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第4章 氷の剣士 水の剣士

六話 水の刃

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“――ユキが一度も勝てた事が無い!?”


「嘘……」


それはアミには俄には信じ難い一言。しかしユキの言っていた“最悪な事”の言葉の意味や、あのシグレの力を垣間見たら辻褄が合わない訳では無い。


「一年前、お前を敢えて生かしておいたのは、お前にはまだまだ強くなる可能性を感じたからだ。四死刀や俺をいずれ凌ぐ程のな……。そしてお前が狂座の直属を倒したと知った時、遂に此処まで昇り詰めたのかと心踊ったもんだが、期待外れだったみたいだわ。飼い猫に成り下がったおかげで人を超えし者が、人に近い存在にまで落ちぶれやがった……」


シグレが心底がっかりした様に項垂れながら一言一言、想いを口に乗せ言葉を紡ぐ。


「さっきから黙って聞いていれば、何を勝手な事を。人に近い? 結構ではないですか。昔と同じと思っていると、痛い目を見る事になりますよ」


ユキが特異能“無氷”を発動させ、回りの温度が極低温へと変わっていく。


「無氷か……。だが人に近くなった今のお前に、そんなものは無力だという事を思い知らせてやる。今のお前をこれ以上見ているのは、もう我慢ならねぇな」


“逆”八相に刀を構えたシグレの村雨から呼応するかの如く、水蒸気が溢れる様に自身の周りを包み込んでいく。


“――来る! 水刃 煉壊壁か!?”


「……はっ!」


ユキは反射的にシグレの技に備えて構えるが、不意にある事に気付く。


シグレのこの技の特性を。そして相当の距離があるとはいえ、二人の周りには多数の人だかり出来ている事に。


“――まだ逃げていなかったのか!?”


「アミ! ミオ!  私の後ろから決して動かないでください!」


ユキは背後でミオを抱き締めながら座り込んでいるアミへ、振り向く事無く声を上げる。


「え!? え……えっ?」


ユキの突然の警告に、アミは状況が掴めない。


“――間に合わないかも知れない! でも、せめて……”


ユキは辺りを見回しながらーー


「何を突っ立って見ているんですか!? 今すぐ視界から……この場から逃げてください!!」


力の限り叫んでいた。


「周りを気にする今のお前、やっぱり気にいらねぇな」


シグレの周りを覆う水蒸気は、幾重もの形へと形成されていく。


周りの人々にはユキが叫んだその意味も、シグレが何をしようとしているのかさえ分からない。


『…………』


ただただ魅入られたかの様に、皆その場に立ち尽くしていた。


「全員、獄彩に散れ」


大気より水を。水は刃へとーー


“水刃 煉壊壁――”
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