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第十六章 帝都奪還

帝都奪還 第七節

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皇城へと続く大橋で、レクスはカレスとルシア二人、そして連合軍の騎士、兵士達とともに迫り来る敵兵達が城に入るのを止めるよう奮戦していた。

「うおおぉぉっ!」
寡黙で精悍なカレスが雄々しく叫びながら戦槌を振り回して敵兵をなぎ払い、
「――光矢ヘリオアロー!」
大振りな彼の攻撃の隙間にルシアが魔法で援護する。二人の絶妙なコンビネーションが、大勢に迫り続ける敵兵達の進撃を決して許さない。レクスが思わず感嘆する。
(ひゅ~っ、ヘリティア皇帝の直属騎士なだけであって、すんごい実力だ)

だが敵の攻勢は衰える様子を見せず、今度は教団兵までが魔獣モンスターを連れて接近する。
「うへぇ~っ、まさか帝都内でまだこんなに戦力が残っていたなんてっ。最初から城に誘導するつもりで兵力を隠していたのかなっ?」

レクスがちらりと城の方を見ていることに気付くルシアが、レイピアで敵兵を切り伏せては声をかけた。
「レクス殿!ここは私達に任せてラナ様を手伝ってください!」
「いいのっ?」
重武装した槍騎士を戦槌で吹き飛ばしたばかりのカレスが渋い声で答えた。
「行け。ここはお前がいなくとも問題ない」

「うわおっ、なんて直球。でもまあ事実だしねっ。それじゃあお言葉に甘えておくよ!」
少しも不快を感じないレクスが謝礼を言うと、皇城に向かって走り出した。

「…カレス、相変わらず不器用ですね。単にレクス殿を行かせてあげたいのに、その言い方じゃ誤解を招きますよ」
「そうか」
「それに仮にもルーネウスの一領主なんですから、もう少し愛想よく丁寧に話した方がいいですよ」
「次は注意する」

短く応答してまた一人敵兵を吹き飛ばしたカレスの固い表情に、ルシアがくすりと大人の笑みを浮かべる。
「本当に、いつまでも変わらないですね。貴方は」
「…敵がくるぞ」
「ええ。分かってますわ」

大橋に向かって迫り来る教団兵と魔獣モンスターに、カレスとルシアがそれぞれ戦槌とレイピアを構えた。
「みなさま!友軍がここに駆けつけるまでもうひとふんばりです!彼らを決して城まで通させないように!」


******


「ラナ様ぁ~!どこにいるの~!?」
レクスがラナの名を叫びながら広大な皇城内を駆ける。ふと廊下の奥に女性の声が剣戟の音とともに聞こえた。
「これは…ラナ様っ!」
音を辿って走るレクスはやがて謁見の間に到着する。
「あっ!」

「おおっ!」
「はぁっ!」
ラナとメディナの剣と剣が激しくぶつかり合い、二人の剣舞が周りに二色の軌跡を描いていく。

(うわっ!ラナちゃんそっくり!彼女が例の偽皇女っ?それに――)
レクスは二人越しに、奥で無表情で立ちながらその戦を観察するオズワルドを見た。二人の視線が交差する。

(まさかあいつがオズワルド?)
(ほう。ルーネウスの貴族鎧にレタ領の紋章。彼がレクスか)
レクスは注意深くオズワルドを観察する。オズワルドは感情の読めない眼差しで見つめ返すが、すぐに注意をラナ達の方に向きなおした。
(このめっちゃ冷めてる態度…。間違いない、彼が宰相オズワルドだなっ)

「レクス殿っ?」
「ラナ様っ!いま助けるよ!」
「くるなっ!こいつは私で十分だ!貴殿はオズワルドを逃さないよう見張れ!」
「大層なご自信ですねラナ殿下っ、ですが油断大敵ですよ!」
メディナの紫色の剣がラナ目がけ振り下ろされる。

「その言葉をそのまま返そう!」
だがそれをラナがエルドグラムで巧みに受けては、ギャリリとその軌道を逸らしてそのまますれ違い様にメディナの胴体を狙って切りつけた。だが。
「はっ!」
メディナが軽やかにジャンプしてそれをかわした。

