こちら付与魔術師でございます

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こちら付与魔術師でございます 戦争と商売拡大編

こちら付与魔術師でございます Ⅶ メイス納品とルイス領からの撤退 Ⅱ

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 私とルールウは途中で別れそれぞれの家へと帰った。ルールウは最近自分の家へは帰っていないのだが今日は別だ。荷物を纏める必要があるからだ。そして私は自宅に帰るとすぐにミュールのいる工房へと足を運ぶ。
  
  「ミュール! メイスはどうだ?」
  
 私は青い皮膚をほんのりと赤く染めながら槌を振るうミュールに声を掛けた。ミュールは作業の手を止めずに、返事を返してくる。
  
  「ン~、七割ハデキタカナ? エ~ット、ゴシュジン~、アトフツカホシイナ~」
  
 ミュールは私の方に目は向けずに槌を振るっている。その身体は筋肉が脈動し、汗が飛び散る。ミュールの足である狼達もある者は冷気を吐き、ある者は炎を吐きながらミュールを手伝っていた。
  
  「二日・・・・・・か・・・・・・。ギリギリだな」
  
 ミュールの主張も解る。ミュールはここ数日槌を振るいっぱなしだ。端から見ても筋肉がぱんぱんに張っているのが解る。しかし商人としては納期をこれ以上遅らせる訳にはいかない。完成した商品をロイズ公爵の元へ、国軍が集結している場所へ荷物を届ける為に取れる余裕はせいぜいが一日といったところだろう。それも完成してすぐに積み込み出発することになる。
  
  「・・・・・・ミュール、一日でなんとかして欲しい」
  
 私の精一杯の譲歩だ。元はボーンゴーレムとはいえ今は意思を持ち、生命を持つ存在だ。愛想を尽かされるかもしれない。しかし私も商人としての信用を失うわけにもいけない。それにこの街にはこれ以上居たくない。
 半分は私の我が儘だが・・・・・・。
  
 「ン~~、フタツオネガイヲキイテクレタラナントカスルヨ~」
  
 ミュールが振るう槌の動きを止めて私の方を振り向いた。青い肌が熱により桃色に染まっている。額を流れる汗は滝のようだ。
  
 「何をして欲しい?」
  
 私は何を要求されるのか半分恐怖を覚えながら聞き返す。正直単体でミュールと戦うと勝てない。それはミュールを復活させたときに経験済みだ。
  
  「エヘヘ~、チュウシテ」
  
 ・・・・・・は?
 私の時間が一瞬止まった。過酷な作業の代償が口づけだけで良いというのだ。怪しい。もう一つの願いというものがきっと恐ろしいものなのだろうと想像する。
  
 「えっと、もう一つは?」
  
 「ゴシュジンハマホウデ【オト】ッテケセル?」
  
 ミュールの要求は口づけと遮音魔法だった。遮音までして何をするつもりかと訝しんでいる間にミュールの顔が私の目の前に近づいていた。ミュールの艶めかしく火照った肌と、口の中からチロチロと見える長い舌が私に生唾を飲み込ませる。私とミュールの唇は徐々に近づきゆっくりと重なり合った。たっぷりとした時間が流れる。
 どれ位の時間が経ったのかは分からなかったがぼぅっとしている間にミュールの方から唇を離してきた。
  
 「ン~、ゲンキジュウテン~! ゴシュジンマホウ、マホウ」
  
 私は【あぁ】とだけ呟くと工房全体を囲うように遮音魔法を展開する。ミュールが工房内に戻り私の方へ手を振りながら何かを言っていた。既に遮音魔法が効力を発揮しているのでその声は聞こえない。ミュールは私が小さく手を振り返すと嬉しそうな表情を浮かべて再び槌を振るいだした。
  
 「・・・・・・さて、私も準備するかな」
  
 私は最初に元々あった馬車へと足を運ぶ。ミュールが乗れるほどの巨大な馬車だ。これに空間拡張魔法を設置する。これは部屋の拡張に使っていたモノと同じで馬車の四隅に魔晶石を置き魔術を施すものだ。拡張は元々の広さの三倍。かなりの魔力を消耗した。しかしアラクネ達の住む土地から出る魔晶石の質が市場の物より遙かに高品質のため、最初にかけた後は長時間魔力の補充が必要なくなる。
 それと今回は馬車のため、揺れ防止の施術もかける。これを明日には来る十台の馬車にかけることになるが、ルールウの馬車は既に物が詰まっているのでかけることは出来ない。かけるならば一度物を全て出さないといけないからだ。絶対嫌だ。
 私は魔法で空間を拡げた馬車の中にミュールの居場所(寝床)を作る。この馬車の中にはミュールの他に貴重品を入れる予定だ。馬車に魔法をかけ終わった後、私は半壊状態の家の中へと戻る。二階に上がり封印を施した部屋の封印を解く。中は状態維持の魔法がかけられていたが、私が術を解くと時が流れ始めた。貴重な本、古代遺跡からの発掘物。様々な物が所狭しと並んでいる。
  
