決戦の夜が明ける

独立国家の作り方

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第1堡塁の戦い

第78話 私達、生き残っちゃったね

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 占領した第1堡塁ほうるいに指揮所を構えた三枝軍は、負傷判定を受けた者の応急処置を実施し、屋根のある要塞内部で束の間の休息をとっていた。

「静香ちゃん、私達、生き残っちゃったね。」

 上条佳奈の親友で、鎌倉聖花学院高等部1年の橋立麻里はしだて まりは、同じく親友の花岡静香はなおか しずかとともに、横須賀学生同盟軍に参加していた。
 先ほどまで続いていた激戦を振り返り、交戦装置こうせんそうちの模擬戦であると理解していても、空砲から発せられる銃声と硝煙の香り、そして激しい銃撃戦の末の要塞攻略までを振り返り、まるで映画を見ているような迫力の中を、ここまで戦死判定を受けずにたどり着いたことが、未だに信じられないでいた。

 やはり、というか当たり前だが、この要塞を陥落させるまでには、同学年の女子生徒の何人かは負傷判定を受け、その中には戦死判定の者もいた。

 これが実戦でれば、彼女はこの世の人ではない、、、。

 それは冷静に考えれば恐ろしいことであったが、この時の橋立麻里にとって、それは自身の疲労のために、白昼夢はくちゅうむを見ているように実感が沸かないのであった。

「麻里ちゃん、私たち、凄いところに来ちゃったんだね。」

「そうだね、昭三さん達、工科学校の生徒さんは、こんな世界で生きているんだね、私、知らなかったよ。」

 静香は、自身の無知を恥じていた。
 三枝兄弟のことは、同世代であれば誰でも知っている事件だった。

 しかし、三枝家の長男は、これより遙かに激しい実戦において、空腹と激痛に耐えて戦い、死んでいったのである。

 頭で理解していても、実際に疑似体験することで、身近にある驚異なのだとはっきり認識することが出来た。
 それは、二人にとって、人生観に大きな変化を与える一大事件であったと言える。

 元々お嬢様学校である鎌倉聖花学院の生徒たちは、親の期待と全く真逆の性格をもった、今回の戦いへの参加に否定的であった。
 しかし、その親たちを説得したのは、他ならぬ同校の教員で三枝啓一の元婚約者である三枝澄さえぐさ すみのオンライン説明会であった。


 鎌倉聖花の父兄会は、地元の盟主だけではなく、政界財界の令嬢が多く集まる場でもあった。
 そんな絶対安全圏に通わせていたはずの我が子を、陸軍の模擬戦闘に参加させるなど正気の沙汰ではないと考えられていたのである。
 澄は、そんな親達に、自身の境遇や、戦死した啓一との馴れ初め、なぜ軍人は命をかけて戦うのかを丁寧に説いた。
 これが同じ内容であっても、他の教師や軍人が話しても効果は薄かった事だろう。

 しかし、ドグミス日本隊玉砕事件ぎょうくさいじけん以降、日本国民の軍に対する考え方は少し変わりつつあったこと、そして澄本人が当事者の婚約者であり、恐らくは最大の被害者であることが、父兄の心を動かした。

 また、澄自身は鎌倉聖花学院の主席卒業生であり、美人で聡明、自分の娘も、こうあってほしいという理想像そのものでもあった。
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