こちら付与魔術師でございます

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こちら付与魔術師でございます

こちら付与魔術師でございます ⅩⅣ ミュール(スキュラ)の肉体を再生させましょう 故郷

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さ~て、下準備は済みました!

  なんか領主まで出てきてしまいそうでしたけど、うまく?ごまかせましたし。
  
  後はバスティさんの返事待ちという所です。取りあえず保存食を用意しないと!
  
  今回は少し先が読めませんが、商売よりは楽!
  
  何故?
  
  それは、昔は冒険者みたいなことしていたのでね~。
  
  ノウハウみたいな物はある程度はあるんですよ。えへん!
  
  そうそう、この前の砂鉄取りの教訓から馬車を買いました。
  
  やはり高かったです。はぅ。
 
  金貨で30枚です。その代わり馬2頭でしかも軍用馬並みです。
  
  速度もパワーも十分にあります。
  
  それと、荷馬車ではないので結構快適です。なんと寝台つき。
  
  1人分ですが。
  
  ということで、今回は楽しい旅?になりそうです。
  
  でわ!
  
 魔術師ギルドで話をした次の日の夕方、バスティが私の新居にやってきた。とりあえず、1週間時間が欲しいと言うことだった。
  確かに急いで行きたいのは山々だったが、バスティの前衛としての能力は欠かせないと思っているので、そこは構わないと返事をする。
 その後、ミュールとバスティが少し筆談をしていた。一緒に見ようとすると女同士の内緒の話と言われて退散させられた。
  2人の筆談が終わり、バスティに家の中の案内を頼まれたので、色々と見せてまわった。家の中全てと庭にある工房から素材置き場まで様々な物を見せる。
  バスティが特に興味を持ったのは、やはり風呂場だった。この世界、水浴びの習慣はあっても、基本的に毎日ではない。良くて2日に一度というところだ。毎日することは水で濡らした布で汗をかきやすいところを拭く程度だ。お湯を使うという概念はない。私は師匠の影響でこの熱いお湯に入るという事を学んでいた。単に師匠が温泉好きで、自分の家に導入するために研究しただけの話なのだが・・・・・・。
  
  「じゃあ、1週間後にお迎えに上がります」
  
 私がそう言うと、バスティは笑顔でお願いしますと返事をした。そう言えばフォルテには内緒と言っていたが、そこの所は大丈夫なのだろうか?確認し忘れていた。
まあ、特に言っていなかったので大丈夫だろう。きっと。

 その日から玉鋼の在庫でゴーレムが作成している在庫を魔力で加工し、魔法を付与してゆく。出発の日までの正確な日付が分かったので、魔力配分をきちんとしながら在庫を確保する。
 ユーリカは良くやってくれていた。売り上げも順調だし、最近は在庫管理もしっかりしている。ただ、店まで商品を移動させるのに女性の力では限界があるので、何か考えて上げなければならない。
 それとは別に魔力を溜め込む魔石も作成する。今回は下手をしたら高音言語魔法を連発することになるかも知れない。もっとも、攻撃魔法には上乗せできない盟約があるので、補助魔法に限られるのだが。
 それとミュールのもとの住処に付く前に数体のゴーレムを作成しておこうと思う。このために竜の牙を5個、サイズの大きいのから選んでおいた。
  
 魔術師ギルドへはすでに出発の日付と期間予定日は伝えてある。騎士団の派遣についても了解の旨を伝えていた。
 私は出発の前日に魔術師ギルドへ挨拶に来ていた。
  
  「明日、出発か。無事を祈るよ」
  
 魔術師ギルドのマスターであるサルファ・ギルバートが目の前にいる。ネタヴィアも一緒だ。そしてあと2人初めて見る人物が同席していた。
 歳は50半ばという所か。いかにも官僚という風な男だが、それほど厭な印象は受けない。どちらかというと好感が持てるタイプだ。
もう1人は女性である。結構若い。30行くか行かないかというところだろう。警護の人物と思われる。プレートメイルにロングソードを装備してた。しかも両方とも何らかの魔法がかかっている。
すっごく厭な予感がする。向こうが先に名乗ってきて手を出してくる。

 「初めまして、カーソンさん。私はこの街の政務補佐官のドロワといいます」

 私は同じく手を握り自己紹介をする。
 そしてお互いに椅子に座り今回の件に関して少しだけ話をした。内容は前回の内容の確認だ。
  すでにこの街の騎士団300名と兵士500名には臨戦態勢が敷かれているらしい。魔術師ギルドもネタヴィアを筆頭に十名の高位魔術師を確保したということだ。また冒険者ギルド、教会からも各10名程が選抜されているという。
  
