死者は嘘を吐かない

早瀬美弦

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終章

終章 2

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 伊織の身代わりとして育てられているなら、明也は表にはほとんど出れない状態だろう。十倉はそう考えていた。あの家で人を隠せる場所は地下しかない。逢瀬を重ねていた場所で息子が一人寂しく生活していると知ったら居ても立っても居られなくなり、夫に離婚を付きつけ息子を放って町を出た。
 取り戻す方法はただ一つだった。明也を奪うしかない。真夜中に木佐萬村に到着した十倉はまず裏山の祠から地下へ行き、そこで生活していた少年、十倉は明也だと勘違いしていた伊織を救い出す。伊織をまず先に祠から外へ出し、また地下を通って離れから進入し、寝静まっている母屋に火を放った。明也が居なくなったと分かれば、また伊乃里様が明也を取り戻しに来るだろう。息子を自分の物にするには天宮家の人間を抹消するしかなかった。
 村人は十倉が県外に出て結婚したことぐらいしか知らない。どこから秘密が漏れるか分からないため、両親すら村人と連絡を取るのは禁止されていた。救い出した伊織を自分の子供だと村人に紹介し、今日は伊乃里様に許しを得ようと木佐萬村に来たと説明した。村人は十倉を良い娘と思っていたので、簡単に騙された。
 母屋の火事は激しく、中にいる人は全て死んだと思っていた。そうしたら明也と二人、この地で本当の暮らしをする予定だった。偶然なのか必然なのか、渡り廊下でイブキ様が瀕死の状態で見つかり、奇跡の生還を果たした。
 どこまで私たちを苦しめればいいのか。十倉はそう思った。イブキ様は明也の存在を知っている。このまま放っておけばいつか明也の存在が明るみになり、火事の犯人が自分だと知れてしまう。そうしてイブキ様を殺す決意をした。
 わざわざ去年、儀式と称してイブキ様を亡き者にしたのは、十倉が木佐萬村で裕福な生活をしていると良太が知って連絡を取ってきたからだ。愛の無い結婚で生まれた子供に情などなく、顔もほとんど覚えていなかったと十倉は言う。
 自分には明也とこの家があれば十分だった。元々、この家は自分の物になる予定だったのを、どこからか来た娘に奪い取られたのだ。だからそれを取り返しただけ。
 良太を殺害した理由は、明也を殺そうとしていたからだ。良太の様子を見に離れへ行くと、地下への扉が開いていた。裏山には去年殺したイブキ様の死体が埋められている。嫌な予感がした十倉はすぐに合羽と懐中電灯を持って裏山に走った。すると良太が明也の上に乗っかって首を絞めていた。それを見た途端カッとなり、近くにあった石を掴んで良太の頭を目掛けて振り落した。まさか明也だと思っていた人物が憎い伊織だなんて、自分は彼に騙されていたのだ。洗脳されていたのだと訴えたが、良太殺害以外は計画的なので刑事はそれを認めなかった。
 彼女を唆した霊能者について質問をしたが、不思議とその人の容姿は全く覚えていないという。九年も前の話だが、彼女が人を殺す考えに至った極めて重要な人物だというのに、その人の顔を記憶していないのは奇妙だった。
 山中の話を聞き終え、高遠は「ありがとうございます」と礼を述べた。分からない部分が保管され、この事件について全容を知ることができた。
「これから高遠先生はどうされるんです?」
「次の場所に向かいます」
「先生も、全国を旅されているんでしたっけ」
 そうたずねる山中の表情はわずかに強張っている。全国を旅する霊能者。その人のせいでこの事件が起きたといっても過言ではない。いくら捜査に協力し人望を得たといっても、やはり霊能者なんていう胡散臭い職業の人間を信用するのは難しい。
「そうですね」
 高遠は弁解もせずに頷いた。どうせここで別れ、山中とは二度と顔を合わさないだろう。これまで霊能者に対してやたら歓迎ムードだったがこれで払拭されたはずだ。もう少しぐらい危機感を持っても悪くない。
「それでは我々は失礼します」
 深々と頭を下げて、高遠は警察署を出た。ジリジリと太陽が照りつけ、今日も猛暑日になりそうだ。
「あーあ、高遠のせいで散々だったよ。三日間の滞在が、二週間近くなってるし」
「いい機会だ。これからはお互い別々に行動しよう」
