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1巻

16話 それぞれの色

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 ボクの体に流れた血が熱される。ラヴァさんに癒された時に燃え移った聖火。

 その火種にボクの体をくべていく。

「色の力は遺伝子情報の塊だ。色を使うというのは血や肉、経験を媒介として発動させる。その血に対応した力を発揮するために体に耐性を持って産まれてくるのが一般的だ」

 ゼインさんの授業で習ったことを思い出す。

「だから君みたいに無色で産まれたと診断されてから後天的に色素を手に入れるなんて事例を私は知らない。おまけにその色を耐性もなしに使いこなすだなんて、自殺行為にも等しいだろう」

 炎に耐性を持たないボクが受け取った力は、三原色の最上位の家系、バーミリオン家令嬢のラヴァ・バーミリオンの赤。

「ネスがなぜ力を受け取れてその力を使えるのかも私には分からない。ただ使えば体は自身の熱で焼けてしまうだろうな…回復以外に使うなよ」

 身体強化と癒しでは火力の勝手が全く違った。身体強化は蒸気機関、癒しは温泉にでも入るような感覚だ。

 生身に蒸気機関を積み込んで人体が回復なんて追いつくはずがない。

 熱されたからだは思考までをも加速させ、熱くなった頭は授業なんて余計なことを思い出す。

「今は…戦ってるんだ…」

 体のエンジンに血の燃料を入れ続ける。
その体は無理やり回復させ続け何とか人としての形を保つ。

 普通にの人間ならば高熱にうなされる程度では済まない。自身の熱でタンパク質が固まり死ぬだろう。

「ぐっ…はぁはぁ…うっ…」

 そんな熱にうなされながらも歯を食いしばり無理やり回復を続ける。

「ラヴァさんもただ強いだけじゃないんだ…こんなに苦しいのに…戦ってるんだ…」

 頭に浮かぶのは深紅の戦乙女、戦場に身を投じ、己を削りながらも人を護る。
 そんな人々の心の拠り所の炎を脳裏に浮かべる。

「ボクもあんなふうに…貴方を護りたい…」

 あの人を温める炎は誰が癒すのだろう、誰が護るのだろう。
 熱に犯される頭では余計なことばかり考えてしまう。あの人の炎を燃え上がらせると、あの人が脳裏に浮かんで離れない。

「ブモァァァァァァ!!!!」

 ボクが発熱を始め、自慢の外皮に損傷を与えた辺りから様子見していたミノタウロスは、ボクの熱が上がる程に落ち着かない様子で、とうとう吠えた。

 仮にも猛牛らしく、炎を間近に感じ本能的な恐怖で様子見していたらしいが、上がり続けた温度を驚異ととったのだろう。
 熱源を消しに来る。

「ボゥア!!!ボゥア!!!ブモァァァァァァ!!!!」

 闇雲に切り掛る猛牛。熱くなった体は凄まじい速度で見切り、回避する。どの動作も紙一重だ。掠めた大剣がレザーの装備と皮膚を削る。熱された血が飛び散り、少年を赤く染める。

 見る人がいればそれは赤い人間自身が4mの猛牛を煽るマタドールのように見えただろう。

「ぐっ…はぁはぁ…」

 使えない強化を発動させ無理やり自身を燃やし続ける少年は攻めれなかった。
 オーバーヒートした脳と体は余計な命令を受け付けた瞬間にミノタウロスに叩き潰されるだろう。

