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第四章:愛

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 その日の式はトラブル続きだった。バスが遅延したり、音響が突然壊れたり、ゲストが酒に酔って転倒したりと、一筋縄ではいかず、昨日以上に気を張りまくる一日だった。後輩が先輩のサポートの元で担当した式だったが、昨日が大成功だった分、式終了後、彼女の瞳には涙が滲んでいて、「キミのせいじゃない」と全員で励ますことすらも大変だった。

 明日は、有難いことに仕事休みを貰っている俺は、勤務終了後、弟を誘って一緒に外でディナーを食べた。

「やった! 兄ちゃんの驕り~。超嬉しい!」

 そう言って遠慮なく注文する弟はそこそこ鬼畜だ。まぁ、いいんだけどさ。

「なぁ、弟よ」
「お、おぉ? なんだ、兄よ」
「就活してんのか?」

 聞く俺に弟は、急に「萎えました」という態度で「してるよ」と適当に返事したのち、「あ」と思い出したように声を出した。

「そういえばさ! 華頂茜の店が新卒採用するんだって! 大学の掲示板に載ってた!」
「華頂風月が?」
「そう! 一人しか採用ないんだけどね! 俺が兄ちゃんの弟だって言ったら、採用決まるかな?」
「バカ野郎。未経験のお前が行っても足手まといになるだけだろ」
「未経験歓迎って書いてたもん!」
「やめとけ」

 絶対に続かないと思う。大変そうな仕事だったから。

「え~。コネで入れるなら、俺全然花弄りするけどな~」
「花弄りとか言ってる時点でダメなんだよ、お前は」
「花弄りじゃ~ん。土弄りとか?」

 そう言った弟の言葉を聞き、俺は「あぁ」と別の事に納得してしまった。

 だから俺の名前は「土田」で、彼は「華頂」なのか。
 そう思ったら可笑しくて笑ってしまった。

「何笑ってんの?」
「いや、何でもない」

 土壌を整えるのがきっと俺の仕事なんだろう。可憐な彼女が綺麗な花を咲かせられるように、俺がしっかりその足元を支えなきゃいけない。きっとそういうことなんだ。

 でもまぁ……、今は、普通のおじさんなんだけどな、あの子は。俺なんかいなくても、若くして店を継ぎ、新しく起業して、大きな大会でバンバン賞を取る。出世コースしか走ったことのない生粋の職人さんだ。

 俺が居なきゃ花の名前一つ調べられない女の子じゃない。俺よりよっぽど仕事をして、俺なんか比じゃないくらい稼いで、しっかりと立っている。俺が守らなくても立派に自立してるし、一人でだって生きていける。

 そう思うと、俺はなんだかそれが寂しいと思った。

 もっとも、あんなおじさんに、精神的にも金銭的にも甘えられては困るんだけどさ。
 それでも、俺が居なくても大丈夫なんだと思ってしまうことは、寂しい。俺は昔から一人が好きじゃないから、余計にそう思うのかもしれない。俺ばっかり、寂しがり屋みたいだ。
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