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しおりを挟む美香が、約2週間振りに出勤した。
「皆さんには大変ご迷惑お掛けしました。此方、皆さんで食べて下さいね。静養の為に温泉に行ってきたので」
温泉の土産を持参し、広告部の社員に配った美香だが、美香に対して余所余所しい態度の社員も居て、良い印象を持ってはくれていない人が居るのだと気が付いた。
急に無断欠勤し、事件に巻き込まれてしまった事で、迷惑掛けた者もいるだろう。だが、その事件が婦女暴行と監禁というのもあり、腫れ物に触る様な目を感じた。
「纐纈さん、大変だったんだって?ストーカー?」
「強盗じゃなかったっけ?」
「婦女暴行事件だろ?気の毒だよな」
事件内容迄、詳しく知らされてはいないから仕方ないのだろう。だが、美香がレイプされた事は知れ渡っていた。
だからか、男は色眼鏡や腫れ物を触る様な目で美香を見て、女は同情や嫌悪感を美香に向けていた。
美香は拓真からどの様な噂があるのかは、聞いてはいない。聞けば答えてくれるだろうが、聞いても対処等、思いつかないだろう。
「人は見掛けによらないのね」
「真面目な人だと思ってたけど、思わせ振りな事したから、レイプされたんじゃない?隙だらけだった、とか」
「案外、好き物なんじゃない?」
被害者である美香が何故悪く言われなければならないのか。
「美香~」
「あ、天音?もう退院してたの?」
出勤しても何だか居心地悪くて、仕事に没頭するしかなかった美香に、天音が会いに来てくれた。
「いつまでも休んでばかりじゃいられないし…………珈琲でも飲まない?奢る」
「うん、ありがとう」
休憩所に天音と行き、空席へと座ると、天音は美香の珈琲と自分の珈琲を買って持って来てくれた。
「何て言葉掛けて良いのか、正解は私分からないんだけどさ………美香をよく知らない人達が面白半分なんだ、と思ってんだけど………逮捕されたのがあの………ブラコン兄貴、て言うからさ…………き、兄妹……なのに……」
「…………血の繋がりは無いのよ、私とお兄ちゃん」
天音には、血縁関係迄は話してはいなかった美香。
「あ…………そ、そっか……ちょっとホッとした………本当の兄妹だとしたら、気持ち悪過ぎるし………」
「血縁者、て思うよね………お兄ちゃん、て言ってたんだし、会わせた事も無いから、似てる似てない、て話にもなりもしないしね」
「本当の兄妹で、て思ってる人多い…………かも……」
そう天音が言うと、持っていた雑誌、美香と天音が勤める会社の週刊誌だ。
「な、何………まさか………私の事を記事に?」
「…………う、うん……Kコーポレーションの御曹司が起こした事件、て事から………美香のブラコン兄貴が此処の御曹司で、美香が妹、てのは知らない人も多いけど、ほら………名字も………勘繰る人も居たみたいで」
美香は、自分がお嬢様扱いをされたくなくて、会社経営者の娘だとは言い触らしてはいないが、同じ部署内で親しい人には話した事もある。
「…………だから、課長は私に話さなかったんだ、て納得した……」
「課長は何も言わなかったんだ……」
「噂がある、てだけで………私が傷付くんだろうな、て思ってくれたんだと思う………」
「…………ん?」
美香の言葉で、察する顔をした天音は首を傾げた。
「何か……………進展でもあったのかなぁ?」
「っ!…………つ、付き合い………始めた……ごめん、黙ってて………天音と会ってなかったから、てのは言い訳なんだけど……」
「おぉ!良かったねぇ!…………あ、でもソレ今バレると………事件の事もあるから、黙ってた方が良いかもね」
「そうだね、私も自分から言い触らすのは………」
天音の【秘密の花園】の件が発端で、美香は拓真と付き合えたが、それが元で、美香は事件に遭わされた。それだからか美香は複雑な心境でいる。
「大変だったけど、悪い事ばかりじゃなかったね」
「うん………いっぱい、助けてくれたの」
記事を鵜呑みにした人達も居る筈で、記事の内容は粗方合っている。出版社というだけはあり、記者は調べるプロだ。美香の事も調べて、噂の大半は記者達が漏らしていると思えてならない。
警察も美香を調べに身近な社員に、確認を取ったのだろう。そんなこんなで、非ぬ噂が絶えなくなった、という事の様だ。
記事は美香の素性は伏せられてはいるし、克也の名や素性は記載され、加害者が被害者を自宅に連れ込み性的暴行と監禁した、と書いてあった。
タイミング的に、美香が入院し休んだので、それが美香だと知る人は知る。現に、天音は知っていた。
記事には、兄妹で住む家に押し入られ、妹が性的暴行され、たまたま父親が様子を見に来ていた所に助けられた、とある。
記事通りを信じるならば、何故兄の克也が加害者になるのか。克也の手引で他者から性的暴行をさせたのか、美香は兄克也からは性的暴行を受けておらず、克也と口論になってから、暴力を克也から奮われ怪我をしたか。
兄妹という書き方でも、血の繋がりはないし、克也も加担し、性的暴行をした、と近親相姦とも違うのだが、読む人に勘違いされる書き方だった。それに美香は天音に克也の話を余りしたくなくて、義兄だとも話していなかった。せめて、義理の兄妹とか家族構成迄書いてあったなら、と悔やまれる。
そう、美香は近親相姦をしている、不埒な女だと言われている様なものだ。
「それにしても、私の気持ちを考えてくれない書き方だわ………」
「美香は被害者でしょ!悪いのは全部ブラコン兄貴じゃない!」
「…………天音………これじゃ、近親相姦じゃないの………」
「記事を書いたのは先輩だけど、血縁者だと思ってると思う………私もだったから、止られなかった………訂正、頼んどくよ………誹謗的な目が消えるか分かんないけど」
記事を出すなら、当人の美香に確認してほしかった。
謝られても、出版したならもう手遅れ。
警察では性的被害者のプライバシーを守る為に、全て公表する事はない。だが記者は違う。故意が無く書いてなくとも、読む人の思想で変わって行くのだ。全て鵜呑みにする人、信じない人、半々な人。
美香に軽蔑的な目を向けた社員は鵜呑みにしたのだろう。
「…………訂正を頼んで……天音、お願い」
「うん」
---今日、ずっと軽蔑的な目を向けられた意味が分かった……知ってて拓真さんは言わなかったんだ………
本当の兄妹と思われていれば、興味半分で性的な目を向けられるのはしようがないかもしれない。
仕事の間、天音と話さなかったら分からなかっただろう。
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