぇっ?!ちょ、待って。こんなとこでっ?」

突拍子もないその台詞の内容。
未来は驚きの声と共に首を竦め、斗亜との距離を取るため彼の肩を手で押し返した。
 
「大丈夫。皆寝てるしばれないよ」
「いや、でもっ」

抵抗する為だった未来の細い腕は、逆に斗亜に捕まえられ更にその胸元まで引き寄せられた。
折角作った距離はすぐさま埋められ、それどころかぴったりしっかり斗亜の温もりを感じられてしまう。

「大丈夫だって。それに、沢山しないと慣れないよ?いいの?本番もうすぐだけど」

くすくすと悪戯な笑みを浮かべる斗亜に、未来は言い返せない分じっとりとした瞳を彼に向けた。
 
「っ…、ぅ、じゃ、じゃぁ毛布っ、毛布に隠れてからにしよ?ね?」

ひざ掛けに使っていたそれを引き寄せ、未来は徐にその中に顔を潜らせた。
だってキスなんてしている所を万が一誰かに見られてしまったら、斗亜だって困るだろう。
それなのにこんな所で事を及ばそうとする斗亜を、理解し難いなと未来は思うが、だがしかし、斗亜の言うように練習はしないとまだまだ不安だった。
本当に、何でキスシーンなどしなければならなくなったのだと、未来は心中で深い溜息をついた。



※※※



2013年3月17日
 
「は?何それっ。それでその、その子とその、練習してるの?」

合同レッスンの昼休憩中。
談話室でご飯を食べながらドラマの撮影話を聞いていた所、斗亜との事を話し出した未来に、まず最初に驚愕の声を上げたのは七瀬だった。
 
「はい。大分慣れてきたんで本番はきっと大丈夫だと思います」

未来以外のその場にいる全員が目をまん丸にし、あんぐりと驚き顔を晒している。
にも関わらず、未来はそれに気づく事無く淡々と話した。

「まじかよっ…。未來ってそっち派だったの?」

未来をまじまじと見つめ、健太がそう思ったままの疑問を投げかけると
 
「?え?そっち派って?」

何を言われているのかてんで解らない未来は、ぽかんとした顔で疑問符を浮かべた。
そんな未来に、その隣に座っていた蒼真が未来に解りやすい様に単刀直入に質問をした。
 
「え~っと…、その、男が好きなの?」

蒼真の質問は未来にとっては唐突過ぎて、その小さな口をぱかりと大きく開いた。
 
「は?」
「いや、別に差別とか一切ないよ?そういうのは自由だし。あ、お前もそうだしなぁ?」
「っ、そうだけど…。他人の性癖を勝手にカミングアウトしないでくれる?」

固まってしまっている未来に、健太がすかさずフォローを入れるが、焦りすぎた彼はつい隣にいた綾人を巻き込んでしまう。
腕を健太に掴まれあろう事かいきなりデリケートな部分を未来に晒された綾人は、別段隠していた訳では無いが、何となく人に言われるのは不快に思い眉をしかめた。
 
「えっ?そうなんですかっ?あ、いや、僕も別に偏見はないですっ。自由だと思うんで…。って、でもちょっと待って下さいっ。僕は違いますよっ?僕はえっと、そういう趣味はないですよ!」

綾人のカミングアウトには素直に驚いた未来だったが、それを知った所で自分の態度が変わることはないし否定的な意見はない。
が、なぜか解らないが自分がそうと思われてしまっているのは全力で否定したいと未来は思う。
 
「え、ないのっ?でもそのキスの練習相手は男なんだよね?」

焦った表情で違うと言った未来だったが、しかしそれではなぜ練習相手に男なんかを選んだのかと蒼真は思う。
 
「はい。でも練習ですし、男同士だから問題ないでしょ?」
「は…?問題ない?いや何が?」

十分ある、と言うより余計あるだろうと健太は思うが、未来は戸惑いの表情を浮かべるも未だ皆が言わんとする事が理解できなかった。
 
「え、だって女の子とそんな事したら付き合わなきゃいけなくなるし、後が面倒臭いって。その点男同士ならそんな心配ないから大丈夫、なんですよね?」

そう。自分はそう斗亜から言われて彼とキスする事を決めた。
斗亜の意見に自分も納得して事に及んだのだが、何だか周りの反応からそうではない事が伺え、はてさてどうしたものかなと未来は思った。
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