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こちら付与魔術師でございます
こちら付与魔術師でございます Ⅸ ゴチック姉妹の支払い
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いやぁ、突然戦争なんて話になってびっくりしました。
何の前触れもなかったんですよ。いやほんとに。
まっ、正式に戦争を開始するというお触れは出ていないから問題は無いでしょうけどね。戦争のことは今日、ゴチック姉妹に会ったときに聞いてみ~よおっと。
しっかし、鍛冶屋としては武器を売りつけようにも材料がないことには話にならないのですがねぇ。プラチナならあるんだけど。
プラチナの剣・・・・・・、柔らかすぎて使いのもになりませんねぇ。
今日は午前中と夕方だけ店を開け、ゴチック姉妹の代金を受け取りに行き、その後食料品の市場調査とルーミィの依頼の材料でも仕入しようと思いま~す。
定食屋ハズキの冷蔵の件も取りかからないといけませんからね。
ん?なんか今日はまじめ?
いやいや、私はいつもまぢめですよ。
そう、ルーミィの家に肉が入りづらくなった件と今回の王国の動き、これもなんか近いような気がしますねぇ。
いや、独り言ですよ。
でわ。
私は午前中と夕方は店をやり、午後は食料品の市場調査とルーミィの依頼品の材料を買うをつもりだ。その間にゴチック姉妹との約束が入っている。どれでも好きな物を家から持って行く。これがゴチック姉バスティとの契約だった。今日はその約束の日だ。私たちは私の店の前で待ち合わせをしていた。
早朝、店を開け2人がやってくるのを待つ。昼前に2人は連れだってやってきた。
2人が並んでやってくると中央広場の男達の視線が一気に集まる。やはり2人は魅力的だ。
金髪、金眼のエルフ。1人は美人でエルフに似つかわしくもないスタイルをもち、もう1人は愛くるしい美少女という感じだ。
その2人が連れ立ってこちらに歩いてきた。
「カーソンさん、お早うございます」
「カーソンお早よっ!」
バスティは大人の微笑みで挨拶をしてき、フォルテは最初に会ったときのようなテンションだ。
「あぁ、おはよう。直ぐに店を閉めるからまってて」
私はそういうと直ぐに閉店の準備を始める。バスティが興味深そうに商品を眺めていた。
「あー、そういえば、サークレットは問題ない? 職場で問題とかは?」
商品を片付けながら話しかけた。2人は顔を見合わせ問題ないと言う。あれ以来一切元に戻ろうとする気配もなく、身体にも変調は来していないそうだ。
バスティが後ろに飾ってあるロングソードを見ながら話しかけてきた。
「ねぇ、カーソンさん。あのロングソードって結構強力な魔法がかかっていますよね?」
2振りのロングソードをジッと見つめている。興味があるのだろうか?
とても剣に興味があるようには思えないのだが。
「ええ。あれは片方が冷却系の魔法、もう片方が雷系の魔法がかかっています。基本的には対で使うのが一番良いのですが、そこまでの使い手は中々いませんので。最後はバラ売りでしょうね」
私は笑いながら答えた。
「バスティさん、あの剣がお気に召したとか?」
冗談めかして言うと、フォルテが横から割り込んできた。眉間にしわを寄せている。
「おねーちゃん! これ以上は駄目よ。ただでさえ部屋の中が武器で溢れているんだから!」
は? 部屋の中が武器で溢れている? バスティの部屋が?
ちょっと興味が沸いたぞ。
「わかっています。買いません。あれだけの魔法剣高くて買えるわけがないです。問題は選んでもらうはずだった物よりもあれの方が遙かに出来が良いってことなのよね」
そう言って溜息をつく。
あー、そういうことね。どうやらバスティは魔法剣のコレクターのようだ。それを何本か私に譲って支払いに充てようとしたらしい。
しかし、その支払う予定の人物の作った剣の方が遙かに出来がよかったので困っているということみたいだ。
「まぁまぁ、とりあえずお伺いさせていただいて考えましょう」
私は期待はしていないが魔法剣のコレクションには興味があった。古代遺跡から出た魔法剣のはずだからいろいろな効果が付いているだろう。それを視て自分の商品に組み込むことで商品価値をあげる。さすがに魔術師ではないのでそこまでは気が回らないようだ。
もっとも、古代エルフの知識や歴史だけでも十分なのだが(売り上げ的には赤字だけど・・・・・・)
店の閉店作業が終わったので、ゴチック姉妹の案内で2人の家へ行く。町の中心街から結構離れており、森の近くにあった。家は一軒家で、付近に民家が数件ある。
家の中は女の子の部屋を想像していたが、意外と落ち着いた装いだった。
「すっきりした良い部屋ですね」
私は思った感想をそのまま述べた。フォルテはお茶を入れると言ってキッチンの方へ、私は2階にあるバスティの部屋へと向かった。
2階には5つの部屋があり、その中の2つがバスティの部屋らしい。どちらからでもどうぞとバスティが言い扉を開けてくれた。両方から大量の魔力が溢れてくる。
2つの部屋の魔力はそれぞれ異なった物だった。片方は魔術師の系統、もう片方は神聖魔法と精霊魔法の系統だ。
私は先に魔術師系の魔力が強い部屋に入る。そこはとんでもないことになっていた。
部屋いっぱいに武器と防具が並んでいる。壁に飾れないものは床の木箱の中に詰め込まれていた。私はまず、どのような魔法がかかっているかを眼で追っていく。斬れ味の上がった剣や防御力の増している鎧。中には私が作っていた斬ったらその場で発火するような物まである。
「・・・・・・よく、集めましたね。これはすごいです。いくらかかったんですか?」
私は失礼な質問を思わずぶつけていた。バスティは肩をすくめている。
「さぁ?幾らくらいかしら、正直分からないわ。いつから集めているか憶えていないから・・・・・・」
バスティの目は遙か遠くを見つめていた。様々なことを思い出しているのだろう。ある程度見て回ると次の部屋へと移動した。
