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第四章 邪神教団

邪神教団 第七節

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ぼんやりと声が聞こえる。
「巫女様、本当にありがとうございます ――」
「いえ、みんなが無事で何よりよ――」
体に流れるほんのりとした温かみが、肉体の痛みを和らげる。

なんとか重たい瞼を上げると、テントの天井と、傍で自分に魔法をかけているエリネ、その肩で自分を見下ろすルル、そしてカイとレクスの姿が見えた。
「キュッ!」
「ウィルさんっ、目が覚めたの?」
「兄貴、大丈夫かっ?いきなり倒れるんだから心配したよまったく」

ウィルフレッドはゆっくりと身を起こす。
「エリー…カイ…、それにレクス…ここは…」
「採掘場で建てた臨時テントだよ。今日はもう他のところに移動する時間もないし、人々の安置作業もあるから、ここでそのままキャンプすることにしたんだ」
「レクス…」

ウィルフレッドはいまだ自分に魔法をかけているエリネに気付く。
「エリー、もう大丈夫だ。ありがとう」
「本当に?さっきのウィルさんとても苦しそうに見えたんだけど…」
「ああ…さっきはちょっと力を込めすぎただけだから。今はもう問題ない」
「ならいいですけど…」

エリネが魔法をやめると、ラナがテントの中に入った。
「ラナ様。人々への挨拶はもう終わったのかい?」
「ええ、マティ殿とアランが残りの安置作業をしている。ここから一番近いルーネウス王国の領地にある騎士団と連絡をとって、彼らに任せることになるわ」

「ラナ…」
「目が覚めたのねウィルくん。体の方はもう大丈夫?」
「ああ、エリーのお陰で十分楽になったよ」
ウィルフレッドは感謝するようにエリネを見て、それを感じたエリネもまた微笑み返した。

「それは良かったわ。じゃあさっそくで申し訳ないけど、ちょっとお話、付き合ってもらえるのかしら?」
「うん、今日はあまりにも多くの出来事があったからね。一度落ち着いてお話はしたいよ。邪神教団にラナ様の正体、そして――」
レクスとともに全員がウィルフレッドの方を向いた。

「兄貴…」
「ウィルさん…」
心配そうに自分を見つめるカイとエリネに、ウィルフレッドは申し訳なさを感じた。

「ねぇウィルくん、君が正体を隠す理由…なんとなく察しは付くけど、よろしければ教えてくれないかい?こうい言うのも図々しいかもしれないけど、僕達、結構信頼できる仲だし、ちゃんと受け止めてあげるからさ」
「レクス殿の言うとおりよ。それなりの事情はあると思うし、最低限のことだけで構わないわ。…教えてくれる?貴方の正体を」

ウィルフレッドは少々戸惑う。
「…なあ兄貴、どうしても言いたくないのなら――」
「いや、いい、いいんだ。すまないカイ。心配させてしまって」
「ウィルさん…」
カイとエリネに微笑むと、ウィルフレッドは小さく息を吐いては彼らに向きなおした。

「今まで黙っててすまない。なにぶん自分も未だに状況が掴めず、流れでみんなについて来たんだから、どうするべきかずっと迷ってたんだ」
ツバメの首飾りを何気に触れる彼の語らいを一行は静かに耳を傾けた。
「君たちの思う通り、俺は記憶喪失なんかじゃない…俺は地球という、この世界とは全く異なるところから来た、いわば異世界の人間なんだ」

「地球…」
「異世界…」
レクスとラナ達が驚愕する。

「この世界に来る前に、俺はある人物と戦っていた。その最中に予想外の事故が起きて、目が覚めると俺はこの世界にいたんだ」
「じゃあ、あの日ウィルさんが空から降ってきたのは…」
ウィルフレッドがエリネに頷く。
「その戦い直後で、この世界に転移した瞬間だったんだろうな」

「その地球って世界の人達って、みんな兄貴みたいに魔人の姿になれるのか?」
「いや、俺が特別なだけなんだ」
ウィルフレッドは上着を脱いだ。
「っ、兄貴、それって…」
青色の結晶体が彼の胸で淡く脈動して輝いていた。