「僕はどうするの!」
「自分で考えろ」
「無理! 絶対無理!」
 それは高遠の台詞だ。今回ばかりは本気で殺されると思ったらしく、美琴との旅はここまでで終わりにしたい。一人のほうが気楽だし、謝り倒す必要もないし、出費も抑えられて小遣いが増える。これまで美琴の費用に関しては高遠が自腹を切っていた。業突く張りの雇い主が見知らぬ人物の経費を認めるとは到底思えず、高遠は美琴と一緒に行動している事すら教えていない。美琴も実家から仕送りがあるけれど、ほとんど菓子、酒などに費やしている。高遠が居なくなれば旅は続けられない。
「……あの」
 後ろから控えめな声が聞こえて、二人は振り返った。どうやら伊織も釈放されたようだ。ぐっと拳を握り締めて、高遠を見る。
「丁度良かった。君に聞きたいことがあったんだ」
「何でしょう?」
「去年、木佐萬村に来た霊能者について教えてほしい。どんな奴だった?」
 伊織は高遠から視線を逸らし、少し考え込む。
「黒いスーツを着て、帽子をかぶってました。声は男性」
「もしかして入れ替えたらいいと助言したのはその霊能者じゃないのか?」
「……俺は話し合いに加えてもらえなかったから、よく分からない。霊能者なんて危ない人間が多いから、あまり近づくなと言われていたし……、顔もはっきり見てないんです」
 高遠はため息を吐きそうになるのを堪えて、「ありがとう」と言う。
「けど、本物だったと思います。最初から俺をやたら見ていたから……」
「なるほど」
「俺、天気について話をしたの、高遠さん達の前が初めてなんです。ちょっとでも力があるようなふりをしたら、俺がイブキ様だってバレるから、かなり気を遣ってたのに……、どうして分かったのか疑問に思ってたんです。そう言えば高遠さんも俺と会ったときから薄々気づいてたって言ってましたよね」
 あまりの剣幕に高遠が少し噴出す。珍しく表情が綻んでいる。事件も解決して気持ちにゆとりでも出てきたのだろうか。
「あの庭の世話をしているのが君だったからだよ。毎日、丁寧に手入れをしてたみたいだね。十倉さんもそれを褒めていた」
「……はい。家に居る間、欠かしたことはありません」
「じゃあ、その霊能者が来たときも」
 伊織は頷く。
「草木の調子って言ったらいいのかな。弱ってるとか、元気だとか、何となく分かるだろう?」
「はい。見ただけで大体は分かります。それに応じて肥料与えたりとかしてます」
「イブキ様の噂話の中に、大地の息吹を感じ取れる、とあったけど、それは火山活動だと思われがちだが、それだけではない。草木も含まれている。あの花壇は素人が作ったにしてはかなり綺麗だから、その時点で何となくは気づいていた」
「霊能者同士では分かんないの? テレパシーとかで」
「超能力じゃないからテレパシーなんてあるか。それに霊能者は自分に憑いているモノだけは視る事が出来ない。祓ったりできないから一見は普通の人間と同じなんだ。だから人前で力を見せるか自称するしかないが、大抵の本物と呼ばれる霊能者は自称しない。人が集まると面倒しか起きないし、集まれば見たくないモノまで視えてしまう」
 伊織も心当たりがあるのか、俯いて何も言わなかった。高遠の持論だったのであまり信憑性がなかったが、伊織が反論しないことで証明されたような気がする。
「聞きたいことって、それだけですか?」
「あぁ、ありがとう」
「じゃあ、俺からも一つ、質問です。どうしてそんなことを聞くんですか?」
「俺を呪った霊能者を探している」
「……呪い? よく霊能者の人が、髪を伸ばすことで霊力を溜めるとか聞くけど、高遠さんが髪を伸ばしていたのは呪いに関係していたんですか?」
「そうだったんだけど、このバカのせいで最悪だ」
「どうして僕のせいになるの! 包丁で襲い掛かってきた十倉さんのせいじゃんよ!」
 自分が悪くないと主張するも、逃げようと盾にされたのは紛れもなく美琴の意思だ。そんな言い訳、高遠に通用しない。切られたのが髪の毛でまだ良かった。もう少し手前に引っ張っていたら、高遠の首は落ちていたかもしれない。
「次はお前も同じ目に遭わすからな」
「柔道やってんなら僕を守ってよ!」
「やっぱりお前が呪いの原因じゃないのか? 今回はつくづく呪いのことを思い知らされた」
 高遠の呪いは周りを不幸にする、だったはずだ。自分自身はカウントされないだろう。美琴のせいであるのは認めるが。
