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第2章
サスケ?
しおりを挟む予鈴が鳴り終わると同時に、教室の扉を開けた。
またもや女子の視線が気になったが、真田はなるべく気にしないようにして教壇の上に立つ。
緊張で乾いた喉を何度か払い、クラス全体を見渡しながら口を開く。
「えーと…先程紹介に預かりました、今日から皆の担任になる真田悠希です。一時間目の貴重な自習時間をもらって、みんなの自己紹介をしてもらうことにしました。それじゃあ、始めますか!」
真田は出席簿や座席表を見比べながら、生徒の名前と顔を頭に叩き込む。自己紹介は順調に進み、残すはあと二人だけになった。
小柄な体躯をした男子生徒は人懐こい笑みを浮かべ、快活な声で自己紹介する。
「渚小太郎、十七歳!好きなものは草餅とみかんです!!特技はお菓子作りで、好きな女子のタイプは俺より背の低い子です!」
渚小太郎と名乗った生徒はクラスのムードメーカーなのか、教室は明るい笑いに包まれる。
ーーーだが、渚の後ろの席に座っている生徒だけが、笑っていなかった。
「…遊馬佐助。得意な科目は体育で、嫌いな科目は歴史っす。」
彼は真田と目を合わせようともせず、端的にそう言って席に着いた。
綺麗な顔をしている生徒だと思った。
他人の容姿に疎い真田でさえ、遊馬佐助と名乗った生徒は、男として羨ましい程整った顔立ちをしていた。
モデルや俳優をしているといっても、なんの違和感もないくらい、完璧な容姿とスタイルに圧倒される。
そして不意に、酷く懐かしいような感情が渦巻いた。
「遊馬…さ、すけ…。」
「……!」
真田は無意識に彼の名を呼んだ。
刹那、初めて遊馬と目が合った。
驚きと躊躇いを綯交ぜにしたような表情からは、遊馬が何を思っているのか真田に窺い知ることはできない。
だが真田は、遊馬とは初対面だとは何故か思えなかった。
「佐助って名前なら、歴史が得意そうなのにな。俺の担当教科、歴史だから好きになって貰えるように頑張るよ。」
そう、何故か‘佐助’という古風な名前に引っかかったのだ。
過去にも、真田の友人や身内には佐助という名前の人物はいない。
こういう職業柄、嫌でも人の名前や顔を覚えるのが得意になる真田にとって、全く見覚えがないということは、やはり遊馬佐助とはなんの面識もないのだろう。
『…なんだ、この感じ。』
何か大切なことを忘れているような…。
「…ゆ、きむら…」
「…え?」
不意に、遊馬は消え入りそうな声で呟いた。
『…ゆき、むら…?』
確かにハッキリとそう聞こえた。その声は柔らかく、妙に真田の中で落ち着いた。
自分の名前じゃないのに、ストンと胸に綺麗に沈むような不思議な感じがする。
「……っ!」
だがその刹那、遊馬が急に苦しげに胸を押さえ、ガクリと膝を折って床に倒れ込んだ。
「…!佐助!?」
渚が悲痛な叫びを上げ、真田は慌てて遊馬に駆け寄った。
「おい!どうしたんだ遊馬?!しっかりしろ!」
何度呼びかけても反応がない。
「すまん!誰か保健室行って、校医の先生を呼んできてくれ!!」
真田の一言で、弾かれたように何人かの生徒がバタバタと教室を出て行った。一瞬で教室内は騒然となり、遊馬の周りに人集りができる。
ぎりぎりと心臓が締め付けられ、冷や汗がたらりと真田の背中を伝う。
『脈と呼吸はしっかりしているな…!』
真田は口元と手首に手を添えて、最低限のバイタルチェックをする。
少なくとも、今すぐ命に関わるような状態ではなさそうだ。
「佐助っ!!佐助ってば!!」
真田の隣では、渚が顔を真っ青にしてしきりに遊馬の名前を呼んでいる。
まただ。
『俺の中で、何かが引っかかる…。』
「落ち着け渚!…大丈夫だ、遊馬は大丈夫だから。」
真田は半ばパニック状態の渚を宥め、なんとか落ち着かせようとする。だが、何故かその言葉は自分に言い聞かせているようだった。
そうでもしないと、不安と恐怖に押し潰されそうで堪らなく怖かった。
『…怖い?俺は怖いのか?』
‘何’に対して?
自問自答している間に教室のドアが開き、担架を抱えた教師数人と校医が慌ただしく入ってきた。校医は聴診器やライトを当て、遊馬の状態を素早く確認していく。
「脈拍、呼吸ともに正常ですね。少し過呼吸気味ですが…瞳孔反射も問題なさそうです。恐らく、顔色や瞼の裏の色合いから見て、貧血だと思われます。保健室で暫く様子を見ましょう。」
そう校医は結論付けた。
「そうですか……よかった…。」
一気に身体の力が抜け、真田はその場にしゃがみ込む。
先生たちは数人で慎重に遊馬を担架に乗せ、なるべく衝撃を加えないようにしながら教室を出て行った。
「…大丈夫、先生?」
隣にいた渚に肩を叩かれ、はっとする。渚は大分落ち着きを取り戻し、顔色も良くなっていた。
「あ、あぁ…。ごめん、俺こういう事態は初めてで…、ちょっと取り乱しちゃったな。」
まだ小刻みに震えている膝を叱咤し、ゆっくりと立ち上がる。まだ喧騒の鳴り止まない教室をなんとか鎮めようと、真田は掠れた声を張り上げた。
「皆!遊馬は心配ないから、自分の席に戻ってくれ。先生を呼びに行ってくれた人、ありがとな。」
生徒たちはまだ心配そうな面持ちだったが、真田の掛け声に素直に従って自分の席に戻って行く。
そして間も無く、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、一時間目が終了した。
その瞬間、渚が疾風の如き速さで教室を飛び出して行き、真田もその後に続いた。
『……遊馬……!』
言い様のない焦燥感、そして恐怖。
この感情が表す正体がなんなのか、真田は無性に知りたかった。
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