「これはアスティル・クリスタルという特殊なエネルギー結晶体で、これの力によって俺はアルマ形態…君たちの言う魔人の姿になることができる」
ラナ達全員が思わず唾を飲んだ。例え自分達の世界で似た形の 魔晶石メタリカに見慣れても、それが異質なものであることを本能で察するぐらい、そのクリスタルの輝きは冷たく、深く、かつ穏やかだった。

「俺は自分の世界地球では、『組織』という結社のエージェントをやっていて、これはそこに所属した時に植え付けられたものだ」
「えーじぇ…?なんだそれ」
カイが首を傾げる。

「平たく言えば…そうだな、ここで例えると貴族からの指示に従って任務をこなす直属騎士みたいなものだ。戦闘や潜入も含めた軍事関係のエキスパートとも言える」
興味深そうに頷くレクス。
「へぇ、そんなのがあるんだね。道理でウィルくんめっちゃ戦い慣れてたと思ったよ。いや、魔人の力を見ると戦い慣れたって言葉だけじゃ済まさないけど」

「その…、ちょっと、触ってもいいですか?」
「ああ、構わない」
エリネがそっと結晶体に触れた。少々ひんやりとした硬い感触。不思議なことに、無機質な結晶なはずなのにまるで心臓のような脈動が、指先から強く彼女の手に伝わってくる。さながらクリスタル自体が生きているようだ。

「不思議…。結晶なのに、まるで生きてるようで…。これを使って、ウィルさんは魔人になることができるのですか?」
「ああ。俺の体はアニマ・ナノマシンという物質で構成されていて、このクリスタルから流れるエネルギーがナノマシンを活性化――」

レクス達の頭の上にハテナマークが一杯浮かび始めたのに気づくウィルフレッド。
「ええと、その…、ようは俺の体は、戦闘能力を飛躍的に向上させるために、この世界で言う 魔獣モンスターみたいになるように改造されているんだ」

「 魔獣モンスターみたいになるように改造…?じゃあウィルくんって…」
ラナに彼は頷く。
「俺は厳密的に言うと人間じゃない。戦闘特化のために肉体改造を施された、改造人間だ」

テント内に静寂が支配した。
「そんなこと、できるのですか…人を 魔獣モンスターのように改造って…」
「まあ、ウィルくんのあの姿を見れば信じざるを得ないけどね…、異世界からきた人ということも含めて。でしょラナ様」
「ええ。私たちじゃまず思いつかない冒涜的で恐ろしい発想ね。女神様から賜った命を弄ぶだなんて」

「知っててもできるかよ普通…、邪神教団みたいなやつらでなければこんな、人を魔獣に、怪物みたいに――」
「お兄ちゃん!」
「あっ、す、すまねぇ兄貴、別にそういう意味では―」
「いいんだ、事実なのだから」
ウィルフレッドは服を着なおした。

「さっきも言ったように、俺は戦闘特化の改造人間、思考できる兵器ともいえる存在だ。アニマ・ナノマシンが半生体的物質とはいえ、俺の人間との類似性は10%も満たないし、地球基準から見ても異質な存在だから、怪物に見られても仕方のないことだ」
「そんな、ウィルさんはどうして、体を改造とかして…」
「半ば成り行きなんだ。言えば長くなるが…」

ウィルフレッドが難色を示してるのを察し、レクスが割り込んだ。
「とにかく、それが今まで君が自分の正体を隠した理由だね。さっき戦いが終わった後に立去ろうとしたのも、その姿を見せられて僕たちが君を恐れると思ったから?」
「…ああ」

ラナが長い溜息をした。
「はぁ~…メルベもレクス殿も貴方も、どうして男の人はこう何もかも短慮で思い込んで決めつけようとするの?」
「え…」
ウィルフレッドが怪訝そうにラナを見た。

「ちょっとラナ様ぁ、僕は何も関係なイタっ!」
ゴツンとラナの拳がレクスの頭を叩く。

「人間ではない自分の姿を見せることが怖い。そのこと自体は理解できなくはないわ。実際私もそのことに驚いたのは事実よ。けどそんな貴方を受け入れるかどうかは私達が決めること。私とレクス殿はともかく、貴方を信頼しているカイくんとエリーちゃんに対してはちゃんと顔を向き合って、そんな貴方への考えを聞いてあげるべきではなくて?」
「そ、それは―」

