失恋した神兵はノンケに恋をする

Bee

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セイドリックのモテ期1

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「コウさん、好きだ!」
 
 ここはいつもの定食屋で、いつもの夕飯の時間。そして食べ終わりカラになったいつもの安っぽい店の皿が机に並ぶ。
 その机を挟んだ向こう。目の前には、愛しいコウさん。
 
 毎日仕事終わりにせっせと通い、やっと今日、コウさんが久々に顔を出したところを捕まえることができた。
 
「……毎回会うたびに言うのはやめろ」
 
 コウさんは食後の茶をすする手を止め、俺を睨んだ。
 
(俺を睨む目つきも男前だな)
 
 俺は嫌そうにするコウさんをうっとりと眺めた。
 
 コウさんは、男の俺から見ても男前だ。そうやって嫌そうに眉間にシワを寄せた顔も様になる。普段柔和な目がちょっとこう鋭くなる感じがカッコいい。
 俺をまっすぐ見据えて睨むのが、見つめられているようでまた良い。
 
 ……勘違いされても困るので言い訳をさせて貰うが、別にコウさんに嫌な顔をさせるのが趣味、というわけではない。
 どんな表情でもコウさんは魅力的なのだ。
 
 まあでも確かにいつも人当たりの良いコウさんが、こんな顔を見せるのは俺だけ、という優越感はある。
 しかし見たいのはやっぱり笑顔だ。
 
 ——今は無理だけど。
 
「会うたびに言っておかないと、忘れられてしまいそうだからな」
 
 俺がコウさんの顔をジッと見ながらそう言うと、コウさんは俺から目を逸らし、苦笑すると、茶をすすった。
 
「それでも毎回言う必要はないだろ」
 
 少し迷惑そうにしているが、俺は照れの裏返しだと思っている。本当に嫌だったら、もっと怒ってるはずだからな。
 
 そうオレが心の中でデレデレしていると、コウさんが何か思いだしたようにあっと声をあげた。
 
「——そうそう、そうだ。セイドリックさん、恋人候補ができたって聞いたぞ。同じ部隊の人に告白されたんだって?」
 
「な、なんで、それを……!」
 
 コウさんの言葉に思わず立ち上がった。
 
 
 
 それは一昨日、いつも通り書類仕事を終え、一日の最後くらいは汗を流そうと鍛練場に行ったときのことだった。
 レイルと組手を行い、ひとしきり汗を流した後、端で休憩していると、いきなり同じ隊のアンリに声をかけられた。
 
「休憩されているところ申し訳ありません」
 
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 そんな年齢も階級も違うアンリとは、会話どころか鍛錬ですら拳を交えたことがない。
 それなのに、なんで急に話しかけられたのかと不思議だった。
 
「セイドリック殿、少しお時間いただけますか?」
 
「……え、ああ」
 
 目をパチパチしている間に鍛錬場の裏に連れていかれ、人気がなくなったところでアンリは立ち止まると、にっこりと笑った。
 そして驚愕の一言。
 
「セイドリック殿、今夜お部屋に行ってもいいですか? 今日は俺に伽をさせて下さい!」
 
「は?」
 
 とぎ、だって?
 聞き間違いか? アンリはなんと言った?
 
 俺は完全に頭は真っ白になり、完全に機能停止してしまった。
 
 彼の言うとぎ・・が、夜伽のことであるならば、俺には全くもって心当たりがないとしか言い様がない。
 
 自身の名誉に誓って言うが、今夜も何も今まで一度もそんなことをしたことがないし、声をかけられたこともない。
 
 ——例え溜まっていたとしても、仲間に処理してもらおうなど微塵も考えたことがない。
 
 それにこのアンリは確か、サハル=ディファ隊長を追いかけてなかったか?
 特定の恋人を作ってしまったサハル=ディファ隊長のことを、もう望みがないと諦めたのか?
 しかしそれならそれで、なぜ次が俺なんだ? どうして俺になど声をかける?
 
 
 そう頭の中でぐるぐると考えていると、アンリが痺れを切らし、上目遣いで詰め寄ってきた。
 
「俺では嫌ですか? それとも他に先客が? それは誰です? シリウスですか? それともショーン?」
 
 シリウスとショーン。
 
 その者ら全てアンリ同様サハル=ディファ隊長の追っかけだ。
 この者らはサハル=ディファ隊長が詰め所に泊まる度に部屋へおしかけては、名門の家門で地位も名誉もある隊長と特別な関係になりたいがために、強引に伽を迫っていた。
 
 順番争いで揉めていたのを何度も見たので知っている。
 
 特定の相手を作らないことで有名だった隊長も、最初は受け入れていたようだったが、恋人ができた今、歯牙にもかけていない。
 だからおそらく暇なのだろう。
 次の獲物を探しているのだと思うが、何故に俺なのだ。
 
 それにこいつらは、事務仕事しかしない俺を『討伐にも参加できない肝の小さい見掛け倒しの熊』だと見下してはいやしなかったか?
 