(やるな!だが空中では次の攻撃を防ぎきれ…っ!?)
短呪文で追撃を加えようとするラナが一瞬寒気を感じ、急いでバックステップすると、先ほど立っていた地面が鋭く切り裂かれた。

「はあぁっ!」
メディナの剣が紫色の光を帯びて鞭のようにしなやかに変形し、それが繰り出される嵐のような斬撃がラナに後退を強いたのだ。レクスが瞠目する。
(うわすごっ!所持者の魔力を受けて剣が鞭みたいになる流体剣っ!?噂には聞いたけど初めて見たっ!)

「ちいぃっ!」
流体剣の射程範囲から逃れるようさらに数歩後退するラナ。無事着地したメディナが、元に戻った剣を構えなおして余裕の笑みを見せる。

「――光雷ヘリオネイトっ!」
ラナが牽制の魔法を打ち出すが、メディナは慌てずに流体剣をしなやかせた。
「ふぅぅ…っ!」
紫色の光を帯びた剣の鞭で渦を巻いては魔法を受け止め、雷の全てが流体剣に纏わりついてしまう。
「たぁっ!」
メディナが一喝して剣を振るうと、雷が投げ出されては謁見の間の壁に穴を開けた。

その動きの隙にラナはメディナに急接近した。メディナは流体剣をしならせ、剣が大蛇のようにうねっては、剣先がラナの後ろに回り込んで彼女を貫こうとした。
「ラナ様っ!」「おぉっ!」
体をひねり、ラナが強化鎧を着けた左腕で滑るように流体剣を受け流し、大きく腕を振っては剣を弾く。

「はっ!」
だがメディナは流体剣を再び巧みに操っては、剣先が再びラナに襲い掛かる。
「らあぁっ!」
ラナは軽く跳躍して身をひねらせ、間一髪で流体剣をかわしながら捻りの勢いを借りて、蛇の首を切り落とすようにエルドグラムを剣に叩きつけた。鈍い衝撃音とともに流体剣が先ほど以上に大きく制御を失い、ラナが再び地面を蹴っては無防備のメディナに飛びかかる。

「ふっ!」
だがメディナは動揺も見せずに素早く腰から短剣を抜いてラナの斬撃を受け流し、距離を離れるよう後ろに飛ぶ。その動きに連動して流体剣が合間にあるラナを切り刻むように渦を巻いた。
「ふんっ!」
それを予見したラナは既に連続バック転し、剣を避けながら後ろへと後退してメディナの合間から脱出する。

(す、凄いな二人とも…)
二人の戦いにレクスが思わず唾を飲む。改めて互いに武器を構えて対峙するラナがメディナに向けて不敵に笑う。
「ふっ、中々の腕前ではないかメディナとやら。オズワルドの走狗でなければ私の影武者になって欲しいぐらいの技量だ」
「勇猛さで名を馳せるラナ殿下にそう言ってくださるのは大変光栄ですね。残念ながら、私が忠誠を誓うのはオズワルド様だけです」

「ふぅ、シルビアといい、何故貴様らはそう愚直にオズワルドに従うのか。たとえどれほど尽力しても、奴が貴様らに振り向くとは到底思えないのだが」
無表情のオズワルドは反論しない。そんな彼をメディナは一瞥すると、やや目を伏せた。
「…そんなこと、元より承知の上です」
「なに?」
「雑談に興じるほどの余裕はありませんよラナ殿下!」

流体剣を再び振るい、メディナがラナに仕掛ける。そんな彼女を、レクスは意味ありげに見つめていた。
(あの子…オズワルド、あんたって奴は…っ)

メディナはラナと剣を交えながら、自分の戦いを傍観するオズワルドをチラ見した。
(オズワルド様…)

剣形態に戻った流体剣がエルドグラムの鋭い一撃を受け止める。
(ええ。そうよ、そんなこと最初から知っているわ。私がいくら尽くしても、いくら好意を示しても、貴方の心は決して振り向いてくれない)