 (さてさて、どのように片付けるかな・・・・・・)
  
 こちらへ引っ越してきてあまり時間が経っていなかったので、この部屋の荷物は半分程度が木箱の中に収まっている。箱の中は当然刻を止めてある。
 問題はこちらに付いてから開いた物と手に入れた物だ。特にバスティから手に入れた物は扱いを厳重にしないと危険すぎる。主に自分が・・・・・・。
  
 (【リッタイホログラフ】なんか無くしたりしたら師匠やルイス公爵に殺されるよなぁ)
  
 【リッタイホログラフ】。遙か古代文明の英知が詰まった不思議な物だ。動かし方は分からなかったがミュールが何故か知っていた。ミュールも子供の頃に【リッタイホログラフ】で知識を得ていたという。そしてその知識で使う魔法は現世界の魔法を遙かに凌駕していた。まるで師匠の魔法のように。
 また、現在問題になっている謎の正体を解き明かしたのも【リッタイホログラフ】の情報だった。複合神アトン。それが北部平原の街や村、王国軍一軍団を音信不通にした存在の正体だ。能力は生きとし生けるものを死者へと変える能力。また、死者を蘇らせる能力だ。そして私はルイス公爵と協議し仕事を請け負った。付与魔術を施した鋼製のメイス300本の作成。斬っても突いても簡単に致命傷にならない死者を相手にするのにこれ程便利な物は無い。メイスも至ってシンプルな造りになっている。付与する魔法は火。燃え続ける火ではなくメイスの先端に衝撃が加わった瞬間に高温を発し燃え上がる造りになっている。
 メイスの作成が急ピッチで進められている。最後の100本は馬車で移動しながらの付与になるだろう。
  
 (いかんな。急いで荷造りをしないとみんなに申し訳が無い)
  
 私は【リッタイホログラフ】以外の書物などを次々と箱に詰め、封印をほどこしてゆく。そして最後に【リッタイホログラフ】とそれに付随していた書物をしまう。これは私が持っている最高硬度の箱の中に入れる。それから凍結の魔法、次にマジックシールド、その外側に爆裂の魔法をかけ、最後にもう一度マジックシールドを張る。これでマジックシールドが解除された瞬間にその下にかけられている魔法が発動する。
  
 (これだけやれば大丈夫だろう? 馬車の中にはミュールも乗るし、一緒にバスティも乗せよう)
  
 スキュラのミュールとS級冒険者のバスティ。この二人の護衛と上空にフォルミードを飛ばす。これで充分に護られるだろう。後は他の馬車に宝石類や武器防具、アクセサリー、魔晶石、家具、日用品、保存食などを詰め込めば良い。馬車が届き次第、冷凍馬車を一台作成する手間が入る。
 後は十数台になる馬車の御者を調達しなければならないがこれは元から当てがある。というよりも私自身の本領発揮だ。
  竜の牙の在庫の中から古い物を15個取り出す。そしてその竜の牙に付与魔術をかけてゆく。竜の牙はゆっくりと人型を形成しはじめ、最終的に竜牙兵へと成り代わった。
  
 「お前達、明日から馬車の御者をやってもらう。武具類とフードは明日には渡すようにするので今のうちから馬車の操作に慣れておいてくれ。ユーリカが帰ってきたら教えるように伝えておく」
  
 その夜、ルイスの街を巨大な馬車とその御者台に座る少女と骸骨を少なくない街の住人が目撃したのは笑えない話だった・・・・・・。
  
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 「カーソン・ドラクロア様! 馬車をお届けに上がりました!!」
  
 朝、日が昇りきった頃に家の前に馬車が10台横付けされた。正直壮観だ。
  
 「・・・・・・自分で注文しておいてなんだが、凄まじいなぁ」
  
 私は私の家の前を完全に塞いでいる馬車を見渡して感嘆の溜息と心苦しい溜息を同時に吐いた。これで明日まではこの道は塞がったままになる。
  
 (ご近所さんに少し包んでおくかな)
  
