君たちが贈る明日へ

天野 星

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第四章 退化の象徴

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 階段を下りていくとリビングから明かりが漏れていて、微かだが両親の声が聞こえてきた。気配を悟られないように忍び足で扉まで近づくと、立ち止まって聞き耳をたてた。

「ベストを渡した時、不審そうな顔をしたのよ。私が言ったこと、そんなに変だったかしら。ねえ、あなたはどう思う?」 
「怪しまれるようなことを言ったのか?」
「いいえ、言ってないと思うわ。でも、前に欲しいって言ってたからって説明をした時に疑うような目で見てたから。そこに引っかかりを感じたのかもしれない」
「幾らなんでもそれはないだろう。何年も会話らしい会話をしたことがないんだ。服の話なんてもっとしないだろう?」

 母が言葉に詰まったようだ。

「今更説明をしても遅いし、戒斗からは何も訊かれてないんだろう? なら気にする必要はないさ。こんな時間だし、そろそろ寝よう」

 父が立ち上がる気配がしたので、慌てて階段の上まで戻る。わざと足音を立てながら、今し方下りてきたという風を装って、リビングの扉を開けた。
 足音で俺が下りてくることを察知していた二人は、慌てる様子もなく話しかけてきた。

「……戒斗? こんな時間にどうしたの?」

 まじまじと俺を見つめる母の瞳には、何かを確認しているような色が見える。

「水、飲みにきた」

 盗み聞きをしていた手前、確かめたいことも訊けずにその場に立ち尽くしていると。

「そんな所に立ってないで、水を飲んだらどうだ? 喉が渇いてるんだろう?」

 指摘されて慌てて水を汲みに行く。

「父さんたちは寝るから、電気よろしくな」

「おやすみ」と言い残して、二人はリビングから出て行った。
 やはり、あのときの違和感は間違いではなかった。確信すると同時に両親の会話を反芻する。
 何故、偶然を装ってまでベストを購入したのか。何故、嘘をついてまで渡したのか。
 最もな理由など幾らでもあったはずなのに、そこまで思い至らなかった原因は何か。
 次々と浮かんでくる疑問にピッタリと当てはまる答えを俺は知らない。深い思考の渦に捕らわれていると、前にも同じような違和感を覚えたことを思い出した。
 水を一気に流し込むと、再び部屋へ戻りパソコンの電源を入れた。受信箱から一件のメッセージを開く。

『そうなんだ。母さんはいったい誰と間違えたんだろうね?』
「これだ」

 次に思い出したのは、昼寝の際に誰が持ってきたのかわからなかったタオルケット。あのときも母さんは少し様子がおかしかった。次々と浮かんでくる母の不自然な態度。さっき俺の名前を口にするとき、俺が戒斗であるかを確認するような呼び方だった。
 何かがおかしい。そう思い始めると何がどうおかしいのかが気になった。
 先にユウトに確認してみようか。それとも両親を問いつめるか。あれこれ考えてみても有効な手段が浮かばない。
 考え過ぎて疲れ果てた俺はいつの間にか眠っていた。
 次に目覚めたとき。誰かに頼ってみようと思った。
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