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第十六章 帝都奪還
帝都奪還 第四節
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作戦会議が終わり、人々が殆ど去った会議用のテント内で、ルドヴィグは妹であるアイシャと久しぶりの歓談に興じていた。
「お久しぶりですねルイ兄様。国内各地で皇国に占領された町を解放していたと聞きましたが、元気な姿が見られてとても安心しました」
「アイの方こそ、女神軍としての大活躍はこっちにも届いてるよ。やはり君は見た目よりも強い子だ。それに…」
ルドヴィグは一度、アイシャの傍でどこか落ち着かない様子のカイの方を見た。
「まさか城から出た途端もう意中の相手を見つけたとは、奥手に見えて実は奔放なアイらしいな」
「兄様っ」
頬を赤く染めるアイシャ。
「カイ殿だったね。真っ直ぐな、とても良い目をしている…。アイは王宮で色々と大変な生活を送ってきたけど、君のような人が彼女の傍にいてくれるのは心強い。アイのこと、どうかよろしく頼む」
「は、はいっ!アイシャは俺は必ずしっかりと支えます!」
礼儀作法も忘れてただギクシャクと答えるカイの緊張をほぐすように、ルドヴィグは彼の肩をポンポンと叩いては颯爽とした笑顔を見せる。
「それじゃ俺は父上のところに戻る。戦いが終わったらまた会おう。気をつけるんだぞ、アイ」
「はい。ルイ兄様も気をつけてください」
ルドヴィグが力強く頷くと、テントから離れた。すぐ外にはルヴィアが彼を待っていた。
「ルイ様、カレス殿とルシア殿はすでにお待ちしてますよ」
「ありがとうございます、ルヴィア様。…先ほどの会議でも言ったとおり、兄上も父上と一緒に来ておりますよ。口には言ってませんが、兄上は――」
「ええ、存じています。心配は無用ですよ」
変わらない笑顔を見せるルヴィアに、二人らしいとルドヴィグは苦笑しては、彼女とともに馬繋場へと向かった。
――――――
「――ぷはあぁ~~~~っ!め、めっちゃ緊張したぁ…。心臓がまだバクバクしてるよ」
「カイくんったらおおげさですよ。はい、水」
「ありがとアイシャ。――ふぅ。だってさあ、今の王家の中で一番勇者らしいとも謳われてるルドヴィグ王子なんだぜ?しかもアイシャの兄さんって言うから、そりゃ緊張もするよ」
「ふふ、この調子じゃ父上と出会ったらショックで気絶しまいそうねカイくんは」
「うぐ。確かになりそうだな…。そんなヘマしないよう、今から心構えをちゃんとしなきゃ」
苦笑するカイにアイシャが笑顔を返した。
「そういや、ルドヴィグ様ってアイシャのこと、アイって呼ぶんだな」
「ええ、そうですよ。お母様が昔から私を呼ぶ愛称で、家族の間ではいつもそう呼ばれてるの」
「そうなんだ…」
カイがどこか恥ずかしそうに頭を掻く。
「その、アイシャ…」
「はい?」
「…俺も、アイって呼んでいいか?」
「え」
その問いにアイシャはきょとんとした。そして暫くして、ぼうっと顔が茹でては頭を横に猛烈に振った。
「だ、だだだだめですそんなっ!」
ストレートな拒絶がグサリとカイの胸を貫く。
「ど、どうしてだよっ?」
「だ、だって…っ。アイって呼び方、今までで、お兄様たちやお父様、お母様がプライベートの時にしか使わなかったから…。カイくんにそう呼ばれるのは、なんだかこそばゆくて、恥ずかしくって…」
両手の指を互いに合わせ、恥ずかしそうに俯くアイシャの姿にカイの胸が強くくすぐられる。
「本当にダメなのか?俺、アイシャの勇者だし、その…、しょ、将来本当の家族になる予定だから、今の内に慣れていくってのも…」
その言葉にアイシャがさらに顔を俯いてしまう。
「カイくんったら…っ、そうやってからかって…っ」
それでもねだるような眼差しを送り続けるカイに、やがてアイシャがポツリと囁く。
「じゃ、じゃあ…まず一声だけで…」
「本当かっ?そ、それじゃ…」
さっきとはまた違うベクトルで緊張するカイが大きく一呼吸する。アイシャもつられて体が強張る。やがてゆっくりと彼の口が動いた。
「ええと…。ア、アイ…」
暫くの、沈黙。二人が自分の心臓音が聞こえるぐらいに。
「………~~~~~っ!」
それは、キスをねだられる以上に恥ずかしいものだった。
「ごめんなさいっ、やっぱり無理ですっ!」
「あっ!アイっ!」
トマト以上に真っ赤な顔を両手で覆っては、あまりの恥ずかしさから逃げるようにアイシャがテントの外へと走り出した。
「…や、やっぱちょっと図々しかったかな…」
申し訳なく思うカイだが、その心は気恥ずかしさ以外にどこか満たされた気分だった。その夜、アイシャはテント内で暫く悶え続けて、中々眠れなかった。
******
ラナのテント内で、彼女はレクスとともに先ほどの会議のまとめを再チェックしていた。
