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第一章 持ち込まれる
第伍話 鬼灯、探りを入れ始める(改稿180430)
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「はぁ、何というか色々巻き込まれるなぁ、鬼灯」
骨董屋の主人は溜息をつく。
二人は白湯を啜りながら話し込んでいた。
「別に自分から望んで巻き込まれた訳じゃあないよ」
鬼灯は頬を膨らませながら呟く。
二人の目の前にはくすんだ【和同開珎】が数枚ある。
「しかしまぁ、こんな物の偽物が出回るとは世も末だ。これ一枚で下でも十両は越えるからな」
これだけ古い銭だと新品の刀と同じ値段になる。この僅か一寸も無いのに、だ。
好事家、骨董趣味の人間は多々いるが、古銭集めをする人間はとにかく多い。何しろこの古銭というものはとにかく集めやすい。
場所を取らないからだ。
そして種類が豊富。一つの種類の銭でも時代によって僅かに違う。
また、銭が発行された場所によっても微妙にわざと変えてある。
「ん、そうなんだよね。
で、だ。
これが微妙な数ずつ売りに出されたら莫大な資金になるよねぇ。この出来だとそう簡単にはばれないしね」
鬼灯、榊原、そしてこの見世の店主とあっさりと見抜いたようだが実際はそれほど簡単な事では無い。
この三人がかなりの目利きであるからだ。
好事家でも十人中九人は騙される出来である。
「そうだな。日の本にどれほどの好事家がいるかは分からんが、ここにあるだけでも数百両は下らんからな」
「武家が資金を大量に集めるとなると何を狙っていると思う?」
鬼灯の問いに見世の店主は渋い顔をする。
「武家ねぇ。
まぁ、お武家・・・・・・となると一番は転覆だよな」
正直、幕府成立より武家、特に関ヶ原以来からの家には幕府はかなり強硬な姿勢で当たっていた。
大きな力を保持していた家は少しでも隙を見せると転封、下手をすると改易になる。いわれの無い難癖をつけられて潰される家もあった。
そうして潰されただけなら恨みは発生するが、まぁそこまでだ。
問題は難癖で当主が詰め腹を斬らされた場合だ。
その場合は多少事情が変わる時がある。家臣達の恨みが一斉に公方様へと向く。しかし幕府に逆らえる程の武の集合体には成らないのでちまたで暴れたりする者達も現れる。
すると治安が悪化する。
このようなことが起こる時がごく希にあるのだ。
ただし、幕府を転覆できる程の力になることはまず無い。それは幕府の石高があまりにも圧倒的すぎるからだ。
これは庶民は全く知らないことだが闇の中に生きる鬼灯の知識の中にはあった。
「転覆・・・・・・ねぇ。まぁそう考えるよね」
「なんでぇ、ちげえのかい?」
鬼灯は様々な可能性を考える。
「む~、幕府の中に影響を与えるだけならね、そこまでする必要が無いんだよね」
「じゃぁなにかい? 本当に誰かが小遣い稼ぎで創ったのかね。それにしては規模がなぁ」
そう、唯の贋作にしては手が込みすぎている。
銭の贋作を作成するのならば数百枚、数千枚を一気に作り上げた方が早い。その方が安上がりで効率が良いからだ。
実際、古い時代もそうだが現在の寛永通宝も十数枚単位で創ってゆく。
ただし、古い時代は詳しく分かってはいないが寛永通宝などを作成する場合は大規模な工房で作成する。
古代の作成方法は分かっていない。なぜなら一度、日の本から制作技術が失伝しているからだ。
日の元はある一定時期から海を渡った宋から銭を輸入していた。何故、技術があったのにそれが廃れ、輸入という形に変化したのかは分かっていない。
それに骨董として売るには大量生産は都合が悪い。
多少ある分には問題は無いが、流通する物が多ければその分価値も下がる。ただし、全国で一斉に、短期間で売りをかけるのならば話しは別だが・・・・・・。
「ま、考えても仕方が無いね。取り敢えず江戸、駿府、京、大阪に回状を廻しておいてくれないかい?」
鬼灯はこの偽銭の事を大坂までの骨董商へ情報を廻すように伝える。
見世の店主は不思議そうな表情を浮かべた。
「・・・・・・? 大阪までで良いのか?