 私は朝早くから金貨を包んだ紙を持って、引っ越しの挨拶と迷惑料の支払いというご近所周りをすることになった。
  
  
 夜、バスティが戻ってくる。妹のフォルテも一緒だ。

 「姉がこの街を出ると言っているのですが・・・・・・あなたのせいでしょうか?」
  
 フォルテの目がジトッとした視線を送ってくる。私はとりあえず一連の事情を説明した。
  
 「はぁ、まあ、理由は分かりました。私も姉とは別れられないですから参加させていただきます。でもお給料は保証してくださいね!」
  
 フォルテは荷物は持っていなかったが今住んでいる家に荷造りはしているらしい。すぐに拡張魔法をかけた馬車を一台渡し荷物を取りに戻らせるつもりだ。竜牙兵を馬車に走らせる。ちなみに残りの竜牙兵は荷物の積み込みを始めていた。
 しかし給料も保証しないとなると早めに次の街へ行って商売を始めないといけない。ミルトは態度を決めていないが退職金は出した。他のみんなへも纏まったお金は渡してある。正直懐が寒い。
 商売を再開するにしてもかなり大きな街ではないと稼げない。そうするとルイス公爵以外の三都市か王都になる。そしてもう一つの選択肢、領地を買うだ。
  
 「はぁ、とりあえず王都を目指すのが一番かなぁ。領地を買う金は無いしな」
  
 私は思わず言葉を漏らす。二人は特に何も言わずに聞いていた。ユーリカがお茶を入れて持ってくる。
  
 「ところでカーソンさん。何か魔法使いました?」
  
 目下魔法の猛勉強中のユーリカから声が掛かる。私が返事をする前にフォルテが答えた。
  
 「風の精霊を感知できないから遮音魔法でも使ったんじゃない?」
  
 その発言に私は驚く。私は魔法の理で遮音魔法を使ったのだ。それをフォルテは精霊がいないと言った。それが問題なのだ。
 世界の魔法は世界に散らばっている魔力と呼ばれる力を行使する魔法と、精霊と呼ばれる存在の力を使い行使する精霊魔法、そして神の力を引き出して使う神聖魔法と大きく分けて三つに分かれる。それにカーソンは原理を解き明かせていないが使えている高音高速言語魔法を使う。これはカーソンとその師匠が研究している新たな魔法の枠組みだ。
 しかし今、フォルテの何気ない一言は二つの壁を一瞬で取り払った。常識という壁を・・・・・・。
  
 「・・・・・・フォルテ、今のはどういうことだ?」
  
 私は自分でも驚くほど低く落ち着いた声でフォルテを問いただした。フォルテはきょとんとした顔で自分の言葉を反芻し、バスティは参ったとばかりに頭を抱えている。そしてフォルテの表情は徐々に変化してゆき、『不味いことを口走った』という苦い表情を創り上げた。
  
 「あ~、いや、その、ね。うん、・・・・・・忘れて欲しいな~っと」
  
 明らかな作り笑いを浮かべて誤魔化そうとするフォルテ。しかし私は引き下がらない。私が今まで生きてきて覚え、理解し、研究してきたものが一瞬で崩れ去りかけているのだ。引けるわけが無い。
  
 「フォルテ・・・・・・、馬鹿」
  
 バスティの容赦ない責めがフォルテに突き刺さった。フォルテは黙って下を向く。私の視線を受け、バスティは仕方が無いという表情を作る。魔法を習い始めてまだ日が浅いユーリカは何が起こっているのか理解できていないようで、自分で運んできたお茶菓子を食べながら黙っていた。
  
 「やっほー、用意できたから馬車寄越してよ~」
  
 朝からハイテンションなルールウが部屋に突入してきた。そしてそのまま固まる。それほど部屋の中の空気は張り詰めていた。

 「何々? 痴話喧嘩?」

 陽気なルールウは空気を読まない。たぶん徹夜で荷物を整理したのだろう。ハイなままだ。ついでに酒の匂いもする。
こいつ飲みながらやりやがったな・・・・・・。

 「ああ、ちょっとな。それより拡張した馬車三台用意してある。御者は竜牙兵がいるから荷物の積み込みもやらせて良いよ」

 私はルールウに三体の竜牙兵を付けてやる。

 「ちょっ、面白そうなので聞かせてよ~」

 抵抗するルールウを竜牙兵に任せ連れて行かせる。もっともルールウが本気を出せば竜牙兵などはあっさりと破壊されるのだが・・・・・・。

 「絶対後で聞き出すからね~~~!!!」

 ルールウの叫びを聞き流しながら私は微笑みを浮かべながらバスティとフォルテの方へと向き直った。

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 「それで? 魔法と精霊魔法の関係は?」

 ルールウの乱入で誤魔化せるかという表情を浮かべていた二人の希望を私はあっさりと打ち破った。二人は諦めたように視線を交叉させる。
 そしてバスティがゆっくりと口を開いた。

 「まず大前提として私たちは古代エルフでは無い。そもそもそのような者は存在しない」

 またバスティの言葉に打ちのめされた私であった。

 「まずは理を話す前に私たちの存在を語らなければなりません」

 その内容は自分の理解を十分に越える物であった。
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