「それだけじゃないわ。あのまま貴方が離れたら、この二人を見守るという例のシスターとの約束を破ることになるのよ。そのことちゃんと考えたことあったの?」
ウィルフレッドはハッとカイ達を見た。

「そうだよ兄貴っ、いくらなんでもそれはないよっ。最初はいきなり過ぎてつい腰抜けてしまったけど、さっきのも別にわざと言った訳じゃないんだ。俺は別に兄貴なんかこれっぽっちも怖いと思ってねえよ!」
「カイ…」
「お兄ちゃんの言う通りよっ、私だって!」
エリネがウィルフレッドの手を握る。

「ウィルさん覚えてます?岩の下敷きになってたあの子のこと。彼は都合で別の場所に移されただけの両親と無事再会できたのですよ。もしあの時ウィルさんが助けてあげなかったら、あの子は決して親と再会することはできなかった。あの子、とても嬉しそうにウィルさんのことを感謝してたのっ」
「エリー…」

「あの子だけじゃない、クラトネでタウラーから子供を助けたのも、私たちの村を救ってくれたのも、他の誰でもないウィルさんなの。そんな優しいウィルさんを、私達が怖がる理由なんてどこにもないものっ!」

ウィルフレッドは困惑して二人を、ほらねと言う顔をしているラナと、頭を掻いて微笑みながら肩をすくめるレクスを見た。

「君達は本当に…そう、思ってるのか?そんなすんなりに、俺を受け入れて…」
「まあラナ様の言ったとおり、ショックだったのは本当だけどね」
頭を掻きながら軽い調子で答えるレクス。
「でも前も言ってたでしょ、エリーちゃんやカイくんが懐いてるんだから、君は信頼しても良い人だってね」

ウィンクするレクスに、ウィルフレッドの方こそ眩暈が感じるぐらいのショックを受けていた。こんなすぐに受け入れるの、自分の世界地球ではまず考えられない。ありえないと言って良い程のだ。魔法よりも、不思議な生き物よりも、彼らが示している善性が、自分にとって一番、両世界の違いだと感じた。

それが単に彼らだけが特別なのかは分からない。けどそれは、とても心地良い異質さだった。自分の手を握るエリネの手が、目頭が熱くなるほど優しく、温かく感じられた。

「勿論、この世界の人達全てが貴方を受け入れられる訳ではないかも知れないわ。人を改造すること自体ここでは聞かないもの。けど少なくともここにいる私達はちゃんとその事実を受け止めるし、受け入れる努力もすることは保証するわ」
「ラナ様の言う通りだよウィルくん。それに一人で離れたって、文化も何もかもが馴染みのないこの世界で、寧ろ逆にトラブル起こしやすいと思わない?」
返す言葉もなく呆然と彼らを見つめるウィルフレッド。

「そもそも、貴方は今どうしたいの?事故でこの世界に転移したと言うけど、やはり元の世界に戻る方法を探している?」
ラナの問いに、彼は再びずっと避けていた問題に直面する。だが今や答えなど、すでに心の中にあった。ウィルフレッドはカイとエリネを見た。

「…ここに来て、俺はシスターイリスとエリネ達、そしてブラン村の人々にとても良くしてくれた。大げさかも知れないが、俺は一生にも等しい恩を彼らに受けたんだから、元からそのご恩を返すつもりだ。それに…邪神教団、奴らがしていることは、最終的にこの世界全ての人たちにも及ぶのだな?」
ラナが頷く。

「なら、エリーやカイ達のためにも、彼らを倒すまで君たちと共に旅をしていきたい。その後のことは、それから考えることにする。勿論、君達がそれを許してくれるの話だが…」
「許すも何も、貴方は元から私達の仲間よ。今更遠慮しなくてもいいわ。これからもよろしくねウィルくん」
微笑むラナが手を差し出すと、ウィルフレッドは少々照れながら握手した。この前の挨拶とは意味が違う、真に友好を交わす握手だ。