「―――以上が、エーテルデ殿を含む第三大隊の陣形の敷き方になるね。うん、おさらいは大体こんな感じかな」
「そうね。これで問題ないと思うわ。お疲れ様」
「どういたしまして」
書類をトントンと片付けるレクスは、ラナが頬杖をついては微笑ましそうに自分を見つめていることに気付く。
「どうしたのラナちゃん?」
「いいえ。たださっきの会議、珍しくレンくんがカッコイイところを見せて嬉しいと思っただけよ」
「ああ、それはどうも。ラナちゃんにそう言われてがんばった甲斐があったものだよ」
いつものにへらとした笑顔で笑うレクス。
「まあさっきは余裕ぶっていたけど、本当のこと言うとやはり緊張はしてるけどね」
「そうなの?」
「うん。セレンティアからずっとヘリティアの諸侯達が嫌なほど聞かせてるから、今は凄く実感するよ。宰相オズワルドがいかに凄いってのがね」
ラナが真顔になる。
「政治面では勿論、軍の指揮においても秀でている。本当に有能な宰相だったと諸侯達の話からも分かるよ。駆け出し軍師の自分としては、実にプレッシャーを感じるね」
レクスの顔もまた、珍しく真剣さをその顔と声に表していた。
「そうね。こういうのはシャクだけど、彼の才能は確かに本物だわ。油断して挑められる相手ではないわね」
だがラナはすぐに笑顔を見せた。
「けど貴方からそう聞いて逆に安心したわ。こういう時でもふざけてると流石に本気で心配してたから」
「たはは、さすがの僕もそこまでできないよ。それに――」
ラナは初めて見た。レクスが拳を強く握るところを。
「たとえ元からギルバートとの衝突は避けられなくとも、この作戦はウィルくんの命も使ってるんだからね。そりゃ真剣もなるよ」
「…そう、ね」
次の瞬間、いつものどこか気の抜けた笑顔のレクスがそこにあった。
「でもなによりも、大好きなラナちゃんに自分のカッコ良さをアピールする絶好のチャンスだし、この好機を逃がす訳にはいかないでしょ」
ラナがきょとんとしてから軽く吹きだす。
「ふふ、確かに。私の婚約者を名乗るからには、あのオズワルドを負かせるぐらいの気概は見せてもらわないとね」
「でしょ」
二人が互いに軽く笑い出す。
「ラナちゃんの方は?相手は曲りなりにも自分の叔父だけど、戦うことに躊躇いとかそういうの感じてしまわない?」
「愚問ね。親族かどうかこの際まったく関係ないわ。寧ろ親族だからこそ、この手できっちりと清算をしないと気が済まさないわ」
不敵な笑みを見せるラナにレクスが肩をすくめる。
「仰るとおり、愚問でしたね」
書類を片付け終わって立ち上がるレクス。
「それじゃ僕は自分のテントに戻るよ。…ラナちゃん」
レクスが最後に振り向く。
「安心して。僕が必ず勝利に導いて君に母さんと再会させてあげるから」
彼の気遣いにラナが嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、期待しているわレンくん」
最後に互いに微笑んでは、レクスはテントを離れた。
一人になったラナは、心底から嬉しい笑みを浮かべていた。今回レクスが提案した作戦は危険な賭けになる。大勢の命が関わる戦いなだけに、それを提案するのは当然簡単ではない。ウィルフレッドのことも含めると尚更だ。
それでも、レクスはそれらを含めて背負うことにした。フィロース町で彼が語る覚悟を思い出し、ラナは心底から嬉しく思った。自分が母の身を案じているのを察して気遣ってくれたことも含めて、自分は正しい人を選んだのだと。
(無事帝都を取り戻したら、ちゃんと労ってやらないとね)
そう思ってるラナの顔は、年相応の少女らしく愛らしいものだった。
夜空を見上げながら自分のテントへと戻ろうとするレクスは、これから来る戦いに、顔の見知らぬオズワルドに妙な対抗意識が沸いてくる。貴族間の闘争を嫌い、ずっとレタ領に隠居してきた自分もこのような気持ちになることに、彼は少し驚いていた。相手がラナの叔父でもあるからなのだろうか。
(オズワルドかあ…相当手ごわい相手なのは間違いないだろうけど、ラナちゃんのためにも、ここは踏ん張らないとね)
******
元より警戒態勢で活気が大きく削げられても、夜ではそれなりに都内を歩く人が見られる帝都ダリウスだったが、オズワルドの歩哨を除いて今やまるでゴーストタウンと化したかのように、住民の姿は一人も見られない。オズワルドが教団との協力体制を明らかにしたと同時に、住民達の生活は全て厳重に制限され、夜で外を歩こうとすればたちまち拘束されることになるからだ。
かつて太陽の城と謳われるほどの美しい皇城も、心なしかおどろおどろしい雰囲気に覆われ、まるで魔王の居城かのごとき不気味さを発していた。そんな城の自室で、オズワルドは椅子に背を持たせながら天井を仰いでいる。その心はやはり冷めてはいるが、今宵は篝火にも似たようなくすぶりを抱いていた。
(あと少しだ…)
