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セイドリック、記憶をなくす7
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「は? コウさん、現場で男に告白されたのか」
それはいつもの定食屋で、コウさんと夕飯を食べているときだった。
「そうだ。俺も驚いた」
あまりの衝撃に、口から入れたはずの肉のかけらがポロリとこぼれ落ちた。
「おい、口から落ちたぞ」
「いや、だって」
コウさんは女好きだと仲間内には知られていて、現場でもそれで通っていると思っていた。それでなくともコウさんは事実上、俺と付き合っていることになっているのに。
「そいつは、コウさんが俺と付き合っていることは、知っていてのことか」
女好きのコウさんを好きになったのか、それとも男とつき合っているのを知って、自分でもいけると告白してきたのか。
前者なら告白した勇気を称賛するが、後者ならかなり不愉快だ。
「お前な。記憶が戻ってもないのに、恋人ヅラするな」
コウさんがメシをかき込みながら、ジロッと俺を睨んだ。
それはそうだが……。保留のままとはいえ、関係を解消した訳ではない。
微妙な関係ではあるが、“コウさんは俺のもの”という妙な確信が俺の中にはあった。
記憶が戻ってなくてもたいして焦らずにいられるのは、仕事が順調だということもあるが、コウさんが俺を好きでいてくれるという安心感が根底にあったからだと、今更ながら気がついた。
そう、コウさんは俺のものなのに。
「おい、誰なんだ。その告白してきた相手というのは」
「お、なんだヤキモチか?」
コウさんがニヤニヤしながら聞いてくるのを、咳払いでごまかす。
「と、とにかくだ。そいつは現場で仲の良いやつなのか? まさか手を出してきたりはしないだろうな」
「なんだ、本当に心配してくれるのか? ちゃんと断ったぞ。俺があんたと付き合ってるのを知って、俺が女好きだから告白しなかったのを後悔したんだと。以前から好いてくれていたらしい。まああんたと今、こんな状態だからな。心は揺らいだが……」
「そ、そんな!!」
真っ青になって声を上げた俺に、コウさんが「ぶふっ」と吹き出した。
「嘘だウソ。冗談だ。俺があんた以外の男と付き合えるわけないだろ。もし付き合うとすれば女だ。男じゃない」
そ、それも心配なのだが!
戸惑う俺にニヤニヤしながら、コウさんは茶を飲み干した。
「さて、そろそろ屋敷に戻るか。セイドリック、ぼうっとしてないで行くぞ」
そう言って茶碗を机に置き、コウさんは立ち上がった。
その夜、俺は、当たり前のように横で寝ているコウさんのきれいな項を見ながら、眠れないでいた。
実を言えば、俺はコウさんのことをかなり好きになっている。
いや、もう友達の域を超え、これは恋慕に近い感情だ。最近はコウさんのことを考えることはあっても、スーちゃんのことを思い出すことはない。
それほどコウさんのことが心を占めている。
——だが俺はそれを言えずにいた。
それはこの間のことだ。
いつものように、俺とコウさんは俺の寝室で一緒に寝ていた。
夜中、腕にのし掛かる重みで目が覚めると、コウさんが俺の名を呼びながら、俺の手に自身のモノを擦り付け自慰をしていた、ということがあった。
一緒に寝始めてからそんなことは始めてで、俺もかなり驚いたのだが、彼自身どうも寝ぼけているようで、夢うつつの中での行為のようだった。
夢の中で発した言葉が声に出ているのだろう、『セイドリック、セイドリック』と繰り返し俺の名を呼び、起きた俺に気がつくことなく、俺の手に硬くなった自身のモノを擦り続けるコウさん。
……しかし俺はその声に応えることはできなかった。
彼が呼んでいるのは今の俺ではなく、元の俺だからだ。
俺が彼との口づけを拒んで以来、彼が口づけをせがむことはない。あのアパートでの一件以降は、性的な関係を求めてくるようなこともなかった。