そこから西は?」
見世の主人の問いに鬼灯は軽く微笑んだ。
「うん、出所は西は確定だしねぇ。
だからさ、炙り出そうかと・・・・・・ね」
その答えに見世の主人は呆れた表情を浮かべる。
「また何かしでかす気かね。あんまり派手にやるなよ」
見世の主人は真剣な表情になり鬼灯を見る。
鬼灯は以前にもやらかしていた。
二年程前に古い名刀の贋作が出回った時、鬼灯は徹底的に調べ上げ、その贋作を創っていた集団を皆殺しにした。
当然、この事実を知るものは古物商業界でも数名のみだ。役人達にも知られてはいない。死体も未だ見つかっていない。
因みに出回った刀は何故か盗まれたり、市場から消えたりした。
これは市場に出回った、出回りかけた物は古物商達が様々な方法で回収し、廃棄したからだ。
そして盗まれた物は闇に消えた。影響力のある者達から依頼を受けた役人達が必死に探して回ったが、全く手掛かりを得られないまま今に至る。
「ん、努力しよう」
そう言って鬼灯は立ち上がった。
「じゃあ、また。
回状は頼んだよ。それと見かけたら一度回収して鑑定を頼むよ。
どのみち【和同開珎】が市場に出回ることはそうそう無いからね。
分かりやすいよね」
見世の外へと話ながら歩いて行く鬼灯に見世の主人は【分かった】と短く答えるのであった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「やっぱり割れてるよねぇ・・・・・・。
でもまぁ、価値は下がるが何とかなりそうだねぇ」
鬼灯は夕餉とつまみ、酒を買った後、見世に帰り壊れた物を片付けた。そして今、最初の一撃で割れた皿を眺めている。
一尺ほどの乳白色の皿がほぼ真っ二つに割れていた。あの細い男の腕が良かったおかげと、運がよかった。
並みの腕の突きならば粉々になっていたのは間違いないし下に落ちなかったからだ。
細い男の突きは皿の頂点を突いており、そこから真下に衝撃が走っていたようだ。
「金接ぎで何とかなりそうだねぇ。
でも・・・・・・先立つものがなぁ」
鬼灯は金子を隠してある場所、箪笥の中をごそごそと漁る。中にある木組みを幾つかの手順を踏み最後の一差しが落ちる。箪笥の底板をゆっくりと横にずらすと中に巾着袋が入っていた。
それを取り出し中を確認する。
「一両~、二両~・・・・・・二十五両っと、一分判が二十二枚に二分判が十枚、四文が六貫と一文が二貫と少しかぁ」
番屋から帰って一刻、鬼灯は自分の持つ金子を勘定していた。
「まぁ、金継ぎに関しては何とかなるか。
後は・・・・・・、皿を割ってくれた馬鹿たれを捕まえてとっちめてやる為の手はずを整えないとねぇ」
鬼灯は帰りがけに買ってきた酒とつまみ、食い物を口に放り込みながら割れた皿を眺め続けていた。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「ごめん。いるか?」
昼下がり、骨董屋鬼灯の、滅多に開かない戸口が開く。
小袖を着崩したままの鬼灯は目の上に手を当てて入り口を見る。入り口には着流し姿で笠を被り、刀と脇差を差した者が立っていた。
「ん~、その声は・・・・・・榊原の旦那かぃ? 取り敢えず入りなよ。
それと今、何刻?」
鬼灯の言葉に榊原は黙って見世の中に入ってきた。それでも笠は取らない。
「・・・・・・飲んでいたのか?