つまらない、という感情さえも感じられない人生だった。生まれてからオズワルドは多くの出来事を最初から知り尽くしてたかのように素早く理解でき、人心掌握の術をさながら天職のように扱い、年若くして宰相の座へと上り詰めた。自分は生まれてからそうであるべきかのように当たり前だった。
それはまるで、ただこの世界での役割を淡々とこなすような感覚だった。何かに挑戦することへの熱情も、誰かを愛することによる熱狂も、嫉妬に狂う狂気も、何かを失う悲しみも、そんな自分を心配してくる姉のヒルダの関心も、オズワルドは理解できない。ただただ、自分の才能で演じるべき役を淡々とこなす。そういう人生だった。
だが永遠凍土のごときその心に、ある日大きな火花が弾いた。不思議な感覚だった。何も感じない自分の心が、別の意味で全てに無関心になるほどの、強烈な欲望が満たした。
そしてそれを付け狙うかのように、あのザナエルが自分の前に現れた。
(((その欲望を押し殺すには辛かろう。ゾルド様は全ての罪人を祝福するお方。そなたの欲求に必ず応えて見せよう)))
ザナエルがどのように自分の中にある欲望の炎を見出したのかは分からない、気にもしない。その欲望を実現してくれると教えられるだけで、全ての物事が色褪せていく、全ての打算が無意味と化す。その渇望が彼を納得させた。自分は女神に反旗を翻すために生まれたのだろう、と。
ガチャリと、部屋の扉が開く。偽ラナことメディナだ。
「オズワルド様。ギルバートが戻りになられました。任務は無事遂行したとのことです」
「そうか」
意外でもない口調だった。
「それと偵察部隊から、ラナ達連合軍は依然として進行しており、三日後に帝都へ到達する予定です」
オズワルドは天井を見つめたまま動かない。メディナも特に催促はせず、ただ静かにそんな彼を見つめていた。
やがてオズワルドは椅子から起き上がり、メディナの前に立ち止まる。感情が見られないその目は、ラナの顔をしているメディナを見つめる。彼女の顔は、嬉しさと悲しさが同居していた。
「メディナ。今となっては君がラナになり続ける必要はない。私に付き合う必要もない。好きな場所へと行きなさい」
「そうでしたら――」
メディナはしかし、ただ微笑んだ。
「私はオズワルド様の傍にいます。ここだけが、私が行きたい唯一の場所ですから」
「そうか。苦労をかけるな」
オズワルドの表情と声は終始感情がなかった。それでもメディナは嬉しかった。たとえその言葉が、自分は決して彼の傍から離れないのを承知して言ったものだとしても。
彼はグラスにワインを注ぎ、一つを彼女に差し出す。
「景気付けだ。一杯付き合ってくれるか」
「はい、喜んで」
杯を受け取り、互いのグラスを軽く突いくと、二人は一気にそれを飲み干した。
月が雲に隠れ、街燈の明かりがまるで鬼火に見えるかのような街道をオズワルドは見下ろす。そして無造作に手に持ったグラスを外へと投げ、地面に当たって砕ける様を見つめた。
******
三日後の正午。雄大な二重城壁が囲み、荘厳な正門が全てを圧倒する威容を見せる帝都ダリウス。城壁の上には兵士達が、びっしりと並べられた砲台群の調整を行っており、城壁に開かれる弓兵や魔法使い用のスリットにもそれぞれ精鋭が守りを固めるように構えていた。
その前方に広がる平原には、教団とオズワルドの私兵の混合軍がずらりと陣を敷いている。これまでにラナ達が遭遇してきたのと同じく、重武装したタウラーや死霊鎧、リノケラス等の魔獣が多数配置されていた。一部タウラーが叩く戦太鼓の重々しい音が、その前方で陣とっているラナ達女神連合軍に威圧をかけていた。
「うへえ~…、やっぱ百聞は一見にしかず。実際の城壁を見ると凄くやる気が削がれるよ」
連合軍の先頭でラナ達と轡を並べるレクスが単眼鏡でその強固な守りを見ながら弱音を吐く。
「ああ…。これからあの中に突撃することを考えるとぞっとするぐらいだ」
神弓を手にし、新調した鎧を着てはアイシャを後ろに乗せるカイ。
「そうですね。でもここで退く訳には行きません。本当の決戦は、この帝都を奪還した向こう側にあるのですから」
そう言うアイシャにミーナが同意する。
「うむ、そのとおりだ。それに攻城兵器がなくとも、勢いだけはこちらも負けてはいないぞ」
ミーナは後ろで陣を敷いている自軍を振り返る。平原の向こう側まで広がる軍勢の兵士や騎士達は誰もが戦意高く自分の武器を握り、臆する様子を少しも見せてはいない。
「あ、あそこ!城壁の上にギルバートが立っているよ!」
レクスが指差す方向にウィルフレッドが視線を向けると、腕を組んで前を見下ろすギルバートの姿を確認した。彼もまた、ウィルフレッドの存在に気付いたように不敵に笑う。
(ギル…っ)
――――――
平原に響き渡る戦太鼓の音と兵士達の鼓舞の鬨にギルバートは嗤う。
「へっ、ただの殺し合いに相変わらず面白ぇことしやがるな。地球で時折見る変なこだわりをもった奴がうじゃうじゃいるみたいな感じだ」