コウさんは極力俺とそういう仲になることを避けているように感じていた。
……すべては俺が悪いのだが。
だから、彼が愛おしそうに呼ぶその名は、俺ではない。
俺の腕に絡みつき、気持ち良さそうに腰を振るコウさん。本当なら俺が手伝ってやれるのに、もっと気持ちよくさせてやれるのに、俺にはそれができない。
俺は動かず、彼がイクところまでをずっと眺めることしかできなかった。
熱い吐息が漏れ、ゴリゴリと擦りつける腰の動きが早まり、ブルッと震えたと思ったら布越しにじんわりと濡れた感触が広がった。
それからすぐにスースーという寝息が聞こえはじめ、彼は俺の手を汚したまま深い眠りに落ちていった。
翌朝、目が覚めたコウさんが下着を汚したことに気がつき、慌てて部屋を飛び出していったのを、寝たフリをしていた俺は知っている。
このとき俺は悟ったのだ。
どんなに今の俺がコウさんを好きになっても、元の俺には敵わないことを。
それでもコウさんは、俺のことが好きで、俺が自分を好きになることを信じてくれている。もし記憶が戻らなくても、俺がまた自分を好きになるならそれでいいと、そう思ってくれていると、都合よく思い込んでいた。
たった一年の思い出など、すぐに挽回できると高を括っていたが、果たして本当にそうだろうか?
コウさんがいつまで経っても記憶を取り戻さない俺に痺れを切らして、愛想を尽かすこともあり得るんじゃないのか?
俺はひどく不安になり、目の前のコウさんの項をじっと見つめた。
かつての俺は、このコウさんの項から背中にかけてのラインが好きで好きで堪らなかったらしい。
この背中に惚れたと言っても過言ではないくらいに。
今だって好きだ。——だが彼のここが一番好きだという、そういう思い出が今の俺にはない。それが泣きたくなるほどに辛いのだ。
——俺は早く、彼との思い出のすべてを取り戻さなくてはいけないのだ。
それはいつもの定食屋で、コウさんと夕飯を食べているときだった。
「そうだ。俺も驚いた」
あまりの衝撃に、口から入れたはずの肉のかけらがポロリとこぼれ落ちた。
「おい、口から落ちたぞ」
「いや、だって」
コウさんは女好きだと仲間内には知られていて、現場でもそれで通っていると思っていた。それでなくともコウさんは事実上、俺と付き合っていることになっているのに。
「そいつは、コウさんが俺と付き合っていることは、知っていてのことか」
女好きのコウさんを好きになったのか、それとも男とつき合っているのを知って、自分でもいけると告白してきたのか。
前者なら告白した勇気を称賛するが、後者ならかなり不愉快だ。
「お前な。記憶が戻ってもないのに、恋人ヅラするな」
コウさんがメシをかき込みながら、ジロッと俺を睨んだ。
それはそうだが……。保留のままとはいえ、関係を解消した訳ではない。
微妙な関係ではあるが、“コウさんは俺のもの”という妙な確信が俺の中にはあった。
記憶が戻ってなくてもたいして焦らずにいられるのは、仕事が順調だということもあるが、コウさんが俺を好きでいてくれるという安心感が根底にあったからだと、今更ながら気がついた。
そう、コウさんは俺のものなのに。
「おい、誰なんだ。その告白してきた相手というのは」
「お、なんだヤキモチか?」
コウさんがニヤニヤしながら聞いてくるのを、咳払いでごまかす。
「と、とにかくだ。そいつは現場で仲の良いやつなのか? まさか手を出してきたりはしないだろうな」
「なんだ、本当に心配してくれるのか? ちゃんと断ったぞ。俺があんたと付き合ってるのを知って、俺が女好きだから告白しなかったのを後悔したんだと。以前から好いてくれていたらしい。まああんたと今、こんな状態だからな。心は揺らいだが……」
「そ、そんな!!」
真っ青になって声を上げた俺に、コウさんが「ぶふっ」と吹き出した。
「嘘だウソ。冗談だ。俺があんた以外の男と付き合えるわけないだろ。もし付き合うとすれば女だ。男じゃない」
そ、それも心配なのだが!