今は朝五つだ。
それと目のやり場に困るから小袖を直せ」
その言葉に鬼灯は顔を曇らせた。
どうやら朝五つという言葉に気を悪くしたようだ。
しかしすぐににやりと笑う。
「おやおや、旦那。
あたしのような醜女に欲情したのかぃ?
吉原はすぐそこなのにねぇ?
一度行ってから出直してくるかい?」
そう言ってくすくすと笑う鬼灯。
しかし榊原は何も返事を返さず黙って立っていた。
「・・・・・・ったく。お堅いねぇ、榊原の旦那は。
まあいいさね。
とりあえずこっちに上がりなよ。酒が良いかい?
それとも白湯が良いかね?
因みに茶のような良い物は今は無いよ」
鬼灯は徳利から湯飲みに白濁の酒を注ぎながら小袖の崩れを直す。
「白湯で良い」
榊原は一言だけ言うと腰から二本を抜き、鬼灯の隣に座った。
「旦那、中では笠は脱ぐ物ではないかい?」
鬼灯の言葉に榊原は答えない。さすがの鬼灯も榊原の様子に不信感を抱く。
「ちょいと旦那、どうしたんだい?
もしかして怖じ気づいたのかぃ?」
ひょいと不意を打ったように鬼灯が榊原の笠の中を覗く。そこには顔色を真っ白にした顔があった。
唇も青い。本来なら反応できそうな動きにも榊原は対応出来ていなかった。
「・・・・・・旦那ぁ、本当にぶるっちまったのかぃ?」
目を細める鬼灯。
その問いにも答えず榊原は出された白湯を手に取った。その白湯の入った湯飲みはふるふると震えている。
「ああ、ああ、そうだ。
与騎の中でも最強といわれている儂が・・・・・・。闇の中へ足を踏み入れると決めたのにな。
何故か、何故か」
そう言うが熱い白湯を一気に飲み干す。その様子を見た鬼灯は呆れた表情を浮かべた。
「榊原の旦那。まだ引き返せるよ。秘密さえ守ってくれるのならね」
鬼灯は表情を緩めやんわりとした視線を向ける。熱い白湯を飲み干した榊原は震えていた。
「・・・・・・鬼灯。違う、違うんだ。
嬉しいんだよ。嬉しいんだ・・・・・・。
己のこれまで鍛えてきた武を思う存分振るえることが嬉しくてなぁ」
ゆっくりと笠を外す榊原。その顔を見て鬼灯はにやりと笑う。
そう、榊原の貌は笑っていたのだ。
「へぇ、良い貌するじゃぁないかい? ぞくぞくするねぇ。
一度殺りあってみたいものだねぇ」
鬼灯の言葉に榊原は更に笑う。
「さあ、鬼灯。
儂の仕事はなんじゃ?」
暗い見世の中で不気味に笑う鬼が弐匹。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
鬼灯は事の次第を細かく榊原に話す。
榊原はその間、一言も口を挟まずに黙って聞き手に回っていた。
「と、いうわけさね。
旦那に頼みたいのはお江戸に入ってきた姉川と鍋島、黒田の連中がいるかを探って欲しいんだよねぇ」
榊原は腕を組み俯いている。
鬼灯は先日言わなかったこと、全てを榊原に話した。
西国の大家が関わっている事だ。情報を渡さないことは即、死に繋がる。
鬼灯の中では榊原はかなり動揺すると踏んでいた。その榊原は暫くしておもむろに顔を上げる。
特に動揺などは無いようだ。
「あい分かった。その程度ならば明日には何とかしよう。
で、入った連中の事だけで良いのか?
