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第12章-過去暁闇篇-
生きろ
しおりを挟む「クッ、ハハハハハ!!良い様だな真田幸村!!裏切った駄犬なんかを庇うとは、なんと愚かで滑稽か。偽善者には似合いの姿だ!」
静寂を切り裂くような罵声を、八雲は狂ったように浴びせる。弾が切れたのか、短銃を無造作に床へと投げ捨てて腰元の刀身を抜き放つ。
瞳孔が開き切った眼で幸村達を睨み付けながら、八雲は放心している佐助に向かって、刀の切っ先を突き付けた。
「フン、やはり私の勘は正しかったな。佐助、お前に主人は殺せないようだ。くだらん戯言なんぞに心を揺さぶられるとは、それでも忍か!!」
「………」
床に伏した幸村を虚ろな目で見遣り、佐助は力無く幸村の腹部に空いた銃創を抑える。
じわりとした赤い熱が佐助の掌に広がり、抜けていく。
「幸村…」
周りの音がプツリと途切れたかのように、佐助の耳には八雲の怒声も何も聞こえなかった。
ただ親に縋る赤子のように、幸村に触れていた。
戦場で幾度と無く見た死屍累々ーーー。
今迄思い出したことなど微塵も無かった光景が、色を得たように鮮やかに佐助の脳裏に蘇る。
目の前に横たわる幸村の姿が嫌でも重なった。
もう、息をするのも億劫だ。
『俺の…存在意義は、もうない』
漸く見つけた己の居場所を壊したのは、他でもない自分自身だ。
『ハヤク、オレヲ、コロシテクレ』
祈りのような呪詛を呟いた刹那、微かに幸村の唇が佐助にだけ届くような音の無い声を紡いだ。
生きろとーーー。
もう意識はない筈なのに、幸村はただ只管に祈りのような願いを呟いた。
その瞬間、硬く昏い深淵に囚われていた世界に亀裂が走り、眼界に一筋の光が刺したのを佐助は確かに見た。
「お望み通り、汚れた身のまま死んでゆけ!!」
八雲が刀を振りかぶったと同時に佐助は弾かれたように顔を上げ、右腕の小手に仕込んだ鎖帷子で凶刃を受け止めた。
「!?」
思い掛けない佐助の行動に八雲は一瞬狼狽する。
「…っ!往生際まで悪いのか、死に損ないが!!!」
金属がガチガチと音を立て、細かな火花が殺伐とした空気に散っていく。
佐助は右腕を真一文字に薙ぎ払い、反動で後方に仰け反った八雲の胸元に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。
「かはっ!!」
先刻幸村に負わされた手傷の所為もあり、八雲はまともに受け身も取れぬまま壁に叩き付けられる。肋骨の折れた鈍い音が響いた。
肉弾戦はこの時代に於いて、忍の右に出る者はいない。
人体の限界を超えた関節の可動域や筋肉の柔軟性によって、無理な体勢から繰り出される予測不能な攻撃は、確実に相手の命を狩るための急所を捉えて破壊する。
「佐助…っ!き、さま……っ!!」
八雲は胸を押さえながら血反吐を吐いた。
異常なまでの頻呼吸と皮膚の変色を見て、肋骨を折った時に肺を挫傷したのだろうと佐助は悟った。
八雲はもう長くはない。
「悪いな、八雲」
佐助は幸村をゆっくりと抱き抱え、踵を返して背を向ける。
もうすでに八雲には、足掻く気力もないと分かっていたからだ。
「結局…っ人間は他者を裏切り、己が保身の事しか…頭にない低俗な…生き物だ…っ。その最下層にいた貴様が、今更その偽善者と…家族の真似事、でもする…つもりか…っ!?」
ピタリと佐助は足を止めた。息も絶え絶えに、八雲は喀血しながら続ける。
「未練…がましく、生に執着するなんざ…忍が聞いて呆れる…っ!!ひとでなしは…ひとでなしらしく…っ、地べたを這いずり回って…独り朽ちて逝け!!」
八雲の呼吸音が徐々に弱まりつつある。しかしそれに反比例するように、八雲はどす黒い憎悪を膨らませ、肌を裂くような殺気を放っていた。
辺りは静寂に包まれ、花火の音はいつの間にか止んで聞こえなくなっていた。
佐助はふと、静寂に包まれた夜空を見上げた。
「この業と咎は一生俺自身の枷として背負って行くつもりだ。それでもいつか、幸村が赦すと言うのなら…俺はこの男の為に、生きてみたい」
「な、に……っ!?」
一度人道から外れたら、もう後戻りは出来ない。それは佐助も痛い程わかっている。
罪滅ぼしなんて高尚な事は考えていない。
ーーーただ純粋に、佐助は幸村に命を懸けてもいいと思った。
「それに八雲、さっきのことはお前自身に向かって言っていたのか?」
「…っ!」
八雲は何も佐助に言い返さなかった。否、言い返せなかったというべきか。
佐助はそのまま振り返る事なく境内へ出ると、幸村を抱えたまま跳躍し夜の森へと消えていった。
その直後、獣の様な慟哭が響き渡ったが、祭囃子と雑踏に掻き消され、誰一人としてその声に気付く者はいなかった。
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