短剣でラナを牽制し、再び鞭のように流体剣を振り回して彼女を退かせる。
(貴方を守るために必死に剣術を研鑽しても、苦痛に耐えて教団に外見を無理やり作り変えても、その冷たい心が私の気持ちで、思いで熱くなることなんて一度もなかった。たとえ貴方の出来心で一夜過ごしても。いえ、寧ろだからこそ、余計に…)

ラナの光矢ヘリオアローの連射を、荒れ狂う大蛇のように流体剣を振り回して弾く。
(けど、それでも構わない。非道な領主に家族を奪われ、危うく命を落とそうになる自分を救ったのは、他でもない貴方なのだから。たとえそれが、自分が忠誠を誓うと図った行動であっても、関係ない。だって)

だがその隙に、ラナが強く練り上げた風塊ヴィンダートが、剣ごとメディナのバランスを崩す。
(あの時差し伸べた貴方の手が、傷ついた私を抱いてくれたあの瞬間が――)

電光石火の如く駆けたラナのエルドグラムが、メディナの短剣をへし折る。
(私にとっての唯一の人生の価値真実だから)

「終わりだ!メディナ!」
ラナの突進と体重全てを乗せたエルドグラムが、深々とメディナの体を貫いた。
「がふっ!」
手から落ちた流体剣がカラランと落ち、メディナの体から力が急速に抜けていく。
(オ、オズワルド、様…)

ラナは容赦なく剣を引き抜いた。真っ赤な血が舞い、まるでスローモーションがかかったかのように、メディナが後ろへと倒れていった。表情を何一つ変えないオズワルドを見上げながら。

「…貴方の願いが、か、かないます、ように…けふっ」
最後に大きく喀血し、メディナは事切れた。

「オズワルドォっ!」
「ラナ様!」
レクスがラナを呼ぶよりも先に、彼女は微動だにしないオズワルド目がけて疾走し、切りつけた。だがラナは逆に驚きの声をあげた。

「なっ!?」
剣が空を切ったからだ。異変に警戒するラナが咄嗟に後ろへ後退する。
「幻惑魔法っ?いや、これはまさか、ウィルくんの世界異世界の…っ」

「さすがですねラナ様。これの事を存じているのですか」
さっき剣を切りつけた瞬間から、オズワルドの姿が不明瞭にザリザリとノイズが走る。ラナはその様相に見覚えがある。ウィルフレッドの記憶の中で見た、ホログラムというものに走るノイズそのままだ。

例の魔人ギルバート殿がくれたものですが、中々面白い技術です。幻惑魔法以上の距離からこうして会話までできるのですから。彼からは技術面だけでなく価値観も色々と違い、実に興味深い話を多く聞かせてもらいました」

「…なるほど、メディナこの子に時間を稼いで自分が先に逃げるって寸法かい?オズワルドさん」
微笑みながら逝ったメディナの死体の傍に屈んでいるレクス。

「君のことは聞き及んでいる。ルーネウスのレクス殿。こたびの帝都奪還の作戦。実に見事な采配でした。まさか我々では魔人に手を付けられない考えを逆手にとって隙を作るとは、連合軍をここまで導いただけのことはありますね。こちらの完敗です」
「本気でも出してないあんたに勝てても全然嬉しくないけどねぇ」
メディナの目を閉じたレクスの皮肉に、どこか高ぶってるような感情が感じられた。彼が立ち上がる。

「あんたが教団と手を組んだことを明かした時から気になってたんだ。それでヘリティア国内に混乱を起こして教団の望みである邪神復活の糧を作る。そこまではいいけど、じゃああんたの兵士さん達はもう懐柔済みなのかなって気になってたんだよね」

「レクス殿は何が言いたいのかな?」
「あんた、最初から帝都を守る気なんてなかったよね?だって殆どの兵士達はそのことに動揺したままでいる。天才とも言われているあんただ。本気で戦いをするというのなら、そんな不安要素を抱えたまま戦いをやるとは思えない。いや寧ろ、僕たちが攻め込んだことで自軍が混乱することを望んでさえいるのではないかな?…まさか自分の兵卒までも邪神の生贄にするだなんて思わなかったよ、この子の死も含めてね」