そこには剣や鎧はほとんど無かった。あるのはブロードソードが1振りとアクゥィバスアーマーという珍しい鎧があるだけだ。アクゥィバスアーマーは基本的に上半身だけを覆う鎧で、臍より少し下までしかなく、肩を覆うショルダーガードさえない。その代わりガントレットが左手の分のみある。本来なら兜もセットのはずだがそれは無かった。
ブロードソードからは神聖魔法が溢れている。私は神聖魔法には疎いが破邪の魔法がかかっているようだ。アクゥィバスアーマー本体には精霊魔法らしき物がかかっている。内容は正直わからない。ただ、ガントレットにはなぜか空間魔法がかかっていた。
「鎧には水の精霊ウィンディーネ自体が宿っているのですよ」
バスティが短く精霊言語を唱えるとウィンディーネが姿を現す。アクゥィバスアーマーの上を流れるように動き、時々こちらに視線を向ける。
もう一度バスティが精霊言語を唱えるとウィンディーネは鎧の中に消えていった。仕組みを知りたかったが、精霊言語と精霊魔法が苦手なので後で聞くことにし、気になっているガントレットのことを聞いた。
バスティは試しにどうぞと言って私に着けてくれた。ガントレットは本来腕全体を覆うのだが、これは腕の表面を覆うように浮いている。
突然バスティが私に短剣を投げた。凄まじい速度で短剣は胸を狙って飛んでくる。私がまずいと思った瞬間、ガントレットが勝手に移動し、短剣をはじき飛ばした。
(あぁ、こういう効果か・・・・・・、しかし心臓に悪いなぁ)
バスティは申し訳ないと言いながらニコニコと笑っていた。怖いぞこの人。
「すみません、失礼なことをしてしまって。でも、この方が効果がわかりやすいと思って てへ」
笑いながら ぺろっ と舌を出している。
あ~、なんか外と内が違うぞ? この人。
私はガントレットを返し、部屋の中を色々と見て回った。数は少ないが傷を癒やす魔法がかかったスタッフや指輪、遠見の水晶などという不思議な物まであった。遠見の水晶なんて初めて見たのでしげしげと眺めていると、覗きは出来ませんよ と笑いながら言われてしまった。その気はなかったのだがなぁ。
中に風の精霊シルフがいて、見たい場所を念じるとそこまで飛んでいき見た景色を水晶に写すという仕組みだそうだ。効果範囲も広くはなくせいぜい1km程度だという。また、魔法で遮断された空間には入れないそうだ。
私は部屋のなかを見回して、本棚に目をやった。様々な本が並んでいるのだが、剣の使い方や戦いの仕方、用兵の本などが並んでいる。それとは別に基本的な魔法の本と神聖魔法の本もいくつかある。魔術系は結構値が張る物だ。
「なんか、色々勉強なさってますね・・・・・・」
私は感心していた。役所のお姉さんが剣や魔法のことを勉強している。コレクターとして勉強しているのか、実際やっているのか気になったので、床に置いてある箱の中の本を手に取りながら聞いてみた。
「バスティさんは剣や魔法、どれくらい使えるのですか?」
バスティは笑いながら答えてくれた。
「んー、そうですわねぇ。冒険者ギルドでハンター系ランクがSSで、エクスプロレーション系ランクがSで登録しています。通常魔法はからっきしですわ。精霊魔法にランクはありませんのでこれはなんとも。契約している精霊の名前で良ければお教えできます。あと神聖魔法はまったく駄目です。必要だったので買ったのはあのブロードソードくらいですね」
おいおいおい。
てか、なんで市役所の受付やってんのこの人。そっちの方が絶対実入りいいでしょ?SSなんて聞いたことないぞ。
私の目が点になっているとバスティは一言付け加えた。
「カーソンさん、このことはふたりのひ・み・つにしておいてください。妹は知りませんので。知ってるのは各ギルドマスターと副ギルドマスターくらいですから・・・」
ちょっとだけ目が怖い・・・・・・ような気がした。私はコクコクと頷くことしか出来なかった。
とりあえずショックを隠しつつ本を眺めていたら、その中にとんでもない物を発見した。新しい本に見えるが書いてある言語が問題だった。私の隠し球である高音言語魔法の元になっている本。師匠と共に2年を解読に費やした古代の本が目の前にある。しかも師匠の所にある物とは違い最近書かれたような状態だった。他にも何十冊かある。しかも全て内容が違う。どうやら何冊ずつかのセットになっているようだ。師匠の所では表題すら読み取れなかったがここのは完全に読み取れる。私が本に目を通していると、突然横からバスティが話しかけてきた。手には小さな小箱が握られている。
「それ、私読めないんですよ。もともと古物を収集する趣味があって、一山幾らで買った物なんですけど・・・・・・。で、これも一緒に付いていました」
箱の中には鏡のように平らだが少し立体的な円盤が入っていた。台座は四角。面にはなにかの石が全部で8つはめ込まれている。色は7つ。赤と黒が一番大きく対になって中央に埋め込まれている。2つの石の間には先が尖った台座が四角の石が埋め込まれている。色はなく完全な透明だ。その周りに青、赤、黄、白、黒の石が五芒星の形で並んでいる。そして台座の四方にも青、赤、緑、土色の石が角に埋め込まれていた。魔力らしき物は何も感じることは出来ない。
私は思わずこれくださいと言っていた。
「あのぅ、失礼ですけれど、そんなもので宜しいのでしょうか? ここにはもっと高価な物もたくさんありますが・・・・・・」
バスティは困惑しているようだった。知らない人には全く価値がなく、知る人には価値がある物だ。これは私にとってとてつもない価値がある。
「いえ、この木箱の中の本とその小箱の中身で大丈夫です」
私ははっきりと断言した。バスティもそれならばと納得したようだ。そして、戦争のことを尋ねてみた。
「あの、今、戦争の話題が耳に入っています。何かお聞きになってませんか?」
その質問にバスティの顔が曇り、何かを考えだした。少し間を置いてバスティは顔を上げた。
「そうですね・・・・・・」
