君たちが贈る明日へ

天野 星

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第七章 両生類は夜を知る

2-2

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「先生」

 見慣れた無機質な部屋。白すぎる診察室とは反対に、どす黒い空気が部屋を浸食していた。

「今日はお母さんと一緒なのかい?」
「はい」

 僕の後ろには母親が座っている。僕が放つ不穏な空気を察知しているのか、一言も話さない。

「今日はどうしたんだい」
「明日の診察で、全てを話さなければならないと思ったので」
「何かあったのかな?」
「昨日、友達と話をして、一つの確信を得たようです。まあ、間違った確信なんですけど、もう隠しきれないですし、そろそろ限界なので……」
「……それは君が、かな? それとも……」
「どちらも、ですかね」

 無理矢理口角を上げる。不自然な笑みを浮かべる僕が、悲しそうな主治医の瞳に映っていた。

「悠斗、それは本当なの?」

 先ほどまで空気となっていた母親が、椅子から立ち上がって僕の前にしゃがみ込んだ。いつもは触れもしないくせに、今は両肩を強く掴んで離さない。今まで重なることのなかった視線が絡まることに苛立った。
 何も映し出さないはずの瞳に映る全ての物が憎らしい。肩に置かれた手を乱暴に振り解くと、期待通りの回答をしてやった。

「本当だよ。よかったね。母さん」

 できるだけ低く。できるだけ冷たく。声を似せて囁く。
 希望に満ちた甘い囁きを、絶望へと突き落とす悪魔の囁きのように、暗い、黒い、模範解答をくれてやった。
 瞬時に凍り付いた母親を無視して、先生に向き直ると今後の方針を伝えた。

「明日の診察には母親か父親の同行をお願いします。できるだけ真実に近く。いや、真実を話して下さい。それが『僕』の存在理由ですから」
「わかった。なるべく君の意向に沿うように進めるよ。お母さん、そういうことなので、できる限りお父様もよろしくお願いします」

 主治医に声をかけられてようやくこちらに戻ってきた母親が返事をする。

「それでは僕はこれで失礼します」

 母親を置き去りにして診察室から立ち去った。残されたあの人がどのような表情をしていようと、どんなことを話そうとも。『悠斗』である僕には関係のないことだ。
 流れ落ちる涙に気づかぬふりをして、僕は最後になるであろう日の下を歩き出した。
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