表情を帯びないまま、オズワルドが拍手した。
「実に見事な観察眼です。改めて貴方を評価しましょう、レクス殿。ザナエル曰く、ゾルドを復活させるためには、世界が混乱すればするほど、乱れた感情に満ちるほど、その復活の糧になる感情の混沌カオスが満ちるらしいです。メディナのような強い感情は特に、と。だから貴方達の手を借りてそのリクエストに応じたのです」

レクスの顔は多少抜けてはいても、その目には強い敵意を含んでいた。
「えげつないなぁ。この子はあんたのことを本気で慕ってるんだよ?今までついてきた兵士達もそうだし、ロクデナシだけど、あのシルビアの気持ちだって本物なはずだ。そんな彼女の命を捨て駒みたいにポイポイ使ってて、本当になんとも思わないの?」

オズワルドは悪びれない。そもそもそう感じる前提になる感情さえ持ってるかどうかも疑わしいぐらい、冷たい顔だった。
「そのことで私を非難することこそ、自分には理解しかねる。彼女らその命を私に捧げることに幸福を見出しているのなら、それをかなえてあげるのが道理というものではないのかね?」
その口調は、本当に理解できないようなものだった。

「ラナ様の言うとおり冷め切っているね君。ウィルくんの世界の人達と仲良くやっていけそうなぐらいだよ。でも尚更気になるよね。何も感じないあんたが、邪神教団を手を組むなんていったい何を企んでるのか――、っ」
剣を抜いてラナのすぐ傍に並べるレクスが一瞬、目を瞬いてオズワルドを見た。

謁見の間の外から、一際大きい歓声が響いた。ラナ達の連合軍が入ってきた反対側からも、戦いの声が段々と近づいている。
「ロバルト王の方も城門を突破したようですね。さすがに潮時ですか」
「オズワルド…っ」
ラナが一歩前に踏み出す。

「ご褒美として一つお伝えしましょう。現在ゾルド復活の進捗は、儀式自体こそ順調だが、必要な混沌カオスを集めるにはまだ少し時間がかかるようです。恐らく、次に会う時が決戦になるでしょう。その時になりましたら、改めて私の本当の目的をお伝えします。それまでに暫しの別れです。ラナ殿下。姉上によろしく伝えてください」
「ほざいてろっ!」

ラナのエルドグラムが、ホログラムの中に浮いてあるホログラムドローンを両断した。バチチと火花を散らしながらドローンが爆発し、オズワルドのホログラムが跡形もなく消え去った。

「ラナ様…」
ラナはドローンの残骸を見つめ、小さく息を吐いた。
「…今から追ってでも間に合わないでしょうね。脱出手段は間違いなくあのギルバートだと思うから」
「うん…。まあでもこれで晴れて帝都は奪還できたんだ。オズワルドはいずれ決着をつけるから、今は勝利を素直に喜んだほうがいいよ」
「…そう、ね」
いつものにへらと笑うレクスに、ラナが小さく苦笑した。

「ラナ様っ!」
「あ、アラン殿っ」
謁見の間の入口から、アランやルシアが他の騎士、兵士達とともに入ってきた。ラナが小さく目を見開いた。彼らに続いて、彼女がずっと会いたかった人が、カレスが押す車椅子に座って入ってきたからだ。

「母上…っ」
「ラナ?ラナなのねっ」
「母上!」
ラナが走った。ヘリティアの皇妃、自分の母親であるヒルダの元へ。

「ラナ…っ」
ヒルダの前へと駆けつけたラナは安心しきった表情を浮かべるが、すぐに顔を引き締め、彼女の前で跪いた。
「母上。体に異様はありませんか?どこかお怪我は?」