バスティが口を開きかけたとき、フォルテが勢いよく部屋に入ってきた。
「お茶入ったよ~」
私とバスティはお互いに顔を見合わせたまま黙ってしまった。
「あー、なんか怪し~」
フォルテがジト目でこちらを見ている。私はこの状況の説明を色々考えてみた。何も浮かばない。そこにバスティの爆弾発言が炸裂した。
「カーソンさんから告白されてしまいましたのよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私とフォルテの目が点になった。
驚いたわ。そう来るか。言葉も出ないわ。
確かに魅力的な女性だからやぶさかではないのだが、今の状況じゃ報酬に要求したようにとられそうだ。
「・・・・・・とにかくお茶、入ったわっ!」
フォルテがドタドタと大きな足音を立てて部屋を出て行く。バスティもその後に続いて部屋を出る。出るときにウィンクが飛んできた。
「また、後でお話ししましょう」
バスティのやんわりとした笑顔に思わず心の中で この悪魔 と呟いていた。
その後、微妙な雰囲気の中お茶会は進み当たり障りのない話をした。私は再度2階に行き、蜜穴熊のバッグにもらい受けた物を詰め込んでいった。
バスティが不思議そうな目で見ている。本がどんどん入って行くのにバッグは一切膨らまないのだ。このバッグの機能、意外と思いつかない人が多い。
「ねぇ、カーソンさん。このバッグどういう仕組みになっていますの?」
バスティが身を寄せて聞いてくる。その後ろに立つフォルテの気配が何気に怖い。
「あー、これは企業秘密です」
そう、このバッグを作ればかなり儲けられるのだが、いかんせん効率が悪すぎる。これを売ることは商売人としてはできない。個人的に限定して売るにしても、月1回魔法のかけ直しなんて手間のかかることはやってられない。私は売り物ではないことを説明する。
全ての本を詰めて、私はゴチック姉妹の家を後にした。
家を出て暫くすると耳の横で声が聞こえてきた。バスティの声だ。慌てて周りを見渡したが誰もいない。眼に魔力を込めて視ると、半透明の美しい女性が私の周りを飛び回っていた。
「今夜、お食事しましょう。夕刻にお店へお伺いいたしますわ」
美しい女性はにこりと笑うと空高く舞い上がっていった。
-----市場-----
私はゴチック姉妹の家を後にして、市場へと来ていた。食料品の状態を調べるためだ。大きな店から路上販売まで、店頭在庫を調べてまわる。そうして浮かび上がってきたのは、保存食に出来る食材がかなり少ないということだった。保存食になる食材が減っているということは遠征、もしくは籠城のどちらかが選択肢となる。
しかも市場に影響を与えてまで籠城用の食料を確保するとなると民衆に不満を与えるだけだ。そういうことは隠れてこそこそやるものだ。それか戦争に突入したときに強制徴用するか。
まだ市民に戦争の触れは出ていない。街の騎士団にもそのような緊張感はなく、いつも通りに巡回をしている。
バスティは何か知っているようだったが、まぁ夜になれば分かるだろう。
私はある程度の食料状態を把握すると、ルールウの店へ移動した。
「やぁ、ルールウ景気はどう?」
ルールウは綺麗な顔を ぷう と膨らませた。カウンターの上に頬杖をつく。大きく開いた胸元から白い谷間が覗いている。
「聞くかな、それを」
あまり売れていないらしい。しかしこの人どうやって商品を仕入れて生活しているのだろう。売っている物は異常に値段の張る物ばかりだ。
「ん~、カーソンくん。君の視線はどこを向いているのかな~」
ルールウの目が知ってるぞ~という視線を送っている。
あ~、これはなんか買わされるなぁ。私は言い訳を諦めた。
「はいはい、良いものを拝ませていただきました。眼福眼福。で、探しているものがあるのですが・・・・・・、ここレアもの多く扱ってますよね」
私の欲しい物は正直レアな素材なのでギルド程度では置いていない。すでにこの街のギルドは確認済みだ。
「まあね。私含めてそれなりに売ってるつもりだけど」
ルールウはあっけらかんと凄いことを言ってのけた。このお姉さんはまた・・・・・・。私が呆れかえっているとルールウも笑いながら会話を続けた。
「冗談だよ、まああんたならただでいいけどね。で、何が欲しいんだい?」
私は無視して欲しい物を言った。
「今この国で起こっていることの情報と氷竜の鱗8つ、ついでに古本とかあったら見せて」
「いいけど、氷竜の鱗は結構な値段するけど?それと古本は今ここには置いてないけど後でいい?」
私は黙って頷いた。竜の鱗は正直高い。しかも氷竜は個体数が異常に少ない。火竜や、黒竜などは比較的数は多いが、氷竜や雷竜、多頭竜などは特に個体数が少ない。東方には翼がない竜も存在するという。
古本は、とにかく量が多いのでアイテムとセットになっているもの以外は自宅の倉庫にあるそうだ。
「じゃぁ、情報は金貨8枚で氷竜の鱗は1枚金貨5枚、合計金貨48枚でどう?」
金貨48枚か・・・・・・。あぁ、今月の売り上げがすべて吹き飛んでしまった。しかし受けた仕事は確実にこなさなければならない。
「了解。それでお願いします」
私はバッグから金貨を取り出すとルールウに手渡し、支払いの手続きを済ませる。
「はい、毎度あり~」
ルールウは上機嫌だ。
それから、ルールウから今の王国の状態を聞いた。
内容はこうだった。
王都から200km程北へ行ったところに正体不明のモノが現れたということ。
最初は傭兵や冒険者達に調査を依頼したがだれも帰ってこないこと。
第三騎士団(3000名)を派遣したが誰も帰ってこないこと。
連絡が取れない村が徐々に増えていること。
騎士団すら連絡が取れなくなったので、現在王都では軍団を編成し確認に行く準備をしているので食料や武器を大量に集めているということだった。
ただし、事の詳細が不明な為、王都周辺300km以上離れた地域には箝口令が敷かれているらしい。
それはギルド間でも情報を遮断している程だ。知っているのは大型都市の長や各地のギルドマスターくらいなものだという。
