養子王女の苦悩と蜜月への道標【完結】

Lynx🐈‍⬛

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 国境の街の宿に着いたレティシャが目を覚ました時は馬車ではなくベッドだった。

「起きたか、レティシャ」
「………」

 ベッド脇に椅子を置き、座っていたリーヒルは、書類を広げ仕事をしていた様だった。

「女性の侍従は連れて来てはいないから、身支度はお前が自分でしなければならないんだが動けるか?湯は風呂場に張ってある」

 リーヒルが紙とペンをレティシャに渡す。

「………?」
「言葉を交わすのに、必要かと思って………っ!」

 紙とペンを渡されて言葉を交わすより、レティシャはリーヒルの手を取る。

『義兄様は、コレでは嫌なのですか?』
「い、嫌な訳ないだろ……長文での会話だと、紙に書いた方が良いと思ったから……」
「………」

 レティシャはなるほど、と納得した顔になり、クスクスと笑い、再びリーヒルの手に言葉を書く。

『義兄様、照れていらっしゃる………可愛いです』
「と、年上を揶揄うんじゃない!風呂に連れてってやる………お前、痩せ過ぎだ!あんな劣悪な場所でまともに食事も取れて無かっただろう。歩けるのか心配だ」
「…………」

 レティシャはまだ服を着ておらず、リーヒルにシーツ毎再び抱き上げられた。

「こんなに軽くて……もう少し体力と体重増やせ……お前が風呂に入っている間、食事を用意させる。あと服も用意させているから、着る物はもう少し待ってろ」
「………」

 ジェスチャーで意思の疎通が出来る事はジェスチャーで返事をするレティシャ。二年の間、言葉等不要で、喘ぐ事ぐらいしか出来ず、それでも無い方が良いと迄思っていたのに、リーヒルと交わす言葉が出ないのが、レティシャは悔しくて堪らなかった。

「風呂から出たくなったら、手を叩け。直ぐに駆け付ける」
「………」

 リーヒルはレティシャの身体をなるべく見ないように、してくれてはいるものの、顔は赤い。それもその筈で、レティシャの三歳年上のリーヒルは、レティシャが成人する迄待っていたからだ。年頃のリーヒルはまだ女を知らない。

 ―――義兄様に教えて頂きたかった……もう、無理なんだけど……

 そそくさと風呂場から出て行く後ろ姿は、可愛らしさも見えたレティシャだが、それと同時に悲しかった。
 二年振りに、湯に浸かれた身体に疲れきった汚れた泥を浄め取れた気もしないでもなかったが、そんな物はただの気休め程度なのだと分かっていた。幾ら洗い流そうとも、土台無理な話だからだ。

「…………ゔっ……うぅぅ……」

 泣き叫びたくても出来ないが、リーヒルに泣き叫ぶ声が届かなくて幸いだと思う事にして、縄の痕を憎らしい目付きで擦った。いずれ、縄の痕は消えるのだろうが妬ましくて仕方なく、擦り傷が出来る迄擦り付けた。

 コンコン。

『レティシャ、長いが大丈夫か?』

 時間を忘れ、擦り付け過ぎて手首から血が滲む。湯に混ざる血にはもう既に冷めていた。

「っ!」

 今更、手を叩きレティシャはリーヒルに所在を明らかにすると、遠慮がちにリーヒルは顔だけ扉から出す。

「レティシャ、入るぞ……湯に入り過ぎじゃないのか?服も用意出来たし、食事も取らないと………レティシャ……自分で自分を傷付けるんじゃない!手当てするから運ぶぞ!」
「…………」
「レティシャ、私は怒ってない……心配しているんだ」

 ポロポロと泣くレティシャに、リーヒル自身怒った様に見えたのかもしれない、と思ったのか、リーヒルは宥めた。

「ううっ……」
「っ!」

 レティシャはそう思わなかったが、リーヒルに誤解を招いた事に対して、違うと思って欲しくて、リーヒルの首にしがみつく。

「あ………当たる……から……押し付けるな……」
「………」

 リーヒルに横抱きされ、隠す物もなく腕で胸を隠していたレティシャではあったが、しがみついたからか胸を押し付けた結果となってしまった。咄嗟に胸を隠すレティシャだが、リーヒルには酷でしかない。レティシャの腰に固い物が当たっていたからだ。

「………と、とりあえず服を着てくれ……採寸は……合わないかもしれないが、裸よりはマシだろう?着やすい街娘風のを用意させてるから………それから手当てだ」
「………」

 頷くレティシャに、リーヒルも安心したのか微笑んでいる。

「部屋から出てる」
「………」
 
 服を着る間は見ない様にしてくれるのか、リーヒルは部屋を出て行った。
 暫くして、リーヒルはヴァンサンと共に戻って来ると、腕を取られた。

「手当てをしよう、レティシャ」
「レティシャ殿下、顔色は宜しくて安心致しました」

 レティシャも見覚えのある、リーヒルの副官のヴァンサン。医者ではなく幼馴染でもあるヴァンサンが来るのも、医者が直ぐに手配出来なかったのか、顔馴染みの方が良いと思っての事なのかはレティシャには分からない。

「っ!」
「薬が染みましたか!申し訳ありません、殿下」
「全くだ、大切に扱え」
「リーヒル殿下は、レティシャ殿下の事になると、下々の者には冷たすぎます」
「レティシャは私の宝だからな」
「変わりませんね、リーヒル殿下………終わりましたよ、レティシャ殿下。ご自愛下さいね」
「…………」
「レティシャ殿下?」
「ヴァンサンに言ってなかったが、レティシャは喋れない………喉に手術痕がある」
「え!」
「城に戻ってから医者に診せるが、どうなるか」
「…………許せませんね」

 ヴァンサンも怒りを現し、レティシャの喉元を覗いて、深い悲しみを見せた。
 
『ヴァンサン、助け出してくれて感謝します。ありがとう』
「………勿体無いお言葉です。殿下の苦悩に比べたら感謝の言葉等無くとも、私は当然の事をしたとしか思えません。何度だって殿下をお助け致します」

 リーヒルに忠誠を誓うこのヴァンサンは、レティシャも大事に思ってくれていた。
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