降嫁した断罪王子は屈強獣辺境伯に溺愛される

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35 ガーディアスの出生

「初夜の日に、この身体を覆う毛のことを話したな。あれは別に、お前を怖がらせようとしたわけじゃない。驚いたようだったから説明をしたまでで、ただの事実だ。似たような姿で産まれてきた俺の子も、俺から獣人の特徴を引き継いでいた。だがこれが本当に獣人の血によるものだと知ったのは、それからしばらく経ってからだった」

 それは、ガーディアスが大きな手柄を立て、辺境伯の爵位を叙爵されることが決まった頃のことだった。

 ガーディアスの妻子がなくなってしばらく後、聖女だったローレントの母が亡くなり、国には大きな災厄が襲いかかった。
 国内にはかつてないほど瘴気が発生した上、魔獣の大量出現と、国は大混乱に陥った。隣国サルディアとの戦の影響もあり、肝心の騎士団は主力部隊がサルディア国境から離れることができず、残った部隊は王都を守ることで精一杯だった。

 国中止めどなく現れる魔獣に苦戦を強いられた騎士団は、各地から傭兵を募り傭兵団を組織した。その傭兵団のひとつが、ガーディアスが率いる兵団だった。

 ガーディアスは豪傑なだけではなく、統率力にも優れていた。
 統率が難しい寄せ集めの急造傭兵団を自身の軍団に吸収し、騎士団にも劣らない兵団を作り上げたのだ。
 
 彼らが通った後には塵も残らぬと言われるほどで、狩った魔獣の数は凄まじく、本来なら国が執るべき指揮を代わりに行ったガーディアスの功績は大きかった。

 ちなみにこの頃のローレントは、まだ10歳に満たない子どもだったため、表向きは喪に服すため、実際は危険が及ばぬようにと王城から出ることを禁じられていた。そのため外でなにが起こっているのか直接知る術はなく、王城に広がるただならぬ緊迫感や出入りする騎士や官吏の者らの話で、かろうじて状況を把握できていたに過ぎなかった。

 だからこのときどれほどの被害があったかどうかについて、実際に報告書を読むことができたのは王太子となってからだった。

「俺が辺境伯の爵位を貰うことが決まったことは、貴族たちの間に広まるのも早かった。獣じみた俺を嘲る者も多かったが、逆に後ろ盾のない俺を、家門に引き入れようとする者も少なからずいた。……ローレント、俺の家名がバドリウスであることは覚えているな」
「ああ、もちろん。もう僕の家名でもあるしね」

 そう、今のローレントはもう王子ではなく、サルース辺境伯バドリウス家当主の妻ローレントだ。男の身でありながら夫人と呼ばれるのには、いまだ抵抗しかないが。

「たしか叙爵の際、家名のないガーディアスのために、男爵家で使われていた家名を王が与えたんだったよな」

 ローレントの答えに、ガーディアスは「そうだ」と頷いた。

「当時、俺に接触してきた貴族のひとつが、そのバドリウス家だった」

 バドリウス男爵家について、ローレントはよく知らない。
 もしかすると幼い頃に、舞踏会やサロンで男爵家の者と会ったことがあるのかもしれないが、記憶にない。
 
 王都に邸宅がある男爵家とはいえ、なんの力もないただ小さな領地を持つだけの家門。バドリウス家とは、そんな取るに足らない小貴族だった。

「いくつかの貴族の家門が俺に声をかけてきた。俺は別に後ろ盾など欲しくもなかったし、相手にするつもりもなかった。だから、そのバドリウス男爵家から打診があったときも、俺は無視を決め込んでいた。だがある日、そのバドリウス家に係ることで、王から呼び出しがかかった」

 『バドリウス男爵家から、そなたが出生時に行方不明となった息子ではないかという、申し出があった』

「最初は俺も冗談かと思った。貴族というのは、大げさに物を言うところがあるだろう? だから、行方不明の子どもに似ているとか、そんな意味の分からん理由をつけてまで俺を引っ張り込みたいのかと、正直呆れていた」

 王の勧めで実際会ってみたものの、案の定バドリウス男爵はガーディアスとまったく似ていなかった。
 目の色も違う。背の高さや体格も、顔つきも違う。肌も白く、ガーディアスの浅黒い肌とは似ても似つかない。――ただ燃えるような赤い髪だけ、それだけが唯一の類似点の初老の男だった。