そんなラナにヒルダは優しく微笑み、背をまっすぐして頷いた。
「ええ。少し体調が優れないかもしれないけど、命に関わるようなものではありませんよ。それよりもラナ、本当に良く戻られました。貴女ならきっとやり遂げると信じてました」
「皇女としての務めを果たしたまでです、母上」

跪いたまま丁寧に返答するラナに、アランとレクスが密かに苦笑した。
(確かに人前だけど、こんな時でも礼儀優先だなんてラナちゃんらしいな。本当は皇妃に抱きつきたいぐらい嬉しいはずなのに)

外に連合軍の歓声が一斉に挙げられるのが聞こえた。それは、今度の戦いの終わりを意味するものだった。


******


当初は長引くと思われる帝都奪還戦は、あっけないほど終結した。城門を突破され、帝都内の皇国民の蜂起に、指揮官が既に離脱した事実が広がると、オズワルドに従っていた諸侯や兵士達はたちまち投降した。邪神兵や邪神獣を含めた教団の戦力も、神弓を振るうカイとアイシャが先頭で戦うことによって全て沈黙。反対側の城門も開かれ、ロバルトの軍勢と合流を果たした女神連合軍は、程なくして帝都を完全に制圧した。

皇城に女神連合軍のシンボルたる三位一体トリニティの旗がはためく。祭事時に使われる帝都の大広場、そこにある皇族御用達の建物のテラスで、ヒルダ達の傍に立つラナは広場に集まった皇国民に向け、旗を高く掲げては勝利を高らかに宣言した。

「わが国民よ!諸君らを苦しめてきた逆賊オズワルドはいま追い払われ、皇妃もご覧のとおり無事解放された!奴を裏から操り、世界を闇で覆う邪神教団もすぐに我らの手によって駆除されるだろう!その奸計により傷付けられた皇国とルーネウス王国との傷も、ハロルド陛下と手を取り合っていつか完全に癒されると信じている!この勝利をもたらしたのは他でもないっ、三女神様のご加護と、己の信念をもって今日まで耐え抜いた諸君らの努力にほかならないっ!己の勇気を称えよ!誇りを賛美せよ!先帝の死を我々は、第一皇女たるこのラナが決して無駄にはしない!先帝に、ヘリティアに、女神に栄光あれっ!」

帝都が民衆の轟く賛美と高揚する叫びに震え、地下深くまで響きそうなその声は長く続いた。帝都はいま、解放の喜びに満ち溢れていた。

――――――

「あっ、ラナ様っ!すみませんがこちらの騎士団の待機場所について――」
「すまない、その件はアランに問い合わせてくれ」
「ごめ~ん、ちょっといま急いでるから~」
諸侯達に目もくれず、ラナはレクスとともに皇城内を小走りする。宣言を終えて母であるヒルダやロバルト達に挨拶する時間も惜しいほど急いでここまできたのは他でもない、命を削って今回の勝利をもたらしたあの人の安否を確認するためだ。

「うぅっ、ぐうぅぅ…っ!」
「しっかりしてウィルさん…っ」
部屋に入ると、アイシャとカイ心配そうにそこに立っていた。二人の視線は、今にも泣きそうに必死に治癒セラディンをかけてるエリネ、その補助をしているミーナ、そして、体に赤いエネルギーラインが走り、苦しそうにベッドに座って悶えているウィルフレッドに向けていた。

「あっ、レクス様、ラナ様っ」
「お疲れ様カイくんっ、ウィルくんの様子は?」
ミーナが深刻そうな顔を浮かべた。
「あまり芳しいとは言えん」

「うっ!うあぁ…!」
ウィルフレッドの胸のクリスタルから一際大きくエネルギーラインが走り、彼は冷や汗を掻いては両腕で強く自分を抱いては唸った。エリネが小さく声をあげる。
「ウィルさんっ」

「ウィルくんっ」
「はぁ…っ、はぁ…っ、だ、大丈夫だラナ、みんな…、痛みは段々と、落ち着いてきてるから…」
その顔は徐々に落ち着くも、その体はいまだに震えていた。ウィルフレッドがエリネの手を握り、抱き寄せた。

