二毛猫タケのご機嫌な一日

ria

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1.江戸の朝

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――おっ? 何だか今朝はずいぶん体が軽いぞ――

と、タケは思った。
昨日の夜、土蔵どぞうの隅に転がっていたネズミを食べてから、どうも具合が悪かったのだが、それが嘘のようだ。

寝床にしている古座布団の上で大きく一つ伸びをして、箪笥たんすの上に飛び乗ってみる。
まるで、血気盛んな若い雄だった頃のように、優美でしなやかな身のこなしだった。
白地に茶色のぶちが散る毛皮さえ、昔の色つやを取り戻した気がする。

飾ってある日本人形の隣で、タケはひとしきり毛繕けづくろいをした。
それから前足を揃えて座ると、部屋を見下ろした。
タケの飼い主である千代は、まだ布団の中でぐっすり眠っている。

江戸に店を構えて木綿を商うこの東屋は、大店おおだなとまではいかぬまでも、そこそこの規模の中堅どころだ。
一人娘の千代は、今年数えで十七になる。
子猫の時に拾われて以来、タケはずっと、千代の部屋で彼女と一緒に寝起きしていた。

――千代ちゃん、起きておくれよ。おいら、ちょいと外を見回りに行きてぇんだ――

ニャア、の一声にその思いを込めて呼んでみたが、千代は目を覚ます気配がない。

障子と雨戸の向こうでは、すでに初夏の日射しが降り注いでいるらしく、賑やかなスズメたちの声がする。
ウキウキした気分に誘われて、思わずタケはそちらの方へと首を伸ばした。

すると突然、タケの目に映る景色が、部屋の中から外の廊下へと、まるでとばりをめくりあげたように切り替わった。気がつくとタケは廊下に座って、目の前の雨戸を眺めていたのだ。

――あれれ? いつの間にここに来ちまったんだろう――

振り返ると、障子は閉まったままだ。
一体何が起きたのかと、タケは首をひねった。

江戸の町の朝は早い。
通りにはすでに、天秤棒を担いで豆腐やしじみを売り歩く、振り売りの声が飛び交い始めていた。

「ほい、活きのいいアナゴ、今が旬だよ」

この屋敷に馴染なじみの魚屋の声も、母屋のお勝手の方から微かに聞こえてくる。
タケはよくおこぼれをもらっているので、つい涎を垂らしそうになりながら、ああ、今すぐ外へ出たい、と思った。

すると、どうだろう。タケの体がすうっと雨戸を通り抜けたではないか。

――うわぁ! 何だ何だ? おいら、どうしちまったんだぃ……――

中庭に降り立ったタケはびっくりして、タワシのような短いシッポをまんまるに膨らませた。
見ると、雨戸はやっぱり閉まっている。

――妙なことになっちまったなぁ。でもまあ、自由に通り抜けできるってぇのは、便利じゃねぇか?――
と、タケが思ったとき。

「あっ! ネコタマ様だ!」
「ホントだ、ネコタマ様!」
「こんなところに! 大変だ大変だ!」

濃桃色こももいろの花をつけたツツジの陰から、三匹の猫が飛び出して来た。
黒猫と茶トラと、灰縞の体に白い腹掛はらかけと白足袋たびを着けたような、サバトラの猫だ。
どの猫も、まだ子猫と言っていいぐらいに若い。

「誰だぃおめぇたちは。この辺じゃ見かけねぇ顔だな。それに『ネコタマ』ってぇのはいったい、何のことだぃ?」

 三匹の猫はタケの前にきちんと座り直した。

「『ネコタマ様』は猫の神様、正しくは『ネコタマ大明神様』とおっしゃいます」と黒猫。

「もちろん、あなた様のことです」と茶トラ。

「あなた様は本日、めでたくも『ネコタマ大明神様』におなりあせあせ……あれ?」サバトラが舌を噛み、首をかしげる。

「……おなりあそばしたのです」と、黒猫が後を引き取った。
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