忍の恋は死んでから。

朝凪

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第12章-過去暁闇篇-

意糸-イト-

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佐助に言われるがまま、鉛のように重い足を引きずりながら人気のない道を走る事数分。

花火を見る絶好の穴場だと樹たちが教えてくれた古寺に続く石階段を駆け上り、棟門をくぐって辺りを見渡した。

『…確かに人の気配はするが、どうやら子どもたちではなさそうだな』

本堂や井戸からは、抑えきれていない微かな殺気が張り詰めている。

幸村は胸を撫で下ろすも、これで一抹の希望もかき消えた。

恐らく身を潜めているのは、斯波裡しばうらの連中だろうと幸村は黙考する。

何の因果とも知れないが、合理主義である佐助が奴等と手を組む理由は言わずと知れた。

『利害の一致…か』

自身を亡き者にするという目的のみで、徒党を組んだのだろう。

しかし、幸村には一つの疑念があった。

『そうまでして、俺を殺そうとする理由はなんだ?悔しいが憎悪を抱くほど、まだお互いを深く知る仲でもないというのに…』

間者が裏切ることは別段珍しいことではない。この戦乱の世に於いて、彼等には彼等なりの生き方がある。

だが幸村は理解はできても、納得はできなかった。

『わからぬ…。佐助にとって、俺を殺してもなんの得にもならぬのではないか?』



前に幸村は、興味本位で佐太夫に“主君殺し”についての是非を問うた事があった。

『生きる為なら殺す』

佐太夫は一片の迷いも無く、そう言った。

己や流派の血を絶やさぬよう、どんな事があっても生き延びる事が最優先であると。

その障壁と成り得るのであれば、例え飼い主であろうと咬み殺せ。

『無駄に死に花を咲かすような真似は恥と思え。利用出来るものは利用し、他人の命を糧に生き延びろ。…だが一族の為とあらば、潔く戦場で何人なんぴとにも気取られぬように散って逝け』

ーーー生き死に貪欲になれ。だが、執着はするな。

それが忍の本分であると佐太夫は笑った。



『しかし裏を返せば、障壁と成らざるのであれば、無能な主君でもこうべを垂れるのが常ということか?』

幸村はそう佐太夫に聞き返した。

主君殺しは、大義名分があってこそ成立するものである。

無闇に汚名を被っても、その一族の先は知れているだろうと。すると佐太夫は、ころころと笑いながら低い声音で言ったのだ。

大義名分はあるんじゃない。
〝作る〟のだとーーー。



その言葉が脳裏に過った瞬間、幸村はようやっと溜飲が下りた。

これは“信用”という、忍が生きて行くために一番不釣り合いで、一番必要な物の為の謀略なのだと。

幸村おれに付いていても先はない…。そう思ったのだな、佐助』

この戦乱の世を生き抜いて行くには、先見の明がなければ直ぐに足元を掬われる。

そう教え込まれて生きてきた佐助にとっては、至極当然な答えに辿り着いたのだろう。

新たな主人を見つける為に真田幸村を亡き者にし、そして一族の信頼が失墜してしまわぬよう、“誰か”に殺されたように見せかけねばならない。

『そうか、だから佐助は今日を選んだのか…』

前夜祭では毎年、盛大に花火を打ち上げる手筈になっている。

その頃合いを見計らって騒ぎを起こしても、雑踏に紛れて気付かれる恐れも少ない。

祭の手伝いという幸村からの勅命を受けていたのであれば、例えその祭の最中に幸村が殺されても、警護から離れていた佐助に全ての責任が問われることもないだろう。

そして恐らく幸村が殺されたとなると、真っ先に疑いの目を向けられるのは、最近町中で噂になっていた斯波裡の連中である。

全ての計略のイトは解けた。

しかし幸村の心は何故か、怨嗟や焦燥に呑まれてはいなかった。

『騙しは忍の専売特許だ。しかし、日和見主義を常とするのもまた事実。こうなってしまったのは、将足り得なかった俺の責任だな』

若くして一族の長となった佐助の肩には、一体どれ程の荷を背負うているのだろう。

まだ佐助は幸村と大差ない〝子ども〟なのだ。

『真田家の当主にもなり得ぬ次男坊に仕える事になった挙句、俺はまだ初陣も済ませていない半端者だ。それにひきかえ佐助は、戦場で浴びた返り血や、幾多の死線をくぐり抜けてきた数は俺の比じゃない。だから余計に俺の存在が疎ましいのだろう』


だがな、佐助ーーー。


「幸村、俺は寺の裏の方を見てくるわ」

佐助はそう言って、古寺の裏に姿を消した。途端に先刻から張り詰めていた殺気が、更に色濃くなっていく。

『…気配も感じ取れぬうつけと思われているか、将又はたまた余程俺の首を取れる自信がある者か…』

どちらにしろ、古寺の中から感じる薄氷のように冷たく鋭利な気配は、只者ではなさそうだ。

幸村は大きく深呼吸し、ふと視線を上げる。

眼界には、月が放つ光と同化する火花のみが燦然と黒い空に輝いていた。

ぐっと口を真一文字に結び、幸村はゆっくりと本堂の敷居を跨いで古惚けた扉に手を掛ける。


俺は、神でも仏でもない。

佐助おまえをヒトに還すなんて、大層なことは望んじゃいないんだ。

俺はただーーー
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