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第四章:愛
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言った後で、また強烈な静寂が下りた。でも、今度は電波のせいじゃないと分かる。
四十近い男を「百合」だと言い切る俺は、相当頭がイカレているだろう。想像したって全然華頂さんは「百合」の似合う男ではないのだから。俺より背も高くて、がたいも良くて、低い声をしている。男一人担げるくらいの筋肉男になりたいとまで言っていたくらいなのだ。俺だって、本人だって、彼が百合ではないことくらい十分自覚している
でも、だけど──。
「夢を見ました。貴方によく似た人が、幸せそうに笑っている夢を。その人は美しくて、穢れていなくて、まるで本当に……百合の花のような人でした」
名前を……何と言っただろうか。
思い出そうとして瞳を閉じるけど、あの女の子の容姿すらもう……上手く思い出せない。
「あの百合は……きっと華頂さんです。シロツメクサが……茜という名前が、俺にそう教えてくれている気がします」
感覚的な話だ。そんな馬鹿なと思うだろう。勘違いだと言われたらそこまでの話で、俺だってこんな中二病を患っているようなことを、言いたくはない。でも……それでも、間違ってないと思うんだよ。
華頂さんは俺の言葉に程無く「うん」と頷くと、柔らかく笑ったような気がした。
『正直、百合が俺とは……とても思えないけど、エドがそう言うのならそうなんでしょうね』
聞き間違いかと思った。「誰がそう言うのなら」、だって?
「え?」
思わず聞き返す俺に、華頂さんはもう一度言葉を繰り返してくれた。だけど──。
『いや、だから、土田さんがそう言うのなら……たぶん』
「いや、違う! 今、俺の事をなんと呼びましたか?」
『え? 土田……さん、と』
「違う、そうじゃない! その前です!」
問いただすが、本人は「土田さん」としか呼んでいないという。
でも、違う。絶対にそう呼ばなかったはずだ。まさか別の名前で呼ばれるなんて……、油断していた。何て呼んだんだ? つい数秒前のことなのに全く思い出せない。
くそったれと思いながら、これ以上問いただしても、思い出そうとしても答えが出てこないことがなんとなく分かる。
「ねぇ、華頂さん」
彼が俺を何と呼んだのかは分からない。だけど、例えば本当にあの少女が華頂さんなのだとしたら、一つだけ聞いておきたいことがある。
「例えばもしも、前世があるとして……貴方の前世が女性だとしたら、どう思いますか」
それは男として恥ずかしいことだろうか。沽券に関わることだろうか。
彼は俺の質問に沈黙を下ろすと、しばらくあとで静かに口を開いた。
『例えばそうなのだとしたら、俺が今男であることには必ず意味があるのでしょう』
想像していたよりずっと素直にそれを受け入れる言葉だった。
『金を稼ぐとか、誰かを守るとか、例えば何かを……担ぐとか運ぶとか。男にしか出来ない何か……、男だからこそ実現できる何かのために、俺は男を選んで生まれてきたのではないでしょうか』
何かを……担ぐ?
その言葉を聞いて一番に浮かんだのは、真っ赤な景色の中で誰かに引き摺られるように連れ去られていく大切な人の……あの夢。
担ぐって……運ぶって、もしかして──。
『彼を助けて! お願い、離して! 一緒に居るっ! 嫌よ、離れたくないのっ』
泣き叫ぶ声が、鮮明に耳を劈いた気がした。
華頂さんはもしかして、俺を……、俺を担いで助け出すために……、男に生まれて来たっていうのか?
四十近い男を「百合」だと言い切る俺は、相当頭がイカレているだろう。想像したって全然華頂さんは「百合」の似合う男ではないのだから。俺より背も高くて、がたいも良くて、低い声をしている。男一人担げるくらいの筋肉男になりたいとまで言っていたくらいなのだ。俺だって、本人だって、彼が百合ではないことくらい十分自覚している
でも、だけど──。
「夢を見ました。貴方によく似た人が、幸せそうに笑っている夢を。その人は美しくて、穢れていなくて、まるで本当に……百合の花のような人でした」
名前を……何と言っただろうか。
思い出そうとして瞳を閉じるけど、あの女の子の容姿すらもう……上手く思い出せない。
「あの百合は……きっと華頂さんです。シロツメクサが……茜という名前が、俺にそう教えてくれている気がします」
感覚的な話だ。そんな馬鹿なと思うだろう。勘違いだと言われたらそこまでの話で、俺だってこんな中二病を患っているようなことを、言いたくはない。でも……それでも、間違ってないと思うんだよ。
華頂さんは俺の言葉に程無く「うん」と頷くと、柔らかく笑ったような気がした。
『正直、百合が俺とは……とても思えないけど、エドがそう言うのならそうなんでしょうね』
聞き間違いかと思った。「誰がそう言うのなら」、だって?
「え?」
思わず聞き返す俺に、華頂さんはもう一度言葉を繰り返してくれた。だけど──。
『いや、だから、土田さんがそう言うのなら……たぶん』
「いや、違う! 今、俺の事をなんと呼びましたか?」
『え? 土田……さん、と』
「違う、そうじゃない! その前です!」
問いただすが、本人は「土田さん」としか呼んでいないという。
でも、違う。絶対にそう呼ばなかったはずだ。まさか別の名前で呼ばれるなんて……、油断していた。何て呼んだんだ? つい数秒前のことなのに全く思い出せない。
くそったれと思いながら、これ以上問いただしても、思い出そうとしても答えが出てこないことがなんとなく分かる。
「ねぇ、華頂さん」
彼が俺を何と呼んだのかは分からない。だけど、例えば本当にあの少女が華頂さんなのだとしたら、一つだけ聞いておきたいことがある。
「例えばもしも、前世があるとして……貴方の前世が女性だとしたら、どう思いますか」
それは男として恥ずかしいことだろうか。沽券に関わることだろうか。
彼は俺の質問に沈黙を下ろすと、しばらくあとで静かに口を開いた。
『例えばそうなのだとしたら、俺が今男であることには必ず意味があるのでしょう』
想像していたよりずっと素直にそれを受け入れる言葉だった。
『金を稼ぐとか、誰かを守るとか、例えば何かを……担ぐとか運ぶとか。男にしか出来ない何か……、男だからこそ実現できる何かのために、俺は男を選んで生まれてきたのではないでしょうか』
何かを……担ぐ?
その言葉を聞いて一番に浮かんだのは、真っ赤な景色の中で誰かに引き摺られるように連れ去られていく大切な人の……あの夢。
担ぐって……運ぶって、もしかして──。
『彼を助けて! お願い、離して! 一緒に居るっ! 嫌よ、離れたくないのっ』
泣き叫ぶ声が、鮮明に耳を劈いた気がした。
華頂さんはもしかして、俺を……、俺を担いで助け出すために……、男に生まれて来たっていうのか?
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