「そうこなくっちゃ!これからもよろしくな兄貴!」
「嬉しいですウィルさんっ。どうかよろしくねっ」
「僕も改めてよろしく頼むよ、異世界の戦士ウィルくん」

真の姿を明かしてもなお受け入れてくれた彼らの笑顔に囲まれては、かつてチームと、 家族ファミリーとともに過ごしたあの感覚がウィルフレッドの心に温かさとして蘇り、彼の目が潤む。もう二度と味わえないと思った感覚だった。

「…ラナ、俺からもう一つ礼を言わせてくれ」
「私に?」
「いかなことあっても、価値あると信じる何かをやり遂げるその人の選択…。坑道で閉じ込められた時、君のこの言葉のお陰で俺は大事なことを思い出しすことができて、吹っ切れることができたんだ。ありがとう。さっきのことと良い、君は本当にすごい女性だな」

ラナが優しく微笑んだ。
「お役に立てて光栄よ。そう思ってるのなら、これからカイくん達以外に私たちのことももっと信頼して頼ってくれると嬉しいわ」
「ああ。」
ウィルフレッドも少々照れ臭い笑顔を返すと、カイ達もまた釣られて微笑んだ。

「…その、さっそく俺から一つ質問していいか?」
「ええ、構わないわ」
「太陽の巫女とはどういうものなんだ?それを聞いた時のみんなの反応、普通ではなかったが…」

「そうそう、僕もそろそろその話をしても良いと思ったよ。ラナ様がまさかあの伝承にあった女神の巫女だったなんて」
部屋の全員は今度はラナの方に目線を集中する。
「そうね。邪神教団が動き出してる以上、このことについてもちゃんと説明しないと」

ラナは襟を緩めて左首筋の肌を彼らにさらけ出すと、そこには太陽の形をした痣があった。ウィルフレッド達が軽く声をあげる。
「これは…昼で見たあの紋章と同じだ…太陽を象っているのか?」
「ええ、伝承では聖痕と呼ばれてね。三女神の魂の力を受け継いだ女神の巫女の証なの。これは太陽の聖痕だから、私は太陽の女神エテルネ様の魂の力を受け継いだ太陽の巫女になるわね」
ラナが服を整いなおす。

「伝承…?」
「あ、それについては私が説明します」
エリネが続いた。
「ウィルさん覚えてます?クラトネのガバンさんのところで、私たちは邪神戦争の結末について話してましたよね」
「ああ、確か最後は邪神の封印に成功し、三女神はこの世界を去って、勇者達がそれぞれ国を建てたという話、だったな。…そういえば、もう一つ伝承があるとも言ってたな」

「うん、その伝承とはね、女神の巫女達に関するものなの。…三女神がこの世界から消え去る前に、星の女神スティーナ様は星辰から、将来邪神ゾルドが再び復活のために動き出すことを予見したの。ゾルドの脅威に晒される人々を案じて、三女神様はこう言い伝えた。『この世界で再び邪神とその眷属が動き出した時、証たる聖痕を持つ、我ら女神達の魂の力を受け継いた三人の巫女と、彼女らが選び出した勇者が三神器とともに再び邪神に立ち向かうのでしょう』、と」

レクスが補足する。
「この伝承は邪神戦争と同じように長らく人々の間に言い伝えられていたもので、教会の聖典にも記されてるほど重要な伝承なんだ。だから千年の間で巫女は一度も現れなかったけど、巫女の意味の重大さは誰でも分かるものだよ。なにせ創世の女神様の力の代行者とも言える存在だからね」

「そうか…たがらあの時、人々の反応があんなに凄かったのだな。邪神教団に奴隷として苦しめられたところを、伝承のとおり女神の巫女が彼らを解放しにきたのだから」
「そりゃそうだよ兄貴。俺だって、まさかラナ様が伝承にある巫女様とは夢にも思わなかった…」

何か思い出したカイが申し訳なさそうに頭をかく。
「その、ごめん、ラナ様、知らずに胡散臭いとか失礼なこと言ってしまって。女神の巫女様が国の侵略を主導する訳ないよな…」

ラナは意も介さずに軽く微笑んだ。
「別にかしこまらなくても良いわよ、カイくんらしくないわ。それに貴方のそういう率直に思ったことを言うところは結構気に入ってるのよ」
「そ、そうなのか?」

