君たちが贈る明日へ

天野 星

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第五章 夜は明けていく

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 コメントを残したあの日、カイトから初めて返事がこなかった。
 数日経っても返信はなく、メッセージも届いていない。
 思うところがあったのだろう。あの行動を作戦と呼ぶのなら、今回は成功したと言える。
 ただ、僕の行動が危ういものだという自覚はあったので、母親にお願いしていた場所へ早めに行こうと決意した。
 連絡を取らなくなっても、僕は毎日ブログを見ている。
 カイトが運営する『両生類の進化』とさちこ扮する絵美が運営している『さちこの怠惰な毎日』。対極にある二つのブログに漂う薄ら寂しい気配が、僕の心を掴んで離さない。
 さちこの秘密を暴露しようと思ったこともあるけれど、実行に移してはいない。
 更新されないブログと、更新されるブログを眺めながら、僕は今後の方針について考えた。
 近いうちに動き出すだろう現実を思い浮かべて最短で最善の道を模索していく。だけど、先のビジョンが全く見えない。行き詰まった思考をリセットするために、気分転換も兼ねて外出することにした。
 蒸し暑い夜の道をただ歩くだけ。肌を撫でる風は滑るように吹き去っていく。風を追うように空を見上げると、雲一つない暗闇にぽつんとまあるい月が浮かんでいた。
 孤高の光で漆黒の道を照らす導は、圧倒的な存在感を放っている。
 本来ならばとても綺麗に見えるのだろうが、僕にはそうは見えない。
 美しく咲き乱れる黄金色の存在は、夜空に浮かぶ孤独の象徴だ。 
 周囲にあるはずの星々は地上の明かりに掻き消され、目の前に浮かぶ月だけが街を、僕を照らしている。ときには姿すら見せずにひっそりと満ちては欠けていく儚く、滑稽な生き様は、無様な僕と似ているけれど、僕は絶対に月にはなれない。
 明けない夜もなければ、沈まないもないのだ。
 姿形を変えようとも消えることなく人々を照らし続ける丸い衛星は、やはり僕とは似ても似つかない存在。妙案も浮かばず、暗い思考に支配された頭では気分転換にもならなくて、五分もしないうちに家路に就いた。
 そろそろ限界だった。今以上に気持ちが膨れあがる前に、どうにかしたいという思いで一杯だった。

 事態が動いたのは、八月も半ばに差し掛かろうかという時期だった。

『8月11日
 今日はずっと気になっていたことを訊いた。
 答えは出ないし分からない。
 それに、考えてみなさい。と言われても何を?
 皆は、何度も同じ夢を見たことがありますか? 
 コメント:(1)』

 その日のブログには、ユカリという人物からのコメントが書かれていた。

『願望や隠された想いが表現されたもの』

 カイトの返答は思い当たる節があるようなニュアンスのものだった。
 ユカリからのコメントはそれ以降なかったが、この一言がカイトの心を揺さぶったようだ。
 僕が何もせずとも、赤の他人からこういった手助けがある事をもっと知ってほしい。そして、周囲にいる他人や血の繋がった家族のことを思い出してほしい。そう願わずにはいられない。
 この日からカイトは安定しているようだった。起伏もなく、ただ感情が麻痺しているだけなのか、考えることを放棄したのかはわからない。
 お盆が終わり、秋の匂いがし始めた頃。僕は母親に病院に行く日を伝えた。
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