私は率直な疑問をルールウに投げかけた。
「で、なんでルールウは知っているんだ?」
ルールウはにやりと笑う。
「ひ・み・つ」
あぁ、まただ。私も企業秘密といって、誤魔化しているところはあるのでそれ以上は聞かない。それに面倒ごとには首を突っ込みたくない。食料が減っている事情だけ分かれば正直それで良かった。必要な素材も手に入ったし。
私は約束があるから古本はまた今度と言って、ルールウの店を後にした。
----- 夜 -----
夕方、バスティが店にやってきた。かなりおしゃれをしている。
「こんばんは、カーソンさん。晩ご飯を食べに行きましょう」
私は、すぐに店を連れ出された。連れて行かれたところは個室のある超高級店だった。通された部屋は強力な結界が張ってある密室だ。
「じゃあ、聞かせてください」
私は唐突に質問を始めた。バスティは くすっ と笑い私の口を人差し指で押さえた。
「まぁまぁ、とりあえずお酒でも飲みながらにしましょう。時間はあるでしょ、夜は長いんだし」
バスティは妖艶な笑みを浮かべた。昼間とは全く違う印象を受ける。いったいこの人はどれだけの仮面をかぶっているんだろう。
私は蜂蜜酒を頼み、バスティは火酒を頼んだ。・・・・・・火酒?ってあれだよなぁ。以前ぶっ倒れたやつだ。飲み物が届くと軽く乾杯をして飲み物に口をつけた。バスティは一気に火酒を飲み干した。さっそく追加を頼んでいる。しかもボトルで・・・。
私は厭な予感がした。暫くして料理が届くと、今回の件についての話を始めた。基本的にはルールウから聞いた話とほぼ一緒だった。
追加の情報はその地域の精霊力が極端に低下していることと、魔物や魔獣が組織的に動いているということだった。
私は、誰も帰ってきていないはずなのに何故そこまで知っているのかが気になった。しかし、そこは聞けない。聞いたら、ドツボにはまりそうな気がしたからだ。
「何故私がここまで知っているのか疑問でしょう?」
少しだけ頬を赤らめたバスティが私の表情を読み取ったのか微笑みながら聞いてくる。私は答えなかった。正直これ以上踏み込みたくない。私はただの鍛冶屋として商売がしたいのだ。バスティはそれ以上は言わなかった。
というより・・・・・・、寝てる。目を開け微笑んだまま。
「もしもし、もしも~し」
バスティの肩を揺ってみた。しかし目も閉じないし表情も変わらない。ただ、すーすーという寝息だけが聞こえてくる。
そりゃあ、火酒を一瓶開ければ意識飛ぶわな。仕方なしに精算を済ませ、バスティを背負って家まで送り届けることにした。豊かな胸の感触が背中を伝ってきた。バスティの昼間の言葉が急によみがえって来た。しかし、正体を失った女性には手を出したくない。
そう思っているうちにバスティの家に着いた。ドンドンと扉を叩く。
中から どなた~ という寝ぼけた声が聞こえてきた。
「フォルテ、カーソンだ。お姉さんを連れてきたから開けてくれ」
暫く経ってから扉が開いた。むすっとした顔でフォルテが出てくる。
「なぁに? 今日は帰らないと思ってたんだけど?」
フォルテはバスティに話しかけている。その後フォルテがバスティの顔の前で手を振っていた。
「ありゃぁ、寝てるや。ねぇ、姉さん火酒飲んだでしょ」
どうやら良くあることのようだ。とりあえず私は中へ入れてもらった。フォルテは勝手に運んでといってキッチンへ行く。仕方なしに私はバスティを寝室まで運び、ベッドの上へ寝かせた。
いきなり両手が首の後ろへ回り、唇が塞がれる。しばらくすると両腕がほどかれ、唇が離れた。そこには微笑んで真っ直ぐに見つめるバスティの顔があった。
「そのまま、あなたの家へ連れて帰ってくれてもよかったのですよ。私も初めて殿方とご一緒できると想っておりましたのに・・・・・・」
私は突然のことに思考が停止した。もう一度バスティの顔を見ると今度は目を閉じて寝息を立てている。
(起きていたのか?)
とりあえず布団を被せて、私はバスティの部屋を出て1階へ降りた。リビングには紅茶を入れて待っているフォルテの姿があった。ソファーに座るように促される。
「は~、ああなるのはいつもなんだけど、男連れでは初めて見たよ」
フォルテは溜息をつきながら紅茶を勧めてくれた。どうやら、今までバスティが男といるところを見たことがなかったらしい。しかも、今日は念入りに化粧までして出かけたという。
「・・・・・・姉さん不幸にしたら許さないからね」
フォルテがジッと私を見つめている。いや、なんか誤解されてるし・・・・・・。私はとりあえず弁解しておくことにした。
「いや、何も無いから。ただ、少し話をしただけだって」
私の弁解にフォルテが黙って紅茶の入ったカップを指さした。視線を落とすと口紅がカップの縁に付いていた。慌てて口を拭う。
「あ、いや、これは」
私はどもるしかなかった。何も言い返せない。てか何で私は焦っているのだろう。別にフォルテとどういう関係でもないのに。
「いいんじゃない?べ~つに。私は気にしないよ」
そう言いながら、手元にあるお菓子がドンドン減ってゆく。なんか十分気にしているように見えるんですけどねぇ。
私は夜も遅いのでと言ってゴチック姉妹の家を後にした。なんか今日は疲れる1日だった。いろいろと・・・・・・。
何の前触れもなかったんですよ。いやほんとに。
まっ、正式に戦争を開始するというお触れは出ていないから問題は無いでしょうけどね。戦争のことは今日、ゴチック姉妹に会ったときに聞いてみ~よおっと。
しっかし、鍛冶屋としては武器を売りつけようにも材料がないことには話にならないのですがねぇ。プラチナならあるんだけど。
プラチナの剣・・・・・・、柔らかすぎて使いのもになりませんねぇ。
今日は午前中と夕方だけ店を開け、ゴチック姉妹の代金を受け取りに行き、その後食料品の市場調査とルーミィの依頼の材料でも仕入しようと思いま~す。
定食屋ハズキの冷蔵の件も取りかからないといけませんからね。
ん?なんか今日はまじめ?