中に元々いたその三家の連中は?」
榊原の問いに鬼灯は考え込む。
江戸の中に入ってきた親子の事しか頭に無かった鬼灯は江戸の中の動きには一切気を配っていなかったのだ。
実際事件があってからまだ数日。
鬼灯もそこまでまだ手を回していなかった。
「あ~、そうだ、そうだよねぇ。中にも連中はいるんだよねぇ。
そしたらさぁ、姉川家の中に六尺ほどで細身の男、姉河流鑓術と二刀鉄人流を使う者がいないかも調べることができるかぃ?」
「ん? あぁ、それは問題ないだろう。
二刀鉄人流なんぞ珍しいからなぁ。
槍に関しては姉河流と言ったが特徴は?」
榊原も姉川流には聞き覚えが無かったようだ。
そこで鬼灯は特徴を説明する。
「まあ、簡単に言えば鉤鎌付きの槍を使う流派だ。元は宝蔵院流らしいけどねぇ。
あっ、旦那。見つけるのはい良いけど手、出しちゃあ駄目だからね。
旦那の貌視たらさ、なんか殺っちまいそうだからね」
鬼灯の言葉に榊原はきょとんとした表情を浮かべる。
「・・・・・・旦那ぁ。本気で殺るつもりだったね。
駄目だよ。
今回はそういう事じゃあないんだ。
旦那の表の顔、そっちでの解決を促すための探りだからね。
まぁ、職業柄対応しないといけないのもあるけどね。そこら辺は改めて説明するよ。
で、・・・・・・旦那が考えているそういう仕事は、入ったら廻すからさ」
ばつの悪そうな表情を浮かべる榊原。
「う、む。儂としたことがの。興奮しすぎたようじゃな。
鉤鎌付きという事はあの親子を殺った下手人って事か?」
「まぁ、そういうことだね。絶対手出すんじゃないよ、旦那」
「分かった、分かった。
では、明日、暮れ六つから夜五つの間にはここへ参ろう」
そこまで言うと榊原は笠を被り立ち上がる。
「あ、旦那。これ、持って行きなよ」
鬼灯が小さな袋を投げて寄越す。榊原はそれを上手く掴むと顔を顰めた。
「・・・・・・五枚?
これは?」
「あぁ、前金さ。今回は儲けは無いけど報酬は払わないとね」
榊原はもう一度手の平で袋をなぞり複雑な表情を浮かべる。
「足りないかぃ?」
鬼灯の言葉に榊原は溜息をつく。
「いや、与騎やっているのが馬鹿らしくなってな」
小さな袋を懐に仕舞いながら腰に二本を差す。
「では明日、先程の刻限に」
そう言って榊原は骨董屋鬼灯を後にするのであった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「う~ん。面白そうだったから誘ったけど・・・・・・、とちったかねぇ」
榊原が帰った後、鬼灯は湯飲みの中の酒をちびちびと飲みながら先程までいた榊原の事を考えていた。
先日、番屋で話したときには問題は無いと踏んでいたのだが今日の様子を見て心配になっていた。
(まぁ、あたしもこの生業を始めたときはあんな感じだったかなぁ。
問題は予想以上に好戦的だってことだねぇ)
今日の榊原の様子は番屋で話した時、今まで客として訪れていた時とは根本的に違っていたからだ。
闇の中に足を入れると決めた時の榊原にはまだ、武士の心が残っていた。
しかし先程の榊原は全く別物であった。
これには表情には出さなかったが鬼灯も驚いていた。
そしてもう一つ、榊原の技量を完全に見誤っていたからだ。
(枷が外れた武士ってやつは・・・・・・。
あれは武士ではなく侍ってやつだねぇ。
有能かどうかは明日には分かるが・・・・・・、少し暴走しないように気を配ってやる必要がありそうだね)
鬼灯は溜息をつきながら湯飲みに残った酒を飲み干し、小銭を握って見世の外へと出て行くのであった。
骨董屋の主人は溜息をつく。
二人は白湯を啜りながら話し込んでいた。
「別に自分から望んで巻き込まれた訳じゃあないよ」