巫女に褒められてはカイが少々照れるとエリネが突っ込む。
「ラナ様、あまり甘やかしてはだめですよ。お兄ちゃんすぐ調子に乗っちゃうタイプですから」
「そんなことねぇよっ」
「あるのっ」
二人のやりとりでウィルフレッド達が笑い出す。

「ラナ様が巫女ということは、もう二人の巫女様も存在するってことなのかい?」
レクスが質問する。
「ええ。でも申し訳ないけど、残りの巫女達の詳細はここでは言えないわ。巫女の存在は三国間では最高機密扱いで厳しい緘口令が敷かれてあるの。信じていない訳ではないけど、何事も絶対はないし、それぐらい厳しい緘口令よ。一つ確かに言えるのは、教団はまだ残り二人の巫女の在り処は掴んでいないことね」

(三国と言うと、やはり上の方は既にご存知なんだね…)
そう推論しては肩をすくめるレクス。
「まあ、巫女の存在はそれだけ大事だよね。伝承とおりなら、邪神教団は間違いなく真っ先に邪魔となる巫女の排除に取り掛かるはずなんだから」
頷くラナ。
「でもさっきメルベ達に身分を明かして良かったのかい?この緘口令、ようは教団から巫女を守るために敷いたものでしょ?」

「巫女の正体の開示判断は巫女自身に委ねられているわ。あの時は緊急時だったし、なによりも――」
ラナが真っ直ぐに立つ。
「邪神教団が動いている以上、私は巫女として人々の先に果敢と立って彼らと対峙する義務を持っている。寧ろこれで残りの巫女への捜索を私に分散させれるのだから好都合だわ。コソコソ奴らから逃げては巫女が務まるものですか」

誇り高き意志が込められた強き言葉が、さっきのようにレクス達の心に響く。
(この気迫…やっぱり太陽の女神の巫女様だからなのか、または騎士道でも武を重んじるヘリティア皇国故なのか…どちらにしろ大した 女性ひとだよ本当に)

「他にも色々と説明したいけれど、ロバルト様に会えばより詳しく説明できるわ。正体も相手にバレたし、これからは教団の襲撃も頻繁になるはず。みんなには苦労をかけるけど、どうか力を貸して頂戴ね」
「当然ですよっ、そのために私達はこの旅に参加したのですからっ」「キュウッ」
「ああっ、それに伝説の巫女様と一緒に戦えるなんて願ってもないことだぜっ」
「勿論、僕は元からそのために護衛依頼を承っているからね」
「さっき言ったように、俺もできる限りの手伝いはするさ」

「ありがとうみんな。これからも宜しく頼むわね」
ラナが優しくも嬉しい笑顔を見せる。

「そうそう、最後に一つ聞いてもいいかいウィルくん?」
「なんだレクス」
「クラトネの町長が言ってた、戦場を飛び回る魔人という噂、あれは君なのかい?」

ウィルフレッドの顔が少々引き締まる。
「いや、俺はこの世界に来てからずっとブラン村にいたままだし、クラトネ町を除いて、今日まで一度もアルマ化…魔人化してない。他の戦場に行ったこともない」
「うん、それはずっと一緒にいる私達が保証できますよ」
エリネに同意するように頷くカイ。

「まあ、噂の時期はウィルくんが出現した時間よりも前だそうだから、確かに違うよね」
「…一応、心当たりはある」
ウィルフレッドは無意識に両手を握る。
「さっき言ったように、ここへの転移事故が起こった時、俺はある人物と戦っていた。奴は俺と同じアルマ化…魔人化ができる改造人間で、噂の魔人の描写も奴のアルマ形態の外見と非常に似ていた」

「その人が、兄貴と一緒にハルフェンここへ転移したってことなのか…?でも確か兄貴がここに来た時期と噂の時期はズレているだろ?」
「恐らく次元跳躍の際に時間のズレが起きたからと思う。実際会ってみないと分からないが…、あいつである可能性は大きい」
「その人って、いったい誰なんです…?」
エリネの言葉でウィルフレッドは更に手を強く握り、囁く。