いやいや、私はいつもまぢめですよ。
そう、ルーミィの家に肉が入りづらくなった件と今回の王国の動き、これもなんか近いような気がしますねぇ。
いや、独り言ですよ。
でわ。
私は午前中と夕方は店をやり、午後は食料品の市場調査とルーミィの依頼品の材料を買うをつもりだ。その間にゴチック姉妹との約束が入っている。どれでも好きな物を家から持って行く。これがゴチック姉バスティとの契約だった。今日はその約束の日だ。私たちは私の店の前で待ち合わせをしていた。
早朝、店を開け2人がやってくるのを待つ。昼前に2人は連れだってやってきた。
2人が並んでやってくると中央広場の男達の視線が一気に集まる。やはり2人は魅力的だ。
金髪、金眼のエルフ。1人は美人でエルフに似つかわしくもないスタイルをもち、もう1人は愛くるしい美少女という感じだ。
その2人が連れ立ってこちらに歩いてきた。
「カーソンさん、お早うございます」
「カーソンお早よっ!」
バスティは大人の微笑みで挨拶をしてき、フォルテは最初に会ったときのようなテンションだ。
「あぁ、おはよう。直ぐに店を閉めるからまってて」
私はそういうと直ぐに閉店の準備を始める。バスティが興味深そうに商品を眺めていた。
「あー、そういえば、サークレットは問題ない? 職場で問題とかは?」
商品を片付けながら話しかけた。2人は顔を見合わせ問題ないと言う。あれ以来一切元に戻ろうとする気配もなく、身体にも変調は来していないそうだ。
バスティが後ろに飾ってあるロングソードを見ながら話しかけてきた。
「ねぇ、カーソンさん。あのロングソードって結構強力な魔法がかかっていますよね?」
2振りのロングソードをジッと見つめている。興味があるのだろうか?
とても剣に興味があるようには思えないのだが。
「ええ。あれは片方が冷却系の魔法、もう片方が雷系の魔法がかかっています。基本的には対で使うのが一番良いのですが、そこまでの使い手は中々いませんので。最後はバラ売りでしょうね」
私は笑いながら答えた。
「バスティさん、あの剣がお気に召したとか?」
冗談めかして言うと、フォルテが横から割り込んできた。眉間にしわを寄せている。
「おねーちゃん! これ以上は駄目よ。ただでさえ部屋の中が武器で溢れているんだから!」
は? 部屋の中が武器で溢れている? バスティの部屋が?
ちょっと興味が沸いたぞ。
「わかっています。買いません。あれだけの魔法剣高くて買えるわけがないです。問題は選んでもらうはずだった物よりもあれの方が遙かに出来が良いってことなのよね」
そう言って溜息をつく。
あー、そういうことね。どうやらバスティは魔法剣のコレクターのようだ。それを何本か私に譲って支払いに充てようとしたらしい。
しかし、その支払う予定の人物の作った剣の方が遙かに出来がよかったので困っているということみたいだ。
「まぁまぁ、とりあえずお伺いさせていただいて考えましょう」
私は期待はしていないが魔法剣のコレクションには興味があった。古代遺跡から出た魔法剣のはずだからいろいろな効果が付いているだろう。それを視て自分の商品に組み込むことで商品価値をあげる。さすがに魔術師ではないのでそこまでは気が回らないようだ。
もっとも、古代エルフの知識や歴史だけでも十分なのだが(売り上げ的には赤字だけど・・・・・・)
店の閉店作業が終わったので、ゴチック姉妹の案内で2人の家へ行く。町の中心街から結構離れており、森の近くにあった。家は一軒家で、付近に民家が数件ある。
家の中は女の子の部屋を想像していたが、意外と落ち着いた装いだった。
「すっきりした良い部屋ですね」
私は思った感想をそのまま述べた。フォルテはお茶を入れると言ってキッチンの方へ、私は2階にあるバスティの部屋へと向かった。
2階には5つの部屋があり、その中の2つがバスティの部屋らしい。どちらからでもどうぞとバスティが言い扉を開けてくれた。両方から大量の魔力が溢れてくる。
2つの部屋の魔力はそれぞれ異なった物だった。片方は魔術師の系統、もう片方は神聖魔法と精霊魔法の系統だ。
私は先に魔術師系の魔力が強い部屋に入る。そこはとんでもないことになっていた。
部屋いっぱいに武器と防具が並んでいる。壁に飾れないものは床の木箱の中に詰め込まれていた。私はまず、どのような魔法がかかっているかを眼で追っていく。斬れ味の上がった剣や防御力の増している鎧。中には私が作っていた斬ったらその場で発火するような物まである。
「・・・・・・よく、集めましたね。これはすごいです。いくらかかったんですか?」
私は失礼な質問を思わずぶつけていた。バスティは肩をすくめている。
「さぁ?幾らくらいかしら、正直分からないわ。いつから集めているか憶えていないから・・・・・・」
バスティの目は遙か遠くを見つめていた。様々なことを思い出しているのだろう。ある程度見て回ると次の部屋へと移動した。
そこには剣や鎧はほとんど無かった。あるのはブロードソードが1振りとアクゥィバスアーマーという珍しい鎧があるだけだ。アクゥィバスアーマーは基本的に上半身だけを覆う鎧で、臍より少し下までしかなく、肩を覆うショルダーガードさえない。その代わりガントレットが左手の分のみある。本来なら兜もセットのはずだがそれは無かった。
ブロードソードからは神聖魔法が溢れている。私は神聖魔法には疎いが破邪の魔法がかかっているようだ。アクゥィバスアーマー本体には精霊魔法らしき物がかかっている。内容は正直わからない。ただ、ガントレットにはなぜか空間魔法がかかっていた。