戸惑う俺にニヤニヤしながら、コウさんは茶を飲み干した。
「さて、そろそろ屋敷に戻るか。セイドリック、ぼうっとしてないで行くぞ」
そう言って茶碗を机に置き、コウさんは立ち上がった。
その夜、俺は、当たり前のように横で寝ているコウさんのきれいな項を見ながら、眠れないでいた。
実を言えば、俺はコウさんのことをかなり好きになっている。
いや、もう友達の域を超え、これは恋慕に近い感情だ。最近はコウさんのことを考えることはあっても、スーちゃんのことを思い出すことはない。
それほどコウさんのことが心を占めている。
——だが俺はそれを言えずにいた。
それはこの間のことだ。
いつものように、俺とコウさんは俺の寝室で一緒に寝ていた。
夜中、腕にのし掛かる重みで目が覚めると、コウさんが俺の名を呼びながら、俺の手に自身のモノを擦り付け自慰をしていた、ということがあった。
一緒に寝始めてからそんなことは始めてで、俺もかなり驚いたのだが、彼自身どうも寝ぼけているようで、夢うつつの中での行為のようだった。
夢の中で発した言葉が声に出ているのだろう、『セイドリック、セイドリック』と繰り返し俺の名を呼び、起きた俺に気がつくことなく、俺の手に硬くなった自身のモノを擦り続けるコウさん。
……しかし俺はその声に応えることはできなかった。
彼が呼んでいるのは今の俺ではなく、元の俺だからだ。
俺が彼との口づけを拒んで以来、彼が口づけをせがむことはない。あのアパートでの一件以降は、性的な関係を求めてくるようなこともなかった。
コウさんは極力俺とそういう仲になることを避けているように感じていた。
……すべては俺が悪いのだが。
だから、彼が愛おしそうに呼ぶその名は、俺ではない。
俺の腕に絡みつき、気持ち良さそうに腰を振るコウさん。本当なら俺が手伝ってやれるのに、もっと気持ちよくさせてやれるのに、俺にはそれができない。
俺は動かず、彼がイクところまでをずっと眺めることしかできなかった。
熱い吐息が漏れ、ゴリゴリと擦りつける腰の動きが早まり、ブルッと震えたと思ったら布越しにじんわりと濡れた感触が広がった。
それからすぐにスースーという寝息が聞こえはじめ、彼は俺の手を汚したまま深い眠りに落ちていった。
翌朝、目が覚めたコウさんが下着を汚したことに気がつき、慌てて部屋を飛び出していったのを、寝たフリをしていた俺は知っている。
このとき俺は悟ったのだ。
どんなに今の俺がコウさんを好きになっても、元の俺には敵わないことを。
それでもコウさんは、俺のことが好きで、俺が自分を好きになることを信じてくれている。もし記憶が戻らなくても、俺がまた自分を好きになるならそれでいいと、そう思ってくれていると、都合よく思い込んでいた。
たった一年の思い出など、すぐに挽回できると高を括っていたが、果たして本当にそうだろうか?
コウさんがいつまで経っても記憶を取り戻さない俺に痺れを切らして、愛想を尽かすこともあり得るんじゃないのか?
俺はひどく不安になり、目の前のコウさんの項をじっと見つめた。
かつての俺は、このコウさんの項から背中にかけてのラインが好きで好きで堪らなかったらしい。
この背中に惚れたと言っても過言ではないくらいに。
今だって好きだ。——だが彼のここが一番好きだという、そういう思い出が今の俺にはない。それが泣きたくなるほどに辛いのだ。
——俺は早く、彼との思い出のすべてを取り戻さなくてはいけないのだ。
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