目のズーム機能で戦場を見下ろす彼の視線は、やがてウィルフレッドを捉えた。彼は口の端を吊り上げる。
「さあてウィル。あんたらはどう打って出るんだ?」
帝都の四方を一覧できる皇城最高の塔である星見の塔で、オズワルドは感情を一切帯びない顔でラナ達の軍勢を見下ろす。帝都を挟んで彼女達の反対側には、連係を取るようにハロルド達ルーネウスの軍勢が陣を敷いている。だがオズワルドの関心は、あくまでラナ達の軍勢に向けられていた。
(ラナ様はそこか)
大型望遠鏡でオズワルドは、白馬に乗って凛々しく先頭に立つラナを見た。そして彼の注意は彼女の傍にあるレクスの方に移った。
(彼が例の連合軍の軍師、ルーネウスのレクスか)
この時、いつも氷のように表情を変えないオズワルドの口元が、僅かだけ吊り上がったかのように見えた。
「お手並み拝見といこうか、ラナ様、レクス殿。この鉄壁を誇る帝都の布陣をいかに攻め落とすのかを」
――――――
一方、ラナ達連合軍の反対側で、ルーネウスの半分以上の戦力を率いてきたハロルドは、第一王子ジュリアスと共に帝都の様子を伺っていた。ロバルトの王としての威風は老いてなお盛んでいて、王家の鎧と相まって一騎当千の風貌を見せる。隣り合う秀麗で美丈夫のジュリアスとともに、ルーネウス王家の赫灼たる風格を遺憾なく披露していた。
「父上っ!」
そんな二人に、第二王子ルドヴィグが報告しに馬を走らせてきた。
「第三兵団、第四兵団は全て用意を整えました。いつでもいけます。攻城兵器の数があまり揃えていないのが悔やまれますが」
「それで良い、元より今回の主役はラナ殿の連合軍だ。我々は先日言われたとおり牽制に専念するのだ」
「はいっ。それでは」
自分の兵団に戻る前に、ジュリアスの方にルドヴィグは寄った。
「いよいよだなルイ。いつも一人で突っ走る癖は、今度は控えるようにな」
「それぐらい承知してるさ。ジュリ兄さんこそ、ルヴィア様のことを心配するあまりにヘマしないでくれよ」
その一言にジュリアスは大人らしい落ち着いた笑顔を見せる。
「君のお節介のお陰でルヴィア様がお元気であると知ることができたんだ。そんな無様な姿は晒さないさ」
お互い仲良く一笑すると、ともに帝都の向かい側にある妹のことを思った。
「アイが選んだ勇者か…。戦いが終わったらじっくりと話をしてみたいものだな」
「きっと気に入ると思うよ。とても真っ直ぐな目をしている勇敢そうな子なんだから」
「そうか、それは楽しみだな」
ジュリアスが頷く。
(彼だけではない。ずっとわが国の軍を苦しめた魔人と同じ力を持つもの…。そちらも気になるな)
――――――
オズワルドの軍勢を一通り確認し終わったレクス。
「うん、基本的に斥候の情報とおりだから、作戦に変更はないよ。こちらが動けば、ロバルト陛下も合わせて動くはずだ」
まもなく始まる戦に、カイはゴクリと唾を飲みながらアイシャを振り返る。
「アイシャ。俺達が第一陣だけど、怖くはないか?」
「いいえ。だって頼もしい勇者で弟が一緒にいますもの」
アイシャの笑顔に迷いはなく、決意に溢れてとても美しいものだった。
「…ああ、俺はいつでもアイシャの傍にいるさ」
カイは自分の腰に回るその繊細な手を握った。アイシャの頬が赤く染められる。
「一緒にがんばろう、今までみたいにっ」
「ええっ」
戦いの用意をしていたエリネもまた、すぐ傍で立っているウィルフレッドに声をかける。
「…ウィルさん」
心配そうなエリネの手を励ますよう、その手を握るウィルフレッド。
「大丈夫だ、エリー。俺は君を信じている。だから君も俺を信じてくれ」
「…うんっ」
力強い声とともに頷くエリネ。
すぐ近くでエリネを護衛していたシスティは、もはや嫌な表情は見せず、ただ切なそうに二人を見守った。
「システィも頼りにしているよ」
「ええ。よろしくお願いしますねシスティさん」
「い、言われなくとも、私はただエリー様のために剣を振るうのみです」
少し気恥ずかしそうなシスティに二人はくすりと笑った。
(いよいよね…)
一度目を閉じて胸に秘めた闘志を再確認し、ラナは仲間達に振り返った。
「アイシャ姉様、エリーちゃん、カイくん、ウィルくん、ミーナ先生、準備はいい?」
「ええ。いつでもいけますよ」
「はい。覚悟はできてますっ」
「おうっ!やろうラナ様!」
「問題ない」
「用意は整っておる、あとはお主の号令一つだけだ」
最後にレクスの彼らしいウィンクを見て、ラナは不敵に笑った。伝令達に各騎士団へ走らせると、輝くエルドグラムを高々と掲げた。
「女神連合軍っ!すすめぇっ!」
ラナの号令とともにアランが角笛を吹いた。それが呼び水となり、連合軍の角笛群の雄々しい音が教団の戦太鼓とぶつかり合い、大気を震わせる。騎士や兵士達の鬨の声が、大地を踏み鳴らす兵士や戦馬の行進が、それを迎撃する魔獣の咆哮が帝都の平原を震撼させる。帝都奪還の戦いの火蓋が、切って落とされた。
(母上、いま参りますっ。オズワルド、首を洗って待ってろ!)