「鎧には水の精霊ウィンディーネ自体が宿っているのですよ」
バスティが短く精霊言語を唱えるとウィンディーネが姿を現す。アクゥィバスアーマーの上を流れるように動き、時々こちらに視線を向ける。
もう一度バスティが精霊言語を唱えるとウィンディーネは鎧の中に消えていった。仕組みを知りたかったが、精霊言語と精霊魔法が苦手なので後で聞くことにし、気になっているガントレットのことを聞いた。
バスティは試しにどうぞと言って私に着けてくれた。ガントレットは本来腕全体を覆うのだが、これは腕の表面を覆うように浮いている。
突然バスティが私に短剣を投げた。凄まじい速度で短剣は胸を狙って飛んでくる。私がまずいと思った瞬間、ガントレットが勝手に移動し、短剣をはじき飛ばした。
(あぁ、こういう効果か・・・・・・、しかし心臓に悪いなぁ)
バスティは申し訳ないと言いながらニコニコと笑っていた。怖いぞこの人。
「すみません、失礼なことをしてしまって。でも、この方が効果がわかりやすいと思って てへ」
笑いながら ぺろっ と舌を出している。
あ~、なんか外と内が違うぞ? この人。
私はガントレットを返し、部屋の中を色々と見て回った。数は少ないが傷を癒やす魔法がかかったスタッフや指輪、遠見の水晶などという不思議な物まであった。遠見の水晶なんて初めて見たのでしげしげと眺めていると、覗きは出来ませんよ と笑いながら言われてしまった。その気はなかったのだがなぁ。
中に風の精霊シルフがいて、見たい場所を念じるとそこまで飛んでいき見た景色を水晶に写すという仕組みだそうだ。効果範囲も広くはなくせいぜい1km程度だという。また、魔法で遮断された空間には入れないそうだ。
私は部屋のなかを見回して、本棚に目をやった。様々な本が並んでいるのだが、剣の使い方や戦いの仕方、用兵の本などが並んでいる。それとは別に基本的な魔法の本と神聖魔法の本もいくつかある。魔術系は結構値が張る物だ。
「なんか、色々勉強なさってますね・・・・・・」
私は感心していた。役所のお姉さんが剣や魔法のことを勉強している。コレクターとして勉強しているのか、実際やっているのか気になったので、床に置いてある箱の中の本を手に取りながら聞いてみた。
「バスティさんは剣や魔法、どれくらい使えるのですか?」
バスティは笑いながら答えてくれた。
「んー、そうですわねぇ。冒険者ギルドでハンター系ランクがSSで、エクスプロレーション系ランクがSで登録しています。通常魔法はからっきしですわ。精霊魔法にランクはありませんのでこれはなんとも。契約している精霊の名前で良ければお教えできます。あと神聖魔法はまったく駄目です。必要だったので買ったのはあのブロードソードくらいですね」
おいおいおい。
てか、なんで市役所の受付やってんのこの人。そっちの方が絶対実入りいいでしょ?SSなんて聞いたことないぞ。
私の目が点になっているとバスティは一言付け加えた。
「カーソンさん、このことはふたりのひ・み・つにしておいてください。妹は知りませんので。知ってるのは各ギルドマスターと副ギルドマスターくらいですから・・・」
ちょっとだけ目が怖い・・・・・・ような気がした。私はコクコクと頷くことしか出来なかった。
とりあえずショックを隠しつつ本を眺めていたら、その中にとんでもない物を発見した。新しい本に見えるが書いてある言語が問題だった。私の隠し球である高音言語魔法の元になっている本。師匠と共に2年を解読に費やした古代の本が目の前にある。しかも師匠の所にある物とは違い最近書かれたような状態だった。他にも何十冊かある。しかも全て内容が違う。どうやら何冊ずつかのセットになっているようだ。師匠の所では表題すら読み取れなかったがここのは完全に読み取れる。私が本に目を通していると、突然横からバスティが話しかけてきた。手には小さな小箱が握られている。
「それ、私読めないんですよ。もともと古物を収集する趣味があって、一山幾らで買った物なんですけど・・・・・・。で、これも一緒に付いていました」
箱の中には鏡のように平らだが少し立体的な円盤が入っていた。台座は四角。面にはなにかの石が全部で8つはめ込まれている。色は7つ。赤と黒が一番大きく対になって中央に埋め込まれている。2つの石の間には先が尖った台座が四角の石が埋め込まれている。色はなく完全な透明だ。その周りに青、赤、黄、白、黒の石が五芒星の形で並んでいる。そして台座の四方にも青、赤、緑、土色の石が角に埋め込まれていた。魔力らしき物は何も感じることは出来ない。
私は思わずこれくださいと言っていた。
「あのぅ、失礼ですけれど、そんなもので宜しいのでしょうか? ここにはもっと高価な物もたくさんありますが・・・・・・」
バスティは困惑しているようだった。知らない人には全く価値がなく、知る人には価値がある物だ。これは私にとってとてつもない価値がある。
「いえ、この木箱の中の本とその小箱の中身で大丈夫です」
私ははっきりと断言した。バスティもそれならばと納得したようだ。そして、戦争のことを尋ねてみた。
「あの、今、戦争の話題が耳に入っています。何かお聞きになってませんか?」
その質問にバスティの顔が曇り、何かを考えだした。少し間を置いてバスティは顔を上げた。
「そうですね・・・・・・」
バスティが口を開きかけたとき、フォルテが勢いよく部屋に入ってきた。
「お茶入ったよ~」
私とバスティはお互いに顔を見合わせたまま黙ってしまった。
「あー、なんか怪し~」