「子どもが行方不明になっているというのは本当のようで、俺が捨てられたのと同時期に届け出も出されていた。事実がどうあれ、王もこれも何かの縁だと言い、辺境伯を叙爵するにあたり貴族としての立ち振る舞いを学ぶいい機会だということで、しばらく男爵家で世話になることになった」

 男爵家は、城からだいぶ離れた場所にある小さな邸宅で、見た目は古いが、それなりに威厳のある佇まいをしていた。だが、中は思ったよりも簡素で、飾り気のない殺風景な部屋ばかり。
 
 貴族というのは、金に物を言わせたような連中ばかりだったから、この家もゴテゴテとした内装だろうと思っていたガーディアスは拍子抜けした。こんな控えめな貴族もいるのだと感心したが、ただ単に金がないだけなのだと、後になって気付いた。

 バドリウス家は男爵の一人住まいで、妻に先立たれた後、後添いを貰ったがうまくいかず別居。今は、この一人で住むには広い邸宅で数人の使用人と暮らしていた。
 
 大広間には、亡くなった夫人と思しき肖像画が掛かっていた。
 淡い金髪に白い肌、穏やかな笑みを浮かべる女性の絵からは、何ひとつピンとくるものはなかった。
 
 ――行方不明の息子と自分はまったくの別人だ。

 そう確信したガーディアスは、家名欲しさに養子となるつもりもないし、ある程度教育が済んだらとっととおさらばしようと考えていた。

「その息子というのは、どうして行方不明になったんだい?」
「最初に聞いた話では、産まれたばかりの頃、使用人に連れ去られたということだった。なぜその行為に至ったのか。その理由について男爵が言及することはなく、逆に聞きづらいことでもあったからな。俺も聞かなかった」
 
 男爵はガーディアスを歓迎し、まるで息子が成長し帰ってきたようだと喜び、手厚くもてなしてくれた。
 ただ本当に金がなかったのだろう。教育係は外部からは雇わず男爵本人が務め、マナーやダンス、貴族として必要な基礎的な読み書きや知識をガーディアスにつきっきりで教えた。

「俺は学がなかったからな。当時は文字も少ししか書けなかった。そんな俺に男爵は熱心に教育し、指導はかなり厳しかった。ただそれなりに気を使い、俺を尊重してくれているのは分かっていたから、厳しさにも納得していた。だが――」
 
 ある日を堺に、男爵の態度が急変した。
 
 それは夜会用のスーツを作るため、仕立屋を家に呼んだときのことだった。
 
 ガーディアスは夜会に出る気もないし不要だと言ったのだが、貴族となれば夜会服は必ず必要となると言われ、渋々承諾した。
 
 王都でも有名な仕立屋を呼び、デザインや色柄、生地、装飾などを男爵のアドバイスに従いながら決めていった。貴族の服など興味のなかったガーディアスは勧められるがまま選び、時間をかけることもなく、ここまではスムーズに終えることができた。

 問題は、採寸だった。
 
「身体にあった服を作るためには裸になるなんて、俺は知らなかったからな」
 
 服を着ていればただ毛深いだけに見えるガーディアスも、裸になれば異様さが際立ってしまう。
 ルルドでは周知のことで気にする者は誰ひとりいなかったが、他所の者は違う。とくに貴族はこの獣のようなこの姿を嫌うだろう。

 ただでさえ厄介なこの状況で、叙爵前に変な騒ぎになっても嫌だ。ガーディアスは自身の身体の秘密を、男爵だけではなく、使用人にも悟られないよう注意していた。
 
 にもかかわらず、ガーディアスは男爵の前で肌を晒すことになってしまったのだ。
 最初はもちろん抵抗した。だが美しく身体にフィットするスーツを仕立てるには裸での採寸が常識だと説得され、ガーディアスは仕方なく服を脱いだ。

「案の定、仕立屋は俺の身体を見て、恐怖に青ざめ手を止めた。そして男爵はといえば……」

 ここで一瞬ガーディアスは言葉を止めた。そしてほんの数秒黙り、言葉を続けた。

「――あの男は笑っていた。天を仰ぎ、狂ったように。俺が困惑するほどな」
「笑った?」

 恐怖に青ざめるのは分かる。ローレントも、初めてガーディアスの身体を見たときは驚いてしまったのだし、人のことは言えない。だが笑う、というのはなんだろう。
 
「ああ。その時は意味が分からず、俺も仕立屋もただ黙って、笑う男爵をただ見つめるしかなかった。それから男爵の態度がおかしくなった。てっきり不快感をあらわにして大騒ぎし、跡継ぎだの教育係だのという面倒事から手を引くだろうと思ったんだが……。その逆だった」

