秘密の花園で会いましょう【完結】

Lynx🐈‍⬛

文字の大きさ
16 / 67

15

しおりを挟む

 週明けの月曜日。
 美香は、拓真の弁当も作り出勤する。いつ渡そうかとか、同僚達の目線の中で渡すのは、非ぬ噂も流れると思い、【秘密の花園】の広告の打ち合わせを、と拓真をミーティングルームに来てもらう様に伝えた。

「あ、あの…………お弁当も……あります……ので……」
「あ、あぁ………マジで作ってくれたんだ……」
「え?まさか冗談だったんですか!」
「い、いや………一か八かで頼んだから、期待してなかったんだ………お前はいつも弁当だったし、美味そうだなと思ってたから……」

 休みの日、美香は弁当箱を買いに出掛けた。
 家には美香用の弁当箱しか無く、拓真の体型では少なかろう、と思ったので買いに出たが、思いの外楽しい買い物だった。
 今迄、誰かの為に何かを買う等、美香は母や義父、弟にしかしてこなかった。それが異性で憧れる拓真用に、と思うと、弁当作りも楽しみになる。

「お金を受け取って頂けませんし、これからご迷惑でなければ、毎日作ってきます………た、ただどうやってお渡ししようか、と思ったらこんな形でお渡す事になるとは……」

 皮肉なもので、忌々しい店の仕事を口実に2人きりになるのを望んで渡す等、悔しくて堪らない。ウキウキドキドキした気分が台無しなのだ。

「どんな理由でさえ、食えればいい………サンキュな………昼飯の楽しみが出来た。いつもはコンビニ弁当だったしな」
「料理作れないんですか?」
「1人暮らしだから作りはするが、弁当迄はな…………で?何か案が出たか?」
「い、いえ………まだ全く……見れた所が少な過ぎてイメージが湧きません。課長の仕事の負担にならない様に私で考えますから」
「俺も関わってるんだ、俺も案を出すさ」

 週末迄、時間は少ない。他にも仕事を抱えている2人にとっては、余計な仕事になってしまった。

「あの………本当に週末………」
「行くしかないだろ………サッサとこんな仕事、終わらせるぞ」
「はい」

 そんな週明けから始まった仕事だが、拓真が手作り弁当を持って来た、という噂は月曜日の午後には広まった。

「自分で作ってきたんだよ!何で俺の飯に騒がれなきゃならない!」

 今迄も、拓真に弁当を作って来た女性社員も居たのは知っているが、拓真は受け取らなかった記憶が美香にあった。

 ---そういえば、誰からも受け取らなかった様な………何故、私のお弁当は受け取ってくれたんだろ………作って欲しい、と言われたから作って来たってのもあるけど………

「それなら、私が作って来ます!笹島課長!」
「いや、私だって!」
「お前達の弁当は要らん!作って来ても食わんからな!」

 こんな光景が暫く続くかもしれない、と美香は予感し、人に見られない様に、渡す工夫をする手間も増えた。
 しかし、それは拓真が上手い事立ち回り、出勤前であったり、拓真のデスクの中に置いておいて、と連絡が入ったりで、コッソリ渡せる時間を作ってくれていて、何とか1週間乗り切る事が出来た。

「大変だったろ、毎日5日間の弁当」
「楽しかったです。ドキドキしながら渡すの………課長、残さず食べてくれて嬉しかったですし、食べ終わったお弁当箱もいつも洗って返してくれてましたし」
「美味かった礼に過ぎん………でも、これを隠れて毎日は流石に難しいだろうな………残念だが、弁当は無理しなくて良いぞ」
「私は好きで作ってるんですが………」
「うん………だから、無理だったら持って来なくても良い日も作れ、と言っている。朝、寝坊した時とかは無理だろ?」
「…………はい……」

 拓真なりの気遣いだろう。美香は全く苦でも無いが、息抜きもしろ、という事だろう。
 金曜日の仕事を終わらせ、という名目で店に向かっている美香と拓真。仕事なので、2人で会社を出るのを見られても、誰も咎める事は無いだろう。
 美香が作った弁当の空の箱は拓真がまだ持っている。まだという事になっているからだ。カラカラと箸ケースの中の箸が揺れる音が小さく聞こえ、今日も全部食べた、と美香に知らせた。

「結婚願望は無かった俺だが、飯作ってくれる女はやっぱり癒されるな」
「…………え?」
「まぁ、勘違いさせちまうから、理由が無きゃ食わないけどな」

 美香に作る理由はあるから拓真は食べてくれるのだ、と美香を納得させる。

 ---勘違いしちゃ駄目だよね……課長へのお礼なのよ、このお弁当は……今日もお金が必要だったら、先週の分迄私が今夜払わなきゃ………絶対に課長より先に………

 奢られなれていない美香は甘える方法が分からない。意気込んで、拓真に見えない様に小さなガッツポーズを作ったのだった。
 店に着くと、何となく深い深呼吸が同時に行った。

「…………」
「…………」

 余りにもタイミングが会い過ぎて、お互い見つめ合ってしまう。

「フッ…………行くか」
「は、はい………」

 ちょっとした、息の合った瞬間は、照れながら笑顔を見せ合ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

突然婚〜凄腕ドクターに献上されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
突然婚〜凄腕ドクターに献上されちゃいました

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

逃げても絶対に連れ戻すから

鳴宮鶉子
恋愛
逃げても絶対に連れ戻すから

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

社畜、やり手CEOから溺愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
社畜、やり手CEOから溺愛されちゃいました

イケメンイクメン溺愛旦那様❤︎

鳴宮鶉子
恋愛
イケメンイクメン溺愛旦那様。毎日、家事に育児を率先してやってくれて、夜はわたしをいっぱい愛してくれる最高な旦那様❤︎

処理中です...