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なけなしザッハトルテ6

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 聞かれた、とバツが悪かったのはきっと俺以上に楓の方だっただろう。

 木崎さんは俺に目配せしたのち、楓をじっと見つめ、付けていたゴム手袋を外し、俺の足元にある道具箱の中からアルコールを取って軽く手指を消毒した。

「……士浪……、行こう。向こうで話そう」

 俺達が知り合いだと思ってもいない楓は、気まずそうにしながら俺の手を取って踵を返したが、反対側の腕を木崎さんに掴まれ、ぐんと強く引っ張られた。

 ぐらついた俺に、楓が驚いて振り返ると、木崎さんは俺を引き寄せて肩を抱いた。そして、まっすぐ楓の目を見て謝罪した。

「申し訳ございません。悪趣味だと思いながら盗み聞きをしてしまいました。知り合いの声が聞こえたものですから、つい」
「木崎……さん」

 俺達が知り合いだということを知った楓はぐっと黙り、その視線は木崎さんの瞳から、俺の肩を抱く彼の手へと移る。だが、木崎さんは分かっていてもその手を放さなかった。

「木崎さ……」
「偶然ですね、明智さん。まさかこんなところで出会えるなんて。運命感じちゃいます」

 貼り付けたような笑顔を向けられる。何を考えているのか分からない無感情な笑顔と、棒読みの言葉。俺ですら薄気味悪いと思ったのだから、楓なんか更に気味が悪かっただろうと思う。

「あんた……誰だ。邪魔しないでくれ」

 静かな声でそう言った楓が再び俺へ手を伸ばすと、木崎さんはもう片方の手でそれを止めた。

「失礼ながら、この話し合いを明智さんとまだ続けるとおっしゃるのならば、私からも二~三、ご質問を」

 そう言って掴んだ楓の手を捨てるようにぱっと放す。

「盗み聞きですので詳しい状況は分かり兼ねますが、あなたは明智さんから “付き合っていたかもしれない男” の名前を聞き出して、どうするおつもりだったのでしょう?」

 完璧に全部聞かれている。
 俺も楓もそれを覚り、気まずげに黙り込む。

「意味、ありますか? 現状をお伝えするなら、彼は今フリーです。高校の時の彼とゴールインしたわけではありません。これでご満足いただけますか?」

 楓は顔を顰め、まるで悔し紛れのようにもう一度「あんた誰なんだよ」と掠れた声を絞り出した。

「それとも、あの時のあの男はこんな悪い男だ、あっちの男はこんなにイケ好かない男だと明智さんに吹き込み、あたかも自分がいい男であることをアピールしたかったのでしょうか」

 俺としては思ってもみない言葉が飛び出してきて、肩を引き寄せたまま離してくれない木崎さんを見た。そしてぱっと楓を見ると、何とも言い難い苦い顔をしていて、まさか図星だったのかと更に驚く。

「ただでさえカッコ悪いんです。これ以上の醜態は晒さない方がいいですよ」

 初対面の楓に、木崎さんは見たことないくらい強気な態度を取っていた。ミクと対峙した時も、売り言葉をきっちり買っていたし……。実は喧嘩っ早いのだろうか? その見た目で? 嘘だろ?
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