「この前の賊の討伐。セイドリック殿の戦いっぷりは見事でした! 隊長にも引けをとらないあの強く雄々しい姿に惚れました。なんで今まで討伐に参加されなかったのです? ……それにセイドリック殿も名門の家門と聞きました。特定のお相手がまだいらっしゃらないなら、是非俺にもチャンスを」
 
 そう祈るように手を組み、やや頬を染めて上目遣いで俺を見た。
 
(チャンスもなにも……)
 
 アンリは若く、兵士の中では愛らしい顔をしているとは評判だ。
 しかし兵士は兵士。その逞しく鍛えた肉体は隠せない。かわいい仕草はどうやっても似合わんだろう。
 
「お願いします!」
 
 未だどう反応して良いか分からず戸惑う俺を、彼はその幼げな顔にそぐわない剣だこのあるゴツゴツした手で、俺の手を握って微笑んだ。
 
 
 
 ——— 
 
 
 
「おっ、と……。セイドリックさん、急に立ち上がると危ないだろ」
 
 立ち上がる際に天板に手をついた反動で、ガタンと机が大きな音を立て、空になった食器がガチャンと揺れたのを、コウさんが手で押さえてくれた。
 
「……コウさん」
 
 俺は机に身を乗り出し、上から覆いかぶさるようにして、コウさんをじっと見つめた。
 
 俺の好みは華奢で可憐なタイプだ。
 
 コウさんは、キリッとした端正な男前で、美人系でも女顔でもない。
 体つきも、力仕事を請け負う人足をやっているだけあり、俺達兵士ほどではないにしろ、しっかりと筋肉のついた逞しい体をしている。
 アンリ同様俺の好みからはかけ離れている。
 
 ——なのにコウさんを見ると、胸がドキドキして、抱きしめたくなるのだ。
 
「コウさん。その者からの話は断った。安心してくれ」
 
「あ、ああ……。あ、いや、俺は別に……」
 
 真剣な俺に、コウさんも戸惑ったような顔をした。
 
 確かに俺は名門の出だが、今は家門など背負っていない。今はただの神兵のセイドリックだ。
 だから期待されても困るし、伽も必要ない。
 
 それに陰で馬鹿にしていた者の言うことなど、本気にするはずもない。
 だからそのあとすぐに断ったのだ。
 
 ——コウさんに誤解だということは分かって貰えただろうか。
 
 それにしても一体誰がコウさんに告げ口を……。
 
「あ、そうだ、セイドリックさん、レイルさんにこれ返しておいてくれ」
 
 まるで話題を変えるように、コウさんが布の袋から何か取り出した。
 
「なんだこれは」
 
「あ、いや、本だ。レイルさんから借りたんだ」
 
 なんでレイルとコウさんが本の貸し借りなんかやっているんだ。
 
「いつレイルから?」
 
 やや不機嫌になった俺に気がついたのか、コウさんが少し言い訳し始めた。
 
「入院していたときにレイルさんが何度か見舞いにきてくれたんだ。そのとき暇だろうからって貸してくれたんだが、返しそびれていてな。昨日、現場でレイルさんに会ったから、これを返す話をしたところだ。さっきの話もそのとき聞いたんだ」
 
 
 見舞いだって?
 レイルからはそんな話は一度も聞いていない。
 本が好きだというのは知っていたが、わざわざ見舞いに行って、コウさんに渡していただなんて。
 
 しかも昨日?
 そういえば昨日、レイルは現場の備品調査に行っていた。だが、そっちにも行ったとは聞いていない。今日事務室で会ったとき、コウさんに会った話などしていなかったじゃないか。
 
 
「なんでそんな怒ったような顔をするんだ」
 
「怒ってなどいない」
 
    怒ってなどいないのに、つい声が尖ってしまう。告げ口の犯人は明らかにレイルだ。クソッレイルのヤツめ。
 
 
「あー……、職場が同じだからってセイドリックさんにこんな用件頼むのは失礼だったな。やっぱり自分で返すことにするよ」
 
 ……俺の眉間のシワを見つめながら、コウさんが戸惑ったように言った。
 
「いや! 問題ない。俺がレイルに返す」
 
 コウさんが俺の手から本を取ろうとするのを押し留めた。
 
 俺が返さなきゃ、コウさんがレイルと二人っきりで会うことになってしまうじゃないか!
 それだけは阻止しなければ!
 
「そ、そうか。すまないな。なら頼む」
 
 俺の気迫に負けたのか、コウさんは手を引っ込めた。そして困ったような顔で、キョロキョロと目線を左右に動かした。
 
「……そろそろ座ってくれないか。みんなが見てるぞ」
 
「ん?」
 
 周りを見回すと、立ち上がったままの俺を近くの客だけでなく、調理場のオヤジさんまでが見ていた。
 
「……セイドリックさん、大丈夫なのかい?」
 
 オヤジさんが俺に心配そうに声をかけてくる。
 
「あ、ああオヤジさん、騒がせてすまない」
 
 恥ずかしくなって、俺は本を膝に、静かに腰を下ろした。
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