鬼灯は頬を膨らませながら呟く。
二人の目の前にはくすんだ【和同開珎】が数枚ある。
「しかしまぁ、こんな物の偽物が出回るとは世も末だ。これ一枚で下でも十両は越えるからな」
これだけ古い銭だと新品の刀と同じ値段になる。この僅か一寸も無いのに、だ。
好事家、骨董趣味の人間は多々いるが、古銭集めをする人間はとにかく多い。何しろこの古銭というものはとにかく集めやすい。
場所を取らないからだ。
そして種類が豊富。一つの種類の銭でも時代によって僅かに違う。
また、銭が発行された場所によっても微妙にわざと変えてある。
「ん、そうなんだよね。
で、だ。
これが微妙な数ずつ売りに出されたら莫大な資金になるよねぇ。この出来だとそう簡単にはばれないしね」
鬼灯、榊原、そしてこの見世の店主とあっさりと見抜いたようだが実際はそれほど簡単な事では無い。
この三人がかなりの目利きであるからだ。
好事家でも十人中九人は騙される出来である。
「そうだな。日の本にどれほどの好事家がいるかは分からんが、ここにあるだけでも数百両は下らんからな」
「武家が資金を大量に集めるとなると何を狙っていると思う?」
鬼灯の問いに見世の店主は渋い顔をする。
「武家ねぇ。
まぁ、お武家・・・・・・となると一番は転覆だよな」
正直、幕府成立より武家、特に関ヶ原以来からの家には幕府はかなり強硬な姿勢で当たっていた。
大きな力を保持していた家は少しでも隙を見せると転封、下手をすると改易になる。いわれの無い難癖をつけられて潰される家もあった。
そうして潰されただけなら恨みは発生するが、まぁそこまでだ。
問題は難癖で当主が詰め腹を斬らされた場合だ。
その場合は多少事情が変わる時がある。家臣達の恨みが一斉に公方様へと向く。しかし幕府に逆らえる程の武の集合体には成らないのでちまたで暴れたりする者達も現れる。
すると治安が悪化する。
このようなことが起こる時がごく希にあるのだ。
ただし、幕府を転覆できる程の力になることはまず無い。それは幕府の石高があまりにも圧倒的すぎるからだ。
これは庶民は全く知らないことだが闇の中に生きる鬼灯の知識の中にはあった。
「転覆・・・・・・ねぇ。まぁそう考えるよね」
「なんでぇ、ちげえのかい?」
鬼灯は様々な可能性を考える。
「む~、幕府の中に影響を与えるだけならね、そこまでする必要が無いんだよね」
「じゃぁなにかい? 本当に誰かが小遣い稼ぎで創ったのかね。それにしては規模がなぁ」
そう、唯の贋作にしては手が込みすぎている。
銭の贋作を作成するのならば数百枚、数千枚を一気に作り上げた方が早い。その方が安上がりで効率が良いからだ。
実際、古い時代もそうだが現在の寛永通宝も十数枚単位で創ってゆく。
ただし、古い時代は詳しく分かってはいないが寛永通宝などを作成する場合は大規模な工房で作成する。
古代の作成方法は分かっていない。なぜなら一度、日の本から制作技術が失伝しているからだ。
日の元はある一定時期から海を渡った宋から銭を輸入していた。何故、技術があったのにそれが廃れ、輸入という形に変化したのかは分かっていない。
それに骨董として売るには大量生産は都合が悪い。
多少ある分には問題は無いが、流通する物が多ければその分価値も下がる。ただし、全国で一斉に、短期間で売りをかけるのならば話しは別だが・・・・・・。
「ま、考えても仕方が無いね。取り敢えず江戸、駿府、京、大阪に回状を廻しておいてくれないかい?」
鬼灯はこの偽銭の事を大坂までの骨董商へ情報を廻すように伝える。
見世の店主は不思議そうな表情を浮かべた。
「・・・・・・? 大阪までで良いのか?