「君がいるから、大丈夫だ、エリー…っ」
それは、まるで自分に言い聞かせるような言葉だった。
「ウィルさん…っ」
お互いを慰めるように互いに抱きあう二人を、ミーナやラナ達はただ静かに見守るしかなかった。

――――――

暫くして、呼吸も含めて体調がようやく落ち着き、アスティル・クリスタルの赤いエネルギーラインも鳴りを潜めたウィルフレッドは、ようやく一休みできるエリネと互いに寄り添っていた。

「ウィルくん、ごめん…。君の体の状況を知っていながらも、君に頼る作戦を出してしまって」
「いいんだレクス。ギルがいる以上、たとえ君の作戦がなくとも彼とやりあってたんだ。お互いそれを承知して覚悟した上のものだろ?文句なんてありはしないさ」
レクスの拳にが入る。

「ウィル、おぬしの体はいまやわれが集中して診断せずとも、歪みが走っていることがはっきりと分かる」
診断を終えたミーナの顔は、これほどまでになく厳しいものだった。
「これ以上体を酷使したら二ヶ月を待たずとも肉体は限界に瀕する。だからこれからのアルマ魔人化は、ギル相手を除いて厳禁だ」

「先生の言うとおりよ」
ラナもまた、今までにない真剣な顔をウィルフレッドに向ける。
「もうこの前のヘマは絶対にしないわ。また変異体ミュータンテスに遭遇したら、たとえ何があろうとも私達が必ず代わりに倒して見せるから」
「そうだよ兄貴。今度こそ俺達が絶対にあんたを助けてやるからっ!」
「ええ。この身に何があろうとも――」
「もう二度とウィルくんを無茶させはしないよっ」

エリネもまた、小さく涙を流しながら彼の胸に顔を埋める。
「私も、もうウィルさんをこれ以上無理をさせないです…っ」「キュ…っ」
「みんな…ありがとう」
「お礼を言うのは私達…いえ、私の方よ、貴方のお陰で無事帝都を奪還することができたのだから」
ラナが自分への不甲斐なさも含めた苦笑いをする。

「我らからも礼を申し上げさせてくれまいか」
ウィルフレッド達がドアの方を見やる。そこには、ルーネウスの国王ロバルトと、ジュリアスが押す車椅子に座るヒルダ皇妃にルドヴィグが立っていた。

「ロバルト陛下…っ」
レクス達が一歩引いて一礼する。そしてロバルトは立ち上がろうとするウィルフレッドを制した。
「立ち上がらなくとも良い、異邦人よ。君のことは、その体のことやもう一人の魔人のことも含めて、アイシャとラナ殿から全部聞いておられる」

ウィルフレッドが思わず唇を噛んだ。
「すみません。私と同じ世界の仲間が、貴方がたに大きな迷惑をかけてしまって…」
ロバルトは一度ヒルダ達を見ると、威厳のある笑みを見せた。
「アイシャの言ったとおり律儀な方ですな。そのことに貴方が気負う必要はない。寧ろ今までアイシャとともに旅して彼女を守ってくれたことに礼を言わねばならないからな」

ヒルダもまた頷く。
「そうですね。ラナも大変お世話になってるみたいだし、今回の奪還戦の一番の功労者は貴方であるとも聞きます。ヘリティア皇家を代表して礼を申し上げます、ウィルフレッド殿」
ウィルフレッドの目がかすかに滲む。

「ミーナ殿、帝都にあるリソースは好きに使って構いません。彼のことを必ず治してくださいな」
「分かっておる、ヒルダ。…久しぶりに会ったのに、ゆっくりとお茶できる暇もないのが残念だな、二人共」
「ふふ、本当にそうだな」
ヒルダとロバルトがミーナと友人としての笑みを交わした。

窓から涼しい夕暮れの風が吹き込み、寄り添うウィフレッドとエリネを労わるように撫でる。優しい夕焼けの色が、戦火で傷ついた帝都を包んでいった。



【第十六章 終わり 第十七章に続く】

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