【続く】
「お久しぶりですねルイ兄様。国内各地で皇国に占領された町を解放していたと聞きましたが、元気な姿が見られてとても安心しました」
「アイの方こそ、女神軍としての大活躍はこっちにも届いてるよ。やはり君は見た目よりも強い子だ。それに…」
ルドヴィグは一度、アイシャの傍でどこか落ち着かない様子のカイの方を見た。
「まさか城から出た途端もう意中の相手を見つけたとは、奥手に見えて実は奔放なアイらしいな」
「兄様っ」
頬を赤く染めるアイシャ。
「カイ殿だったね。真っ直ぐな、とても良い目をしている…。アイは王宮で色々と大変な生活を送ってきたけど、君のような人が彼女の傍にいてくれるのは心強い。アイのこと、どうかよろしく頼む」
「は、はいっ!アイシャは俺は必ずしっかりと支えます!」
礼儀作法も忘れてただギクシャクと答えるカイの緊張をほぐすように、ルドヴィグは彼の肩をポンポンと叩いては颯爽とした笑顔を見せる。
「それじゃ俺は父上のところに戻る。戦いが終わったらまた会おう。気をつけるんだぞ、アイ」
「はい。ルイ兄様も気をつけてください」
ルドヴィグが力強く頷くと、テントから離れた。すぐ外にはルヴィアが彼を待っていた。
「ルイ様、カレス殿とルシア殿はすでにお待ちしてますよ」
「ありがとうございます、ルヴィア様。…先ほどの会議でも言ったとおり、兄上も父上と一緒に来ておりますよ。口には言ってませんが、兄上は――」
「ええ、存じています。心配は無用ですよ」
変わらない笑顔を見せるルヴィアに、二人らしいとルドヴィグは苦笑しては、彼女とともに馬繋場へと向かった。
――――――
「――ぷはあぁ~~~~っ!め、めっちゃ緊張したぁ…。心臓がまだバクバクしてるよ」
「カイくんったらおおげさですよ。はい、水」
「ありがとアイシャ。――ふぅ。だってさあ、今の王家の中で一番勇者らしいとも謳われてるルドヴィグ王子なんだぜ?しかもアイシャの兄さんって言うから、そりゃ緊張もするよ」
「ふふ、この調子じゃ父上と出会ったらショックで気絶しまいそうねカイくんは」
「うぐ。確かになりそうだな…。そんなヘマしないよう、今から心構えをちゃんとしなきゃ」
苦笑するカイにアイシャが笑顔を返した。
「そういや、ルドヴィグ様ってアイシャのこと、アイって呼ぶんだな」
「ええ、そうですよ。お母様が昔から私を呼ぶ愛称で、家族の間ではいつもそう呼ばれてるの」
「そうなんだ…」
カイがどこか恥ずかしそうに頭を掻く。
「その、アイシャ…」
「はい?」
「…俺も、アイって呼んでいいか?」
「え」
その問いにアイシャはきょとんとした。そして暫くして、ぼうっと顔が茹でては頭を横に猛烈に振った。
「だ、だだだだめですそんなっ!」
ストレートな拒絶がグサリとカイの胸を貫く。
「ど、どうしてだよっ?」
「だ、だって…っ。アイって呼び方、今までで、お兄様たちやお父様、お母様がプライベートの時にしか使わなかったから…。カイくんにそう呼ばれるのは、なんだかこそばゆくて、恥ずかしくって…」
両手の指を互いに合わせ、恥ずかしそうに俯くアイシャの姿にカイの胸が強くくすぐられる。
「本当にダメなのか?俺、アイシャの勇者だし、その…、しょ、将来本当の家族になる予定だから、今の内に慣れていくってのも…」
その言葉にアイシャがさらに顔を俯いてしまう。
「カイくんったら…っ、そうやってからかって…っ」
それでもねだるような眼差しを送り続けるカイに、やがてアイシャがポツリと囁く。
「じゃ、じゃあ…まず一声だけで…」
「本当かっ?そ、それじゃ…」
さっきとはまた違うベクトルで緊張するカイが大きく一呼吸する。アイシャもつられて体が強張る。やがてゆっくりと彼の口が動いた。
「ええと…。ア、アイ…」
暫くの、沈黙。二人が自分の心臓音が聞こえるぐらいに。
「………~~~~~っ!」
それは、キスをねだられる以上に恥ずかしいものだった。
「ごめんなさいっ、やっぱり無理ですっ!」
「あっ!アイっ!」
トマト以上に真っ赤な顔を両手で覆っては、あまりの恥ずかしさから逃げるようにアイシャがテントの外へと走り出した。
「…や、やっぱちょっと図々しかったかな…」
申し訳なく思うカイだが、その心は気恥ずかしさ以外にどこか満たされた気分だった。その夜、アイシャはテント内で暫く悶え続けて、中々眠れなかった。
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ラナのテント内で、彼女はレクスとともに先ほどの会議のまとめを再チェックしていた。
「―――以上が、エーテルデ殿を含む第三大隊の陣形の敷き方になるね。うん、おさらいは大体こんな感じかな」
「そうね。これで問題ないと思うわ。お疲れ様」
「どういたしまして」
書類をトントンと片付けるレクスは、ラナが頬杖をついては微笑ましそうに自分を見つめていることに気付く。
「どうしたのラナちゃん?」