「何か…どうにか、倒す方法はないか…」

 また大剣が体の横を掠める。

 血を吸った大剣とボクの動きが空に赤い軌跡を描いて村の中央で混ざりあった。


「はぁぁぁぁぁ!!!」
「とぉりやぁぁぁ!」
「ふっ!」

 大剣、拳、長剣がそれぞれの色をまとい溶岩の塊に吸い込まれる。

「やっぱあっつくて効かないよー!叩くのやーだー!」
「武器は無いのか!君だって三原色だろう!」

 トゥルエノが文句ばかり垂れ、ゼインは自身の大剣が決定打にならない歯がゆさとオレンジをフルに放出し荒々しくなっている。

「武器なんて都市でしか売ってないじゃん!そんなの使わなくたってトゥー強いし!」
「だがお前では決定打にならないだろう。何せ相性が悪い」

 戦闘中にも関わらず地団駄を踏む少女を白い毛並みの虎がなだめる。

「エレトロが三原色なんだからエレトロがやってよ!トゥーは電気貰わないと戦えないでしょー!」
「はぁ…」

 白虎がため息混じりに力を込める。毛が逆立ち隣の少女の金髪もふわりと上がる。

「きたきたー! さぁてこっからが本番だよ!」
「数分で決めるぞ。生憎電気がない」
「りょーかい!」

 二匹の獣が地を這う雷のように敵に突き刺さった。


「お嬢…お嬢の力でもサラマンダーを討伐するには相性がよくありません…お嬢はギルドへの連絡を…」
「しない。しに言ったところで浅葱は出てこないし、バーミリオン家にすぐにサラマンダー討伐に動かせる兵はいない。小隊の編成に数日かかる…」
「しかし、お嬢! 今討伐できないのなら同じこと! たった数日で確実に倒せるのですよ!」

 ラヴァが言うことは理想論だ。今すぐ倒さなければ誰かが被害を受ける。ゼインが言うことを分かっていても、サラマンダーを放置するという選択はできなかった。

「ネスが…走ってた。サラマンダーの音を聞いて大幅に進路変更したのに、一目散に走ってた。多分、ネスの出てきた村ってこの辺りなんじゃないかな…」
「っ…!」

 ラヴァはサラマンダーに対峙しながらも自分が護るべき少年の姿を視界にとらえていた。

「ネスは私を護るって約束してくれた。いつか強くなった時は、護ってもらう。でも…そのいつかは、今じゃない」

 昨夜の少年の決意を真面目に受け取ったラヴァは少年が強くなる未来を見ていた。ならば強くなるまで護るのは巻き込んだ自分だとも。

「ネスを護るならネスが護りたいものも護らなきゃ…ね?ゼイン、私はまだ誰かを護れるから」
「お嬢…すみません」

 ゼインが謝る。
 ラヴァは首を振る。
 何も謝ることは無いよ、と。

「私はバーミリオン家次期当主ラヴァ・バーミリオン。全てを護るのがこの血に流れる色の意味。私が護られるのは…全ての人を護り通してから!」

 おっとりとしているラヴァが熱を込めて語る。その心に灯る炎は、人に安らぎを与え、敵には何者をも燃やし尽くす業火に映る。

 ラヴァは全身に炎をまとわせる。熱された体が悲鳴をあげるように所々から炎が吹き出す。
 たゆたう炎をドレスのようにまとう。

 サラマンダーに向かって走った後には炎が残されていた。


「お嬢…私は…貴方をお護りしてみせる!」

 ゼインが吠える。赤と黄が混ざるオレンジは雷も炎も使えないが、ただ一つだけどちらも持っているからこそ生まれた技術がある。

 目が真っ赤に充血し、電気が流れる体は獣人族の毛並みを逆立てる。
 熱した体を強引に電気で動かす。癒す炎も使えないゼインは体が熱で壊れないギリギリまで上げる。鍛え上げた肉体は上げきれない熱を補う。

「フゥ…フゥ…フゥ…」

 逆立つ毛並みに赤い瞳は獣人族らしく猛獣を連想させる。
 大剣を握る体は異様に張り詰め前傾姿勢になる。

 もうすぐで四足歩行になろうかという姿勢は逃げることを知らないだろう。
 普段からは想像できない、どちらかが倒れるまで戦い続けるバーサーカーへと姿を変える。

「うぉぁあああああああああああ!!!」

 雄叫び。

 ミノタウロスの方向ともラヴァの宣誓とも違った。ただ吠える猛獣がそこにいた。
 雄叫びを上げた獣は地を走り、赤い瞳は残像を残しながらサラマンダーへと突進していった。
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