  「なにか、大事になってますねぇ」
  
 私が溜息をつくと、ネタヴィアが当たり前ですと顔を曇らせた。付き添いの女性も当然だという顔をしている。

 「ところで、少し提案があるのですが・・・・・・」
  
 ドロワがにこにこ顔で話題を振ってきた。何か条件を出すのだろうか?また、厄介な事を言い出さなければ良いが。
  
 「あの土地、買っていただけません?」
  
はぃ?土地を買えとおっしゃるか?何故にまた?
私が疑問符を浮かべた顔をしていたようでドロワが話を続けた。

 「いやぁ、正直あそこらへんは無法地帯になっておりまして・・・・・・。盗賊などが隠れ家にしていることもあります。たまに巡回の騎士団を派遣するのですがいたちごっこになっておりまして。で、強力なゴーレムを作成できるあなたに土地所有者になっていただき、管理していただけると有り難いのですが・・・・・・」
  
 あ~、なるほど。あの土地は利用価値がない。そこに盗賊などが住み着く事があるから騎士団を廻さないといけない。経費がかかる。誰かが住んでいれば盗賊も住み着かない。
特に強力な魔術師ならば・・・・・・か。
仕事投げてるし。

 「確かに経費はかかりますが、それが領主の仕事ではないですか?」
  
 私の問いにドロワは黙り込む。ギルドの2人もだんまりを決め込んでいた。
 ん~、土地を買うといってもお金ないしな。確かにミュールの故郷にはなるし、何かあの土地にはあるような気がする。
私は念のために土地の広さと値段はどれくらいかと税金の額を聞いてみた。
  
 「そうですね。もし買っていただけるなら金貨100枚という所でしょう。ちなみに土地は10町(約10万㎡)ほどです。税金は・・・・・・年間金貨1枚でどうでしょうか?」
  
 破格すぎる。が不毛の地を売りつけるのだ、まぁそんなものだろう。私はもうひとつ思いついたことがあった。
  
 「実はもう1カ所欲しい土地があるのですが・・・・・・」
  
 私が提示した土地は前回砂鉄を採取した場所だ。正直そんなには離れていない。土地自体もそれほど広くはない。多少飛び地にはなるがあそこを自分の物に出来れば大層な利益を生み出せる。ドロワは考え込んでいるようだった。しかし鍛冶ギルドのバートンの話ではあそこも所有者がいなく、遊んでいる土地のはずだ。
  
 「わかりました。それではその土地と併せて金貨125枚、税金金貨3枚でいかがでしょうか?」
  
 ドロワはにやりと笑った。
あ、あの土地に何かあると気づかれたか?まあ、気づかれるよなぁ。でも、その値段なら許容範囲か・・・・・・。
  
 「じゃあ、それでお願いします。手続きは中央役場の方ですれば宜しいでしょうか?」
  
 私の問いに首を振った。どうやら通常の売買ではないので内密に処理をしたいらしい。
てか出来るんだ、内密のデータ処理・・・・・・。
今から処理をするので明日の朝には私の所有の土地になると言うことだ。つまりあそこでどれだけ暴れても良いということだ。まさかとは思うが気遣ってくれたのか?
それとも単に臨戦態勢の部隊を動かしたくないのか?
本音は分からないがとりあえず乗ってみようと思う。

 「お金の受け渡しは今でも宜しいですか?」
  
 私の言葉にドロワが驚いていた。いつもそのような金額を持ち歩いているのかと尋ねてくる。私は、それは企業秘密ですと言ってバッグの中から金貨を次々と取り出した。私以外の全員が呆れかえっている。
  
 「それでは、契約書に金額とサインを」
  
 そう言って1枚の紙を出してきた。空白欄に追加の土地のことを書き加えてゆく。

 契約書ってこの場で書き換えられるものなの?領主のサインは?
私が頭をひねっていると後ろに控えていた女性とドロワが入れ替わった。領主のサインをする場所に名前を書き込んでいる。

は? 