「いいえ。たださっきの会議、珍しくレンくんがカッコイイところを見せて嬉しいと思っただけよ」
「ああ、それはどうも。ラナちゃんにそう言われてがんばった甲斐があったものだよ」
いつものにへらとした笑顔で笑うレクス。
「まあさっきは余裕ぶっていたけど、本当のこと言うとやはり緊張はしてるけどね」
「そうなの?」
「うん。セレンティアからずっとヘリティアの諸侯達が嫌なほど聞かせてるから、今は凄く実感するよ。宰相オズワルドがいかに凄いってのがね」
ラナが真顔になる。
「政治面では勿論、軍の指揮においても秀でている。本当に有能な宰相だったと諸侯達の話からも分かるよ。駆け出し軍師の自分としては、実にプレッシャーを感じるね」
レクスの顔もまた、珍しく真剣さをその顔と声に表していた。
「そうね。こういうのはシャクだけど、彼の才能は確かに本物だわ。油断して挑められる相手ではないわね」
だがラナはすぐに笑顔を見せた。
「けど貴方からそう聞いて逆に安心したわ。こういう時でもふざけてると流石に本気で心配してたから」
「たはは、さすがの僕もそこまでできないよ。それに――」
ラナは初めて見た。レクスが拳を強く握るところを。
「たとえ元からギルバートとの衝突は避けられなくとも、この作戦はウィルくんの命も使ってるんだからね。そりゃ真剣もなるよ」
「…そう、ね」
次の瞬間、いつものどこか気の抜けた笑顔のレクスがそこにあった。
「でもなによりも、大好きなラナちゃんに自分のカッコ良さをアピールする絶好のチャンスだし、この好機を逃がす訳にはいかないでしょ」
ラナがきょとんとしてから軽く吹きだす。
「ふふ、確かに。私の婚約者を名乗るからには、あのオズワルドを負かせるぐらいの気概は見せてもらわないとね」
「でしょ」
二人が互いに軽く笑い出す。
「ラナちゃんの方は?相手は曲りなりにも自分の叔父だけど、戦うことに躊躇いとかそういうの感じてしまわない?」
「愚問ね。親族かどうかこの際まったく関係ないわ。寧ろ親族だからこそ、この手できっちりと清算をしないと気が済まさないわ」
不敵な笑みを見せるラナにレクスが肩をすくめる。
「仰るとおり、愚問でしたね」
書類を片付け終わって立ち上がるレクス。
「それじゃ僕は自分のテントに戻るよ。…ラナちゃん」
レクスが最後に振り向く。
「安心して。僕が必ず勝利に導いて君に母さんと再会させてあげるから」
彼の気遣いにラナが嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、期待しているわレンくん」
最後に互いに微笑んでは、レクスはテントを離れた。
一人になったラナは、心底から嬉しい笑みを浮かべていた。今回レクスが提案した作戦は危険な賭けになる。大勢の命が関わる戦いなだけに、それを提案するのは当然簡単ではない。ウィルフレッドのことも含めると尚更だ。
それでも、レクスはそれらを含めて背負うことにした。フィロース町で彼が語る覚悟を思い出し、ラナは心底から嬉しく思った。自分が母の身を案じているのを察して気遣ってくれたことも含めて、自分は正しい人を選んだのだと。
(無事帝都を取り戻したら、ちゃんと労ってやらないとね)
そう思ってるラナの顔は、年相応の少女らしく愛らしいものだった。
夜空を見上げながら自分のテントへと戻ろうとするレクスは、これから来る戦いに、顔の見知らぬオズワルドに妙な対抗意識が沸いてくる。貴族間の闘争を嫌い、ずっとレタ領に隠居してきた自分もこのような気持ちになることに、彼は少し驚いていた。相手がラナの叔父でもあるからなのだろうか。
(オズワルドかあ…相当手ごわい相手なのは間違いないだろうけど、ラナちゃんのためにも、ここは踏ん張らないとね)
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元より警戒態勢で活気が大きく削げられても、夜ではそれなりに都内を歩く人が見られる帝都ダリウスだったが、オズワルドの歩哨を除いて今やまるでゴーストタウンと化したかのように、住民の姿は一人も見られない。オズワルドが教団との協力体制を明らかにしたと同時に、住民達の生活は全て厳重に制限され、夜で外を歩こうとすればたちまち拘束されることになるからだ。
かつて太陽の城と謳われるほどの美しい皇城も、心なしかおどろおどろしい雰囲気に覆われ、まるで魔王の居城かのごとき不気味さを発していた。そんな城の自室で、オズワルドは椅子に背を持たせながら天井を仰いでいる。その心はやはり冷めてはいるが、今宵は篝火にも似たようなくすぶりを抱いていた。
(あと少しだ…)
つまらない、という感情さえも感じられない人生だった。生まれてからオズワルドは多くの出来事を最初から知り尽くしてたかのように素早く理解でき、人心掌握の術をさながら天職のように扱い、年若くして宰相の座へと上り詰めた。自分は生まれてからそうであるべきかのように当たり前だった。
