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三の罪状

第二宇宙速度

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「ぎゃは! 見ろよあのポカーンとした面、ウケるぅ!」


大勢の時雨が幸人達に向けて馬鹿笑い。声まで重なり合って聞こえる。


「おっと……原型は残すんだったな……だってよ!」


更には皆が腹を抱えて笑い出す。


これには誰もが、文字通り唖然だ。


どういう原理なのだろうか?


其々が異なる動作までしていた。


「何なんだアイツ……」


ジュウベエも唖然と固まってる中、幸人だけは呆れてものが言えない様子。


「ああそうそう、おぉい忠告だ」


時雨はふと思い出したかの様に、立ち竦む黒服達に向けて指差す。


「気持ちは分かるが、何時までも突っ立てないでさっさと逃げないと――」


指差す其々の時雨が、悪魔的に陽気な笑顔を見せる。


「“ミンチ”になっちゃうよ?」


それが何を意味するのか、彼等に理解出来る筈はない。


ただただ眼前の理解不能な現象に、心奪われたかの様に立ち竦んでいた。


再度射撃を行うか、迷いの境界線。その瞬間――


「まあ逃げられる訳ないんだけどね」


時雨の周りの空間が歪み、圧縮されていく。


何やら肌付く空気の震動が伝わった刹那の事。


「――っ!!!!!!!」


弾ける音響。


三十余名程居た、黒服達全員の五体が一瞬で破裂霧散。


この間僅かコンマ領域世界の出来事。視覚確認出来る訳がない。


それはさながら、膨大なエネルギー運動が衝突する、痛ましい人身列車事故の様な――


「なっ……」


夜空を彩る、美しくも刹那的な――


“何が起きたんだ?”


真っ赤な花火の様でもあった。


辺り一面惨劇の場。優雅な庭園が、飛沫残す朱に染まっていた。


だが形だった、欠片らしきモノは見当たらない。


代わりに息も詰まる程の、鉄の臭気が充満していた。


「ゴミはゴミ箱へ、てか? いや土に帰すだな」


冗談交じりに笑う時雨。そして数十もの彼等は、役目が終わったかの様に音も無く消え、一人の時雨が立ち誇っていた。


あれだけの人数を一瞬で肉塊ならぬ、血の海へ変えたその力。


「一体何だったんだ?」


起きた事が信じ難い、言語を絶する現象に、ジュウベエはただただ戸惑うしかない。


“死んだはずの時雨”


“それから現れた数十もの時雨”


“そして一瞬で敵滅殺”


理解しろと言うのが、俄然無理な事。


「――水装師団射手陣。あの一人一人が“水”で造られた、時雨の分身そのものだ」


「水……だと?」


戸惑うジュウベエに説明する訳でもないだろうが、幸人が先程の現象の原理を呟き始める。


一人一人が水そのもの。しかし水であれ程精巧な動きと形を司る等と――


「時雨は世に存在する、あらゆる水分を自在に操る特異能、“獄水”を持つエリミネーター。殺られたと見せたのは、色まで再現した水の人形による、趣味の悪い戯れの一環だよ」


“特異能……やはり”


ジュウベエの疑惑が確信に変わった。


あの姿形から勘付いてはいたが、時雨は幸人と同じ特異点で在るという事。


しかも氷と水。お互い近くも等しい存在。


「超圧縮された水の弾丸を、第二宇宙速度(11.2km/s)で放たれれば反応はおろか、生身等欠片すら残らんだろうな……」


あの瞬時に全員が破裂した恐るべき現象理論を、驚く事もなく淡々と語る幸人も幸人だ。


それが事実なら、何が起きたのか視覚出来ないのも当然である。
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