そこから西は?」
見世の主人の問いに鬼灯は軽く微笑んだ。
「うん、出所は西は確定だしねぇ。
だからさ、炙り出そうかと・・・・・・ね」
その答えに見世の主人は呆れた表情を浮かべる。
「また何かしでかす気かね。あんまり派手にやるなよ」
見世の主人は真剣な表情になり鬼灯を見る。
鬼灯は以前にもやらかしていた。
二年程前に古い名刀の贋作が出回った時、鬼灯は徹底的に調べ上げ、その贋作を創っていた集団を皆殺しにした。
当然、この事実を知るものは古物商業界でも数名のみだ。役人達にも知られてはいない。死体も未だ見つかっていない。
因みに出回った刀は何故か盗まれたり、市場から消えたりした。
これは市場に出回った、出回りかけた物は古物商達が様々な方法で回収し、廃棄したからだ。
そして盗まれた物は闇に消えた。影響力のある者達から依頼を受けた役人達が必死に探して回ったが、全く手掛かりを得られないまま今に至る。
「ん、努力しよう」
そう言って鬼灯は立ち上がった。
「じゃあ、また。
回状は頼んだよ。それと見かけたら一度回収して鑑定を頼むよ。
どのみち【和同開珎】が市場に出回ることはそうそう無いからね。
分かりやすいよね」
見世の外へと話ながら歩いて行く鬼灯に見世の主人は【分かった】と短く答えるのであった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「やっぱり割れてるよねぇ・・・・・・。
でもまぁ、価値は下がるが何とかなりそうだねぇ」
鬼灯は夕餉とつまみ、酒を買った後、見世に帰り壊れた物を片付けた。そして今、最初の一撃で割れた皿を眺めている。
一尺ほどの乳白色の皿がほぼ真っ二つに割れていた。あの細い男の腕が良かったおかげと、運がよかった。
並みの腕の突きならば粉々になっていたのは間違いないし下に落ちなかったからだ。
細い男の突きは皿の頂点を突いており、そこから真下に衝撃が走っていたようだ。
「金接ぎで何とかなりそうだねぇ。
でも・・・・・・先立つものがなぁ」
鬼灯は金子を隠してある場所、箪笥の中をごそごそと漁る。中にある木組みを幾つかの手順を踏み最後の一差しが落ちる。箪笥の底板をゆっくりと横にずらすと中に巾着袋が入っていた。
それを取り出し中を確認する。
「一両~、二両~・・・・・・二十五両っと、一分判が二十二枚に二分判が十枚、四文が六貫と一文が二貫と少しかぁ」
番屋から帰って一刻、鬼灯は自分の持つ金子を勘定していた。
「まぁ、金継ぎに関しては何とかなるか。
後は・・・・・・、皿を割ってくれた馬鹿たれを捕まえてとっちめてやる為の手はずを整えないとねぇ」
鬼灯は帰りがけに買ってきた酒とつまみ、食い物を口に放り込みながら割れた皿を眺め続けていた。
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「ごめん。いるか?」
昼下がり、骨董屋鬼灯の、滅多に開かない戸口が開く。
小袖を着崩したままの鬼灯は目の上に手を当てて入り口を見る。入り口には着流し姿で笠を被り、刀と脇差を差した者が立っていた。
「ん~、その声は・・・・・・榊原の旦那かぃ? 取り敢えず入りなよ。
それと今、何刻?」
鬼灯の言葉に榊原は黙って見世の中に入ってきた。それでも笠は取らない。
「・・・・・・飲んでいたのか?
今は朝五つだ。
それと目のやり場に困るから小袖を直せ」
その言葉に鬼灯は顔を曇らせた。
どうやら朝五つという言葉に気を悪くしたようだ。
しかしすぐににやりと笑う。
「おやおや、旦那。
あたしのような醜女に欲情したのかぃ?
吉原はすぐそこなのにねぇ?