それはまるで、ただこの世界での役割を淡々とこなすような感覚だった。何かに挑戦することへの熱情も、誰かを愛することによる熱狂も、嫉妬に狂う狂気も、何かを失う悲しみも、そんな自分を心配してくる姉のヒルダの関心も、オズワルドは理解できない。ただただ、自分の才能で演じるべき役を淡々とこなす。そういう人生だった。
だが永遠凍土のごときその心に、ある日大きな火花が弾いた。不思議な感覚だった。何も感じない自分の心が、別の意味で全てに無関心になるほどの、強烈な欲望が満たした。
そしてそれを付け狙うかのように、あのザナエルが自分の前に現れた。
(((その欲望を押し殺すには辛かろう。ゾルド様は全ての罪人を祝福するお方。そなたの欲求に必ず応えて見せよう)))
ザナエルがどのように自分の中にある欲望の炎を見出したのかは分からない、気にもしない。その欲望を実現してくれると教えられるだけで、全ての物事が色褪せていく、全ての打算が無意味と化す。その渇望が彼を納得させた。自分は女神に反旗を翻すために生まれたのだろう、と。
ガチャリと、部屋の扉が開く。偽ラナことメディナだ。
「オズワルド様。ギルバートが戻りになられました。任務は無事遂行したとのことです」
「そうか」
意外でもない口調だった。
「それと偵察部隊から、ラナ達連合軍は依然として進行しており、三日後に帝都へ到達する予定です」
オズワルドは天井を見つめたまま動かない。メディナも特に催促はせず、ただ静かにそんな彼を見つめていた。
やがてオズワルドは椅子から起き上がり、メディナの前に立ち止まる。感情が見られないその目は、ラナの顔をしているメディナを見つめる。彼女の顔は、嬉しさと悲しさが同居していた。
「メディナ。今となっては君がラナになり続ける必要はない。私に付き合う必要もない。好きな場所へと行きなさい」
「そうでしたら――」
メディナはしかし、ただ微笑んだ。
「私はオズワルド様の傍にいます。ここだけが、私が行きたい唯一の場所ですから」
「そうか。苦労をかけるな」
オズワルドの表情と声は終始感情がなかった。それでもメディナは嬉しかった。たとえその言葉が、自分は決して彼の傍から離れないのを承知して言ったものだとしても。
彼はグラスにワインを注ぎ、一つを彼女に差し出す。
「景気付けだ。一杯付き合ってくれるか」
「はい、喜んで」
杯を受け取り、互いのグラスを軽く突いくと、二人は一気にそれを飲み干した。
月が雲に隠れ、街燈の明かりがまるで鬼火に見えるかのような街道をオズワルドは見下ろす。そして無造作に手に持ったグラスを外へと投げ、地面に当たって砕ける様を見つめた。
******
三日後の正午。雄大な二重城壁が囲み、荘厳な正門が全てを圧倒する威容を見せる帝都ダリウス。城壁の上には兵士達が、びっしりと並べられた砲台群の調整を行っており、城壁に開かれる弓兵や魔法使い用のスリットにもそれぞれ精鋭が守りを固めるように構えていた。
その前方に広がる平原には、教団とオズワルドの私兵の混合軍がずらりと陣を敷いている。これまでにラナ達が遭遇してきたのと同じく、重武装したタウラーや死霊鎧、リノケラス等の魔獣が多数配置されていた。一部タウラーが叩く戦太鼓の重々しい音が、その前方で陣とっているラナ達女神連合軍に威圧をかけていた。
「うへえ~…、やっぱ百聞は一見にしかず。実際の城壁を見ると凄くやる気が削がれるよ」
連合軍の先頭でラナ達と轡を並べるレクスが単眼鏡でその強固な守りを見ながら弱音を吐く。
「ああ…。これからあの中に突撃することを考えるとぞっとするぐらいだ」
神弓を手にし、新調した鎧を着てはアイシャを後ろに乗せるカイ。
「そうですね。でもここで退く訳には行きません。本当の決戦は、この帝都を奪還した向こう側にあるのですから」
そう言うアイシャにミーナが同意する。
「うむ、そのとおりだ。それに攻城兵器がなくとも、勢いだけはこちらも負けてはいないぞ」
ミーナは後ろで陣を敷いている自軍を振り返る。平原の向こう側まで広がる軍勢の兵士や騎士達は誰もが戦意高く自分の武器を握り、臆する様子を少しも見せてはいない。
「あ、あそこ!城壁の上にギルバートが立っているよ!」
レクスが指差す方向にウィルフレッドが視線を向けると、腕を組んで前を見下ろすギルバートの姿を確認した。彼もまた、ウィルフレッドの存在に気付いたように不敵に笑う。
(ギル…っ)
――――――
平原に響き渡る戦太鼓の音と兵士達の鼓舞の鬨にギルバートは嗤う。
「へっ、ただの殺し合いに相変わらず面白ぇことしやがるな。地球で時折見る変なこだわりをもった奴がうじゃうじゃいるみたいな感じだ」
目のズーム機能で戦場を見下ろす彼の視線は、やがてウィルフレッドを捉えた。彼は口の端を吊り上げる。
「さあてウィル。あんたらはどう打って出るんだ?」