 私の惚けた顔を見た護衛の女性がくすっと笑った。サインを終えて立ち上がり自己紹介を始めた。
  
 「申し遅れた、バートン殿。わたしがルイスの領主、カサンドラ・ルイスです。どうぞよろしく」
  
 ドロワは明後日の方を向き、ギルドの2人はクスクスと笑っている。
私は取りあえず立ち上がるとカサンドラ・ルイス領主の手を握り返した。おもいっきり。

 「カーソン・デロクロワです。よろしくお願いいたします」
  
 お互い顔は笑っていた。しかし・・・・・・、痛い。なんて握力だ。顔には出さないが背中は汗で一杯だった。領主は顔色一つ変えない。暫く握手が続いたのち、どちらともなくお互いに手を引いた。
部屋の中の緊張が解けた瞬間、ドロワが口を開いた。
  
 「それではカーソンさん。ご無事をお祈りしております」
  
 そう言って領主とドロワはネタヴィアを先頭に部屋を出て行った。
後にはサルファと私だけが残った。

 「気に入られたようだな、カーソン」
  
 あ、砕けた。サルファは笑いながら話しかけてきた。
あれが気に入られただって?人をからかいやがって。私は無性に腹が立っていた。みんなして私の反応を楽しんでいたようだ。
私はすぐに帰ることにした。

 「失礼しますよ。ここで調べ物をしたのは失敗でした」
  
 最初は助けが必要だったので相互関係を築いておこうと思っていたが、今は後悔しかない。今後、このギルドに頼ることはないだろう。
私は席を立って出口へ向かった。そこへネタヴィアが入って来た。丁度鉢合わせの格好になる。

 「あら、帰られるのですか?」
  
 どうやら、私が相当怒っていることに気づいていないようだ。知っていて言っているのならば最悪の性格だ。
  
 「ええ、明日の準備もありますので。それではお世話になりました」
  
 私はそれだけ言うとネタヴィアを押しのける形でギルドを後にした。
扉を閉める前に一言だけ言い放った。

 「デーモンのゴーレム化はこちらで勝手にやりますので」
  
 2人は慌てて私を止めようとしたが完全に無視を決め込んだ。
  
  
  -----出発-----
  
 早朝、私は馬車の御者台に座っていた。ミュールは馬車の中に座っている。さすがにミュールに御者を頼むわけにはいかない。それに大きすぎて座れない。見送ってくれるユーリカとルールウに店を頼むと伝えて郊外にあるバスティの家を目指した。
 ゴチック姉妹の家に着くと家の前にバスティとフォルテが立っていた。バスティはフル装備だ。初めて冒険者としての彼女を見る。
 アクゥィバスアーマーを身に着け腰にはブロードソードを下げている。背中には2本のロングソードを背負い、数本の短剣も持っている。
一見華奢に見えるが筋力は相当な物なのだろう。
食料品はこちらで用意しているので着替えを入れていると思われる小さな袋を持っている。

 「バスティさん、待たせて申し訳ありませんでした」
  
 私の言葉にバスティは今、家を出たばかりだと言った。すぐに馬車の中にブロードソードと氷のロングソードと荷物を放り込んで御者台に座り込んできた。
  
 「ちょっと、姉さん。カーソンと二人っきりなんて聞いてないよ!」

 フォルテは聞いていた話と違うと抗議している。バスティは3人だと主張する。そして馬車の中を覗くように言う。フォルテが馬車の中を覗くとそこには当然ミュールが座っていた。軽く手を振っている。フォルテは口を開いて指を差している。
 まあ、そういう反応になるよな、普通。
シュールだもの。
馬車の中の座席にスキュラの骨格が座っていて、手を振っているのだ。
バスティは 3人でしょ と微笑みながらフォルテに声を掛ける。
嘘ではない。嘘ではないがなぁ。
結局、フォルテは抗議を諦め送り出してくれた。
 後でバスティにフォルテにどう説明したのか聞いたら、普通にそのまま伝えたらしい。冒険者であること、ランクのこと、私に依頼されていること。
冒険者の事についてはうすうす気がついていたらしい。ただ、ランクについてはさすがに驚いていたという。

 「中央役場の方はどれくらい休みが取れたのですか?」

 私はバスティに往復3日程度と伝えていた。5日くらい取っていてくれたら有り難いと思っている。しかし、帰ってきた言葉に私は凍り付いてしまった。
  
 「永久に取ってきました」

 は? 永久に? それって・・・・・・。
  
 「あの、それって」
  
 私が言い淀んでいるとバスティはにっこり笑いながら
  
 「辞めてきました」
  
 あっさりと言い放った。
 私は思考停止になっていた。危うく馬車の制御を誤るところだった。手綱を握る手がカタカタと震えている。
私の握っていた手綱をバスティが横から握り、制御を引き受けてくれた。どう話しかけて良いのか分からなかった。
ただの3日程度の冒険に付き合わせた程度に思っていたのだが、もしかしてそれほど重い決断だったのだろうか?
馬車は一刻ほど静かに走り続けた。暫くするとバスティが話しかけてきた。