 男爵のガーディアスへの教育は、更に熱心なものになった。
 これまで以上に厳しく、要求は過大に。さらには覚えが悪いと罵られ、ときには鞭で手ひどく叩かれることもあった。

「さすがの俺も鞭は行き過ぎだと思い、次に鞭を出し叩こうとしたときに取り上げた。覚えが悪いことは事実だが、さすがに黙って鞭を受けるほどお淑やかじゃない。すると男爵は急に怒り狂い始めた。そして俺に『覚えの悪い獣に鞭で躾し何が悪い』と言ったんだ」
「――なっ!」

 ローレントは眉をひそめた。
 
 教育係が覚えの悪い生徒に鞭を出すことはよくあることだ。むしろ当たり前の光景だと言っていい。だが悪意をもってしてとなると話は別だ。
 
 当時のガーディアスはまだ貴族ではないとはいえ、仮にも王からの指示で預かっている客人だ。それにいくら腹がたったとしても、叙爵すれば男爵よりも高い地位となる男に向かって放っていい言葉ではない。

「男爵は捲し立てるように、俺に罵詈雑言を浴びせた。正直俺は混乱し、何を言われているのか理解できず、ただ呆然と言わるがまま見ているしかなかった。そして男爵は散々罵った後、吐き捨てるようにこう言った」

『実の父である私になぜ逆らう! 母を殺してまで産まれてきた獣は、所詮獣でしかないのだな!』

「……男爵は、本当に俺の実の父だった。ひどい難産で俺を産んだ母は、大量に血を流し死にかけながらも最後に俺を抱いたんだそうだ。だが毛に覆われた俺の姿を見て悲鳴を上げ、そのショックで亡くなった。父は俺を忌み、母が死んだその日のうちに川へ打ち捨てた。――そう、あのルルドの川だ」

 ガーディアスが両手で顔を覆った。
 声は平坦で感情的はなかった。だがローレントの目には、痛みで打ち震えているように見えた。

「――ガーディアス…………」

 顔を覆う手の上に、ローレントは自身の手を重ねた。ゴツゴツと骨ばった手の感触が手のひらに伝わる。そしてごわついた毛の感触も。
 
 なんと言ってあげればいいかわからない。

 じっと手を重ねたまま黙っていると、不意にその手を掴まれ、手のひらに口付けられた。
 そして手を引き寄せられたかと思うと、横向きに寝返りをうったガーディアスに、分厚い胸へと抱き込まれた。

 肉に押しつぶされ少し息苦しいが、今度もローレントは抵抗しなかった。

「当時の男爵は、事業に失敗し金銭に困っていた。俺は貴族の嫌う成り上がり者だが、叙爵すれば地位は高い。金を持っているとでも思ったんだろう。うまいこと言って養子にし、バドリウスの家名を名乗らせ、家門の勢力を高めようと目論んだ」

 だがまさか本当にあの死んだはずの赤子だとは、思いもしなかったのだろう。
 ガーディアスの身体を見て、男爵は初めて気がついたのだ。
 この男があのときの赤子だと。

「そりゃ、笑うしかないよな。まさか自分が殺した子どもが、生きて戻ってくるとは思いもしなかっただろう」

 虚言のはずが、たまたま本物を引き当てたのだ。

 
 ――かつてバドリウス家は、準貴族だった。
 だがどうしても貴族位を授爵したかった当時のバドリウス当主は、獣人の子を養子にし、その子どもが立てた武勲で男爵位を授爵した。
 やがて代を重ねるごとにその獣人の血も薄れ、卑しい獣人の子が産まれることもなくなり、人々の記憶からもバドリウス家の成り立ちは忘れ去られた。
 
 だが、ごく稀に獣人の特徴を持った子が産まれることがあった。しかしその場合は必ず難産で、母子ともに亡くなっていた。

 「もし俺がこの事実を知っていたなら、あいつに子を産ませることはなかった。俺の子でなかったら、あいつはまだ生きていただろう」

 ローレントを抱くガーディアスの腕に、ほんの少しだけ力がこもるのをローレントは感じた。

「……ガーディアス。泣きたいなら、泣けばいい。ここには僕しかいない」
「……もう過去の話だ。今はお前がいるからな」

 そう言うとガーディアスが少しだけ体を離した。ローレントが上を向くと、覆いかぶさるようにガーディアスが唇を重ねる。
 何度か強く吸われ、甘えねだるように舌で歯列をなぞってくる。ローレントは乞われるままに口を開き、ガーディアスを受け入れた。
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