フォルテがジト目でこちらを見ている。私はこの状況の説明を色々考えてみた。何も浮かばない。そこにバスティの爆弾発言が炸裂した。
「カーソンさんから告白されてしまいましたのよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私とフォルテの目が点になった。
驚いたわ。そう来るか。言葉も出ないわ。
確かに魅力的な女性だからやぶさかではないのだが、今の状況じゃ報酬に要求したようにとられそうだ。
「・・・・・・とにかくお茶、入ったわっ!」
フォルテがドタドタと大きな足音を立てて部屋を出て行く。バスティもその後に続いて部屋を出る。出るときにウィンクが飛んできた。
「また、後でお話ししましょう」
バスティのやんわりとした笑顔に思わず心の中で この悪魔 と呟いていた。
その後、微妙な雰囲気の中お茶会は進み当たり障りのない話をした。私は再度2階に行き、蜜穴熊のバッグにもらい受けた物を詰め込んでいった。
バスティが不思議そうな目で見ている。本がどんどん入って行くのにバッグは一切膨らまないのだ。このバッグの機能、意外と思いつかない人が多い。
「ねぇ、カーソンさん。このバッグどういう仕組みになっていますの?」
バスティが身を寄せて聞いてくる。その後ろに立つフォルテの気配が何気に怖い。
「あー、これは企業秘密です」
そう、このバッグを作ればかなり儲けられるのだが、いかんせん効率が悪すぎる。これを売ることは商売人としてはできない。個人的に限定して売るにしても、月1回魔法のかけ直しなんて手間のかかることはやってられない。私は売り物ではないことを説明する。
全ての本を詰めて、私はゴチック姉妹の家を後にした。
家を出て暫くすると耳の横で声が聞こえてきた。バスティの声だ。慌てて周りを見渡したが誰もいない。眼に魔力を込めて視ると、半透明の美しい女性が私の周りを飛び回っていた。
「今夜、お食事しましょう。夕刻にお店へお伺いいたしますわ」
美しい女性はにこりと笑うと空高く舞い上がっていった。
-----市場-----
私はゴチック姉妹の家を後にして、市場へと来ていた。食料品の状態を調べるためだ。大きな店から路上販売まで、店頭在庫を調べてまわる。そうして浮かび上がってきたのは、保存食に出来る食材がかなり少ないということだった。保存食になる食材が減っているということは遠征、もしくは籠城のどちらかが選択肢となる。
しかも市場に影響を与えてまで籠城用の食料を確保するとなると民衆に不満を与えるだけだ。そういうことは隠れてこそこそやるものだ。それか戦争に突入したときに強制徴用するか。
まだ市民に戦争の触れは出ていない。街の騎士団にもそのような緊張感はなく、いつも通りに巡回をしている。
バスティは何か知っているようだったが、まぁ夜になれば分かるだろう。
私はある程度の食料状態を把握すると、ルールウの店へ移動した。
「やぁ、ルールウ景気はどう?」
ルールウは綺麗な顔を ぷう と膨らませた。カウンターの上に頬杖をつく。大きく開いた胸元から白い谷間が覗いている。
「聞くかな、それを」
あまり売れていないらしい。しかしこの人どうやって商品を仕入れて生活しているのだろう。売っている物は異常に値段の張る物ばかりだ。
「ん~、カーソンくん。君の視線はどこを向いているのかな~」
ルールウの目が知ってるぞ~という視線を送っている。
あ~、これはなんか買わされるなぁ。私は言い訳を諦めた。
「はいはい、良いものを拝ませていただきました。眼福眼福。で、探しているものがあるのですが・・・・・・、ここレアもの多く扱ってますよね」
私の欲しい物は正直レアな素材なのでギルド程度では置いていない。すでにこの街のギルドは確認済みだ。
「まあね。私含めてそれなりに売ってるつもりだけど」
ルールウはあっけらかんと凄いことを言ってのけた。このお姉さんはまた・・・・・・。私が呆れかえっているとルールウも笑いながら会話を続けた。
「冗談だよ、まああんたならただでいいけどね。で、何が欲しいんだい?」
私は無視して欲しい物を言った。
「今この国で起こっていることの情報と氷竜の鱗8つ、ついでに古本とかあったら見せて」
「いいけど、氷竜の鱗は結構な値段するけど?それと古本は今ここには置いてないけど後でいい?」
私は黙って頷いた。竜の鱗は正直高い。しかも氷竜は個体数が異常に少ない。火竜や、黒竜などは比較的数は多いが、氷竜や雷竜、多頭竜などは特に個体数が少ない。東方には翼がない竜も存在するという。
古本は、とにかく量が多いのでアイテムとセットになっているもの以外は自宅の倉庫にあるそうだ。
「じゃぁ、情報は金貨8枚で氷竜の鱗は1枚金貨5枚、合計金貨48枚でどう?」
金貨48枚か・・・・・・。あぁ、今月の売り上げがすべて吹き飛んでしまった。しかし受けた仕事は確実にこなさなければならない。
「了解。それでお願いします」
私はバッグから金貨を取り出すとルールウに手渡し、支払いの手続きを済ませる。
「はい、毎度あり~」
ルールウは上機嫌だ。
それから、ルールウから今の王国の状態を聞いた。
内容はこうだった。
王都から200km程北へ行ったところに正体不明のモノが現れたということ。
最初は傭兵や冒険者達に調査を依頼したがだれも帰ってこないこと。
第三騎士団(3000名)を派遣したが誰も帰ってこないこと。
連絡が取れない村が徐々に増えていること。
騎士団すら連絡が取れなくなったので、現在王都では軍団を編成し確認に行く準備をしているので食料や武器を大量に集めているということだった。
