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第8章
今も昔も
しおりを挟むアラームが鳴る少し前に目を覚まし、真田はのそのそとベッドから抜け出した。
洗面台に立ち、ふと鏡を見やると目尻は泣き腫らした痕がはっきりと残っており、薄っすらと赤らんでいる。
『出勤前に冷やさないとな…。』
とても生徒の前に立てるような顔じゃないと呆れながら、真田は蛇口を捻り顔を洗う。
『…っ、頭…痛い…。』
昨日の夜、髪を乾かさないまま寝たためか、真田は頭に走る鈍痛に顔を顰める。
頭痛のせいで食欲は失せ、真田はコップ一杯の牛乳で朝食を済ませた。身支度を整え、時計を見やると時刻は午前七時過ぎ。
『…遊馬に電話しないと。』
たとえ理人や佐助に関わるなと言われても、真田はどうしても諦められなかった。
しつこいと嫌われたって、自分は真正面からぶつかっていく不器用な事しかできない。
大人の余裕なんて微塵もありはしない、子供染みた執着心だってわかっている。
だけど、これが自分なりのやり方なのだ。
‘今も昔もーーー。’
『…昔?』
不意に浮かんだ言葉は、先刻よりも酷くなっていた頭痛にグシャグシャと掻き消され、真田はこめかみをぐっと押さえる。
「…早く、電話しないと…。もうすぐ出勤時間だ」
ズキズキと痛む頭を抱えながら、真田は携帯を手に取り、ゆっくりとボタンをタップして耳に押し当てる。
コール音が一回、二回と鳴り響く。
『…やっぱ駄目か…。』
もうあの無機質な声は聞きたくない。
そう思って携帯を耳から離そうとした時だった。
「…はい。」
ーーー!!
鼓膜に響く低い声。
声が喉に張り付いて、上手く言葉を発する事ができない。
全身が震えるーーー。
聞きたくて聞きたくて聞きたくて堪らなかった声だ。
やっと、もう一度繋がれた。
「遊馬か?…真田だけど」
ようやっと絞り出した真田の声は酷くか細くて、まるで自分のものじゃないみたいだった。
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