忍の恋は死んでから。

朝凪

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第10章 -過去追想篇-

無垢なるシアワセ

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「佐助ー!悪いが境内の裏手にある井戸から水を汲んで来てくれないか!」

いつもより更によく通る声で幸村が声高に叫ぶ。

活気溢れる城下町に灯された行燈を木の幹に飾り付けながら佐助は舌打ちした。

「チッ、人使いの荒い野郎だ」

命綱や梯子も要らない佐助にとって高台の作業は造作も無いが、こうも引っ切り無しに袖を引かれると辟易してしまう。

『ま、暫しの辛抱だ』

紅紫に染まり行く地平線を眺望し、佐助は息を吐く。ふと見下ろすと、大勢の人垣に呑まれている幸村が目に入った。

 豊盛祭ほうじょうさいの前夜祭が開催される今夜、幸村は朝から準備のために佐助以上に町を駆けずり回っていた。

「幸村様、先刻は屋台骨の組み立てに手を貸して下さってありがとう存じます!これ、ほんの御気持ちですが…」

「私たちのとこも米の収穫を手伝って下さってありがとうございます!男手が足りなくて大変だったんですよ!」

「なに、大した事はしておらぬよ。また何かあれば遠慮なく言ってくれ!」

「なーなー幸村様!今日の花火一緒に見ようよ!おいら達、良い穴場知ってるんだぜ!」

「む、そうか!是非あとで教えてくれ!」

農民や商人、子供達でさえ幸村にはあの態度だ。

しかし幸村はそれを諌めるどころか、全く気にする素振りもなく屈託無く笑っている。

『…馴れ合いというより、完全に舐められてんだよお前は。』

佐助はフワリと音もなく地面に着地し、手近にあった桶を抱えて古寺へと向かう。

八雲と共謀し、幸村暗殺計画を企ててから数日。

最早佐助の中で、謀略に歯止めをかける気は微塵も無くなっていた。

古びた棟門をくぐり、佐助は境内をぐるりと見渡しながら、本堂や木々の位置からありとあらゆる死角を計算して頭に叩き込んでいく。

「好機は一度きり…。失敗は許されねえぞ」

事を仕掛けるのは佐助自身だ。

花火を見物しようと、町人たちが河川に集まる頃合いを見て、佐助がまず幸村をこの古寺に誘い込む。

人目を避けるならこの時しかない。

『単純馬鹿の彼奴あいつのことだ。子供がガラの悪い連中に絡まれているとでも言えば血相を変えて来るだろう』

あとは八雲たちがどう憂さ晴らしをしようが佐助の知るところではない。

ただ確実に息の根を止めたか確かめるために、佐助は幸村の死角となる場所に身を潜め、事が済んだら死体を引き渡される手筈になっている。

『人の価値ってのは、死ぬ間際の言動が全てを決めると言っても過言じゃねえ』

だけど彼奴はきっと、何も知らないまま、絶命していくのだろう。

穢れのない無垢なままで。

それは果たして“シアワセ”と呼べるのか。

「…ま、考えるだけ無駄か」

恨むなら、この業に溢るる 隠世かくりよをーーー。

「さあ、絶好の打ち上げ日和だな」

夜風にたなびく枝葉が擦れる音に紛れ、佐助はどろりと黄昏時に溶けて消えた。
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