一度行ってから出直してくるかい?」
そう言ってくすくすと笑う鬼灯。
しかし榊原は何も返事を返さず黙って立っていた。
「・・・・・・ったく。お堅いねぇ、榊原の旦那は。
まあいいさね。
とりあえずこっちに上がりなよ。酒が良いかい?
それとも白湯が良いかね?
因みに茶のような良い物は今は無いよ」
鬼灯は徳利から湯飲みに白濁の酒を注ぎながら小袖の崩れを直す。
「白湯で良い」
榊原は一言だけ言うと腰から二本を抜き、鬼灯の隣に座った。
「旦那、中では笠は脱ぐ物ではないかい?」
鬼灯の言葉に榊原は答えない。さすがの鬼灯も榊原の様子に不信感を抱く。
「ちょいと旦那、どうしたんだい?
もしかして怖じ気づいたのかぃ?」
ひょいと不意を打ったように鬼灯が榊原の笠の中を覗く。そこには顔色を真っ白にした顔があった。
唇も青い。本来なら反応できそうな動きにも榊原は対応出来ていなかった。
「・・・・・・旦那ぁ、本当にぶるっちまったのかぃ?」
目を細める鬼灯。
その問いにも答えず榊原は出された白湯を手に取った。その白湯の入った湯飲みはふるふると震えている。
「ああ、ああ、そうだ。
与騎の中でも最強といわれている儂が・・・・・・。闇の中へ足を踏み入れると決めたのにな。
何故か、何故か」
そう言うが熱い白湯を一気に飲み干す。その様子を見た鬼灯は呆れた表情を浮かべた。
「榊原の旦那。まだ引き返せるよ。秘密さえ守ってくれるのならね」
鬼灯は表情を緩めやんわりとした視線を向ける。熱い白湯を飲み干した榊原は震えていた。
「・・・・・・鬼灯。違う、違うんだ。
嬉しいんだよ。嬉しいんだ・・・・・・。
己のこれまで鍛えてきた武を思う存分振るえることが嬉しくてなぁ」
ゆっくりと笠を外す榊原。その顔を見て鬼灯はにやりと笑う。
そう、榊原の貌は笑っていたのだ。
「へぇ、良い貌するじゃぁないかい? ぞくぞくするねぇ。
一度殺りあってみたいものだねぇ」
鬼灯の言葉に榊原は更に笑う。
「さあ、鬼灯。
儂の仕事はなんじゃ?」
暗い見世の中で不気味に笑う鬼が弐匹。
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鬼灯は事の次第を細かく榊原に話す。
榊原はその間、一言も口を挟まずに黙って聞き手に回っていた。
「と、いうわけさね。
旦那に頼みたいのはお江戸に入ってきた姉川と鍋島、黒田の連中がいるかを探って欲しいんだよねぇ」
榊原は腕を組み俯いている。
鬼灯は先日言わなかったこと、全てを榊原に話した。
西国の大家が関わっている事だ。情報を渡さないことは即、死に繋がる。
鬼灯の中では榊原はかなり動揺すると踏んでいた。その榊原は暫くしておもむろに顔を上げる。
特に動揺などは無いようだ。
「あい分かった。その程度ならば明日には何とかしよう。
で、入った連中の事だけで良いのか?