ただし、事の詳細が不明な為、王都周辺300km以上離れた地域には箝口令が敷かれているらしい。
それはギルド間でも情報を遮断している程だ。知っているのは大型都市の長や各地のギルドマスターくらいなものだという。
私は率直な疑問をルールウに投げかけた。
「で、なんでルールウは知っているんだ?」
ルールウはにやりと笑う。
「ひ・み・つ」
あぁ、まただ。私も企業秘密といって、誤魔化しているところはあるのでそれ以上は聞かない。それに面倒ごとには首を突っ込みたくない。食料が減っている事情だけ分かれば正直それで良かった。必要な素材も手に入ったし。
私は約束があるから古本はまた今度と言って、ルールウの店を後にした。
----- 夜 -----
夕方、バスティが店にやってきた。かなりおしゃれをしている。
「こんばんは、カーソンさん。晩ご飯を食べに行きましょう」
私は、すぐに店を連れ出された。連れて行かれたところは個室のある超高級店だった。通された部屋は強力な結界が張ってある密室だ。
「じゃあ、聞かせてください」
私は唐突に質問を始めた。バスティは くすっ と笑い私の口を人差し指で押さえた。
「まぁまぁ、とりあえずお酒でも飲みながらにしましょう。時間はあるでしょ、夜は長いんだし」
バスティは妖艶な笑みを浮かべた。昼間とは全く違う印象を受ける。いったいこの人はどれだけの仮面をかぶっているんだろう。
私は蜂蜜酒を頼み、バスティは火酒を頼んだ。・・・・・・火酒?ってあれだよなぁ。以前ぶっ倒れたやつだ。飲み物が届くと軽く乾杯をして飲み物に口をつけた。バスティは一気に火酒を飲み干した。さっそく追加を頼んでいる。しかもボトルで・・・。
私は厭な予感がした。暫くして料理が届くと、今回の件についての話を始めた。基本的にはルールウから聞いた話とほぼ一緒だった。
追加の情報はその地域の精霊力が極端に低下していることと、魔物や魔獣が組織的に動いているということだった。
私は、誰も帰ってきていないはずなのに何故そこまで知っているのかが気になった。しかし、そこは聞けない。聞いたら、ドツボにはまりそうな気がしたからだ。
「何故私がここまで知っているのか疑問でしょう?」
少しだけ頬を赤らめたバスティが私の表情を読み取ったのか微笑みながら聞いてくる。私は答えなかった。正直これ以上踏み込みたくない。私はただの鍛冶屋として商売がしたいのだ。バスティはそれ以上は言わなかった。
というより・・・・・・、寝てる。目を開け微笑んだまま。
「もしもし、もしも~し」
バスティの肩を揺ってみた。しかし目も閉じないし表情も変わらない。ただ、すーすーという寝息だけが聞こえてくる。
そりゃあ、火酒を一瓶開ければ意識飛ぶわな。仕方なしに精算を済ませ、バスティを背負って家まで送り届けることにした。豊かな胸の感触が背中を伝ってきた。バスティの昼間の言葉が急によみがえって来た。しかし、正体を失った女性には手を出したくない。
そう思っているうちにバスティの家に着いた。ドンドンと扉を叩く。
中から どなた~ という寝ぼけた声が聞こえてきた。
「フォルテ、カーソンだ。お姉さんを連れてきたから開けてくれ」
暫く経ってから扉が開いた。むすっとした顔でフォルテが出てくる。
「なぁに? 今日は帰らないと思ってたんだけど?」
フォルテはバスティに話しかけている。その後フォルテがバスティの顔の前で手を振っていた。
「ありゃぁ、寝てるや。ねぇ、姉さん火酒飲んだでしょ」
どうやら良くあることのようだ。とりあえず私は中へ入れてもらった。フォルテは勝手に運んでといってキッチンへ行く。仕方なしに私はバスティを寝室まで運び、ベッドの上へ寝かせた。
いきなり両手が首の後ろへ回り、唇が塞がれる。しばらくすると両腕がほどかれ、唇が離れた。そこには微笑んで真っ直ぐに見つめるバスティの顔があった。
「そのまま、あなたの家へ連れて帰ってくれてもよかったのですよ。私も初めて殿方とご一緒できると想っておりましたのに・・・・・・」
私は突然のことに思考が停止した。もう一度バスティの顔を見ると今度は目を閉じて寝息を立てている。
(起きていたのか?)
とりあえず布団を被せて、私はバスティの部屋を出て1階へ降りた。リビングには紅茶を入れて待っているフォルテの姿があった。ソファーに座るように促される。
「は~、ああなるのはいつもなんだけど、男連れでは初めて見たよ」
フォルテは溜息をつきながら紅茶を勧めてくれた。どうやら、今までバスティが男といるところを見たことがなかったらしい。しかも、今日は念入りに化粧までして出かけたという。
「・・・・・・姉さん不幸にしたら許さないからね」
フォルテがジッと私を見つめている。いや、なんか誤解されてるし・・・・・・。私はとりあえず弁解しておくことにした。
「いや、何も無いから。ただ、少し話をしただけだって」
私の弁解にフォルテが黙って紅茶の入ったカップを指さした。視線を落とすと口紅がカップの縁に付いていた。慌てて口を拭う。
「あ、いや、これは」
私はどもるしかなかった。何も言い返せない。てか何で私は焦っているのだろう。別にフォルテとどういう関係でもないのに。
「いいんじゃない?べ~つに。私は気にしないよ」
そう言いながら、手元にあるお菓子がドンドン減ってゆく。なんか十分気にしているように見えるんですけどねぇ。
私は夜も遅いのでと言ってゴチック姉妹の家を後にした。なんか今日は疲れる1日だった。いろいろと・・・・・・。
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