「――あいつの名はギルバート・ラングレン。俺はギルと呼んでいて、俺の…恩人なんだ」


******


悍ましい悪魔や獰猛な魔獣を連想させる彫像群が、まるで人々を嗤うかのように、脅かすように、仄暗い神殿の柱、壁、ドアの至る所に置かれていた。

うめき声とも唸り声ともつかない音が響く神殿の奥底に暗黒の祭壇あり。そこに浮かぶ黒き水晶が一つ。踊る悪魔のローブを着た信者たちが祭壇を中心に囲んで跪いては、暗黒の言葉を紡ぎ、祈りを捧げていた。

一層物々しい金色の模様が描かれた漆黒のローブに包まれた男が、黒き水晶の前にその蒼白な両手を広げ、一際大きな冒涜の言葉をあげる。手のひらサイズの黒き水晶は応えるように薄いオーラを発し、鈍く輝く水晶の中に闇が蠢く。男の薄笑いの声が深く被ったフードから漏れる。

「ザナエル様…」
祭壇内に入ったエリクが声をかける。ザナエルと呼ばれる男は手を振ると、信者たちは祈りをやめてその場を退去し、男はエリクの方を振り返った。その顔には鉄により鋳造されし、底気味悪い仮面が着けられていた。

「エリクか、ゾルド様への大事なお祈りの間に入るとは、相当重要な報告があるのであろうな」
「はい、メルベの採掘場で 魔晶石メタリカの徴収に行って参りましたが、そこで先日見失ったラナ皇女を見つけました」
「ほう、それで、メルベめはその身柄を確保したのか?」

「残念ながら、メルベはそこで用意した 屍竜ドラゴンゾンビとともに倒されました。ラナ皇女は女神の巫女の一人、太陽の巫女だったのです」
「ほほうっ」
ザナエルが興味深そうな声を上げた。

「よもや傀儡として利用しようとしたラナ皇女が巫女本人だとはなっ。ならばメルベが敗れるのも仕方あるまい」
「それが…メルベを倒したのはラナ皇女ではありません」
「なに?」

この時、祭壇の部屋にもう一人の男が、酒を飲みながらお構いなしに入ってきた。
「おうザナエルの旦那っ、すまねぇが食事の追加を…なんだエリクもいたのか、ひょっとしたら大事な会議のお邪魔になってしまったのか?」

野性味を感じるオールバックの髪、この世界にはないアーミージャケットに色深いズボンとミリタリーブーツ。ふざけた態度とは裏腹に、その目つきに隠された鋭さは少しも損なわれていない。

「いや、構わんよ。それよりもこちらが用意した食事、気に召されたようで何よりですな。すぐに代わりの分も用意しよう」
「おう、すまねえな。今度の魚料理もめっちゃ美味くてよお。確かどっかの漁村の特産だったか?ほんとここはうちらのところと比べたら天国だな。…と、このまま邪魔するのも悪いな、それじゃ俺は――」

「お待ちを」
離れようとする男をエリクが呼び止めた。
「これからする話、丁度貴方とも関係あることですので…」
「ああ…?」

「ザナエル様、先ほどの続きですが…メルベを倒したのはラナ皇女ではなく、ギルバート殿の言うもう一人の魔人でした」
「ほう?」
「なんだって…?おい、そりゃ本当なのか!?」
男がエリクの肩を掴む。

「ええ、銀色の体、胸に青い結晶…。そして魔人化を解除した後に見える、銀髪と青紫の目、まず間違いありません」
目を見張る男は暫くすると大きく笑い出した。
「は…ははははぁっ!ウィルの奴やっぱ生きてやがった!奴がそう簡単にくたばるタマじゃねーのは知ってたけどよっ!嬉しいぜまったく!」
男は残りの酒を飲み干すと乱暴に杯を投げ捨てた。

「あいつは今どこにいるっ?」
「今は採掘場を離れ、巫女達とともにウェルトレイ湖あたりにいるはずです」
「よし!」
男は部屋から離れようとする。

「会いに行かれるのですか?」
「ああっ!久しぶりにウィルの顔を拝んでおかないとなっ!」
「少々待たれよ」
ザナエルが呼び止める。

「どうした旦那?食事なら帰ってからに用意しといてくれ」
「ウェルトレイ湖へ行くのならばついでに一つ頼みがある。お願いできますかな?殿」



【第四章 終わり 第五章に続く】

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