「酷いよ! ね、伊織くん」
 美琴は伊織に同意を求めるが、苦笑いを返されただけだった。
「呪った相手を探して、どうするんですか?」
「……そうだな。まだ何も考えていない。とりあえず見つけ出すことが優先だ」
 高遠の答えはまだ変わっていない。美琴が三年前、聞いたときと同じだ。
「俺も一緒に連れて行ってもらえませんか?」
 伊織が一歩、前に乗り出して高遠に尋ねた。美琴は高遠を見る。人数が増えるのは嬉しいことだが、さすがにこの件について美琴に決定権はない。いや、全ての事柄に美琴に決定権など無い。
「断る」
 一考もなく高遠は即座に答えた。美琴は咄嗟に「鬼! 人でなし!」と詰る。
「もうあの村には居たくないです。家も売るか更地にして、全てを消したい。この能力だって要らない。……静かに暮らしたいんです」
 伊織がそう思うのも分からなくない。自分の両親が殺され、たった一人の友人も目の前で殺され、イブキ様なんていう形骸化した信仰対象で居続けるのは苦しいのだろう。高遠は伊織を見つめ、下唇を撫でる。
「静かに、と言うのは難しいし、君のその能力だってフルに使ってもらう。けど村から出たいと言うなら、当てはある」
「やっぱり連れて行っては貰えないんですね」
「コイツが辞退してくれたら連れて行くんだがな」
 高遠は美琴を指差す。
「え! ダメだよ。僕が先だもん!」
 年長者として譲ってやる気は更々無いようだ。
「衣食住もちゃんと保障しよう。働いた分だけ、賃金も出る。まぁ、しっかり働かないと色々差っぴかれるけど、君なら大丈夫だと思う」
 高遠はそう言ってポケットから携帯を取り出した。その当てとやらに電話をかけるようだ。携帯の画面を見てわずかに躊躇ってから通話ボタンを押す。
「後は自分で選ぶといい。あの村に戻るか、そこへ行くか」
「俺は村を出たい」
「分かった」
 高遠は二人に背を向けて携帯を耳につける。少しの時間も待っていられない美琴はかばんの中からお菓子を取り出し、伊織に「食べる?」と尋ねた。
「……いえ、っていうか、それ腐ってません?」
「うそ! あっぶな。食べるところだった」
 そう言えば食料は木佐萬村に到着した日に開封したものだ。暑さで痛んでいるのも分からない脳みそを不安に思ったのか、伊織は心配そうに美琴を見る。ようやく繋がったのか、高遠が会話を始めた。
「もしもし、清水か? あぁ、うん。そう。守銭奴はいる?」
「……守銭奴?」
 不安そうに伊織が呟き、美琴が「誰それ」と高遠に尋ねる。聞こえているのかいないのか、高遠はそのまま少し間を置き、一方的に話し出した。
「一人、そっちで住んでもらうことになったから」
『はぁ!? いらねーよ!』
 怒鳴り声がこちらにまで届いてくる。聞き覚えのある声に、美琴は「ん?」と首を傾げる。
「年齢は十八、性別は男。イブキ様と呼ばれる霊能者だ。力になってくれるだろう」
『ガキじゃねーか。うちは託児所じゃないんだぞ。お前が拾ったなら、死ぬまで自分で面倒見ろって昔からずっと言ってるよな!?』
 よっぽど煩いのか高遠は携帯を耳から遠ざける。程なくして『先生、落ち着いてください!』と別の人の声まで聞こえてきた。どうやら電話の向こうでは酷いことになっているらしい。美琴がちらりと伊織を見ると、不機嫌そうに顔を歪ませていた。ガキやら託児所が彼のプライドを刺激したようだ。それに扱いがなんだか犬猫っぽい。
「仕事で役に立つだろ。お前、エセだって噂になってるぞ」
『余計なお世話だ! おい、雪人! うちに来ても追い返すからな! 絶対面倒なんてみないぞ』
 高遠は何も言わずに通話を終わらすと、そのまま電源まで切った。じゃんじゃん折り返してくるのを無視するつもりだ。
「もう一つ加えると、家主はかなり性格が悪い。そのいらない力だってコキ使わされるだろう。聞こえたと思うけど、向こうはあまり歓迎してないようだから、最初はかなり梃子摺ると思う。それでもあの村だけには戻りたくないって強い気持ちがあるならここへ行くといい。交通費は責任を持って俺が出そう」
 高遠は財布の中から一枚の名刺を取り出し伊織に渡す。てっきり自分の名刺なのかと思っていたが、そこには別人の名前が記載されていた。
「高遠……、風太?」
 美琴は名前を読み上げると、くす、と笑う。
「高遠の名前って雪人じゃないの? 改名? 芸名? にしてはダサいよね」