中に元々いたその三家の連中は?」
榊原の問いに鬼灯は考え込む。
江戸の中に入ってきた親子の事しか頭に無かった鬼灯は江戸の中の動きには一切気を配っていなかったのだ。
実際事件があってからまだ数日。
鬼灯もそこまでまだ手を回していなかった。
「あ~、そうだ、そうだよねぇ。中にも連中はいるんだよねぇ。
そしたらさぁ、姉川家の中に六尺ほどで細身の男、姉河流鑓術と二刀鉄人流を使う者がいないかも調べることができるかぃ?」
「ん? あぁ、それは問題ないだろう。
二刀鉄人流なんぞ珍しいからなぁ。
槍に関しては姉河流と言ったが特徴は?」
榊原も姉川流には聞き覚えが無かったようだ。
そこで鬼灯は特徴を説明する。
「まあ、簡単に言えば鉤鎌付きの槍を使う流派だ。元は宝蔵院流らしいけどねぇ。
あっ、旦那。見つけるのはい良いけど手、出しちゃあ駄目だからね。
旦那の貌視たらさ、なんか殺っちまいそうだからね」
鬼灯の言葉に榊原はきょとんとした表情を浮かべる。
「・・・・・・旦那ぁ。本気で殺るつもりだったね。
駄目だよ。
今回はそういう事じゃあないんだ。
旦那の表の顔、そっちでの解決を促すための探りだからね。
まぁ、職業柄対応しないといけないのもあるけどね。そこら辺は改めて説明するよ。
で、・・・・・・旦那が考えているそういう仕事は、入ったら廻すからさ」
ばつの悪そうな表情を浮かべる榊原。
「う、む。儂としたことがの。興奮しすぎたようじゃな。
鉤鎌付きという事はあの親子を殺った下手人って事か?」
「まぁ、そういうことだね。絶対手出すんじゃないよ、旦那」
「分かった、分かった。
では、明日、暮れ六つから夜五つの間にはここへ参ろう」
そこまで言うと榊原は笠を被り立ち上がる。
「あ、旦那。これ、持って行きなよ」
鬼灯が小さな袋を投げて寄越す。榊原はそれを上手く掴むと顔を顰めた。
「・・・・・・五枚?
これは?」
「あぁ、前金さ。今回は儲けは無いけど報酬は払わないとね」
榊原はもう一度手の平で袋をなぞり複雑な表情を浮かべる。
「足りないかぃ?」
鬼灯の言葉に榊原は溜息をつく。
「いや、与騎やっているのが馬鹿らしくなってな」
小さな袋を懐に仕舞いながら腰に二本を差す。
「では明日、先程の刻限に」
そう言って榊原は骨董屋鬼灯を後にするのであった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
「う~ん。面白そうだったから誘ったけど・・・・・・、とちったかねぇ」
榊原が帰った後、鬼灯は湯飲みの中の酒をちびちびと飲みながら先程までいた榊原の事を考えていた。
先日、番屋で話したときには問題は無いと踏んでいたのだが今日の様子を見て心配になっていた。
(まぁ、あたしもこの生業を始めたときはあんな感じだったかなぁ。
問題は予想以上に好戦的だってことだねぇ)
今日の榊原の様子は番屋で話した時、今まで客として訪れていた時とは根本的に違っていたからだ。
闇の中に足を入れると決めた時の榊原にはまだ、武士の心が残っていた。
しかし先程の榊原は全く別物であった。
これには表情には出さなかったが鬼灯も驚いていた。
そしてもう一つ、榊原の技量を完全に見誤っていたからだ。
(枷が外れた武士ってやつは・・・・・・。
あれは武士ではなく侍ってやつだねぇ。
有能かどうかは明日には分かるが・・・・・・、少し暴走しないように気を配ってやる必要がありそうだね)
鬼灯は溜息をつきながら湯飲みに残った酒を飲み干し、小銭を握って見世の外へと出て行くのであった。
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旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
『五感の調べ〜女按摩師異聞帖〜』
月影 朔
歴史・時代
江戸。盲目の女按摩師・市には、音、匂い、感触、全てが真実を語りかける。
失われた視覚と引き換えに得た、驚異の五感。
その力が、江戸の闇に起きた難事件の扉をこじ開ける。
裏社会に潜む謎の敵、視覚を欺く巧妙な罠。
市は「聴く」「嗅ぐ」「触れる」独自の捜査で、事件の核心に迫る。
癒やしの薬膳、そして人情の機微も鮮やかに、『この五感が、江戸を変える』
――新感覚時代ミステリー開幕!
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
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