 「お気になさらないでください。もともとこっちの方が性に合っているのです。ここからは提案なのですが、もし宜しければ専属の護衛として雇ってもらえると有り難いのですが・・・・・・」
  
 専属の?護衛? ん~、なんか妙なことになってきたぞ。
  
 「しかし、私はそんなに冒険者として出かけることはありませんし、報酬もあまり払えませんが・・・・・・」
  
 「報酬についてはそんなにはいりません。月金貨1枚と銀貨50枚いただければいいです」
  
 ん、安い。自己申告だがギルドランクを考えれば遙かに安い。
それに妹のフォルテはどう思っているのだろう。そこも調整しておかないと面倒なことになる。
  
 「とりあえず、ミュールの件を片付けてからじっくりと話し合いませんか?それに失礼ですが実力を確かめたいですし」
  
 私はどうにか話を逸らす方向に持って行く。バスティは分かりましたとだけ答えて手綱の制御に戻る。
  
 朝から馬車を走らせ、夕方近くに目的の場所も近くに到着した。確かに何も無い土地だ。今朝、土地の名義を確認したところ、確かに私の名前に変更されていた。魔術師ギルドに喧嘩は売ったが、契約はきっちりと履行したようだ。
 とりあえず、馬車を中心にして結界を張る。範囲は直径200m程だ。この結界が外縁部の結界で侵入者探知の結界になる。その中に馬車から50m程度の所に雷が流れる結界を張る。これに触れた生き物はかなり強力なショックを受ける。
 バスティは私が結界を作成している間に食事の用意をしていた。ミュールが譲らないかと思っていたが、どうやら故郷にきたのが分かっているようでふらふらとあちらこちらを歩き回り、仕事が手に付いていない。 私は結界に近づかないようにミュールに注意を促す。ミュールは地面に座り、夕日を眺めていた。何か思うところがあるのだろう。
その姿を見ながら、私とバスティは食事を始めた。
 驚いたのはバスティの料理の旨さだった。とにかくうまい。聞いたところ、ゴチック家ではバスティが料理のほとんどを作成すると言うことだった。フォルテは料理が苦手らしい。そのかわりバスティは片付けが苦手だと言うことだった。
  
 食事が終わり少しお腹がこなれてきたので、バスティに実力を見せてもらうことにした。私が持って来た訓練用の武器の攻撃を凌いでもらうだけのことだ。
 私は革の鎧を身に着け、4本のショートソードの木刀を身に着ける。
バスティは首をかしげていた。魔法が来ると思っていたようだ。
バスティにもロングソードとブロードソードサイズの木刀を渡してある。

 「バスティさん、始めます」
  
 私の合図と共に木刀が私の周りに浮遊し始める。直ぐに木刀は四方からバスティを攻撃し始めた。
最初は目を丸くしていたが、攻撃が始まると目付きが変わった。最初から全開で攻撃する。加速した木刀が鋭い突きを繰り出し、バスティのいる位置に次の木刀が斬り込む。しかし、バスティは全速の攻撃をその場を動かずに防いでいた。避けるのではなく全て受け止められている。
 
 「まいった、これ程とは・・・・・・」
  
 正直、この攻撃はタフなオーガや再生能力の高いトロールでも数分でミンチにしてしまう攻撃だ。それを、動きもせずに全て対応されるとなると・・・・・・。
私は攻撃方を切り替えてみた。木刀の攻撃は続けながら近くの石に浮遊の魔法をかける。それを直線的に放ってみた。

 「ソイル!」
  
 バスティの口から聞いたことのない単語が漏れた。私との直線上に土の壁が盛り上がった。礫は土壁にめり込んで止まる。
次の瞬間、自分の操る木刀の魔力が消失した。 
私が何事かと思ったときにはバスティが私の近くに接近していた。
 
 (まずい! バスティが)

 次の瞬間バスティは走り込んできた方向へ吹き飛ばされていた。私の周りには無数の金属製の珠が浮かんでいる。直ぐに術を解いてバスティに駆け寄った。
  
 「バスティ!大丈夫か!」
  
 バスティは倒れ込んだまま動かない。100近くの金属の珠が全方位から襲いかかったのだ。無事では済まない。アクゥィバスアーマーはあちらこちらがへこんでいる。顔には傷はないが口から血を流していた。
私はすぐに治療用の魔法具を馬車から持って来て、バスティの治癒を始めた・・・・・・。