「俺の兄だ。霊能者として有名なのは、俺じゃなくて俺の兄だ。ついでに俺の雇い主でもある」
 美琴は高遠に雇い主がいるのは知っていたが、それが兄とは知らなかった。それから聞き覚えのある声の存在をようやく思い出し、ぽんと手を叩いた。
「高遠がしょっちゅう電話してた相手ってお兄さんだったんだね?」
「あ? あぁ、アイツは手広く商売しているから、色んな人物と縁があるんだ。こう言う事件で手詰まりになったとき、情報を入手してもらうよう頼んでいる」
 金銭の話が出ていたので、美琴はあの会話が兄弟だとは考えていなかった。高遠もかなり金に煩いが、それは兄譲りなのか。
伊織は差し出された名刺を受け取り、口の中にたまった唾を飲み込んだ。あの会話を聞いていたら、一瞬にして行きたくなくなる。だがそれ以上に、彼の気持ちは強かった。
「ありがとうございます。最後まで」
「俺は何もしてない。生まれもってしまった力はどんなに嫌でも一生付きまとうだろう。それなら対処法を学んだほうがいい。それにうちへの依頼料だって払ってもらわなきゃ困るからな」
 そう言えば今回は伊織からの依頼だった。
「とりあえず行ってみます」
「名刺の裏に最寄り駅が書いてある。駅員に尋ねれば行き方を教えてくれるだろう。一緒についていってやりたいが、この後、仕事が入っていて反対方向なんだ」
「いえ……、ちょっとは自分でやってみようと思います」
「そうか。分からないことがあったら、俺に連絡してくれ。これが携帯番号とアドレスだ」
 高遠はメモ用紙に書き込んで伊織に渡す。伊織はそれを受け取ると深々と頭を下げて、二人に背中を向けた。見えなくなるまで見送り、伊織とは反対方向に歩き出す。
「ちゃんと行けるかな、伊織くん。って言うか、高遠が連れて行ってあげればいいじゃん。二人も三人も変わらないでしょ?」
「ふざけるな。お前がついてくること自体、俺からしたら不本意なんだぞ。分かってるのか、それ」
 分かっていたら付いてきたりしていないだろう。この面の皮の厚さに勝てる人などこの世にそうそういない。
「それにしても高遠にお兄ちゃんが居たとは。初耳だったなー。教えてくれても良かったのに」
 高遠は何も言わずに美琴を睨み付けた。強い視線を受けても美琴は笑っている。
「僕にもいるよ、おにーちゃん」
「は?」
 美琴はニコニコと笑って高遠を見上げる。自分の兄弟について美琴が語るのはこれが初めてだ。三年も一緒に旅をしているのに、二人はお互いについて知らないことが多い。高遠は尋ねない限り話さないが、それは美琴も同じだ。
 天宮家の事件の話に戻るが、不可解な点が残っている。なぜ、良太は伊織が裏山に行ったことを知ったのだろうか。伊織は誰にも見つからないよう慎重に家を出て裏山に向かった、と二人に語った。偶然、美琴に見られているが、その時は裏山に行くなど言わなかったし、美琴自身も彼がどこへ行ったのかは分からなかった。だから翌日になって捜索隊を組んで探しに出た。
 離れから門の様子は見えるけれど、具合が悪い設定だった良太がわざわざ障子を開けて門の様子を確認するのは、美琴や高遠に見られる危険があるから行わなかっただろう。それに慎重だった伊織が、玄関を出ただけで安心するとは思わない。階段に辿りつくまで、母屋や離れを注視しただろう。もしそこで良太に見つかっていたら、母屋に引き返していたはずだ。
 つまり誰かが良太に告げ口をしたのだ。もしその人物が良太に告げ口さえしなければ、彼は殺されずに済んだだろう。どちらにしろ、十倉や良太は警察に捕まっているが。あの時、良太に告げ口が出来た人物がいる。その人がこの事件をより難しくさせたのかもしれない。
「双子なんだけどね。美弦って言うんだ。僕と一字違い」
 高遠の表情が見る見るうちに驚愕に変わっていく。美琴に兄弟がいると知っているのは、限られたごく一部の人間だけだ。早瀬の家について調べていた高遠も、きっとこの事実は知らない。
高遠は美琴の奥にある「誰か」を見るように、その目を凝視した。
 美琴はきょとんとして高遠を見る。
 ここで一回でも微笑んでやれれば高遠も僕の存在に確信が持てるだろうが、今は出来ない。 

                                    了
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