帝都の四方を一覧できる皇城最高の塔である星見の塔で、オズワルドは感情を一切帯びない顔でラナ達の軍勢を見下ろす。帝都を挟んで彼女達の反対側には、連係を取るようにハロルド達ルーネウスの軍勢が陣を敷いている。だがオズワルドの関心は、あくまでラナ達の軍勢に向けられていた。
(ラナ様はそこか)
大型望遠鏡でオズワルドは、白馬に乗って凛々しく先頭に立つラナを見た。そして彼の注意は彼女の傍にあるレクスの方に移った。
(彼が例の連合軍の軍師、ルーネウスのレクスか)
この時、いつも氷のように表情を変えないオズワルドの口元が、僅かだけ吊り上がったかのように見えた。
「お手並み拝見といこうか、ラナ様、レクス殿。この鉄壁を誇る帝都の布陣をいかに攻め落とすのかを」
――――――
一方、ラナ達連合軍の反対側で、ルーネウスの半分以上の戦力を率いてきたハロルドは、第一王子ジュリアスと共に帝都の様子を伺っていた。ロバルトの王としての威風は老いてなお盛んでいて、王家の鎧と相まって一騎当千の風貌を見せる。隣り合う秀麗で美丈夫のジュリアスとともに、ルーネウス王家の赫灼たる風格を遺憾なく披露していた。
「父上っ!」
そんな二人に、第二王子ルドヴィグが報告しに馬を走らせてきた。
「第三兵団、第四兵団は全て用意を整えました。いつでもいけます。攻城兵器の数があまり揃えていないのが悔やまれますが」
「それで良い、元より今回の主役はラナ殿の連合軍だ。我々は先日言われたとおり牽制に専念するのだ」
「はいっ。それでは」
自分の兵団に戻る前に、ジュリアスの方にルドヴィグは寄った。
「いよいよだなルイ。いつも一人で突っ走る癖は、今度は控えるようにな」
「それぐらい承知してるさ。ジュリ兄さんこそ、ルヴィア様のことを心配するあまりにヘマしないでくれよ」
その一言にジュリアスは大人らしい落ち着いた笑顔を見せる。
「君のお節介のお陰でルヴィア様がお元気であると知ることができたんだ。そんな無様な姿は晒さないさ」
お互い仲良く一笑すると、ともに帝都の向かい側にある妹のことを思った。
「アイが選んだ勇者か…。戦いが終わったらじっくりと話をしてみたいものだな」
「きっと気に入ると思うよ。とても真っ直ぐな目をしている勇敢そうな子なんだから」
「そうか、それは楽しみだな」
ジュリアスが頷く。
(彼だけではない。ずっとわが国の軍を苦しめた魔人と同じ力を持つもの…。そちらも気になるな)
――――――
オズワルドの軍勢を一通り確認し終わったレクス。
「うん、基本的に斥候の情報とおりだから、作戦に変更はないよ。こちらが動けば、ロバルト陛下も合わせて動くはずだ」
まもなく始まる戦に、カイはゴクリと唾を飲みながらアイシャを振り返る。
「アイシャ。俺達が第一陣だけど、怖くはないか?」
「いいえ。だって頼もしい勇者で弟が一緒にいますもの」
アイシャの笑顔に迷いはなく、決意に溢れてとても美しいものだった。
「…ああ、俺はいつでもアイシャの傍にいるさ」
カイは自分の腰に回るその繊細な手を握った。アイシャの頬が赤く染められる。
「一緒にがんばろう、今までみたいにっ」
「ええっ」
戦いの用意をしていたエリネもまた、すぐ傍で立っているウィルフレッドに声をかける。
「…ウィルさん」
心配そうなエリネの手を励ますよう、その手を握るウィルフレッド。
「大丈夫だ、エリー。俺は君を信じている。だから君も俺を信じてくれ」
「…うんっ」
力強い声とともに頷くエリネ。
すぐ近くでエリネを護衛していたシスティは、もはや嫌な表情は見せず、ただ切なそうに二人を見守った。
「システィも頼りにしているよ」
「ええ。よろしくお願いしますねシスティさん」
「い、言われなくとも、私はただエリー様のために剣を振るうのみです」
少し気恥ずかしそうなシスティに二人はくすりと笑った。
(いよいよね…)
一度目を閉じて胸に秘めた闘志を再確認し、ラナは仲間達に振り返った。
「アイシャ姉様、エリーちゃん、カイくん、ウィルくん、ミーナ先生、準備はいい?」
「ええ。いつでもいけますよ」
「はい。覚悟はできてますっ」
「おうっ!やろうラナ様!」
「問題ない」
「用意は整っておる、あとはお主の号令一つだけだ」
最後にレクスの彼らしいウィンクを見て、ラナは不敵に笑った。伝令達に各騎士団へ走らせると、輝くエルドグラムを高々と掲げた。
「女神連合軍っ!すすめぇっ!」
ラナの号令とともにアランが角笛を吹いた。それが呼び水となり、連合軍の角笛群の雄々しい音が教団の戦太鼓とぶつかり合い、大気を震わせる。騎士や兵士達の鬨の声が、大地を踏み鳴らす兵士や戦馬の行進が、それを迎撃する魔獣の咆哮が帝都の平原を震撼させる。帝都奪還の戦いの火蓋が、切って落とされた。
(母上、いま参りますっ。オズワルド、首を洗って待ってろ!)
【続く】
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