 バスティが目を覚ましたのは深夜だった。すでに馬車の中に運び込んでベッドに寝かせておいた。鎧はミュールに頼んで脱がしてある。 
 
 「ん。んぁ」
  
 色っぽいバスティの呻き声が聞こえたので馬車の中の様子を見に行った。うっすらと目を開けている。
  
 「バスティ、大丈夫か?」
  
 私は馬車の中には入らず扉を開けて声を掛けた。彼女は鎧の下がかなりの薄着だったからだ。バスティはゆっくりと起き上がりこちらを見た。それから自分の身体を触り、状態を確認してゆく。
  
 「わたし、不合格ですか?」
  
 バスティの最初の一言は震えた涙混じりの声だった。私は取りあえず服を着るように促した。馬車の中で衣擦れの音がする。暫くして、どうぞと声がかかった。
私は馬車の中に入る。薄らとバスティの影が映し出されていた。顔は見えない。
 私は取りあえず、申し訳なかったと謝る。
 まさか突っ込んでくるとは思っていなかったので防御兼攻撃用の術を解いていなかったのだ。正直、あの攻撃の直撃を受けてあれだけで済んだバスティを化け物だと思っていた。

 私は、合格です、これからもよろしくと短く伝えた。
 バスティは大声でわんわんと泣き出した。まるで子供のようだ。泣きじゃくるバスティの頭を抱き寄せ、軽く撫でてやる。彼女は腕の中で震えていた。なにがそこまで彼女の感情に触れているのか分からなかった。何故か呼吸も荒くなっている。
 私はバスティの涙を拭いてあげるために顔を上に向けさせた。そこには深紅・・・の瞳で私を見上げるバスティがいた。

  そんな馬鹿な・・・・・・!

 この段階でなぜ幻惑が解けている?私の頭は混乱していた。
 その様子にバスティも疑問を感じたようだ。彼女は指先に炎を灯した。小さなサラマンダーが指先を這っている。
 バスティは何が起こったのかを聞いてきた。私はただ、髪を指さすことしか出来なかった。彼女は自分の髪を握り自分の目の前に持って来た。それを見てわなわなと震えている。
 同時に自分の身体の異変にも気がついたようだ。身体を抱え込むように腕を回し、かくかくと震えている。顔は上気し、吐き出す吐息は何故か艶めかしい。唇にもうっすらと艶が出てきた。眼も視点が定まっていない。
  
 「バスティ? 大丈夫か?」
  
 私はバスティの変貌に自分を取り戻すことが出来た。彼女の肩を掴み大きく揺さぶってみる。何度か揺さぶると彼女の視点が定まってきた。私の顔を見て顔を真っ赤にする。
  
 「なぁ、大丈夫なのか?」
  
 私の問いかけにバスティは小さな声で答えだ。
  
 「大丈夫・・・・・・です。ちょっと、身体に変調が・・・・・・」
  
 前に言っていた身体の異常だろうか?
ということは・・・・・・。あっ、まずい。私は抱きついてくるバスティを引き離そうとした。しかし全く動かない。バスティの顔が徐々に私の顔に近づいてくる。彼女の豊満な胸が私の胸に暖かさを送ってくる。

 (まずい、まずい、まずい)
  
 私は反射的にミュールを呼んだ。異常を察知したミュールはいきなりバスティの頭を殴り飛ばした。彼女はそのまま崩れ落ちる。私はすぐに催眠の魔法をバスティに掛けた。彼女は立ち上がろうとして、再度崩れ落ちた。今度は寝息が聞こえている。
  
 「ミュール、やり過ぎだ。バスティじゃなきゃ死んでるぞ」
  
 そこまで言うとミュールが1枚の紙を手渡してきた。そこにはバスティの字とミュールの字で何かが書かれていた。
 バスティの世話をミュールに任せて、私は馬車の外に出た。光りの魔法で辺りを照らし、紙に目を落とした。そこには2人の署名と共にとんでもないことが書かれていた。

 「私たちは自分の意思がないときにあるじであるカーソンさまに肉体的に迫ったとき、お互いを止めることを契約する。なお手段は問わず、恨みもしないことを宣言する」
  
 ・・・・・・、なんだこりゃ?
 そう言えばなにか2人で書いていたような気がするがこれがあれか!
私は溜息をついた。それになんだこの『あるじ』ってのは?
しかもバスティまで・・・・・・。
 取りあえず、蜜穴熊のバッグからミスリル貨を取り出し、腕輪を作成する。そこに姿を変える魔法をかける。今回のは前回のよりも更に強力な魔力を流し込む。腕輪はすぐに完成した。
原因は分からないがサークレットと二つで封じ込めてみよう。そして明日の朝にこの紙のことを2人に問い詰めてやる!

 私はミュールを呼ぶとバスティの腕に腕輪を付けておくように言って御者台で眠りについた。
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